表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダクスの女神  作者: 森松一花
プロローグ
1/158

第0話 彼女が女神になるまで

 少女は五年前、神に嫌われてしまった。

 その証拠に今、死の(ふち)に立っている。



 夜の森は闇よりも濃く、辺りは獣の鳴き声ひとつない。ただ、何かが木々をかき分け、なぎ倒す音だけが聞こえてくる。

 少女は逃げるどころか立つことすらできずに、ただ木の陰に隠れて震えている。自慢の長い銀色の髪はぐしゃぐしゃになり、婚約式のために着せられた青のドレスは泥ですっかり汚れていた。


 少女のすぐ傍では、死が(うごめ)いている。少女の位置からははっきりとは見えないが、黒い影のようなものが絡み合い、巨大な獣のような形を成して何かを探すように動いている。得体の知れない、死体が襲ってくるような感覚は、理屈なしに恐怖を感じる。


 もうすぐ、こちらに近づいてくるだろう。


 少女は己の死を覚悟した。まだ自分に死を恐れる気持ちがあったことに驚いたが、同時に死ぬことへの安心感もあった。


 だって、アレに喰われれば、きっと妹と同じ場所にいける。


 少女が生きることを諦めた瞬間——



「なあ、ちょっといいか?」



 誰かが小声で、少女に話し掛けてくる。


「は……」


 少女は思わず間の抜けた声を出す。

 声の方角を向くと、少女よりも低い位置、(しげ)みに隠れるように伏せの姿勢でこちらを見上げる者がいる。


 血潮(ちしお)のような紅い瞳に、白い髪をした、美しい青年。


 非現実的な美貌と、危機的状況で声をかけてきた非常識さに面食らって、少女はこの青年が人間なのかどうかすら判断できない。


「あそこでお前を探してる悪霊(デーモン)、俺がどうにかしてやるからさ、お前も俺の頼みを聞いてくれない?」

「…………」


 少女が何も言えないで固まっていると、青年は上体を起こし、少女の顔の前でぶんぶんと手を振る。


「もしもーし?」


 青年は少女の顔をのぞき込む。揺れた白髪に月の光が反射して、頭に光の輪っかがあるように見える。


「……天使?」


 思わず少女は口にする。が、青年はその言葉に何の興味も疑問も持たなかったのか、聞き返すことなく次の言葉を発する。


「どうする? 俺は別にここでお前が悪霊(デーモン)に喰われても構わないんだけど」


 青年の急かすような態度に少女は焦り、何とか声を絞り出す。


「助けてくれるの……?」


 一度は死を受け入れたが、目の前の希望にすがりたくなる。

 青年のことを必死になって見つめると、青年は期待したような目で少女を見つめ返してくる。


「俺のことも助けてくれるなら。どう? 俺と契約する?」


 キラキラと輝く、まるで悪戯をする前の幼児のような顔。

 一瞬、見惚れてしまいそうになるが、そうこうしている間にも死は刻一刻こくいっこくと迫っている。


「ねえ……助けてくれるなら早く……こっちに来るから……」


 少女は震えながら静かに懇願(こんがん)するが、青年は淡々と続ける。


「お前、名前なんていうの?」

「ア……アリス」

「じゃあアリスはさ、俺と助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓う?」

「は……? え……?」


 アリスにはこの青年が何を言っているのかが、全く理解できない。

ただ、この状況を変え、アリスを救ってくれる可能性があるものは他にはなく、今アリスにできることは一つだけ。


 化け物の咆哮が近づく。迷っている時間はない。


「誓う!」


 アリスは青年だけに聞こえる程度に、声を張り上げて答える。

 瞬間——にやりと青年が笑う。


「その誓い、受け取った」


 そう告げると同時に、青年はアリスに口付けをする。



 後になってアリスは、その口付けには誓った言葉を閉じ込めるという意味があり、絶対に違えることはできないことを知る。そしてこの契約は、アリスの運命——いや、アリスだけでなく、()()()()()()()()()()()()()()を、変えることになるのだった。


お読みいただきありがとうございます。


続きが気になる、と思っていただけた方は、ブックマークや、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ