第114話 雪片 Ⅱ
十一、十二、十三、十四——
交霊術で絞め殺した王都騎士の数を数えながら——オーロラは思案する。
(アリス……アリス……! どうしたら、アリスを助けに行けるだろうか……!)
魔女であるオーロラたちが、適当な理由を付けて王都騎士に狙われることは理解できる。だが、彼女が狙われるのは——絶対に、何かの間違いだろう。
(アリス、どうか無事でいて……!)
次々と集まってくる王都騎士を蹴散らしながら、オーロラは王城を目指す。
「オ、オルランド隊長! 魔女が、魔女が止まりません!」
「もう、ダリア隊の騎士が、何人もやられています!」
「くそっ……! オーロラを捕らえろ! 彼女は絶対に殺すな! 今、大悪霊が現れては困る……第十一班、行け!」
ロサ隊隊長オルランドの指示で、数人の王都騎士が、一斉にオーロラへと迫る。
オーロラは辺りの浮遊霊を操って、騎士たちの首元へと巻き付かせる。
「ぐああああっ!」
拳を握り締めると同時に、騎士の首の骨が折れる。
最早、人を殺すことに抵抗はない。
だが、人並み以上に魂の器が大きいオーロラとはいえ、立て続けに交霊術を使い続けるのには限界がある。
「いい加減に……諦めろ!」
倒れゆく王都騎士たちの中を走り、オーロラはオルランドへと迫る。
指揮者を殺せば、場は混乱する。
その隙に乗じて、アリスを助けに向かえる——
「死ねえ!」
叫びながら、オルランドに向かって浮遊霊を放つ。
「オルランド隊長! 危ない!」
オルランドの周りへと、騎士たちが集まってくる。
オーロラは、右手に念を込める。辺りの浮遊霊を固めて、大鎌状の武器を作り出す。
「散れ!」
大鎌を振り回し、周りの雑魚を切り倒す。
「下がれ! 僕が相手をする!」
オルランドが天使武器を抜き、オーロラへの前へと出る。
「……はあああっ!」
大きく振り抜いた大鎌を——オルランドが剣で防ぐ。
「大人しく捕まってはくれませんかね……オーロラさん!」
「嫌だね、オルランド坊ちゃん。僕はアリスを、助けに行くんだ……!」
剣と押し合ったまま、オーロラは旋律を唱える。
オルランドの周りに、黒い靄が集まりはじめる。
「ちっ……!」
オルランドは大鎌を弾き、靄から逃れるように後退する。
「貰った!」
すかさず踏み込み、オルランドの喉元を狙って大鎌を振りかぶる。
瞬間——左方から強い衝撃を受け、オーロラの武器が弾かれる。
「……っ! 何!?」
オルランドとオーロラの間に、ふわり、と騎士が降り立つ。
漆黒の髪に、鍛え上げられた体躯。
大型の天使武器を構えた男の深紅の瞳が、オーロラを刺すようこちらに向く。
「……遅かったじゃないか、アダム」
オルランドが勝ち誇ったように、口にする。
「新手か……!」
オーロラは後方に下がり、再び右手に浮遊霊を集める。
しかし、武器を再度作り出す間もなく——アダムが斬りかかる。
(……! まずい!)
後ろに下がり、浮遊霊で防壁を作るオーロラ。
「……無駄だ」
いとも簡単に、振り抜かれたアダムの腕によって破壊される防壁。
そのままの勢いで繰り出された蹴りを受け、オーロラは地面に転げる。
「ぐあっ……!」
起き上がろうとしたところをアダムに掴まれ、頭部に重い一撃を食らう。
まるで赤子の手を捻るように——アダムによって、地に伏せるオーロラ。
「こ……拘束しろ!」
すかさず寄ってきた王都騎士に後ろ手に縛られ、複数人に槍を向けられる。
「オルランド隊長! 魔女ライラ、拘束しました!」
「ああ、ご苦労。このまま、王城まで魔女を輸送する。決して殺すな。何せ大悪霊の魔女だ。慎重に、な」
頭がぐらぐらと揺れ、身体中が痛む。今にも気を失いそうになりながらも、オーロラは考える。
交霊術は使えて、あと数秒。これ以上使っては、オーロラは狂悪霊になりかねない。
今更、自分の身などどうでも良い。だが、彼女は何としてでも救いたい。
何か、何か方法はないだろうか。ここを抜け出し、彼女を救える方法が——
(一つだけ……ある)
正直、この手は使いたくなかった。
だが、最早なりふり構ってはいられないだろう。
(ああ、癪だなあ。こんなの、僕が取り持ち役みたいじゃんねえ?)
オーロラは苦笑する。
天使降臨祭前——奴の隣を歩く、彼女の顔を思い出す。
——大好きだから、気づいていた。
彼女が、お前と暮らし始めて、変わったことを。
どこか暗い色を帯びていた彼女の瞳が、キラキラと輝くようになったのを。
そんな彼女は嘘みたいに美しくて、隣にいる自分を、思い描けなくなった。
とても、とても悔しい。
でも、譲ってやることにする。
だから、不幸にしたら、許さない。
死の国から這い出て、お前のことを、必ず殺しに来てやる。
彼女を救えるのは——僕じゃない。
「はああああっ!」
オーロラは力を振り絞り、自身の両手に浮遊霊を集める。
鉄の拘束具を割り、自由になった手で近くの騎士の剣を抜く。
「うわあっ! 魔女が、魔女が、拘束具を壊しました!」
周囲の騎士が、オーロラへと構える。
「……っ馬鹿! 違う! 構えるな!」
オーロラの考えを悟ったように——オルランドが、叫ぶ。
「死なせるな!」
オーロラは、にやり、と笑う。
王都騎士から奪った剣を自分の胸に突き立て、そのまま力いっぱい刺す。
口から、鮮血が零れる。
血と共に力が抜けていき、そのまま地面へと崩れていく。
「……リス、だい……き」
——本当は、もっともっと、伝えたかった。
だけれども、僕はここまでみたいだ。
僕自身で駄目にした青春を、もう一度、一緒に過ごしてくれた君。
君と特別な関係になれなくても、傍にいるだけで、幸せだった。
君の愛するものを、君を愛するものと一緒に、どうか、守って。
さようなら——愛しのアリス。
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