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ダクスの女神  作者: 森松一花
第7章
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第116話 愛情 Ⅱ

 深々(しんしん)と、空を舞う。

 美しい雪片せっぺんが血だまりに落ちては、ゆっくりと解けていく。

 その様子をうっとりと見つめながら、シンシアは息を吐く。


「……そろそろ、後始末をしないと、ね」


 シンシアは立ち上がり、辺りを見回す。


(……お姫様の死体を、運ばなければ。城に騎士が残っているかしら。とりあえず、声を掛けに行きましょう……)


 少女の死体を放置し、城の入口まで移動しようとした時——

 ふわり、と、黒い影がシンシアの横を通り過ぎていく。


「……何?」


 振り返ったシンシアは——目を見張る。

 シンシアが殺した少女の傍に、見知らぬ男が立っている。


「……誰?」


 シンシアは腰に差した天使武器に手を添える。

 しかし、男はこちらに見向きもしない。少女の死体にそっと触れると、身体の傷を次々といやしていく。


(治癒の術……? 治癒の術を使える人間は、猊下げいかしかいないのに……ということは)


 シンシアは剣を抜き、男の首に添える。


「動くな、悪霊デーモン

「…………」


 男はシンシアに構わず、少女を治し続ける。

 すっかり綺麗なった身体を確認すると、男は少女に声を掛ける。


「アリー。怪我を治してやったぞ。起きろ」

「……おい」

「アリー……?」

「……無駄なのよ。知っているでしょう。人は身体を治しただけでは生き返らない。もう、霊と魂は、天の国へ行ってしまったでしょうよ」

「…………」


 男は立ち上がると、静かに口を開く。


「……お前、か?」

「何がよ?」



「お前が、アリーを殺ったのか?」



 シンシアに向けられる、蒼い瞳。

 絶望しそうなほどに美しく、おぞましい怒りの宿った、その瞳——

 全身に身震いが走って、恐怖に支配される。


「……はあっ……はあっ……!」


 呼吸ができない。

 自分が普段、どのように呼吸していたのかが解らない。

 何とか己を律しようと——相手の男を強く睨む。


「もう一度聞くぞ。お前が、アリーを殺ったのか?」


 ドクンドクンと警告を鳴らす心臓を無視し、凛と背筋を伸ばす。

 恐れを飲み込み——シンシアは答える。


「ええ、アリスさんは……私が殺したわ」


 シンシアは己の天使武器を高く振り上げ、叫ぶ。


「そして、貴方のことも……ここで殺す!」


 無防備な男の首へと、剣を振り下ろす。

 だが、剣は空を斬り——目の前にいたはずの男が、消えている。


「なっ……!?」


 シンシアが振り返ろうとすると——男の冷たい手が、ぬらり、と右腕に触れる。

 瞬間——シンシアの腕は関節と逆方向に折れ曲がり、バキリ、と骨の砕ける音がする。


「ぐっ……! ああああああっ!」


 握っていた天使武器を地面へと落とし、シンシアは苦悶くもんする。

 耳元で、男が呟く。


「……弱いんだな、最近の王都騎士は」


 その後、腹に強い衝撃を受ける。

 シンシアの意識は——そのまま、途切れた。



◇ ◆ ◇



「……アリー?」


 雪の中、眠っているように横たわる肉体。

 死してなお美しい少女の頬を撫で、もう一度名前を呼ぶ。


「アリー。クロとネコが、待っているぞ。エクスもきっと帰ってくる。だから、帰ろう」


 返ってくることのない、返事。

 世界で一番、惨めな気分になる、答え。


「ああ……そうだったな。忘れていた。人間は……もろいのだった」


 だから、深く関わらないようにしていた。

 興味を持って近づいて、一緒にいて面白くなってきた頃に——壊れる。

 そんな人間に、もうずいぶんと昔に、愛想を尽かしたのだ。

 

 尽かした、はずだったのに——



「シン……シア?」



 アークの背後から、ぽつりと声がする。

 そこには馬から降りてきた、赤い隊服を着た男が立っていて、先程倒した女騎士を見つめている。

 オーロラから身体を貰った際、何やら長々と話していた男だ。名は、ロサ隊隊長のオルランド。

 ぼんやりと視線を向けると——オルランドと目が合う。


「貴様……!」


 黄金の瞳に怒りを宿して、オルランドが天使武器を抜く。


「……その女、まだ生きているぞ。そういう『約束』なんでな」


 アークは興味なさげに言い放つ。


「……うああああっ!」


 オルランドが地を蹴り、アークに斬りかかる。

 剣身を素手で受け止め、己の方へと引き寄せる。


「……ぐっ!」

「……何でだ?」


 金色の瞳を覗き込み、問う。


「な……何がだ!」

「何でお前は、敵わないと解っていて、俺に斬りかかった? 先程は、あんなにも冷静だったではないか。隊長という立場も忘れて。何がお前をそうさせた?」


 淡々とした口調で、アークは話す。


うるさい! お前に言う必要はない!」

「この女は、ただ、自分よりも強い悪霊デーモンに敗れただけだ。仕事を全うしたのだ。お前が怒る必要がどこにある? 何故だ?」

「黙れ! 悪霊デーモンなんかに解るものか! 人が人を……思う気持ちなど!」


 オルランドの瞳がわずかに潤む。それを不思議に思い、質問を続ける。


「思う? お前はこの女が好きなのか? それは友愛か? 恋愛か?」

「どちらでもいいだろう! お前にっ……人を愛する気持ちなど……解るものかっ!」

「ふふ……ははは……ああ、解るさ!」


 アークは笑いながら、オルランドの頭部を殴りつける。

 オルランドはその場に崩れ、動かなくなる。


「人を愛する、というのはな……」


 倒れる騎士たちに背を向け、アリスの死体へと向かう。

 雪を払い、冷たくなったそれを抱え——口を開いた。



「最悪な気分だ」

お読みいただきありがとうございます。


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