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ダクスの女神  作者: 森松一花
第7章
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第108話 魔女狩り Ⅰ

 エクスが出て行ってから、丸五日が過ぎてしまった。

 彼の使っていた屋根裏部屋の中央に座り込み、アリスはエクスの帰りを待ち続けた。


 木製の机と、古びたベッドが置かれているだけの屋根裏部屋。部屋の至る所に、エクスが集めた石や、枝や、木の実などが残されている。

 何に使おうとしていたのかは不明だが——彼の笑顔を思い出しては、途方に暮れる。


(エクス……本当に、何処にいっちゃったの……?)


 大通りでも、外れの教会でも、エクスの姿を見つけることはできなかった。

 もしかしたら、エクスはアリスの行動をどこかから見ていて、避けているのだろうか。そう思うと、胸がちくりと痛む。


(駄目だ、暗い気持ちになってちゃいけない……!)


 アリスは、何かエクスの手掛かりになるものでもないかと、机の引き出しを開けてみる。

 すると、引き出しの中。錆びついた小さな鍵があるのが、目に入る。

 エクスが何処かから拾ってきたものなのか、父が昔、使っていたものなのかは解らないが——それを見て、はっと思い出す。


(そう言えば……アダム殿下から貰った、猊下げいかの部屋の鍵。あれはエクスが持っているんだった!)


 猊下に関することなのに、何故、今の今まで忘れていたのだろうか。自分自身に、少しだけ失望する。


(もしかすると、エクスは一人で、猊下の所に行ったのかもしれない……そうなると、エクスがいるのは、マラキア城だわ……!)


 アリスは立ち上がり、自室に外套がいとうを取りに行く。

 せわしなく階段を降りると、廊下の掃除を終えたネコと出くわす。


「あれ~? アリス、どこ行くでありますか? もうすぐ日が暮れるでありますよ?」

「夜になるまでには帰ってくるから! ちょっと出かけてくる!」

「……? あーい」


 飛び出すように家を出て、アリスは王城を目指す。

 息をするのも忘れるぐらいに、ただ、必死で走り続ける。

 大通りまでたどり着いて——ふと、街の違和感に気が付く。


 先程から、人がいない。


 もうすぐ日が暮れるとはいえ、あまりにもがらんとしている。

 不思議に思って辺りを見回していると——雑貨屋の建物の扉から、一人の男が顔を出す。


「お嬢さん! お嬢さん! 駄目だよ、外に出たら!」


「……え? 私、ですか?」


 聞き返すと、男は驚いたような顔をして、アリスを見つめる。


「お嬢さん、『天使のお告げ』を見ていないのかい?」

「あ……すみません。見てないですね……」

「変わったお嬢さんだね。昨晩、王都に緊急事態宣言が出されたんだよ。何でも、王妃殿下を殺した魔女ウィッチ討伐とうばつするとのことだよ。危ないから、王都騎士団から声が掛かるまで、外に出ない方がいいよ!」

魔女ウィッチの討伐……ですか?」

「ああ! じゃあね! ちゃんと帰るんだよ、お嬢さん!」


 そう言って、男は建物の中へと引っ込んでいく。


「…………」


 一人街に残されたアリスは、唖然あぜんとする。


(今、おじさん、何て言った? 『王妃殿下を殺した魔女ウィッチを討伐する』って言ったわよね? 王妃殿下は、亡くなったってこと……?)


 こっそりエクスを探しに出てはいたが、しばらく家から出ることを禁止されていたアリスには、現在の王都の情勢がよく解らない。

 王妃はあの後、失踪事件の被疑者として捕えられたはずだ。それがどうして、王妃が魔女ウィッチに殺されることになったのだろうか?


(……考えても、解らないわね。王城に急ぎたいところだけれど……先にオーロラに話を聞きに行った方が、いいかしら)


 魔女ウィッチの討伐。まさか、オーロラたちの事ではないだろうか。

 彼女たちが、王妃を殺害するとは思えない。だが、念のためだ。アリスは来た道を戻り、広場へと出る。


 移動する時間さえ惜しく感じながらも、孤児院へと向かう。

 白い外観の、質素な建物。扉の横のベルを鳴らし、しばしの間、待つ。


「はいよー?」


 姿を現したのは、黒いワンピースに身を包んだ、オーロラ。いつも一つに結っている髪を下ろしていて、少し落ち着いた雰囲気に見える。


「オーロラ!」

「アリス!? 僕に会いに来てくれたの……とか、言ってる場合じゃないかな。どうしたの? もう日が暮れるよ?」

「オーロラ、王都に、緊急事態宣言が出たって、知ってる?」

「ああ、うん。朝、孤児院に王都騎士が来て、王妃殿下を殺害した人物がうろついているから、誰も外に出すなって」

「王妃殿下が、魔女ウィッチに殺されたっていうのは?」

魔女ウィッチ……? 何それ。僕は聞いてない。ただ、犯人が捕まってないとしか……」

「そうなの?」

「うん。どういうこと? 王妃を殺したのは、魔女ウィッチなの?」

「解らないわ。私も、ずっと家にいたから。今、王都では何が起こっているのかしら……」

「う~ん……」


 オーロラはしばらく考え込むような仕草を見せ、口を開く。


「何で、王都騎士は僕に、『魔女ウィッチ』って伝えなかったんだろう」

「どうなのかしら。でも、私、もしかしたらオーロラか、オーロラの孤児院の魔女ウィッチが、事件に関わってるんじゃないかと思って……」

「それはない。最近、孤児院からいなくなった子はいないし、僕もしばらくは何も悪いことはしてない」

「そう、それならいいのだけれど……」


 今回の事件に、オーロラは関わっていない。それが知れて、少しだけ安心する。


「そう言えば、アリス。エッちゃんは見つかったの?」


 心配そうな顔をしながら、オーロラが口にする。


「いいえ……まだ。もしかしたら、王城にいるかもしれないの。だから、これから行こうと思って」

「ええ!? 緊急事態宣言中に、王城に行くなんて大丈夫?」

「でも、もしかしたらエクス、私のことを待っているのかもしれないから。アダム殿下かセトに会えれば……力になってくれると思うし、大丈夫」

「ううん……まあ、心配だもんね。あ、ちょっと待って、アリス」


 オーロラは一度建物の中へと姿を消すと——しばらくして、一本の剣を持って戻ってくる。


「はい、これ。手ぶらで行くより、安心でしょ?」


 白く、美しい曲剣を手渡される。全長八十センチメートルぐらいの、普段、アリスが戦う時にエクスが化けている剣と、よく似ている。


「この剣は……?」


 美しい装飾の施されたさやを、すらりと抜いてみる。象牙色ぞうげいろの剣身が、青白く光り輝いて見える。


「昔、僕のところに逃げてきたリリウム隊員が、持っていた天使武器。エッちゃんがいない今、何かあったらアリスの助けになるはずだよ。持って行って」

「ありがとう、オーロラ……使うことがないことを、祈ってるわ」


 腰のベルトに剣を引っ掛け、孤児院を後にする。


「アリス~! 気を付けてね~!」


 オーロラの声に振り返り、軽く手を振る。


(エクス……! 待っててね……今、行くから!)


 沈みゆく夕日を横目に、アリスは駆け出す。

 王都の、夜が近づいてひやりとしてきた空気を吸い込み——王城を目指した。


お読みいただきありがとうございます。


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