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ダクスの女神  作者: 森松一花
第7章
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第109話 魔女狩り Ⅱ

「はあ~あ。アリス、大丈夫かなあ……」


 アリスを見送った後——オーロラは自室で、独り言をつぶやく。


(アリス、いつも何かに巻き込まれてて、大変そうだよなあ。僕に、力になれることってないのかなあ)


 ブランカの時も、天使降臨祭てんしこうりんさいの時も——彼女はいつでも、一人で戦おうとしていた。だが、正確に言うと一人ではない。天使の相棒と、いつも共にあった。


けるよなあ、エッちゃんに。僕も、もっとアリスの傍にいたい。僕の恋は、ちっとも前に進んでないよお)


 ソファーに深くもたれて天井を見上げていると、玄関先から、チリン、と、来客を知らせるベルの音が響く。


(んえ? またお客さん? アリスが戻ってきたのかな?)


 オーロラは軽い足取りで玄関へと向かい、両開き扉の片方を開ける。



「……遅くにすみません、オーロラさん」



 そこに立っていたのは、短く切られた銀色の髪に、赤い隊服。金色の瞳で、こちらを見つめる——ロサ隊隊長、オルランドの姿。

 笑顔を作り、動揺を悟られないように。ゆっくりと、声を出す。


「……隊長さん! こんばんは」

「ああ、こんばんは。神父殿はいるかい」

「えっと……奥にはいると思うんですけど、少し時間がかかるかも。呼びましょうか?」

「いや、いい。君でも問題はない」

「そうですか……えっと、何か連絡でも?」

「ああ、少しね。通してもらえると嬉しいのだが」

「は、は~い。どうぞ!」


 オルランドの前を歩き、自室へと案内する。

 質素なソファーへとオルランドを座らせ、声を掛ける。


「今、お茶を淹れてきますね!」

「いや、結構だ。長居するつもりはないんだ」

「そ、そうですか……?」

「ああ。だから、このまま話を聞いてくれ」

「はい……」


 丸テーブルを挟んで、オルランドの向かい側へと座る。


(……以前、この人がここに来たときは、武装してなかった。でも、今日は、天使武器を腰に差している……何かあるのかもしれない。注意しないと!)


 オーロラは注意深く、オルランドを観察する。

 オルランドは一呼吸置くと——静かに、話し始める。


「まずは、これを見てもらえるか」


 オルランドはふところから、一本の短剣を取り出す。


「……これは?」

「これはな。以前、王都の廃墟で魔女ウィッチライラが行ったとされる、魔宴サバトで見つかったものだ。柄に、薔薇の装飾が施されているだろう? これはな……僕の家系で昔、使われていた紋章なんだ」


 オーロラの心臓が、ドクンと脈を打つ。動揺を見抜かれたかどうかは解らないが、金色の瞳をすがめて、オルランドは淡々(たんたん)と語る。


「僕の家はね、昔から……王都騎士団の重役を何人も輩出してきた、士族なんだ。王家の信頼も厚く、王子の学友にと選ばれることも多い。だがな、今までに一度だけ、王家を裏切った者がいる。僕の高祖伯母こうそはくぼに当たる人さ。士官学校在学中に行方不明になり……魔女ウィッチになったとされる。そして、見つかった、薔薇の紋章の短剣。このことから、僕の高祖伯母こそが——魔女ウィッチライラなんじゃないかって、疑ってたんだ」

「…………」

「以前から、ライラの目撃情報は、王都騎士団に寄せられていた。長らくは青年だと言われていたんだけど……最新のものでは、十五歳前後の、女の子だとあってね。だから僕は士官学校の生徒を調べ尽くした。そこで浮上したのが……君だ」


 オルランドは、オーロラの目を真っ直ぐに見つめる。


「君は、シエニア在住の、元王都騎士団・ロサ隊のクラウス殿の一人娘……それに、間違いはないね?」

「……そう、ですが」



「クラウス殿の娘はね、昨年、亡くなっているんだ」



「…………」

「クラウス殿の奥方がね、娘が亡くなったのを認められずに、死亡届を提出していなかったんだ。年齢は十六歳。学校長は、君の偽装に、騙されてしまったようだな」


 オーロラは無言で拳を握り締める。何も言わないことを肯定と受け取ったのか——オルランドが続ける。


「君を調べていくうちに、出自不明の、神父の孤児院に住んでいることも解った。以前、神父殿と会話をしたときに、怪しい言動があったので……申し訳ないけれど、監視を付けさせてもらっていた。報告によると、君と神父が話している姿は、一度たりとも、目撃されていない……このことから、君と神父が、同一人物でないかと、僕は思っている。君がもし、大悪霊アークデーモン魔女ウィッチだったとしたら、年齢や性別ぐらい、変えられるのではないかと思ってね。あとは……高祖伯母の肖像画が、僕の家には残されているんだ。もう二度と、家から魔女ウィッチを出さないようにと、いましめのために見せられたことがある。燃えるような赤い髪に、僕ともよく似た、黄金色の瞳……君と、神父殿の姿に、そっくりだった。もしも、短剣が、僕という子孫に見つかっていなかったら……たどり着けなかっただろう。これも天使の思し召し、なのかな」


 オルランドは乾いたように笑うと、目を伏せながら、口にする。


「前に、ここの子どもに言われたんだ。『騎士様は、取られちゃった人なのか』と。取られた、というのは、『霊』のことで、ここが……魔女ウィッチの、根城なんだろう?」


 静かな声で——告げる。



魔女ウィッチライラ……貴女ですよね。高祖伯母様」



「……デタラメですね。驚いちゃいました。隊長さん、想像力が豊かですねえ」


 額には、冷たい汗が滲んでいる。なんとか悟られないようにと、精一杯の明るい声を出す。


「僕もそう思っていた。これは全部、僕の想像で、こんなにたくさんの子どもたちが、魔女ウィッチなわけない、と」

「じゃあ、何で。そんな話をするんですか?」

「もうね、待っていられなくなったんだよ……それが、天からのお達しだ」


 オルランドは、腰に下げていた天使武器を抜き——オーロラの喉元へと、突き立てる。


魔女ウィッチライラ、及び、その協力者である、故・アーサーが娘、アリス……天使のお告げにより、排除する」

「……今……何て?」


 胸を突かれたような、衝撃が走る。

 聞き間違いでなければ——今、この男は、『アリス』と言っただろうか?


「ねえ、アリスが協力者って、どういうこと……!?」

「……それ以上、喋るな。大人しく捕まれば、手荒なことはしない。ここの孤児院の子どもたちも、苦しませないと約束しよう」


 オルランドの冷たい瞳が、オーロラを刺す。


(——これは、もう、何を言っても駄目だ)


 オーロラは悟ると同時に、思案する。

 どうにかして、子どもたちだけでも、逃れる方法はないだろうか。そして、王城へ向かったアリスに、このことを伝えるにはどうしたらいいだろうか。

 しかし、次の瞬間——



「ぎゃああああああ!」



 男の叫び声が、廊下に響き渡る。


「……何事だ!?」


 オルランドが叫ぶと、複数人の足音が近づいてくる。

 オーロラの部屋の前に姿を現した騎士が、声を張り上げる。


「隊長! 子ども……魔女ウィッチたちが、抵抗しました! 交霊術ゴエティアを使って、騎士に攻撃を仕掛けてきます!」

「何だと……!?」


 オルランドが構えると同時に、部屋の中に黒いもやが現れる。

 黒い靄は次第に部屋全体に広がり——オーロラの姿を、覆い隠す。


「うわあっ!? 何なんだこれは!?」


 オルランドや他の王都騎士が、右往左往する。


「オーロラ! 逃げよう!」


 靄の中から子どもたちが現れ、オーロラの手を引いて外へと連れ出す。


「駄目だよ! 無茶だ! この人数で、王都騎士から逃げられるはずない!」


 オーロラは子どもたちを制止しようとするが——子どもたちは、止まらない。


「オーロラを逃がすんだ!」

「皆で、協力して、騎士の目眩めくらましをするんだ!」


 そう言い放った子どもの前に——一人の騎士が姿を現す。



「駄目! 戦っちゃ駄目!」



 叫ぶと同時に——騎士の剣が、振り下ろされる。


「あ……オ……ロラ……」


 腹から血を流して、倒れる子ども。



「き……きゃああああああああ!」



 その様子を見た子どもたちは泣き叫び、王都中に散らばる。


「一人も逃すな! 子どもだからといって容赦するな! 相手は魔女ウィッチだ! 殺すと悪霊デーモンが身体を取りに来るぞ……そこをすかさず刺せ!」


 王都騎士の野太い声が——すっかり日の落ちた、王都に響き渡る。


「駄目! 皆、逃げて! 戦っちゃ駄目! 死んじゃう!」


 オーロラは叫びながら、己の手に念を込める。

 辺りの浮遊霊を操って、王都騎士たちの足に絡み付かせる。


「ぐわあっ!」


 地面に転げる騎士を蹴飛ばし、次の騎士へと目線を移す。

 しかし、数が多すぎる。オーロラ一人で全てを相手にすることなど——到底できなかった。


「うわああああああ!」


 一人、また一人。子どもたちが斬られていく。

 斬られた子どもの周りには黒い靄が集まり、その肉体の中へと入っていく。

 悪霊デーモンに乗っ取られて動き出した身体を——再び、天使武器で、騎士が斬り伏せる。


「ああ……! ああ!」


 愛しきものを——二度、殺される。

 目に入れたくない、吐き気を催すような光景が広がる。


 ——どうして。どうして。どうして。

 どうして、こんなことになってしまったんだろう。


 僕は何を、間違えたんだろう。

 魔女ウィッチは、まだ、やり直せる——そんな希望を持つこと自体が、間違いだったのだろうか。

 悪霊デーモンと契約した時点で、僕らは罪人で。

 無残に殺されることは、仕方のないことなのだろうか?


 流れる涙とは裏腹に、頭が冷静になっていく。


 皆を——殺さない。


 そう言ってくれた彼女のことを、思い浮かべる。

 オーロラに再び、生きる希望をくれた人。

 失った情熱を、狂おしいほどの愛憎を、思い出させてくれた人。


(アリスも……こいつらに、狙われているんだ)


 そう思ったら——頭の中で、何かが切れる音がした。

 今更、何人殺そうが、どうでもいい。

 守りたかったものは、壊されてしまった。

 堕ちるところまで、堕ちた身だ。


 彼女の為ならば、何処までも残酷になれる——そんな、気がした。



「ふふ……あはは、あーっはははははははは!」



 オーロラの笑い声が、夜空に響く。

 周囲の王都騎士が怯み、オーロラに向けて武器を構える。


「そんな雑魚共に構ってる暇があるのか? お前らの目の前にいるのは、大悪霊アークデーモン魔女ウィッチだぞ!」


 自分自身——驚いていた。

 こんなにも『悪役』らしい声が、出せるなんて思わなかった。



「さあ、束になってかかってこい! 魔女ウィッチライラが、相手をしてやろう!」



 彼女の元へは、絶対に、行かせない。

 オーロラは涙を拭い、精一杯の——邪悪な笑みを浮かべた。


お読みいただきありがとうございます。


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