第103話 天使の言い分 Ⅱ
真っ直ぐ、王城だけを目指して飛ばなければならないのに。
アリスがいなくても、イヴに会う術は、己の手の中にあるのだから。
「っうう……ぐすん……」
だが、どうしたというのだろうか。先程から、目から水が大量に出てきて止まらない。
何か、己の中の、大切な部位が壊れてしまったのだろうか。ならば猶更、早く大天使に会って、直してもらいたいのだが。
「……はあ」
暗い気持ちで一人、夜になっていく王都を眺める。
王城近くの大木の枝に留まり、アリスの部屋から持ち出したイヴの部屋の鍵と、城内の地図を確認する。
アリスの話からすると、イヴは暫く目を覚ましていないらしい。だが、もし目を覚ましていたとしたら、こんなひどい顔のまま会うわけにはいかない。
自身を落ち着けようと、エクスは深呼吸を繰り返す。
(……アリスが、俺を選んでくれないなんて、思わなかった)
アークよりも、自分の方がアリスと信頼関係を築けている。そう確信していたのは、自分だけだったのだろうか。
そう思うと、いたたまれない。頭の中が嫌な気持ちで一杯になって、ますます視界がぼやけていく。
(俺って、こんなんだったっけ。アリスと会ってからかな……悪霊と仲良くしたせいかな。天使として、本当に壊れちゃったのかもしれない)
アリスと出会う前——エクスには生まれてすぐに契約した、一人の少女がいた。
一年以上、一緒にいたはずなのに。もう、名前すら思い出せない。
天使と聖女は、死ぬまで一緒。だから、死んだら何もかもが、終わる。
聖女にとって天使は唯一無二の存在かもしれないが、天使にとって聖女は、取り替えの効く代用品でしかない。
だから、天使は聖女に対して、余計な感情を持たない。嬉しいも悲しいも、楽しいも美味しいも、余計なものでしかないのだから。
(それを忘れて馬鹿みたいにはしゃいでいた、俺が悪いのかな……)
アリスといると、どうでもいい、が、増えてしまう。
アリスと行く所は何処でも楽しい。アリスがいない家は少し寂しい。アリスと食べるご飯は美味しい。アリスがアークと笑っていると何だか悔しい——
ぼうっとした頭であれこれ考えていると、王城から、二人の男女が出てくる。仲睦まじいその姿を見て、家に帰りたくなるのをぐっと堪える。
(アリスに頼らずに、ちゃんとイヴに会って、聖堂の謎を解くんだ! きっと新しいことが解れば——アリスだって、俺と一緒に願いを叶えることが一番大事だって、思い出してくれるハズだ!)
エクスは己の頬を叩き、王城を見据える。涙はいつの間にか止まったので、問題なく『仕事』をこなせるだろう。
ふわりと城門を飛び越え、城内に侵入する。城内には複数の騎士たちが駐在していたが、誰にもエクスの姿は見えていないようだ。
地図によると、イヴは城で一番高い円塔にいるらしい。堂々とした態度で歩みを進めていき、聖堂の横を通り過ぎる。
瞬間——違和感を覚える。
(……何だろう。前まで聖堂の門から感じた『気配』みたいなものが……今日は、消えている気がする)
エクスは道を戻り、聖堂の前へと出る。
駄目元で門を押し開けようとすると——ギィ、と音を立てて、門が開く。
(門の禁術が解けている! 術者が、自ら解いたのか? あるいは、術者の命が、尽きたのか——)
何はともあれ、これで大天使に会える。エクスは少し緊張し——一呼吸おいて、聖堂の中へと入っていく。
白い石壁が月の光を反射し、辺りは青白い光に包まれている。しんと静まり返った室内に、自身の足音だけが響き渡る。
「大天使~? いるのか? あの、遅くなっちゃったんだけど。俺、何故か、全然連絡来なくって。最近、めちゃくちゃ悪霊が多くて。何が起きてるのか、教えてくれる……?」
反響するのは己の声だけで、返事は帰ってこない。
そして、聖堂の奥へと進んだエクスは——あまりの光景に、慄然とする。
「な……何なんだ……これ。何なんだよ!?」
エクスの怯えた声とは裏腹に、何者かの笑い声が、聖堂に響く。
「お前、誰だ……?」
エクスの意識は、そこで途切れた。
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