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ダクスの女神  作者: 森松一花
第7章
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第130話 女神

 ——俺の名前は、レオ・エバンス。

 体力だけが自慢の、二十八歳。世界中を巡るバックパッカーだ。


 俺が今いるのは、エディリア公国。

 元は、『神の地』と言われていて、外部との関わりを持たない閉ざされた土地だった。

 近付くものは何人たりとも許されず、殺される。そんな怖い噂のある場所だから、どんな馬鹿だって近づかなかった。


 だが、一年前の天変地異で街に大きな被害が出て、民の話し合いの結果、外の国に救援を求め、国を開くことを決めたらしい。

 元々、太陽と水に恵まれた、美しい場所だったからね。今は観光地として大人気って訳だ。


 そんなエディリア公国には、不思議な言い伝えがある。

 それは——夜になると、悪霊デーモンが現れる、というものだ。


 かつて悪霊デーモンは、夜になるとエディリアの人々を襲い、恐れられる存在だった。

 だが、最近は、人を襲うことはないらしい。

 なんでも、悪霊デーモンの親玉が人間と結ばれて、他の悪霊デーモンを取り締まる様になったとか。


 だから、俺たちが夜に彷徨うろついたとしても、悪霊デーモンと鉢合わせることはないようだ。

 まあ、迷信だろうけどね。


「お、到着だな」


 シエニアを抜け、ノウスサンクタから続く門へと差し掛かる。

 レオは手続きを済ませ、いざエディリアの首都へ足を踏み入れる。


「わあ……!」


 そこに広がっていたのは、御伽話おとぎばなしの世界のように、美しい街。

 花びらの舞う大通り、迷路のような小路、笑い合う人々の姿。


「凄いな! 凄いぞ!」


 大はしゃぎで辺りを見渡していると、前から来る人とぶつかってしまう。


「あっ、すみません!」


 振り返ると、白髪に赤い瞳の、とても美しい青年と目が合う。


「ああ、悪いな、おっさん!」

「おっさん……」


 おっさんと言われたことに少し衝撃を受けつつ、この土地の人の容姿の美しさに唖然あぜんとする。


「じゃ、俺、急いでるから!」


 青年は手を振り、遠ざかっていく。


(すごいなあ。さっきの青年。まるで絵本に出てくる、天使みたいだった……ああ、いけない。ぼんやりしていたら勿体ないぞ。とりあえず、腹が空いたな。何か食べようか)


 レオは大通りを歩き、飲食店を探す。


「お兄さん~、お肉いかかですか~? 今なら、生ハムが安いですよ~!」


 肉屋と思われる店の前で、娘が呼び込みをしている。平凡な容姿だが胸が大きく、なかなかタイプである。


(生ハムは魅力的だな、後で、お土産にでも買って帰ろう)


 レオは軽い足取りで、更に進む。


「よ! アークの旦那! 今日はリンゴが安いよ!」

「ああ、エクスが喜ぶからな。多めに買ってジャムにするか」

「まいど!」


 果物屋の店主の生きのいい声が聞こえてくる。

 活気があり、本当にいい街だ、としみじみ感じる。


「お、よさ気な店だ」


 白い壁に、淡い黄色の模様が描かれている可愛らしい茶店。

 入店し、テラス席にと案内され、一息つく。


「シンシア、いい加減、そろそろ働いたらどうなんだ? 騎士時代の貯金も無限ではないだろうに」

「解っているわよ……でも、ルキが私を離してくれないのよ……」


 隣で、背の高い黒髪の女と、銀髪の真面目そうな男がパンケーキを食べている。

 とても美味しそうに見えるので、同じものを注文しよう。


「ウエイターさん、いいですか」

「は、はい!」


 手を挙げると、これまた信じられないぐらいに見目麗しいウエイターがこちらに寄って来る。

 肩ぐらいに切り揃えた金色の髪に、空色の瞳。新人なのか、あたふたとしていて落ち着きがない。


「パンケーキと、紅茶を」

「は、はい。パンケーキと、紅茶ですね」


 ぱたぱたと走っていくウエイターを見送り、街へと視線を移す。


 ——ああ、なんて綺麗な街だろう。


 レオは胸一杯に空気を吸い込み。街行く人々をうっとりと見送った。



* * *



「はあ、美味かった」


 店から出たレオは地図を広げ、予約していた宿屋を目指す。


(あれ? ここは何処だ? 道を一本間違えてしまったかなあ……?)


 エディリアの街は、入り組んでいて、よそ者には解りづらい。

 とりあえず何か目印になるものはないかと、歩みを進めていく。

 古びた家屋に、小さな商店。すると、目の先に、ひときわ目立つ白亜はくあの塔がある。


(お。何だか気になるし、とりあえずあそこに行ってみよう。近くに人がいたら、道を聞けるかもしれないしな)


 レオは塔を目指し、そして一つの、小さな教会を見つける。


(おお、雰囲気があっていいな……)


 そっと扉をくぐり、中に入っていく。

 薄暗いが、とても美しい。壁には金色の髪の麗人と、その上空に白髪の人物が描かれており、圧倒される。



「……綺麗ですよね。その絵」



 後ろから声を掛けられ、ドキリとする。

 振り向くと、銀色の髪に、星空色の瞳の——美しい少女が立っている。


「はい、綺麗ですね。お嬢さんは、ここの教会の人ですか」

「まあ、そんなところです」

「この絵は、誰を描いたものなんですか」

「かつてこの地を治めたイヴという存在と、天使の絵です」

「へえ。素敵な言い伝えですね」

「……はい」


 少女は微笑み、壁の絵を見つめる。


「この地には昔……天使や悪霊デーモンがいたっていうのは、本当なんですか?」


 何となしに聞くと、少女はすこし驚いたような表情をする。だが、直ぐに笑顔になり、口にする。


「ええ。今も、いますよ」

「ははは、お嬢さんは、見たことがあるんですか?」

「あります」

「じゃあ、この噂も本当なんですかね。かつての神と天使に代わって、悪霊(デーモン)と結ばれた人間の女神さまが、この地を統べているって」

「どうでしょうね……」

「もしかして、その女神さまって、お嬢さんだったり……なーんて」

「ふふ……」


 少女は背を向け、遠ざかっていく。

 振り返り、唇に人差し指を当て——微笑んだ。


最後までお読みいただきありがとうございます!

少しでも気に入っていただけたら、感想や評価いただけますと嬉しいです。


この後、番外編が少しだけ続きますので、よろしければお付き合いくださると幸いです。

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