第5話 再会 Ⅰ
流れる青色の水に逆らいながら、リリスとアークは死の国の街道を歩く。
目に映るのは、店の前で呼び込みをする婦人や、果物を手にして笑う子どもたち。忙しそうに走り去っていく若い男に、楽器を弾き、歌う女もいる。
「本当に、普通の街みたい。でも、この人たち、死んじゃった人たちなのよね?」
左右をきょろきょろと見ながら、リリスはアークに問う。
「そうだな。皆、死んでいる」
「へえ……? そう言われると、ちょっと怖いかも……?」
よく見てみると、明らかに普通の人間ではないものの姿も見える。顔だけ狼になった二足歩行の人物や、全身毛むくじゃらの、二メートル近くある謎の物体もいる。
「なんか、人じゃない人がいるんだけど……これは?」
「ああ、死の国の者は、肉体を持たないんだ。魂の形が実体化したものだから、それが人の姿じゃないことだってあるだろうよ」
「そういうもの……?」
半信半疑で、リリスはアークの後を付いていく。
すると、道の曲がり角の所。派手な赤い衣装を身に纏った男が、目の前に現れる。
「オジョウサーン、コレ、買ッテ行カナイ?」
片言で話す男は、リリスに謎の飲み物を差し出す。
「え……何、これ」
薄い橙色の、どろりとした液体だ。見た目的にはオレンジのように見えるが、果たしてどんな味がするのだろうか。
「先を急いでるんだ、悪いな」
アークに引っ張られ、リリスは男から遠ざかる。正直に言うと、少し、興味があったのだが。
「ねえ、死の国って、ご飯はどうなっているの?」
「普通に食べると思うぞ。食べないと魂が弱るからな」
「へえ……なんか、不思議なことばかりだわ」
暫く大通りを行くと、アークがくるりと右に曲がり、路地へと入る。
路地は大通りと比べて暗く、洞窟の中にいるような気分になる。
道の隅の方には、鼠のような、黒い生き物が蠢いている。赤い瞳でこちらをじっと見ているようで、リリスは恐怖で震え上がる。
「……ここだな」
アークが静かに呟き、立ち止まる。
見ると、そこには一軒の、岩でできた建物がある。赤い看板には『関係者以外、立ち入り禁止』の文字が刻まれており、不安は増していく。
「え、アーク、関係者なの? 大丈夫なの?」
言うが早いか、アークが扉を蹴り開ける。そのままずかずかと入っていき、リリスも慌てて後に続く。
店内は暗く、カウンターに置いてある小さな蝋燭だけが薄く光っている。暗くてはっきり見えないが、壁中には地図のような紙や、見たことのない文字で書かれた新聞のようなものが貼られている。
「……ずいぶんと久しぶりじゃないか、なあ、黄昏」
カウンターの向こうから、声がする。
姿を現したのは——艶々の黒い毛並みをした、可愛らしい猫。
「ね、猫ちゃんだわ!」
思わず口にすると、黒猫は目を細め、こちらを見る。
「何だ、この娘は。黄昏のツレか?」
黒猫が、普通に人語を話している。呆気にとられていると、アークが前に出て、黒猫に向かって口を開く。
「久しぶりだなあ、ジジ。死の国は慣れたか?」
「ああ、お陰さまでな。こっちの方が儲かるしな」
「それは重畳」
何だか仲がよさそうな二人を見て、リリスは目をぱちぱちさせる。
「……二人は、どういう関係なの?」
「ああ、紹介が遅れたな」
アークは黒猫を指差し、リリスに説明する。
「こいつは、ジジ。元は悪霊だ。昔、魔窟で一緒に遊んでいたら、うっかりこいつを死の国へと落としてしまってだな。そのまま居ついていると思っていた」
「そ、そうなの……? よ、よろしく、ジジさん」
アークの古い知人だという黒猫に軽く礼をすると、ジジはふん、と鼻を鳴らす。
「ジジ、こいつははリリーだ。俺の嫁だ」
「人間が相手とは……相変わらず酔狂だな、黄昏は」
ジジは大きく伸びをした後、座り直し、長い尻尾を自身にくるんと絡める。
「で、何の用だ。死んだわけでもないのにわざわざ死の国まで来て、何を求めてるんだ?」
「ちょっとな。人を探してるんだ」
「金は?」
「もちろん、あるぞ」
アークがカウンターの上に、リリスの服を売って手に入れたと思われる紙の束を放り投げる。ジジはふわふわの愛らしい手でそれを確かめ、満足そうに喉を鳴らす。
「で、誰を探してるんだ」
「踊り子を連れた剣士だ。一番有名なのを頼む」
「……いいだろう」
ジジは店の奥へと一度引っ込み、一枚の紙をくわえて再び現れる。
「フラビオス円形闘技場までの地図だ。そこに行けば解る」
「さすがだな、ジジ。やはり頼りになるな」
アークはジジから地図を受け取り、笑みを浮かべる。
「ちょっと、アーク。エクスとセトを探すんじゃなかったの?」
リリスはアークを見上げ、眉を顰める。自分の服を売って手に入れた大切なお金なのだ。意味の解らないことに使われてはたまったものではない。
「ああ、そうだぞ。死の国に来たばかりのエクスや姫の情報など、どこを当たっても見つからないだろうからな。エクスが姫と一緒にいると仮定してだが……姫のほうなら、探せる可能性が高い」
「セトを探すことと、闘技場に行くことが、どう繋がるのよ?」
「ここには、姫の運命の番がいるだろう。それを利用する」
「……運命の番?」
「行けば解るさ。とりあえず、急いだほうがいいだろう。邪魔したな、ジジ。もう二度と会うことはないことを願っているぞ」
「……ああ、こっちもだよ」
アークは軽く手を振り、扉の方へと歩いていく。
ジジは大きく欠伸をすると、そのままカウンターの上で丸くなった。
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