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ダクスの女神  作者: 森松一花
第6章
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第99話 狂気の主

 夜の王都。暗黒街の巡回中——パーシヴァルは一人、深い溜息を吐く。


(まさか、アダム様が、王都で指名手配になる日が来るなんて……)


 パーシヴァルにとってアダムは、ダリア隊の上司であり、信頼しあう仲間。それだけでなく、個人的にもっと深い思い入れもある。

 パーシヴァルは、セトの剣術の師をする前は、アダムの剣術の師であった。

 アダムは、幼い頃より身体も大きく、丈夫で、筋が良かった。あっという間に自分よりも強くなって、手を離れて行ってしまったが——それでも、我が子のように可愛がったものだ。


(アダム様が、王妃殿下を憎んでいることも、その理由も知っている。だが、こんな思い切った行動に出るとは思わなかった)


 よほど、追い詰められていたのだろうか。相談してくれれば、助言もできただろうに。アダムはいつも一人で抱え込み、そして一人で行動してしまうのだ。

 正直な話、パーシヴァルにとっては、王妃よりもアダムの方が大切だ。彼の力になってやりたいと、今だってそう思っている。ロサ隊隊長のオルランドと協調し、何とかアダムが罪に問われないように動くつもりだったのだが——


(一体、何処へ行ってしまわれたのです……?)


 やがて細道が終わると、目の前に広場が現れる。こんな見晴らしの良い場所に、身を潜めているとは考えづらい。

 パーシヴァルは別の道を探ろうと、周囲を見渡す。

 すると、広場の花壇近くのベンチの上。人が、寝転んでいるのが視界の端に映る。


(……? 酔っぱらいか? 声を掛けて、自宅に帰るようにうながしておくか)


 パーシヴァルは、ベンチへと近づく。

 しかし、近づいてみると——その人物の容姿に見覚えがあり、背筋が凍る。


「……っセト様!?」


 ベンチの上でぐったりと横たわっているのは、己の小さな主人、セト。

 慌てて駆け寄り、顔を確認すると——


「んん……兄様ぁ……」


 気持ちよさそうにつぶやくと、すやすやと寝息を立てる。

 安心したのも束の間——パーシヴァルは混乱した。


「何故……セト様はこんな所で、お休みになられているのでしょうか……?」



◇ ◆ ◇



 アークの無茶苦茶な提案により、何とか地下へと辿り着くことが出来たアリス。

 まだ心臓がバクバクと鳴り、口から飛び出しそうな勢いではあったが——無理して平然とした顔を作り、アダムを見据える。


「……アリス殿!? 何でこんな所に!?」


 驚きを隠せない様子で、アダムが問いかけてくる。


「じっ、自分でもよく解らないのですが! アダム殿下を追ってきたら……こんなことになっちゃったんです!」


 正直、状況が全く掴めない。

 だが、落ち着く暇もなく——アリスの耳に、グルルル、という、何かのうなり声のようなものが入ってくる。

 崩れた瓦礫の中から姿を現したのは、今まで見たことも無いような、巨大な悪霊デーモン


「な……何ですか? これ……」


 あまりの大きさと禍々(まがまが)しさに、現実感が持てない。叫び出したいくらいに恐ろしいはずなのに、逆に冷静になってしまう。目の前の異形は、果たして狂悪霊インセインデーモンなのか、悪霊デーモンなのか——


 グガアアアアアアアアアアア!!


 アリスを見るなり、悪霊デーモンは巨大な口を開けて迫ってくる。


「きゃああああああ!?」


 あまりに急な事態に、アリスは大声を上げ、身をせる。



「止まりなさい」



 辺りに、凛とした女の声が響く。

 上体を起こし、声のする方を確認すると——


「ベ、ベアトリーチェ王妃殿下……?」


 アダムしかいないと思っていたその地下に、王妃の姿がある。


「……これは一体、何なんですか? アダム殿下とベアトリーチェ王妃殿下は……何をしていたのですか?」


 アリスの問いに、ベアトリーチェが静かに笑う。


「これはこれは。恥ずかしい所を見られてしまったわね。ただの親子喧嘩よ。王家の責務をほったらかして遊び歩いている息子に、少しお仕置きをしていたの」


 困ったような顔をして、ベアトリーチェは両手を天井に向けてみせる。


「お仕置きって……この、巨大な悪霊デーモンは何ですか? 何でこんなものが、城にいるのですか……?」


 自分の声が、震えているのが解る。

 何故、城の地下に、こんなにも巨大な悪霊デーモンがいるのか。明かりを嫌う悪霊デーモンは、建物の中には入って来れないはずなのに。何故、こんなものを前にして、ベアトリーチェは平然とそこに立っているのか。何故、悪霊デーモンはベアトリーチェの指示に従い、停止しているのか——


 次々と疑問は浮かんできたが、実際に疑問を口にしたのはベアトリーチェの方だった。


「そんなことよりも、アリスさん。貴女の持っている、その剣は何かしら? 何故、王都騎士じゃないのに、天使武器を持っているの……?」

「…………」


 アリスが何も言えずに固まっていると、ベアトリーチェが言葉を続ける。


「まあ、いいわ。答えたくないならば。ああ……残念なことが起こってしまったわ。私、貴女のことは気に入っていたのに……でも、仕方ないわ。貴女の代わりは、探せばいるもの」


 微笑みをたたえていたベアトリーチェの顔が、人形のように凍りつく。



「こんなものを見られちゃったら、生きては返せないわ」



 暗く、不穏な声色で——ベアトリーチェが告げる。


「良いわよ……あなた。どちらも喰べてしまいなさい!」


 瞬間——飼い犬のように大人しく伏せていた悪霊デーモンが、咆哮ほうこうする。


「アリス、来るぞ!」


 エクスの声が、剣を伝って脳に響く。


「来るって言われても……こんなに大きな悪霊デーモン、どうやって戦えばいいの!?」


 言うが早いか——アリス目掛けて、巨大な腕が振り下ろされる。


「きゃあ!」

「気をつけろ、アリス殿! 一発でも当たったら死ぬぞ!」

「そ、そんな……!」

「あと、あまり近づくな! 奴は熱線を吐く!」

「ええ!? ど、どうしろって言うんですか!?」


 再び振り下ろされる悪霊デーモンの腕。アリスは身体を回転させ、悪霊デーモンの腕を斬りつける。

 だが、全く手ごたえがない。表面をわずかに斬っただけで、致命傷とは程遠い。


「もう……! 敵が大きすぎるわ!」

「なあ、アリス。悪霊デーモンの一番前についている腕……何か刺さってないか?」


 冷静さを失っているアリスとは対照的に、エクスの淡々(たんたん)とした声が響く。


「え……? どれ?」


 注視ちゅうしすると、悪霊デーモンの左腕。白い剣身の天使武器が、確かに突き刺さっている。


「もしかして、アダム殿下の武器!?」


 アリスが振り返ると、アダムが困ったような顔で笑う。


「……情けない話だ。先程ヘマをして、俺の武器は奴の腕に突き刺さったままなんだ」

「え!? じゃあ、今の今まで、ただの鉄の剣でこんなにも巨大な悪霊デーモンと戦ってたのですか!?」


 それも恐ろしい話だなとは思ったが——とにかくこの状況を脱するには、アダムの天使武器を取り返す必要があるだろう。


(そうなると……私にできそうなことは、一つだけ——)


 アリスは意を決し、叫ぶ。


「アダム殿下! 私が、おとりになります! アダム殿下は悪霊デーモンが私に気を取られているうちに、天使武器を取り返してください!」

「そんな……危険だ。アリス殿に囮をやらせるだなんて……」


 不安な顔をするアダムに、アリスはにこりと笑ってみせる。


「アダム殿下には見えないと思いますが、私には天使がついてますから。そう簡単に、やられたりなんかしません」


 己の精一杯の、強い顔をする。アダムは少しだけ申し訳なさそうな表情をした後、前を見据える。


「すまないな……頼むぞ!」


 アダムが悪霊デーモンの左側に走ったのを確認し、アリスは深呼吸をする。演目前の踊り子のように、剣を二、三回、頭上で振り回す。


「さあ! かかってきなさい!」


 悪霊デーモンに向かって、声高に叫ぶ。悪霊デーモンは額までびっしりと付けた目玉をこちらに向け、攻撃を仕掛けてくる。

 頭上から鉄槌てっついのように振り下ろされる腕を、ひらひらとかわす。悪霊デーモンは負けじと、速さを上げて攻撃を続ける。


(速くなっても、身体が大きいせいかしら。そんなに速くはないわ。これなら……)


 ほんのわずかな、気の緩み。それを狙ったかのように——悪霊デーモンの赤い目玉が、ぎょろり、とこちらを向く。


「しまっ……!」


 瞬間、悪霊デーモンの口から、アリス目掛けて熱線が放たれる。


「きゃああああああ!」

「アリス!」

「あ……危なかった……!」


 間一髪。エクスが身体を動かしてくれたお陰で、アリスは悪霊デーモンの足元へと退避たいひする。


(でも、これで懐に入れたわ! アダム殿下の天使武器が刺さっている腕の動きを、少しでも止めることができたら……!)


 アリスは思案しあんする。悪霊デーモンの腕の動きを一時的にでも止めるには、どうしたらいいだろうか。



 ——天使は、聖女セイントの思いによって、何処までも硬く、強くなることができる。想像次第でどんな形にもなるし、聖女セイントの願いを具現化することができるんだ。


 

 先程の、アークの声を思い起こす。

 確かに、前にもあった。エクスが、アリスの思いによって、形を変えたことが。それを自分の意志で、やることができたならば——


(……やってみよう、かしら)


 アリスは顔を上げ、剣となったエクスを強く握り締める。

 想像するのは、大蛇。悪霊デーモンの腕に絡み付き、動きを止めるもの。


「……エクス! 変身!」

「言い方がダサい!」

「そ、それは気にしないの! 行くわよ!」


 アリスは剣を、悪霊デーモン目掛けて振り抜く。瞬間、シミターのような形状だった剣が、みるみるうちに形を変える。剣身は伸び、しなやかにうねり——悪霊デーモンの左腕に巻き付く。


「今です! アダム殿下!」


 アリスは鞭のように変形した剣を思い切り引っ張る。悪霊デーモンは振り払おうと左腕に力を込める。あまり長くは、持ちそうにない。


「……これだけ時間があれば、十分だ!」


 アダムは悪霊デーモンの左腕へと駆け上り、天使武器のつかを握る。


「はああああっ!」


 掛け声と共に、悪霊デーモンの腕に突き刺さっていた天使武器を押し込む。辺りに黒い血が飛び散り、悪霊デーモンの太い腕が、ゴトン、と落ちる。


 ギャアアアアアアアアア!!


 左腕を失い、初めて苦しむような声を上げる悪霊デーモン


「きっ、効いてるわ!」


 剣を元の形状に戻し、アリスは後退する。


「アリス殿……ありがとう。天使武器を、取り返すことが出来た」


 アダムが、ひゅん、と剣を振ってみせる。これならば、協力して戦うことが出来そうだ。

 ウオオオオ、ウオオオオオ、と、悪霊デーモンの苦しむような声が響く。

 すると、壁際で黙って見ていたベアトリーチェが悪霊デーモンに寄り、静かに囁く。



「いつまで遊んでいるの? そろそろ本気を出しなさいな、あなた」



 ベアトリーチェの言葉に、先程まで叫んでいた悪霊デーモンが、急に静かになる。


「……何?」

「気を付けろ、アリス殿。何か仕掛けてくるかもしれない」


 しばらくの間、睨み合いが続く。だが、次の瞬間——悪霊デーモンがぶるぶると身体を震わせ始める。

 裂けた口を目一杯に開けたかと思うと、己の右手を喉元まで突っ込む。


「何してるわけ!? 怖っ!?」


 目の前の光景におののき、声を上げるアリス。

 メリメリと音を立てて、悪霊デーモンが口の中から取り出したものは——


「……剣?」


 アリスの目に映ったのは、きらびやかな金の装飾がされている、見るも美しい、高級そうな宝剣。それが、おどろおどろしい悪霊デーモンの腕に握られているという、何とも妙な感じである。


「何で……? 何でこいつが、こんなものを持っているんだ?」


 アダムの声が震えている。悪霊デーモンの取り出した剣を見つめ、唖然あぜんとした様子だ。


「アダム殿下は、あの剣に見覚えが?」

「見覚えも何も……あれは、父上。エディリアの王が持つ、剣だ」

「ええ!? それってどういう——」


 言い終わる前に、悪霊デーモンが手にした剣を振り下ろす。

 アリスとアダムは身をひるがして避けたが、先程よりも的確に、アリス達を狙ってきたような攻撃だ。

 更に剣を振りかぶり、攻撃を仕掛けてくる悪霊デーモン

 猛攻をかわしながら、アダムがアリスに語りかける。


「……さっきと動きが変わった。ただ、暴れ回るだけじゃなくて……まるで、剣術の心得があるようだ」

「そんなことあります!?」

「剣の相手ならば、俺がした方が良いだろう。アリス殿は隙を見て、心臓部を壊すことを考えてくれ」

「わ、解りました!」


 アダムの目くばせを受け、アリスは左端へと移動する。


(アダム殿下が、隙を作ってくれる……それまで、しっかりと動きを見て、いつでも懐に飛んでいけるようにしておかなくちゃ!)


 幸い、悪霊デーモンはアリスの方には見向きもしない。悪霊デーモンはアダムに向かって小さく吠えると、剣を構える。

 アダムも、同じように構える。緊迫した空気が流れ、アリスは息を止めて見入る。

 悪霊デーモンが剣を振り下ろす。アダムは素早く剣を弾き、斬りこむ。だが、悪霊デーモンもアダムの剣を弾き——互いに譲らない攻防が続く。

 そのやりとりが何となく、アリスには稽古をしているように見えた。


 ——一方、アダムは悪霊デーモンの剣を受け流しながら、父との訓練を思い出していた。


 今も鮮やかに蘇る、父との思い出。

 イヴとして生まれてこれず、肩身の狭い思いをしていた幼少期。

 父が言ってくれたのだ。アダムは後に生まれてくるイヴを守るために、強く逞しく生まれたのだと。その黒い髪も、赤い瞳も、夜の闇からイヴを守るためだと。


 毎日忙しいはずなのに、時間を作って、稽古をつけてくれた。

 それに、どんなに救われただろうか。

 自分に、生きる意味を、生きる術を、教えてくれた。


 だから——こんな所で、負けるわけにはいかない。


「俺は、父上と約束したんだ! 俺はイヴを守る! 何にも負けたりしない!」


 アダムが声を上げると、悪霊デーモンは体勢を変え、剣を振り下ろす。


「アダム殿下!! 危ない!!」


 アリスが叫ぶと同時に、キイン——という金属音が鳴り響く。

 巨大な悪霊デーモンの剣を、アダムが受け止めている。


「あいつ、あんなでかいやつの剣を受け止められんのかよ。凄いと言うか、怖いな!」


 エクスの感心する声が聞こえる。


「アリス殿! 今だ!」


 アダムが声を張り上げる。アリスは頷き、悪霊デーモンの懐まで駆ける。


「エクス! 私に力を貸して!」

「もちろんだ!」


 地面を蹴り上げると、身体がふわりと舞い上がる。


「絶対に、負けなあああああい!」



 アリスの剣が、悪霊デーモンの心臓部を突き刺した。


お読みいただきありがとうございます。


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