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ダクスの女神  作者: 森松一花
第7章
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第106話 啓示 Ⅰ

 時計の針が時を刻む音を聞きながら、ベッドに寝転び、天井を見つめる。

 ベッドの他には、ソファーや机などの調度品と、鍛錬用具だけが配置された、殺風景な自室。


 もう何日間、こうしているだろうか。アダムはベアトリーチェによる王城での悪霊デーモン騒ぎの後、軟禁状態にあった。

 アダムは、今回の事件の渦中かちゅうにある人物。下手に表に出て発言するよりも、しばらく大人しくしていた方がいいだろう——という、オルランドの指示だ。


(オルランドたちは、ちゃんと上手くやれているだろうか。ベアトリーチェが悪霊デーモンを使い、王都の人間を秘密裏に消していたことを、ちゃんと自白させられたのだろうか……)


 ベアトリーチェが、思ったよりも素直に捕まったことが、気になっていた。このまま大人しくさばかれるような女じゃない。何か、企んでいることがあるのではないか。


(父上についても、気掛かりだ。事件の後、王城を探し回ったが何処にも姿がなかった……ベアトリーチェから、情報が聞き出せていればいいのだが)


 ふう、と息を吐き、上体を起こす。

 じっとしていると、どうにも落ち着かない。何より、しばらくイヴの所に行けていないのが、不安で仕方がない。


 身体を伸ばそうと立ち上がった瞬間——部屋の扉が、コンコン、と叩かれる。

 扉に向かい、押し開けると、ダリア隊の赤い隊服を着た、オルランドの姿があった。


「オルランドか……どうだ? 何か進展はあったか?」


 声を掛けるが、オルランドは下を向いたまま、黙っている。


「……オルランド?」


 不思議に思って顔をのぞくと、オルランドは静かに、口を開く。


「アダム……隊服を着て、一緒に来てくれ」

「……? ああ……」


 言われるがままに、ダリア隊の隊服に着替えて、部屋を出る。

 黙ったままのオルランドの後に付いて、長い廊下を進んでいく。


「なあ、オルランド。俺はいつまで、自分の部屋にいればいいんだ?」

「…………」

「俺とベアトリーチェ、双方の言葉を聞いた上で判断する必要があるのは解るが、そろそろ身体がなまりそうなんだが……」

「……そうか」

「今から何処へ行くんだ? イヴにずっと会えてないんだ。少しだけ、時間を貰えないか?」

「アダム」


 オルランドが、立ち止まる。


「……どうした? 何か、忘れ物か?」


 軽い気持ちで問うと、オルランドはアダムに向き直り、真剣な目をして口にする。


「君は、王都が好きか?」

「は……? まあ、好きだが」

「……王都の平和の為なら、何でもしてくれるか?」

「ああ、まあ。俺も一応、王都騎士だしな……何でそんなこと、聞くんだ?」

「いや。戦ってくれるなら……それでいいんだ」


 そう言うと、オルランドはアダムと目を合わせずにきびすを返し、再び歩き出す。

 何だか様子のおかしいオルランドに疑問を抱きつつ——後を付いていく。


「……ここだ」


 辿り着いたのは、大会議室の扉の前。オルランドは一呼吸おいて、扉の取っ手を引く。

 広々とした空間は、壁一面に本棚や絵画が配置されており、中心にある大きなテーブルの周りに、革張りの椅子が並べられている。

 部屋の中にいたのは、王都騎士団の隊長と副隊長、数人の王子や官僚かんりょうに、王直属の親衛隊しんえいたい

 審問会しんもんかいの時にも顔を合わせた面々が——静かに、着席していた。


「これは……何の集まりだ?」


 アダムが口にすると、オルランドが会議室の中央へと移動する。


「アダム……まず、聞いてくれ。先日のことだ。その……」


 オルランドは少し言い淀んだ後、意を決したように告げる。



「ベアトリーチェ王妃殿下が……何者かによって、殺された」



「……何、だと?」

「牢の監視役が何者かに殺され、ベアトリーチェ王妃殿下が牢にいないことに気が付いたのが三日前。一昨日、第三王子のノア殿下が、隠し通路前で倒れているベアトリーチェ王妃殿下を発見した。身体には、何度も何度も、刺したような跡が見つかっている。恐らく、強い恨みを持っていた者の犯行だろう。念のため聞くが……君では、ないな?」

「…………」


 頭の中が真っ白になって、言葉が出てこない。


 ベアトリーチェが、殺された。


 一体、誰が? 自分以外に、ベアトリーチェに恨みを持っていた者とは? 被疑者である彼女を、今の頃合いで殺す意味は?

 考えてみても——心当たりがない。


「……意地悪なことを聞いたな。君が犯人でないことは、解っているんだ」


 オルランドは静かに口にすると、懐から白い書状を取り出す。


「……それは?」

「天使の、お告げだ」

「……いや、おかしくないか? 天使のお告げは、ベアトリーチェが出していたのだろう? ベアトリーチェが捕えられて……殺された今、一体誰が……」


 そこまで言って、アダムははっと息をむ。

「まさか、イヴが起きたのか!?」


 詰め寄ると、オルランドはゆっくりとうなずく。


「そのようだ。今朝、猊下げいかの様子を見に行った、医師が発見したものだ。発見したときには……再び、猊下は眠りについていたようだが」

「イヴに、イヴに会いに行かせてくれ……!」

「アダム。それよりも、だ。これを、読んでくれ」

「え……?」


 オルランドが書状を、アダムに手渡す。

 震える指先で乱暴に書状を開き、机の上に広げる。



『我、無垢なる原罪——イヴの名において、忠実なる汝ら都民に、以下のことを知らせる。


 先日、王都の平和を乱した、王城の悪霊デーモン事件の元謀げんぼうは、王妃ベアトリーチェである。


 王妃ベアトリーチェは、度重なる失踪事件に関わっており、王城の地下に捕えた悪霊デーモンを使って、多くの民の命を奪った。


 天使の名を詐称さしょうした数々の行いは、決して許されることではないが、それは同君どうくんが悲惨な最期を遂げる理由にはならないだろう。


 よって、王妃ベアトリーチェを殺害し、王都の平和に亀裂を入れようとせしものの名を記す。



 魔女ウィッチ ライラ

 元王都騎士団ダリア隊 故・アーサーが娘 アリス



 彼女等を速やかに排除することを、ここに命じる。

 また、魔女ウィッチライラがかくまっている、王都に隠れ住む魔女ウィッチたちの排除も、同時に行うこと。


 今こそ、王都に巣くう闇を、取り払わん。

 あらゆる手段を尽くして、あやまちちのないように心がけよ——』



「何なんだ……? これ」


 アダムの声が、静寂せいじゃくに包まれた会議室に響く。


「ライラって、何で今、この名前が出てくるんだ? 何故こいつが、ベアトリーチェを殺害して、しかもアリス殿が協力者って……そんなことあるわけないのに。王都に隠れ住んでいる魔女ウィッチについても、あれほど慎重に動いていたのに……全て排除しろって。疑わしきは殺せってことか? こんなこと、天使が指示するはずないだろう……?」


 この、『天使のお告げ』は、何だかおかしい——

 ここにいる誰もが、そう思っているはずだ。


「誰だ? 誰が黒幕なんだ……? イヴの名を使って、誰がこんなことをやらせようとしてるんだ!?」

「落ち着け、アダム」


 オルランドの低い声が、取り乱しそうになるアダムを静止する。


「君や僕が、見間違えるはずがないだろう……それは確かに、猊下の、筆跡だ」

「…………!」

「皆、確かに見たな。これは、紛れもなく……猊下を通して天使から告げられた、命令だ」

「オルランド!」

「聞け、アダム。ベアトリーチェ王妃殿下が亡くなって、陛下も行方不明。次の王が決まるまでの間、王都騎士団への全指揮権を持っているのは……ロサ隊隊長である、僕だ」


 何処か、感情が抜け落ちたような顔をして——オルランドが告げる。


「これから、王都に緊急事態宣言を出す。明日の夜から——王都内の、魔女ウィッチ討伐とうばつを行う。ロサ隊、ダリア隊、リリウム隊は討伐の準備を。官僚各位は、自分の自治体への避難指示を。王子殿下は、暫く城外には出ないでください……以上、準備に当たれ!」

「はっ!」


 シンシアやパーシヴァルが、黙って会議室を後にする。

 まだ状況が飲み込めず——アダムは一人、立ち尽くす。


「アダム……」


 オルランドが傍に寄り、アダムの肩に手を乗せる。アダムにだけ聞こえるようにと、耳元でささやく。


「当てがあるんだ……明日、ライラの根城には、僕が行く。どんな戦いになるか解らない。君にも来て欲しいが……無理強いはしない」

「…………」

「そんな顔で、戦場に立たれるのは迷惑だからな。猊下が、己が命を振り絞って、僕たちに伝えた内容だ。使命を全うする……その覚悟ができたなら、来てくれ」


 バタン、と扉が鳴り、広い会議室の中、アダムだけが取り残される。


「……イヴ? 本当に、お前が……?」


 静寂の中——己の声だけが、いつまでも耳に残った。


お読みいただきありがとうございます。


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