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ダクスの女神  作者: 森松一花
番外編
142/158

第4話 死の国

「……リー」


 遠くから、誰かの呼ぶ声がする。

 薄く目を開けると、闇が広がっている。空の見えない、深い穴の中にいるようだ。


「リリー!」

「はっ!」


 飛び起き、声のする方を振りかえる。

 そこには無表情でこちらを見る、アークの姿がある。


「……もう起きないかと思ったぞ」


 冗談なのか本気なのか解らない口調で、アークが言う。


「ここは……何処?」


 リリスは辺りを見渡す。目に映るのは壊れた剣や、割れた瓶。

 しばらくして理解する——自分は、ゴミの山の上にいる。


「アーク、ここ、何処なの? 本当に、私たち、死の国に来たの?」


 恐る恐る立ち上がり、アークの手を取り地面に降りる。


「ああ、そのようだ。行くぞ、リリー」


 アークに手を引かれ、歩き出す。

 リリスは不安な気持ちで、アークの手を強く握る。


 歩みを進めると、次第に光が見えてくる。

 その先に広がっていた景色に——リリスは驚愕きょうがくする。


 街だ。たしかに、街がある。

 中央には水路が流れており、水は深い青を帯びている。それを取り囲むように岩で出来た建物がひしめき合っていて、幻想的な空間がそこにある。


 道には人が行き交っており、馴染みのない、聞き取れない言葉も聞こえてくる。

 絵本で見た地下都市のようなその姿に、思わず声を上げる。


「すごいわ……! ここが、本当に死の国なの……?」


 士官学校時代に、神学の書で読んだ。死の国は、太陽の光の届かない、混沌とした苦行の場所だと。

 だが、リリスが目にするそれは、とてもそんな場所には見えない。人々の笑い声も聞こえてくるし、店のような施設も見て取れる。


「普通に人が生活しているわ……想像と全然違う!」

「まあ、ここに住まう奴らは、元は普通の人間だからな。人間の作る場所など、何処へ行こうとそんなに代わり映えはしないのだろう」

「そういうものなの……?」


 リリスは物珍しそうに、辺りを見回す。

 見たことないような果物の並ぶ店に、道で芸を披露する人。花の香りは漂ってこないが、王都の大通りと同じような雰囲気だ。


「さあ、まずは、だ。金がいるな」

「……お金?」

「この地で、情報や食べ物を手に入れるには、金がいる。もちろん、エディリアの金じゃあ使い物にならない」

「……どうするの?」


 リリスが聞き返すと、アークは満面の笑みを浮かべて言う。



「脱げ」



「……へ?」


 リリスは固まり、自分の肩を抱く。


「リリーの服は、死の国ではきっと珍しいからな。高値で売れるだろうよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。今、ここで脱ぐの?」

「ああ、そうだな。もう少し、物陰に隠れようか」

「そういう問題じゃないわよ! 嫌よ!」

「問答無用だ」

「ちょ、やめて、嫌! やー! 変態ー!」


 抵抗も空しく、リリスは身ぐるみを剝がされた。



* * *



(酷すぎるわ……! 私を一人置いて、しかも服を全部取って、何処かに行っちゃうなんて……!)


 リリスは建物と建物の隙間で、アークの黒い上着を被って、震えている。

 アークに盗られた、リリスの服。藍色のケープに、シルクの白いワンピース。どちらも、気に入っていた服なのに。


(エディリアに帰れたら、絶対に弁償してもらうんだから……!)


 恨みを込めてアークの顔を思い浮かべていると、ふと、目の端に黒い影が映る。


 何だろう、と振り向くと、そこいたもの——


 黒く、細長い毛の塊に、赤い目玉のついた、謎の生物。


「なっ、何、これ?」


 リリスはおののき、謎の生物と距離を取る。だが、謎の生物はリリスに興味があるらしく、徐々に近づいてくる。

 黒い胴体から触手のようなものを伸ばし——リリスに触れようとしてくる。


「嫌! 何これ! 気持ち悪い! アーク? アーク!!」


 リリスが叫ぶと同時に——謎の物体は真っ二つに裂ける。ギイイ、と声を上げると、そのまま動かなくなる。


「……俺のリリーに気安く触れるな、下等生物」

「アーク!」


 目の前に現れたアークは、黒い布を抱えている。


「遅くなったな、リリー。その辺で安い服を買ってきた」


 そう言うと、リリスに布を放り投げる。

 何だか納得がいかないが、アークの上着だけでいるよりはマシであろう。渋々広げて見ると、黒い布は、外套がいとうと、ワンピースの二つに分かれていた。


「あれ、結構可愛いかも? ちょっとアンティークな感じで」


 袖や襟元にレースが飾られ、スカートもふんわりと厚みがある。思ったよりもしっかりしていたそれに着替え、少しだけ溜飲が下がる。


「っていうか、アーク。さっきアークが斬った黒い物体、あれは何だったの? 悪霊デーモンなの?」

「さあな」

「……アークにも解らないの?」

「死の国は不思議で満ちているからな。どんな化け物がいても驚かない」

「……怖いんだけど」


 ただでさえよく解らない場所にいるのに、悪霊デーモンのようなものに遭遇するかもしれないなんて。リリスは恐怖し、ますますエクスとセトの身が心配になる。


「で? アーク。エクスとセトをどうやって探すの? 死の国はどのくらい広いの?」

「……エディリアより広いだろうな」

「そ、そんなに? それじゃあ、何処を探したらいいか解らないじゃない!」

「俺に、当てがある」

「当て? 何よそれ?」


 見上げて問うと、アークは不敵に笑う。


「……情報屋の所に行くぞ」



◇ ◆ ◇



「うう……痛……」


 身体を強く打ち付けたような痛みの中、セトは目を覚ます。

 目の前に広がっていたのは、闇。下を見ると、よく解らないガラクタや生ごみなどが散らばっている。


「うええ、何だ、ここ」


 ゴミ捨て場のような場所で立ち上がり、辺りを見渡す。

 すると、少し離れた所。白髪の青年が、転がっているのが目に入る。


「……エクス君! 大丈夫か!? エクス君!」


 身体を揺すると、エクスは、ううん、と声を上げ、目を開く。


「あ……? セトちん?」


 エクスは起き上がり、辺りをきょろきょろと確認する。


「ここはどこだ? リリスは? アークは?」


 まだぼーっとしている様子のエクスに向き直り、セトは口にする。


「お、覚えてないか? エクス君。リリスの家から出て、ここに落ちたんだ!」

「落ちた……?」


 エクスが眉をひそめ、そしてはっとする。


「そうだ! 俺たち、魔窟まくつの穴に落ちたんだ! そうなるとここは……死の国だ!」

「し……死の国!? 俺たち、死んだのか!?」

「いや、死んでいるわけじゃない。でも、死の国に来ちゃったんだ」

「ど、どうやったら帰れるんだ!?」

「解らない……俺も、死の国の存在を聞いたことがあるだけで、来た事なんてなかったし……」

「そ、そんな……」


 セトは涙目になる。


 ——何故、こんな事が起きてしまったのだろうか。自分はただ、リリスに会いたかっただけなのに。


(俺は……いつもこうだ。何かをしようとすると、誰かに迷惑をかける……)


 魔宴サバトの時だって、兄が追われた時だって。助けるどころか足手まといになってしまう自分に、大概嫌になる。

 だが、落ち込んでいるセトを気にすることなく、エクスは顔を上げ、前を見る。


「まあ、落ちたものはしょうがないよな。出口を探してみるか」


 立ち上がり、すたすたと歩いて行ってしまうエクス。


「ま、待ってくれ! エクス君!」


 ふらふらとした足取りで、セトはエクスの背中を追う。


「なんか……洞窟? みたいだな……」


 何処まで続いているか解らない道を歩きながら——セトは呟く。


「でも、あっちの方にわずかに光が見える。誰かいるのかも」


 エクスが指し示す先が、青白く光っている。


「し、死の国にいる人って? 死者なのか?」

「解らない。でも、行ってみるしかないだろ」


 ずかずかと歩みを進めるエクス。


(こ、この子には恐怖心ってものが無いのだろうか……?)


 少し感心しながら、恐る恐る後を付いていくセト。

 やがて洞窟が終わると——目の前に大きな空間が広がる。


「す……すごい! ここは一体……何だ?」


 青白く光る岩壁一面に、住居のようなものがひしめき合っている。

 岩をくり抜くようにして作られた建物は一つ一つしっかりしており、繊細な模様が彫られている。だが、地面には生ごみやら骨のようなものが転がっており、水溜まりからは悪臭がする。


「人が、住んでるのか? 酷い環境だが……?」

「誰かいないか……あ! あそこに人がいる!」


 十メートルほど離れた道の真ん中。ぽつんと、黒いローブを着た人らしきものの後ろ姿が見える。


「道を聞いてみよう! おーい! おっさん! おーい!」


 声を上げ、近づいていくエクスを制止する。


「え、エクス君! 本当にあの人、大丈夫か!?」

「え? 何で?」



「なんか……嫌な予感がする!」



「え……?」


 すると、目の前にいた『人のようなもの』が、こちらを向く。

 それは、人のような形をした——異形。

顏であるはずの部分には食虫植物のような口だけがあり、ローブのように見えた身体は黒く、ドロドロと溶けている。

 悪霊デーモンに似た姿のそれは、エクスとセトを見るなり、襲いかかって来る。


 ギャアアアアアアアア!


 叫び声を上げ、突進してくる異形。


「ぎゃあああああ!」


 セトとエクスも叫び、必死で逃げる。


「何だあれ!? 悪霊デーモンなのか!? 死の国にも悪霊(デーモン)がいるのか!?」

「解らない! 怖い! セトちん、何とかしてくれ!」

「そんな事言われても、天使武器どころか、剣も持ってない!」

「じゃあ、どうするんだ!?」

「た、建物の中に入れば……!」


 そう言って、セトは近くの建物の扉を押す。鍵はかかっていないようで、すんなりと扉は開く。


「よかっ——」


 安心したのも束の間。建物の中に、更に二体の異形の姿がある。


 ギャアアアアアアア!


「うわああああああ!」

「駄目だ! セトちん! この辺、化け物だらけだ!」

「ど、どうしろって言うんだ!」

「とりあえず……」


 エクスはセトの手を取り、声高に叫ぶ。



「逃げろ!」



 死の国の住宅街。二人の叫び声が、いつまでも響き渡った。


お読みいただきありがとうございます。


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