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ダクスの女神  作者: 森松一花
第6章
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第100話 混沌 Ⅰ

 士官学校が終わると、真っ先に向かう場所。

 誰もいない廊下を行き、自分にとって最も居心地の良い部屋の扉を開く。

 柔らかな日差し、白い部屋。ふわりと香る、甘い花のような匂い。



「あ、お帰りなさい。兄上」



 部屋の中心にある大きなベッドから身を起こし、イヴが微笑みかけてくる。金色の長い髪に、白い肌。齢十三になったばかりだが、大人顔負けの美貌びぼうと、色気がある。


「ただいま、イヴ。お菓子を持ってきてやったぞ」

「わあい」


 持ってきた菓子を机に並べ、ハーブティーを淹れる。イヴはベッドに腰かけ、足をぱたぱたと動かして待っている。


「今日は、学校で何をしたの?」


 キラキラと輝く瞳を向けて、イヴが口にする。アダムが士官学校から帰った時の、お決まりのやり取りだ。


「剣術の試合があったな。オルランドと対戦した」

「へえ、負けたの?」

「まさか」

「あはは、オルランドも弱いわけじゃないのにねえ。兄上が相手じゃ可哀想だ」

「そうかな」


 アダムはベッドの横にあるソファーに制服の上着を放り投げて座り、嬉しそうに菓子を頬張るイヴを見つめる。


「イヴは、何をしていたんだ?」

「特に何も。空を見てた」

「イヴは、空を見るのが好きだな」

「別にそうじゃないけど。やることないから、なんとなく」


 イヴは猫のように伸びをすると、ベッドに身体を預ける。


「……ねえ、兄上」

「どうした?」

「俺、外に出たい」

「それは、ちょっとな……お前を外に出すとなると、警備も必要だし。最近、体調もあまり良くないだろう?」

「えー……」

「何か必要なものがあったら、俺が持ってきてやるから」

「うん……」

「いつか絶対に、お前を自由にしてやるから。それまで、待っててくれ」


 不満そうな顔のまま目をつぶるイヴの頭を、そっと撫でる。


「……兄上は、この先もずっと、俺の傍にいる?」

「ああ」

「何があっても、味方でいてくれる?」

「勿論だ」

「……約束して」

「ああ、約束だ」


 差し出されるイヴの小指に、自分の指を絡める。

 このやり取りは、何回目だろうか。不安になるとイヴは、いつもこうして約束をしたがるのだ。


 必要とされるのが、何より嬉しかった。

 小さくて可愛い、俺のイヴ。

 これ以上、彼が苦しむことが無いように。

 これ以上、ベアトリーチェに歪められることが無いように。

 全ての悪意から、守ってやりたい。


 イヴは——俺の全てだ。



◇ ◆ ◇



 ギィアアアアアアアアアアア!!


 心臓部を突き刺された悪霊デーモンは叫び声を上げ、藻掻く。


「何ですって……? わたくしが育てた悪霊デーモンが、負ける……?」


 傍観していたベアトリーチェが、ぽつりとつぶやく。

 信じられないといった様子のベアトリーチェに、アダムが向き直る。


「……母上。もう、終わりにしよう。自分のやったことを認めて……」


 アダムが言いかけた、その瞬間——

 悪霊デーモンが黒い血を吐きながら、咆哮ほうこうする。


「なっ、何!?」

「アリス、悪霊デーモンが蒸発しない! 心臓部への攻撃が甘かったんだ!」

「噓!?」


 エクスの声に、アリスは身構える。

 悪霊デーモンは曲がった両足を伸ばし、立ち上がる。ただでさえ巨大な図体が、ことさらに大きく見える。

 恐怖したのも束の間——残った腕をばたつかせると、悪霊デーモンはアリスが割って入ってきた穴の縁を掴み、地上へとい出ていく。


「大変! 悪霊デーモンが、地上に出て行っちゃう!」

「アリス、追うぞ! 掴まれ!」


 剣から人の姿へと変わったエクスはアリスを抱え、悪霊デーモンを追って穴から地上へと出る。


「……ベアトリーチェ! どうしてくれるんだ!」


 アダムはベアトリーチェの胸ぐらを掴み、声を荒げる。


「お前の育てた悪霊デーモンのせいで街や民に被害が出たら、どう責任取るつもりなんだ!?」

「…………」

「くそっ……! どうすれば……!」


 人形のように無表情になったベアトリーチェから手を離し、アダムは割れた天井を見つめる。



「ぎゃあああああああああ!」



 地上に出ると、王都騎士の叫び声が響く。


「何だ、この化け物は⁉ 悪霊デーモンなのか? でかすぎる!」


 中庭の異変に気付いて外に出てきた騎士たちが、巨大な悪霊デーモン対峙たいじしている。

 悪霊デーモンは心臓部からぼたぼたと黒い血を流し、暴れ回るように騎士たちに攻撃を仕掛ける。


「うわあああああっ!」


 一人の騎士が、悪霊デーモンに身体を掴まれる。


「ぎゃあああああ! 喰われたくない! 助けてくれええええ!」

「アリス!」


 すばやく剣へと姿を変え、エクスが己の右手に握られる。


「解ってる!」


 アリスは悪霊デーモンへと駆け寄り、騎士が捕まっている腕を斬りつける。

 悪霊デーモンうめいて、騎士を解放する。地面に落ちた騎士へと近づき、声を掛ける。


「大丈夫ですか!?」

「た、助けてくれたのか……? あの、お嬢さんは、一体……?」


 不思議そうな目でアリスを見る王都騎士。どうやら、怪我はないようだ。


「私のことは気にしないでください! それより、皆さんは避難してください!」


 叫んだ後、アリスは悪霊デーモンの前に立つ。悪霊(デーモン)は、赤い目玉をアリスの方へと向ける。


「こいつを逃がすわけにはいかないわ。こんなものが街に出たら、大変なことになっちゃう!

「ああ。もう一度、地下に戻そう。そして、今度こそトドメを刺す!」


 悪霊デーモンは咆哮し、アリスに掴みかかるように腕を動かす。その腕をひらひらと避け、腕を細かく斬りつけていく。次第に悪霊の動きは遅くなり——その場でうずくまる。


「今だわ、エクス! 私を抱えて、飛んで!」

「あいよ!」


 剣のつかが、人の手へと変わる。背中に翼を生やしたエクスに身体を支えられ、アリスは空へと舞い上がる。

 巨大な悪霊デーモンよりも高い位置。アリスは悪霊デーモンの、頭部を捉える。


「エクス。空中でも、武器に変身できる?」

「できるけど……アリス、落ちるぞ?」

「ううん……怖いけど! やるしかない!」

「よし、行くぞ!」


 エクスが姿を変え、アリスは落下する。


(怖がるな! 落下しながらでも想像しろ! あの悪霊デーモンを倒す、すごい武器を……!)


 右手に握られた剣が、変形する。またたく間に大きくなり——大型の、金槌かなづちのような形になる。


「穴に、戻りなさぁい!」


 アリスが手にした白い金槌が、高所から悪霊デーモンの頭部へと振り下ろされる。


 グオオオオオオオオオオオ!!


 頭を抱えて、よろける悪霊デーモン

 そのまま後退し、這い出た穴へと、再び落ちていく。


「アダム殿下!! トドメを!!」


 アリスは、穴に向かって叫ぶ。

 ズドォン、と、物凄い音を立てて地下へと落ちる悪霊デーモン


「…………!」


 アリスの声を聞き、アダムは悪霊デーモンへと駆ける。

 ぐったりと横たわった悪霊デーモンの中心には、脈動する臓器のようなものが見える。

 アダムは悪霊デーモンへと乗り上げ、心臓部に向かって構える。


「……終わりだ、な」


 アダムの天使武器が、悪霊デーモンの心臓部を貫く。

 瞬間、悪霊デーモンの巨大な身体が蒸発してく。小さくなり、黒焦げになった人のようなものが残る。


 黒焦げの人形ひとがたは消える寸前——アダムの頬に、触れる。


「…………?」


 辺りはまばゆい光の玉に包まれる。アリスとエクスは地上へと降り、エクスが光の玉を吸収する。


「……母上」


 静かな声で、アダムが口にする。

 ベアトリーチェはただ無言で、アダムを見ている。


「もう、言い逃れできないぞ。あの悪霊デーモンは、城の者にも目撃された」

「…………」

「皆が納得するような説明を、してもらうからな」


 アダムの言葉に、ベアトリーチェが、ふふ、と笑う。


「はあ、残念。どうやら、私の負けみたい」


 いつものように自身たっぷりの態度に戻ったベアトリーチェが、両手を上げて、降参するような態度を示す。


「解ったわ。アダムの、言うとおりにする」

 

 やがて、騒ぎを聞きつけた王都騎士たちが、次々に地下へと集まる。

 ベアトリーチェは手錠てじょうけられ——その場を後にした。


お読みいただきありがとうございます。


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