第94話 暗雲の道 Ⅰ
居場所を知っていたのか知らなかったのかは定かではないが、オルランドからアダムの情報を聞き出すことは適わなかった。
大通りでセトと別れ、アリスは一人帰路につく。
(何も知らないままでいて欲しい、か……)
確かに、オルランドの言う通りなのかもしれない。アダムやベアトリーチェ、王家には、まだまだアリスの知らない歪みや悪意が潜んでいるのだろう。それを何も知らなかったことにして、ただ幸せに生きていても罰は当たらない。
(けれどこのまま、何もできない子どもで、いたくない)
二年前は、何もできなかった。今度こそ、猊下の役に立ちたい——
「……ただいま」
玄関の扉を静かに開けると、床に転がっていたクロと目が合う。
「あ、アリスだ。おかえり~」
「ちょっと遅くなっちゃったわ。もう、ご飯は食べた?」
「食べた~。アリスの分は、テーブルの上」
クロは大きく伸びをして、キッチンを指差す。すると、キッチンの方からネコがてくてくと歩いてくる。
「アリスの分までクロが食おうとしたから、ネコちゃんが止めたでありますよ。こいつ、ほっとくと何でも食うでありますよ~?」
「そう、お利口さんだったわね」
胸を張るネコの頭を撫でる。鞄を置き、手を洗い、キッチンへと移動する。
テーブルの上には、エビのフリッター、サラダ、トマトスープ、パンが食卓網で覆われて置かれている。毎度ながら、店で出される料理のようだ。席に着き、丁寧に手を合わせる。
「……そう言えば、エクスとアークは?」
キッチンで食器を洗っているネコに話し掛ける。
「ご主人は夜のお散歩に出かけたであります。天使はアリスと一緒にご飯を食べるんだとごねてたけど、眠くなったようで寝たであります」
「そう……」
エクスやアークに、アダムのことを相談したかったのだが仕方ない。明日学校から帰ってきたら、二人の意見も聞いてみよう。
「……最近アリス、忙しそうでありますね」
片づけを終えたネコが、アリスの傍へと寄ってくる。
「そうねえ……最近は、特にね」
「ネコちゃんの手は貸してやらないでありますよ」
「こうやって、お家のこと手伝ってくれるだけで、十分助かってるわよ」
ネコはふふん、と鼻を鳴らし、キッチンを後にする。遠くから、小さな声で一言。
「あんまり、思い詰めんなよ」
「……ふふ、ありがとう。ネコちゃん」
キッチンで一人、食事を続ける。
サクサクのエビに、優しい甘さのスープ。誰かに作ってもらうご飯は、何故こんなにも美味しいのだろうか。
(明日も、頑張らなくちゃな)
大きく息を吐き、アリスは目の前の幸せを享受した。
* * *
翌日。士官学校の教室で席に座るや否や、ものすごい勢いでセトがやって来る。
「アリス!」
「な、何。びっくりした」
「えっと、昨日のことなんだけど……オルランドに、深入りするなって言われただろ? でも、やっぱり俺、兄様を放っておくなんてできないって思ったんだ!」
淡い空色の瞳をキラキラと輝かせるセト。大きな決断をするように、一呼吸おいてから続ける。
「ベアトリーチェ王妃殿下に、兄様は悪くないんだって、直接言いに行こう!」
「王妃殿下に……?」
セトが、ああ、と頷く。
「それでだ。兄様が悪くないって言うからには、その証拠が必要はなずだ。今日は、それを集めたいと思うんだが……お前は、どう思う?」
「そうねえ……」
セトに意見を求められるなんて、珍しいことだ。慎重に考慮し、口にする。
「アダム殿下を救うには、ベアトリーチェ王妃殿下が失踪事件の首謀者であるという証拠を見つけるか、アダム殿下に現王家への反逆の意志がなかったことを証明するかの、どちらかだと思うの。私たちは暗黒街の事件の時はまだ生まれてないし……王妃殿下が本当に首謀者なのかどうかも解らないわ。街の人や騎士の意見を聞いて……アダム殿下が、どれだけ王家を思っていて、どれだけ必要とされているかということを、王妃殿下に伝えるのが現実的かしら」
すると、セトは驚いたような表情をしてアリスを見る。
「お前……頭いいな?」
当たり障りのないこと言ったつもりだったのだが、感心される。セトの中で、自分はどれだけ何もできない印象だったのだろうか。
「よし、そうだな。じゃあ、放課後。騎士や街の人に話を聞きに行こう。その、アリスも……一緒に来てくれるか?」
「ええ、解ったわ」
頷くと、セトは安心したような顔をする。
アダムが正しいとまでは言えなくても、アダムに罪が無いことを証明するぐらいなら、セトとアリスでもできるかもしれない。
(アダム殿下には、猊下と会う、約束を叶えてもらわなくちゃ!)
もうすぐ会えるんだ、猊下と。そのためならば、できることは何でもやろう。
アリスは胸に手を当て、己の決意を固めた。
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