第109話 魔女狩り Ⅱ
「はあ~あ。アリス、大丈夫かなあ……」
アリスを見送った後——オーロラは自室で、独り言を呟く。
(アリス、いつも何かに巻き込まれてて、大変そうだよなあ。僕に、力になれることってないのかなあ)
ブランカの時も、天使降臨祭の時も——彼女はいつでも、一人で戦おうとしていた。だが、正確に言うと一人ではない。天使の相棒と、いつも共にあった。
(妬けるよなあ、エッちゃんに。僕も、もっとアリスの傍にいたい。僕の恋は、ちっとも前に進んでないよお)
ソファーに深くもたれて天井を見上げていると、玄関先から、チリン、と、来客を知らせるベルの音が響く。
(んえ? またお客さん? アリスが戻ってきたのかな?)
オーロラは軽い足取りで玄関へと向かい、両開き扉の片方を開ける。
「……遅くにすみません、オーロラさん」
そこに立っていたのは、短く切られた銀色の髪に、赤い隊服。金色の瞳で、こちらを見つめる——ロサ隊隊長、オルランドの姿。
笑顔を作り、動揺を悟られないように。ゆっくりと、声を出す。
「……隊長さん! こんばんは」
「ああ、こんばんは。神父殿はいるかい」
「えっと……奥にはいると思うんですけど、少し時間がかかるかも。呼びましょうか?」
「いや、いい。君でも問題はない」
「そうですか……えっと、何か連絡でも?」
「ああ、少しね。通してもらえると嬉しいのだが」
「は、は~い。どうぞ!」
オルランドの前を歩き、自室へと案内する。
質素なソファーへとオルランドを座らせ、声を掛ける。
「今、お茶を淹れてきますね!」
「いや、結構だ。長居するつもりはないんだ」
「そ、そうですか……?」
「ああ。だから、このまま話を聞いてくれ」
「はい……」
丸テーブルを挟んで、オルランドの向かい側へと座る。
(……以前、この人がここに来たときは、武装してなかった。でも、今日は、天使武器を腰に差している……何かあるのかもしれない。注意しないと!)
オーロラは注意深く、オルランドを観察する。
オルランドは一呼吸置くと——静かに、話し始める。
「まずは、これを見てもらえるか」
オルランドは懐から、一本の短剣を取り出す。
「……これは?」
「これはな。以前、王都の廃墟で魔女ライラが行ったとされる、魔宴で見つかったものだ。柄に、薔薇の装飾が施されているだろう? これはな……僕の家系で昔、使われていた紋章なんだ」
オーロラの心臓が、ドクンと脈を打つ。動揺を見抜かれたかどうかは解らないが、金色の瞳を眇めて、オルランドは淡々と語る。
「僕の家はね、昔から……王都騎士団の重役を何人も輩出してきた、士族なんだ。王家の信頼も厚く、王子の学友にと選ばれることも多い。だがな、今までに一度だけ、王家を裏切った者がいる。僕の高祖伯母に当たる人さ。士官学校在学中に行方不明になり……魔女になったとされる。そして、見つかった、薔薇の紋章の短剣。このことから、僕の高祖伯母こそが——魔女ライラなんじゃないかって、疑ってたんだ」
「…………」
「以前から、ライラの目撃情報は、王都騎士団に寄せられていた。長らくは青年だと言われていたんだけど……最新のものでは、十五歳前後の、女の子だとあってね。だから僕は士官学校の生徒を調べ尽くした。そこで浮上したのが……君だ」
オルランドは、オーロラの目を真っ直ぐに見つめる。
「君は、シエニア在住の、元王都騎士団・ロサ隊のクラウス殿の一人娘……それに、間違いはないね?」
「……そう、ですが」
「クラウス殿の娘はね、昨年、亡くなっているんだ」
「…………」
「クラウス殿の奥方がね、娘が亡くなったのを認められずに、死亡届を提出していなかったんだ。年齢は十六歳。学校長は、君の偽装に、騙されてしまったようだな」
オーロラは無言で拳を握り締める。何も言わないことを肯定と受け取ったのか——オルランドが続ける。
「君を調べていくうちに、出自不明の、神父の孤児院に住んでいることも解った。以前、神父殿と会話をしたときに、怪しい言動があったので……申し訳ないけれど、監視を付けさせてもらっていた。報告によると、君と神父が話している姿は、一度たりとも、目撃されていない……このことから、君と神父が、同一人物でないかと、僕は思っている。君がもし、大悪霊の魔女だったとしたら、年齢や性別ぐらい、変えられるのではないかと思ってね。あとは……高祖伯母の肖像画が、僕の家には残されているんだ。もう二度と、家から魔女を出さないようにと、戒めのために見せられたことがある。燃えるような赤い髪に、僕ともよく似た、黄金色の瞳……君と、神父殿の姿に、そっくりだった。もしも、短剣が、僕という子孫に見つかっていなかったら……たどり着けなかっただろう。これも天使の思し召し、なのかな」
オルランドは乾いたように笑うと、目を伏せながら、口にする。
「前に、ここの子どもに言われたんだ。『騎士様は、取られちゃった人なのか』と。取られた、というのは、『霊』のことで、ここが……魔女の、根城なんだろう?」
静かな声で——告げる。
「魔女ライラ……貴女ですよね。高祖伯母様」
「……デタラメですね。驚いちゃいました。隊長さん、想像力が豊かですねえ」
額には、冷たい汗が滲んでいる。なんとか悟られないようにと、精一杯の明るい声を出す。
「僕もそう思っていた。これは全部、僕の想像で、こんなにたくさんの子どもたちが、魔女なわけない、と」
「じゃあ、何で。そんな話をするんですか?」
「もうね、待っていられなくなったんだよ……それが、天からのお達しだ」
オルランドは、腰に下げていた天使武器を抜き——オーロラの喉元へと、突き立てる。
「魔女ライラ、及び、その協力者である、故・アーサーが娘、アリス……天使のお告げにより、排除する」
「……今……何て?」
胸を突かれたような、衝撃が走る。
聞き間違いでなければ——今、この男は、『アリス』と言っただろうか?
「ねえ、アリスが協力者って、どういうこと……!?」
「……それ以上、喋るな。大人しく捕まれば、手荒なことはしない。ここの孤児院の子どもたちも、苦しませないと約束しよう」
オルランドの冷たい瞳が、オーロラを刺す。
(——これは、もう、何を言っても駄目だ)
オーロラは悟ると同時に、思案する。
どうにかして、子どもたちだけでも、逃れる方法はないだろうか。そして、王城へ向かったアリスに、このことを伝えるにはどうしたらいいだろうか。
しかし、次の瞬間——
「ぎゃああああああ!」
男の叫び声が、廊下に響き渡る。
「……何事だ!?」
オルランドが叫ぶと、複数人の足音が近づいてくる。
オーロラの部屋の前に姿を現した騎士が、声を張り上げる。
「隊長! 子ども……魔女たちが、抵抗しました! 交霊術を使って、騎士に攻撃を仕掛けてきます!」
「何だと……!?」
オルランドが構えると同時に、部屋の中に黒い靄が現れる。
黒い靄は次第に部屋全体に広がり——オーロラの姿を、覆い隠す。
「うわあっ!? 何なんだこれは!?」
オルランドや他の王都騎士が、右往左往する。
「オーロラ! 逃げよう!」
靄の中から子どもたちが現れ、オーロラの手を引いて外へと連れ出す。
「駄目だよ! 無茶だ! この人数で、王都騎士から逃げられるはずない!」
オーロラは子どもたちを制止しようとするが——子どもたちは、止まらない。
「オーロラを逃がすんだ!」
「皆で、協力して、騎士の目眩ましをするんだ!」
そう言い放った子どもの前に——一人の騎士が姿を現す。
「駄目! 戦っちゃ駄目!」
叫ぶと同時に——騎士の剣が、振り下ろされる。
「あ……オ……ロラ……」
腹から血を流して、倒れる子ども。
「き……きゃああああああああ!」
その様子を見た子どもたちは泣き叫び、王都中に散らばる。
「一人も逃すな! 子どもだからといって容赦するな! 相手は魔女だ! 殺すと悪霊が身体を取りに来るぞ……そこをすかさず刺せ!」
王都騎士の野太い声が——すっかり日の落ちた、王都に響き渡る。
「駄目! 皆、逃げて! 戦っちゃ駄目! 死んじゃう!」
オーロラは叫びながら、己の手に念を込める。
辺りの浮遊霊を操って、王都騎士たちの足に絡み付かせる。
「ぐわあっ!」
地面に転げる騎士を蹴飛ばし、次の騎士へと目線を移す。
しかし、数が多すぎる。オーロラ一人で全てを相手にすることなど——到底できなかった。
「うわああああああ!」
一人、また一人。子どもたちが斬られていく。
斬られた子どもの周りには黒い靄が集まり、その肉体の中へと入っていく。
悪霊に乗っ取られて動き出した身体を——再び、天使武器で、騎士が斬り伏せる。
「ああ……! ああ!」
愛しきものを——二度、殺される。
目に入れたくない、吐き気を催すような光景が広がる。
——どうして。どうして。どうして。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。
僕は何を、間違えたんだろう。
魔女は、まだ、やり直せる——そんな希望を持つこと自体が、間違いだったのだろうか。
悪霊と契約した時点で、僕らは罪人で。
無残に殺されることは、仕方のないことなのだろうか?
流れる涙とは裏腹に、頭が冷静になっていく。
皆を——殺さない。
そう言ってくれた彼女のことを、思い浮かべる。
オーロラに再び、生きる希望をくれた人。
失った情熱を、狂おしいほどの愛憎を、思い出させてくれた人。
(アリスも……こいつらに、狙われているんだ)
そう思ったら——頭の中で、何かが切れる音がした。
今更、何人殺そうが、どうでもいい。
守りたかったものは、壊されてしまった。
堕ちるところまで、堕ちた身だ。
彼女の為ならば、何処までも残酷になれる——そんな、気がした。
「ふふ……あはは、あーっはははははははは!」
オーロラの笑い声が、夜空に響く。
周囲の王都騎士が怯み、オーロラに向けて武器を構える。
「そんな雑魚共に構ってる暇があるのか? お前らの目の前にいるのは、大悪霊の魔女だぞ!」
自分自身——驚いていた。
こんなにも『悪役』らしい声が、出せるなんて思わなかった。
「さあ、束になってかかってこい! 魔女ライラが、相手をしてやろう!」
彼女の元へは、絶対に、行かせない。
オーロラは涙を拭い、精一杯の——邪悪な笑みを浮かべた。
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