第107話 啓示 Ⅱ
「じゃあね、クロエちゃん。また来るよ」
「はい~、毎度ありがとうございま~す」
チリン、と扉の鈴が鳴り、常連客が店の外へと出ていく。
アンティーク調の棚に並ぶ、新鮮な肉。吊るされた橙色の照明が、それらを美味しそうに照らしている。
客足の途絶えた店の中——クロエは一人、大きな溜息を吐く。
(あ~あ。安息日もお店の手伝いで、面白いことがないなあ。ごろごろして、ますます豚みたいになるよりはいいかもしれないけれど。昨日の学校も、アリスもオーロラちゃんも来なくて、ずっと『ぼっち』だったし)
アリスとオーロラという、目立つ友達ができたことによって、以前のように嫌がらせを受けることはなくなった。
それでも、彼女たちがいないと、学校はつまらない。明日は、二人とも登校してくるだろうか——そんなことを思いながら、もう一度、溜息を吐く。
「クロエちゃ~ん。お店の手伝いはもういいから、日が暮れる前に、夕食の材料を買ってきてくれないかしら」
店の奥から、母親の声が聞こえてくる。
「は~い」
赤色のエプロンを外し、籠と財布を手にする。
重い扉を押し開けると、ひんやりとした空気が顔に触れる。
(さ、寒~い! 今年は寒くなるのが早いなあ。雪とかそろそろ降りそう!)
露出して冷えた手を擦り合わせながら、クロエは広場へと差し掛かる。
すると、広場の中央——何やら人が集まっていて、騒がしい。
(うん? 何だろう。王都騎士の人が掲示物を貼っている? 天使のお告げが出たのかも。確認して、お母さんたちに知らせなきゃ!)
クロエは小走りで、人々が関心を寄せる掲示板へと近づく。
(えっと、なになに? ベアトリーチェ王妃殿下が……何者かに殺害されて……犯人がまだ捕まってないから、暫く家から出るな……?)
「ええっ!? これ、本当ですか!?」
思わず大きな声を出すと、その場にいた若い女と目が合う。
「そうらしいのよ。最近、王城に巨大な悪霊が出たとかいう、噂もあったでしょう? 悪霊が出たのも、王妃殿下が亡くなったのも……全部、悪い『魔女』のせいなんですって」
「そうなんですか?」
「ええ。で、噂によると、明日の夜から、王都騎士団による討伐が行われるんですって。怖いわよねえ。外に出られなくなるから、食材を少し多めに買っておいた方がいいわね」
「はああ……」
とてもじゃないが、現実感が湧いてこない。
(王妃殿下が……亡くなっただなんて。天使降臨祭では、あんなに元気そうだったのに)
クロエのような小民にとっても、王妃は、王都に無くてはならない存在のように感じられていた。
それを失ったとなると——今後、王都はどうなってしまうのだろうかと、不安な気持ちが押し寄せてくる。
(セト様やアリスにとっては、王妃殿下は家族みたいなものだよね……だから、最近、二人とも学校に来てなかったんだ。今度会ったら、何て声を掛ければいいのかな……)
彼女たちのことは気掛かりだが、今は、数日分の食材を買って、『天使のお告げ』を自分の家族に知らせることの方が先決だろう。
(いけない、日が暮れる前に、買い物を済ませなくっちゃ!)
クロエは広場を後にし、急いで市場へと向かった。
* * *
買い物を終え、夕食をとり——クロエは一人、部屋の窓から王都を見つめる。
窓の横には、年季の入った机と、大きなベッド。棚にはたくさんの人形やぬいぐるみが詰められている、ごく平凡な子ども部屋だ。
(ああ、明日から、王都はどうなっちゃうんだろう……)
いつもならば、この時間。夜市の色とりどりの明かりが見えるものだが——今日は、真っ暗だ。
(天使降臨祭で、悪霊事件が起こった後ぐらいからかなあ……アダム殿下の謀反だとか、王妃殿下が亡くなるとか、不穏な知らせばかりだよぉ……)
しょんぼりと肩を落とし、クロエはベッドへと潜り込む。
(早く、アリスと、オーロラちゃんに会いたいなあ。今度みんな揃ったら、また前に行った茶店に誘ってみよう。あそこのパンケーキ、美味しかったからなあ。ああ、思い出したら、お腹が空いてきちゃった……)
クロエは目を閉じ、友人たちの顔を思い浮かべる。
「また、一緒に遊べるよね……? アリス、オーロラちゃん……」
楽しそうに笑う三人の姿を脳裏に——クロエは眠りについた。
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