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ケモミミのサーガ  作者: 楠井飾人
Eposode I:逆境の勇者
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幕間‐神の残影

 太陽が完全に沈み、建物に掛けられたランタンの明かりだけが照らす周囲。


 メディストス大峡谷に架かる七つの橋、その五番目付近の近くにある街は、空から降って来た鳥竜種(ワイバーン)の死体にてんやわんやの騒ぎとなっていた。


 付近は鉄器の鍜治場などが多い為だろう。鉄と木炭の香りが漂う建物の中から、職人然とした風貌の男達が、何だ何だと鍜治場から出て来る。


 「散れっ、散れぇっ! 鍜治場に戻って鉄でも打てっ、大鍛冶ども!」


 その集まって来た鍛冶師たちを追い払うように、エドモンド商会の構成員たちがゾロゾロと姿を現し睨みを利かせる。横柄な物言いに渋々といった風に鍛冶師たちは、遠目から鳥竜種(ワイバーン)を見ていた。


 「お前達は早くこの死体を片付けろ! それと、目撃者の口止めもしておけ!」

 「……く、口止めって……。これだけの目撃者を、どうやって——」

 「——知るか! いいからやれと言っているんだ! 俺はこれからエドモンド様の所へ行ってくる……とにかくお前たちは、このトカゲを片付けておけ!」


 構成員たちの取り纏め役と思わし太めの男が理不尽に怒鳴り散らす。


 かなり焦っているのか、「くそっ……くそっ、くそっ! 何でこんな事に……!」と、酷い悪態を吐きながら彼は、近くに休ませていた馬に跨り、どこかへと走らせて行く。


 残された下っ端構成員たちは少しの間、苦い表情で固まっていたが、仕方がないとばかりに鳥竜種(ワイバーン)の撤去に取り掛かり、周囲に集まって来た人だかりに睨みを利かせた。


 「——ガッハッハ! 随分に派手にやらかしおったなっ、あの小娘!」


 その一連の様子を見て、呵々大笑を上げる大男が一人。


 全身をすっぽりと覆う大きな外套に身を包んでおり、フードの隙間から見える獰猛な牙と爪が、彼が獣人種である事を教えてくれる。チラリと覗く肌も獣のような体毛に覆われていて、彼の種族が何なのかを語っていた。


 熊と狼の中間のような骨格と、体長二メートルは優に超える大柄な体躯が特徴的な種族——原獣種(ベオルヘジン)だ。


 「ジャンさん……大声は控えて下さい。ただでさえ目立つのですから」


 目立つ彼の見た目で声などを荒らげれば、注目されるのは当然である。


 それを嫌がったのか、彼の隣に立つ女が少し呆れたような声で大男を(たしな)める。ジャンと呼ばれた大男と同じような格好をする彼女は、歳の頃二十は越えていそうな見た目の勝気な雰囲気の人間種だ。


 「おぉ、すまんなカルナ!」と、謝って来るジャンの様子に肩を竦めた彼女——カルナと呼ばれた女は、フードの中から泣き黒子のある真ん丸の目を覗かせ、エドモンド商会の構成員たちへと視線を向ける。


 「ですが……ようやく糸口が掴めました。想像していたよりも、短い時間で事を終えられそうで何よりです」

 「あぁ、全くだ。ここへ来て奴ら盛大にやらかしたものだ。——貴殿もそう思うであろう? ディルムッド殿」


 ニヤリと笑って牙を見せたジャンが、すぐ後ろに佇む人物へと話題を向ける。


 「——えぇ、これを利用しない手などあり得ませんね」


 フードを目深に被っているせいで顔の全様は見えないが、見たところカルナと同じ人間種だろう。芯の通った声で話す彼——ディルムッド・ラッセル(・・・・)は、鼻眼鏡(パンスネ)の掛けられた切れ長の双眸を僅かに見せると、静かに微笑む。


 「お二人とも、早速ですが依頼です。あの天狼族の少女の迅速な保護を。——此度の一件は、エドモンド失脚の切り札になります」

 「了解です」「任せておけ」


 ディルムッドが声を掛けると、頼もしい言葉を返した二人。


 何かの儀礼なのか——。彼らがフードの中から取り出した首飾りを胸の前に掲げると、ランタンのボンヤリとした灯に照らされて、首飾りに記された刻印が明らかになる。


 ——善悪を測る正義の天秤。


 正義と民衆の女神ユースティアの象徴であるその天秤のエンブレムは、彼らが女神の騎士である事を示していた。


❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖


 同時刻。ギルド街西区の中央通りに居を構えるエドモンド商会の敷地内にて。


 そこには再興期に建てられたと思わしき荘厳な雰囲気を纏う神殿が建っていた。白い大理石で出来たそれを囲うように、幾つもの小さな塔が、まるで何かを守るように(そび)えている。


 「あぁ……あぁぁぁあ……っ! 足りなぃ、黄金(きん)が足りないぃ……っ!!」


 その神殿内より、半狂乱に陥った男の嘆き声が響き渡っていた。


 痩せ細った白髪の男である。窪んだ眼窩(がんか)とこけた頬のせいで老人のようにも見えるが、よくよく見れば、彼がまだ歳若い青年のような見た目をしているのが分かる。


 何がそんなに苦しいのか——。


 全身を掻き抱きながら呻き声を上げる彼からは、青い霊子(マナ)の光がポツポツと漏れて出ている。


 彼は不気味な祭壇の上で、その光が出るのを抑えるように(うずくま)ると、再び狂ったように大声で叫び散らした。


 「エドモンドぉぉ……ッ、何をしているぅぅ……ッ! 早く……早く金を捧げろぉぉ!!」

 「は、はい。申し訳ありません……ミーダス様。すぐに用意させます……っ」

 「急げぇ!!」


 半狂乱の男の指示に、近くで油汗を掻いていた恰幅の男は怯えながら答えた。


 恰幅の男——エドモンド商会の商会長であり、同時にこのラッセルの統治機構である議会にも席を有するエドモンド・オズワールが慌てて合図を出すと、彼の部下である数人が大量の金貨が入ったズタ袋を持って来る。


 蝋燭の火で怪し気に照らされた祭壇へとそれを置くと、次の瞬間——ぼぅ、と。


 近くに置かれたズタ袋が青い粒子へと変貌し、まるで半狂乱の男へと吸収されるかのように消えて行った。それを不思議そうに眺めた部下たちが、思い出したかのようにエドモンドの背後まで下がって行く。


 すると、彼から漏れ出ていた青い霊子(マナ)の光が途絶え、僅かばかりではあるものの、半狂乱の男が楽になったように見えた。


 「……」


 半狂乱だった男は反応を見せず、不気味な程の沈黙だけが神殿内に横たわった。


 「い、いかがしょうかミーダス様……! これだけの黄金があれば、その苦痛の一端程度であれば和らげられるかと……!」

 「……苦痛の……一端……だと?」


 その沈黙を嫌うようにエドモンドが口火を切るも、何が癇に障ったのか——。


 ユラリと顔を上げた半狂乱の男——黄金の()・ミーダスは、その病的に歪んだ顔色を激怒の色に染め上げ、祭壇の金貨をぶちまける。


 そのままエドモンドへと詰め寄ると、彼の胸倉を力いっぱいに締め上げた。


 「エドモンドぉぉ……貴様のその節穴の眼には、この老人のような顔が見えていないのか……っ? この顔を見てっ! たとえ俺の苦痛の一端程度でも和らげられたと、本気でそう思うのかっ!?」

 「あ、あ、えぇ、あ……っ。い、いえ……」

 「そうだ! 何も変わってはおらぬ! この身は未だ朽ち果て続けているのだ!」

 「……は、はい。仰る通りで、ござい、ます……」


 顔面蒼白になったエドモンド。彼の胸倉を乱暴に放したミーダスは、激昂した事で体力を消費したのか、ヒュゥ、ヒュゥ、と喘鳴(ぜんめい)を起こしながらその場に蹲った。


 「分かったのならいい……早く金貨を稼いで来い! そして祭壇へ捧げろ! この愚図共めっ……早く恩を返せっ、信者を増やせっ、もっと信仰を捧げろっ!!」

 「は、はいぃ……っ! かしこまりましたミーダス様……っ!」


 部下と共にエドモンドは急いで外へと去って行く。


 神殿内に響く彼らの足音が完全に聞こえなくなったのを確認し、覚束ない足取りで立ち上がったミーダスは、散らばった金貨を蹴飛ばしながら再び祭壇の上へと登って行った。


 そして、ドサリ、と——。


 半ば転ぶようにして祭壇の最上部に寝転んだ彼は、「……くそっ」と地面に拳を叩きつける。衝撃でうっすらと血が流れた自身の手に目もくれず、呆然と天井を見上げた。


 「——苦しそうじゃないか、ミーダス」


 不意に、ゾッと底冷えしてしまう程の不気味な声が響き渡った。


 「……。……何の用だ、ウル(・・)


 突如として耳朶を打った言葉ではあったが、ミーダスは然して驚いた様子も見せない。先程まで半狂乱していた激情家としての鳴りを潜め、一呼吸吐いた彼は、ゆっくりと立ち上がった。


 彼が声のした方向へと視線を向けると、そこには襤褸切(ぼれきれ)れを羽織(はお)った黒い男——かつて、世界に狂気と混沌と破壊の限りを撒き散らした最悪の厄災たる邪神ウルが、薄っすらと笑みを湛えて立っていた。


 「用という程のものではない。かつての友と雑談を交わしに来た程度だよ。……勧誘(・・)を兼ねてはいるがね?」

 「——止めろっ……貴様は友ではない。何度ここに来ようが、俺は貴様の眷属になどならんぞ! こんな体たらくでもっ、私は神だ! 腐っても邪神の眷属(・・・・・)にはならんっ……!」

 「ククク……強情な事だ。私の眼には、君はもう強がりを言っている場合では無いように見えるがね。そう遠くない未来に——君は消えてしまう(・・・・・・・・)だろう(・・・)

 「……っ」


 その一言にミーダスは思い出したように息を呑み、瞳孔を震わせ始める。


 何かに怯えているのか——。頭を抱えてその場に蹲り、カチカチと奥歯を鳴らした。


 「ククク……外がかなり騒がしいようだ。君も長い夢から醒める時が時が来たらしいよ、ミーダス?」

 「黙れ……っ、黙ってくれ……っ」

 「あぁ、いいとも。かつての友人の頼みだ。これ以上は止そう」


 ミーダスの懇願を聞き入れたウルは唐突に手を(かざ)した。


 すると、何もない空間から何かが飛び出して来る。棺桶だ。蓋には聖句の一つも書かれておらず、何の装飾もされていない。


 ただ漆黒に塗装されただけの不気味な棺桶が、祭壇の隣に現れた。


 「不快にさせたお詫びだ。私の眷属を一人、君に預けよう——」


 まるで棺桶と入れ替わるように、ウルの姿が消え始めた。


 「——この中に入っているのは、かつて私を最も追い詰めた男だ。死して尚……私の勧誘に抗い続けた大英雄(・・・)だよ」

 「……大、英雄……だと?」

 「あぁ。結局最後までフラれてしまったがね? そのまま捨て置くには惜しい手駒だったんだ。この男には悪いが、無理やり契約(・・・・・・)させてもらったよ。……おかげで霊体(アニマ)は摩耗し、全盛期の力からは衰え、自我の無い人形になってしまったがね?」


 ウルはそう言葉を続けると姿を完全に消した。


 ククク、と。最後に喉の奥で邪悪な笑い声を響き渡らせながら、彼はミーダスへと再開の言葉を言い残す。


 「人の祈りは儚いモノ、彼らはすぐに夢から醒めてしまうのだよ、ミーダス。だからこそだ……もし君がこれ以上ない程の絶望を味わった時は、その棺桶を開けて欲しい。私はその時、もう一度だけ君を勧誘しよう。では——楽しみにしているよ、未来の友よ(・・・・・)


 息が詰まる程の静寂が再び神殿の中へと沈み始めた。


 自身の心臓の音と呼吸の音のみがやけに大きく感じる。ミーダスは見開いた瞳の奥に不気味な棺桶のみを映し、()()ぜになった負の感情に思わず唇を引き結んだ。


 「……」


 ユラユラと怪しく、ぼぅ、と揺れる蝋燭の明かりがミーダスを照らしていた。


 神殿内の床に映ったその影から、灰のように何かが漏れ出ている。


 ——それはまるで、魂が崩れていくかのようだった。

もし、面白いと思って下さった方がいらっしゃいましたら、ブックマーク、感想、レビュー、他にも評価していただけると、今後の創作活動の励みになります!

次回から『第二章・戦いの寵児編』が始まりますので、今後とも読んで頂けると嬉しいです!

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