第6話:変身の大精霊②
「振り落とされるなよ!」
「だいじょぶ!」
凄まじい速度で通路を駆け抜けて行く。
右へ、左へ。上へ、下へ。狭い通路を器用に飛び回りながら、シーと鳥竜種の空中追いかけっこは、やはり相手が手負いの為か、シー達に分があるようだった。
すぐに鳥竜種へ追い付くと、ウィータが再び両刃斧を担ぎ空中へと飛び出した。大上段に振り被った一撃を逃げる怪物の背に叩き込まんとするも、場所は空中——身動きの取れない場所である。
『ゥルルルルゥ……!』
「……っ!」
低く唸り声を上げる鳥竜種。
まるで、空中は俺の領域だ! と言わんばかりに鋭い眼光を飛ばして来る鳥竜種は、器用に身を翻し、空中で仰向けのような体勢を取る。
口腔に火花を迸らせ、ウィータへ向けて竜の息吹を放った。
「シーちゃん、足場お願い……!」
「任しとけっ!」
ウィータがそう叫ぶと同時、シーはウィータから送られて来たイメージ通り、彼女の足元と空中のあちこちに小さな石材を幾つか出現させた。
竜の息吹が自身の身に降りかかるよりも早く、彼女は石材を蹴りつけ、空中でジャンプする。そのまま振り被った両刃斧を、勢いよく振り下ろした。
——しかし、流石は空の王者と言ったところか。
『ルォォ!』と、嘲笑うように声を上げた鳥竜種は、再び空中で器用に身を翻すと、ウィータの一撃をひらりと躱し……躱し様に、両翼の先についた鉤爪でウィータを叩いた。
「ぐぅっ……、くそ……!?」
「ウィータ……っ!」
「だいじょぶ!」
咄嗟に両刃斧を大盾に変身させ、攻撃を防ぐウィータ。力任せに振り抜かれた叩く攻撃により、壁に叩きつけられそうになった彼女だったが、身体を捻って着地——いや、着壁した。
そのまま壁を蹴って、「でやぁぁ!」と。
再び大盾を両刃斧へと戻し、鳥竜種の背中を切り裂く——が、浅い。鳥竜種が再び身を翻して、攻撃を受け流したのである。
「くそっ、また……!」と、苛立たし気に歯噛みしたウィータは、流石に二度目の着壁をする余裕はなかったのか、体勢を崩し気味に何とか地面に着地した。
牙を剥き出しにしながらこちらを一睨みした鳥竜種は、次の角——出口へと繋がる道へと曲がって行ってしまう。
「大丈夫かっ、ウィータ……!」
「うん、なんとか……っ。でも、もうちょっとだよ……!」
「おうっ、分かってる! 急ぐぞ!」
「うん!」
通路に降りウィータの身を案じるが、その心配は要らなかったらしい。シーが彼女の前まで降りると、すぐに地面をぴょいっとシーの背中に飛び乗る。ダメージを感じさせない身のこなしに安心したシーは、再び空中へと飛び上がり加速する。
意気揚々と曲がり角を曲がり、少し進んだシー達の目に出口が映り——そして。
『ゥルルルル……』
「「うげぇぇっ!?」」
出口の前で待ち構えていたように四つん這いになった鳥竜種を発見。
完璧に竜の息吹の体勢に入り、これでもかと特大の火の粉を口腔の奥に溜めていた鳥竜種の姿を見て、苦虫を噛み潰したような声を上げた。
おそらくは追いかけっこの最中で、攻撃の隙を伺っていたのだろう。
場所は十数メートル先に出口が見え始めた一本道の通路。
当然、回避は——不可能、である。
「シーちゃん、もどってもどってぇ~~……!!」
「分かってるぅぅ~~……っ!!」
バサバサバサバサっ! と、勢いよく両翼を羽搏かせてブレーキを掛けたシーは、身を翻して、さっき曲がって来た角へと戻った——。
次の瞬間だった。
今までで最大の竜の息吹が鳥竜種の口腔から放たれた。
「「ヤバいヤバいヤバいヤバいっ、ヤバい~~……!!」」
火の弾なんてレベルではない。全てを焼き焦がさんとする炎の波が、通路の壁、天井、地面、その道中にある全てを……そして、シー達の命までを燃やし尽くさんと迫る。
——だが……何とかギリギリで、曲がり角まで間に合いそうだった。
あと少し、あと少し……! と。ブツブツとシー達は内心で呟きながら、炎の奔流から逃げる、逃げる、逃げるっ! 全力で逃げ——
「助けてくれぇ……!!」
「「っっ!!」」
——ようとした、正にその瞬間だった。
目と鼻の先まで曲がり角に迫ったシー達の耳朶を妙に癇に障る声が響いた。
一瞬だけチラリと視線を遣ると、円形闘技場で司会役を務めていた男の姿が映った。おそらくは逃げ遅れたのだろう。心底、怯えた表情で助けを求めるようにシー達を見ている。
……ちっ、誰が助けてやるかよ。報いってヤツだ……っ! と。
内心でそう毒づいたシーは、すぐに視界の男から視線を外した。
「シーちゃん……っ! でっかいカベに変身して……っ!!」
「な……っ!?」
だが、しかし。
通路を曲がる瞬間、シーから飛び降りたウィータを見て、思わず驚愕の声を上げた。咄嗟にブレーキを掛け地面に降りたシーは「何やってんだウィータ!」と、叫ぶ……が。
「わたしたちは天狼族! 天狼族はえいゆうの民族! だから見すてない!」
「——っ!!」
視界の男を守るように炎の奔流の前に立ち塞がった彼女は、そう言って何かを訴えるような瞳でシーを見た。
強い瞳。有無を言わせない、揺るがない意志の籠った瞳孔。
——シーの良く知る天狼族の……英雄の眼!
あぁ、くそっ……迷ってる暇はないな……!!
「ったく……!」と。呆れを通り越して楽しくなってきたシーは、既に眼前まで迫った前に大きな岩の壁を出現させる。ウィータ達の前に近寄り、豪快に笑みを浮かべながら叫んだ。
「ハハっ、このお人好しめ!! 言ったからには耐えろよ、相棒……!」
「あいさぁぁぁぁぁぁぁ——っっ!!」
どこかで聞いた事があるような独特なウィータの返事がシーの耳朶を打った、次の瞬間——特大の炎の奔流がシー達に襲い掛かった。
レンガ越しに轟々と鳴り響く炎の音。
あまりの高熱にドロドロに融ける感触が伝わって来た。
シーは岩壁に頭をくっ付け霊子を送り続けながら、岩の壁が耐えられるように融けた場所を修復する。ウィータもシーと同じように岩に手の平を当てながら、霊子を送り続けた。
「シーちゃんっ、これあっついよぉ……!!」
「我慢しろ! こういうのは根性だ……!!」
「……せーしんろん……っ!」
炎の奔流が続く事、数秒——。
永遠にも感じられる我慢比べを征したのは……シー達だった。
『グゥルゥゥゥゥゥゥァァアア……!!』、と。自身の最大の攻撃を防がれた事が、心底から腹立たしいのか……涎と共に怒りの咆哮を上げた鳥竜種は、空へと旅立って行く。
「……」
「……あ、え……と……」
まさか、助けてくれるとは思わなかったのだろう。
何が起きたか分からないような様子で固まる司会の男は、責めるようにジト目を作って睨んで来るウィータの真意が掴めず、アタフタと視線を泳がせた。
少し呆れたように短く溜息を吐いたウィータは、そのままシーの背中に飛び乗る。
「……わるい事したらダメだよ、おじさん!」
ウィータがそう言い残すと同時、シーは出口へ向けて飛び立った。
すぐに遠ざかって行く司会の男の姿。呆けたように固まる彼の眼には、驚き以上に、畏敬の念——過去、幾度となく見て来た民衆たちが英雄へ送る賛美の感情が込められていた。
それを一瞬だけチラリと見たシーは、「やっぱ気分がいいな、こういうのは」と口を開く。「……?」と首を傾げるウィータへ向けて、言葉を続ける。
「いや、なに……英雄譚の王道っぽくてワクワクしてさ? それに——」
「それに……?」
耳を傾けるウィータへ向けて、シーは歯を見せてニヤリと笑う。
——かつて、シーは何度も見て来た……『英雄』というものを。
彼らは強かった。力だけではなく、その心の器も。
そう。正に、今のウィータのように。
ならば——。
「——やっぱり、こうでなくっちゃな! 英雄って奴らは!!」
心が躍る。シーは打ち震えるような笑みを浮かべながらそう思った。
大きな才覚、偉大なる素質。新たなる英雄譚の一幕の生き証人として……シーは今、その最初の一ページに立ち会っている——そんな気がした。
自らの感情に突き動かされるままにスピードを上げると、「んなぁっ!?」と、驚いたウィータがシーの背中に強く掴まる。更にスピードを上げたシーは、出口を抜け、メディストス大峡谷の崖壁を沿うように飛んで行く。
『オォォォォォオオオオ——ッッ!!』
そして、既に完全に夜の帳を降ろした空の上……そこには、忌々しそうにこちらを睨みながら旋回する鳥竜種の姿があった。
その姿はとても痛々しく、かなり傷ついているようだった。逃げてしまえばいいのに、奴はそうしない。寧ろ、シー達を逃がすまいと傲慢な目つきで睨んできている。
だが、それもそうだろう。
ここまでやられて逃げ出すなんて、魔獣の本能が許すわけが無い。魔獣というのはそういうものだ。戦いに酔い、悪戯に命を弄ぶ魔なる獣——それが魔獣だ。
逃げ出す位ならば死を選ぶ——。
幼竜といえど、その戦いの本能が陰る事は無いだろう。
「決めるぞっ、相棒——」「——りょーかい!!」
まるで睨み合いの均衡を破るように、シー達はほぼ同時に動き出した。
「うおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉお——っ!!」
『ルオォォォォオオオオォォォォオ——ッ!!』
直後、咆哮を轟かせたシーと鳥竜種が全速力で羽搏き、全力の頭突きを繰り出す。都市全体に金属同士がぶつかったような重低音と、凄まじい衝撃波が波紋として広がって行った。
衝突の衝撃によりウィータが空中に投げ出される。
ちょうど鳥竜種の背側に投げ出されたが——勿論、わざとである。
「シーちゃん! 足場!」
指示に合わせ、シーはウィータの足元に白っぽい石材の分身体を出現させる。
ウィータはそれを足場として思いっ切り踏みつけると、手に持っていた両刃斧を闘剣へと変身させ、まるで弩砲で放たれた槍のような速度で突貫した。
『ルォォ……っ! オォォ!』
背中に突き立てられた闘剣から血が滴った。すぐに刃を引き抜き空中へと飛び退く。見事なヒット・アンド・アウェイだ。
苛立った様子の鳥竜種が、ウィータに釣られて後ろを振り向き隙が出来る。
「おいおいっ、寂しいじゃねーか! よそ見するなよ!」
——その一瞬の隙を待っていた。
シーは鳥竜種の首元に噛み付き、ゼロ距離からの竜の息吹を放つ。いくら固い鱗に覆われていようと、剥き出しになった傷口を竜の息吹で焼かれれば、ひとたまりもあるまい。
『ルォォォォォォオオオオォオォォ~~~ン……ッッ!!』
その目論見が上手く行ったのか、これまでとは明らかに一線を画す程の悲鳴が夜空へと響き渡る——が、まだ終わりではない。
まだ、その瞳の奥に宿る闘争心は消えてはいない。
既に満身創痍。
片眼は潰れ、片脚は抉られ、その身体のあちこちから血が流れている。
それでも、空の王者たる竜種の血が鳥竜種を空に留まらせていた。
地へ落ちる位ならば死んだほうがマシだと言わんばかりに、その両翼で力強く羽搏きながら、鳥竜種はシーを睨みつけ、剥き出しの牙を覗かせている。
『ゥルルルルル……ッ!!』
「ハハっ、大した奴だぜ。まだ倒れないか! ……オマエの健闘ぶりに敬意を表する。これはその証拠だ。存分に受け取ってくれ」
シーは霊体を通じて『あるイメージ』をウィータへと送り込んだ。
同時に。遥か上空を指差した。
それに釣られて空を見上げた鳥竜種の両の眼には、シーが変身した幾つもの石材が空から降って来る光景が映っている事だろう。
だが、その瞳の奥を釘づけにしているのは、きっと石材ではない。
——その瞳が映すのは、石材を足場に空高く跳び昇っていたウィータである。
「ウィータ! レクチャーその三だ! よぉ~く覚えとけ?」
ふと、シーは不敵に笑みを浮かべながら、空へ向けて叫んだ。
「オレはあらゆる存在に変身する事が出来る——それは、魔法だって例外じゃない……っ!」
その笑みの意味を理解したわけでは無いのだろう。
鳥竜種は賢い魔獣だが、人語を理解するまでの知能は無い。それでも、直感的にあれこそが魔法——変身したシーである事は理解出来たはずだ。
「【死と沈黙を誘う御使いの火、其は静寂を求む悪魔の剣】——」
そして。ウィータの凛とした声が——魔法の詠唱文が周囲に響き渡り、波紋のように都市中へと広がって行く。
彼女が掲げた闘剣からチリチリと火の粉が振り撒かれ始めた。
「——【いざ、不義を裁け火の池の王、さんざめく谷底にて罪ある者の喉笛を焼け】——」
詠唱が完成し闘剣が巨大な炎を纏って行く。
重力に従って鳥竜種へと真っ逆さまに落下して行くウィータは、大きく炎の剣を振り上げながら、真っ直ぐと見据えるべき敵を射貫いた。
……そう。何を隠そうコレこそが、シーが霊体を通じて送った『あるイメージ』の正体。その魔法の発動に必要な詠唱文などの知識と、そしてそれらによって発動された魔法である。
『ルォォォォォ……っ!?』
マズい、と。一目で理解したのだろう。
突如として焦ったように鳥竜種は、目の前のシーを無視して、球状に収束させた竜の息吹をウィータへ向けて連続で放射して行く。その悉くは斬り捨てられるが、斬り捨てられる度に炎剣の熱が上がって行くのを感じた。
きっと、鳥竜種からすればそれが恐怖なのだろう。
徐々に近づいて来る死の感覚。その気持ちはシーにも良く分かった。かつて彼も邪神との戦いで何度となく味わった最悪の感覚だからだ。だが、だからこそ分かるはず……。
——もう、勝負は決しているという事を。
『オォォォォォォォオオオオオオオオオォォォォ——ッッ!!!』
空の王者たる怪物は、最後の力を振り絞り、今できる渾身の竜の息吹を放射した。
断末魔にも似たその雄叫びが鳴り響き、そして——。
「——【喉笛を焼く鉛の剣】……っ!!」
その竜の息吹ごと、全てが炎の剣に斬り裂かれた。
一瞬で絶命した鳥竜種の身体に刻まれた巨大な裂傷。黒い煙を上げながら、物言わぬ骸がそのままメディストス大峡谷へと落下して行った。
その黒煙の中から石材を幾つも出現させ、「よっ、よっ、よっと!」と、器用に跳び上がって来たウィータは、最後にシーの背に跳び乗ると「ふぅ……」と一息を吐いた。
「——ハハっ、ちんちくりんって言ったのは謝らなきゃいけないみたいだな? どうやらウィータは、オレが思う以上に大した奴らしい」
「……! わたし……ちゃんと強かった?」
一拍の間を置いて、シーは新たなる相棒の強さを評価した。
「あぁ、言うまでもない……想像以上。百点満点オーバーだ!」
「……~~っ! えへへ……そうかなぁ?」
シーに誉められたのが嬉しかったのか、ウィータは照れ臭そうに頬を緩ませた。
『——あ~あ、やっちまったなぁ~……』
「「……!」」
と、その時だった。シー達の耳朶を震わせる声が一つ。
心底呆れたような声音に釣られ振り向くと、そこにいたのは責めるような半眼をシーに向けて来る斑模様の鳩——テメラリアがパタパタと飛んでいた。
『……シー。テメェこの野郎……俺様の忠告を無視しやがって……』
「シーちゃん、シーちゃん。スゴイよ……ハトがしゃべってる……」
「あぁ、コイツはオレと同じ精霊だよ。ウィータは精霊と契約したからな……ある程度の感覚をオレと共有してるんだ。そのおかげで霊体化してる精霊でも見えるようになったんだよ」
「へぇ~、便利だね! シーちゃん!」
「だろ~?」
『おいっ! ナチュラルに無視すんじゃねェよ! ……あと嬢ちゃん。俺様は鳩だが、ただの鳩じゃねェ。冒険と伝聞をこよなく愛する詩人精霊——テメラリア様だ。今度からはちゃんと名前で呼べよ?』
——もちろん『様』付けでな? と。ニヒルな笑みを浮かべて言うテメラリア。
恰好をつけたつもりなのだろうが、その可愛らしい見た目のせいで全くキマッていないのはご愛嬌だ。
「分かった! じゃあ、テメラリアだから……テラちゃんで! これでいい?」
『……おいシー。今からでも遅くねェ。契約を考え直せ。俺様の灰色の脳が告げてる。この嬢ちゃんポンコツだぞ。他人のはなし聞いちゃいねェ……』
「ムチャ言うなって。もう契約終わっちまったよ」
『……うぐ……ぬゥゥ……』
ウィータの素っ頓狂な言動に呆れたのか、それとも癇に障ったのかは分からないが、眉間の皺を濃くしたテメラリアは頬をヒクつかせながら無言になった。
『……はぁ~。ったく、もういい……好きにしろ!』
しかし、すぐに呆れが怒りを追い越してしまったのだろう。
テメラリアは大きく溜息を吐いた。
『……とにかく契約しちまったもんは仕方ねェ。とりあえず俺様について来い。お前ら気付いてねェみたいだが……下は大騒ぎだぜ?』
「「え」」
『エドモンド商会の奴ら、何やら不穏な動きを見せてやがる。『議会の方に使いを出せー!』とか言ってたしな……。こりゃァちょっとマズい状況かもしれん」
「マ、マジかよ……旅にも出てないのに、幸先からそれとは嫌な予感しかしねーんだが……」
「……」
確かに、街中で魔獣が現れたというだけでも普通は大騒ぎである。
しかも、その魔獣を故意に都市内へと連れ込み、金稼ぎを行っていたと広く知れ渡ってしまえば、何かと都合の悪い連中が出て来るのは当然だろう。
シーはまだ現代の社会風潮や、この都市の政治事情などは全く詳しくないが、昔も今も、都合の悪い事は隠したがるのが世の常というのは、千年前からの来訪者ながらに理解している。
エドモンド商会にとっては、喉の奥に少し大きい魚の骨がつっかえたようなもの——ならば、早めに手を打って来るのは何ら驚く事ではない。
「ど、どうしよ……っ、どうしよっ、シーちゃん……!?」
「落ち着け落ち着け、何とかなるさ?」
「ホントに……?」
「あぁ、勿論!」
「……。……わかった! 信じる!」
ここはテメラリアに大人しくついて行った方がいい。
そう判断したシーは、ひとまずテメラリアの不穏な言葉を聞いて、あわあわオロオロとするウィータを安心させようと、力強くそう言った。
一瞬だけ間があったが、すぐに満面の笑顔でシーへと笑いかけて来る。
パタリ、と。ウィータは半ば倒れ込むように鳥竜種に変身したシーの首元に抱き着き、そのまま安心したように目を瞑った。
『……ケケッ、成り行きでなったにしてはいいコンビになれそうじゃねぇか』
その微笑ましい新米コンビの遣り取りを見て、テメラリアは嘴の端を綻ばせる。
遠い日の記憶。
何時の日だったかも思い出せないが、まだシーが大英雄ベオウルフとコンビを組んでいた時の姿と、今の彼らの姿が少しだけ重なる。
まだまだあの頃のシーとベオウルフにまでは遠く及ばないが、数多の伝聞と冒険を詩的に紡いできたテメラリアの直感が告げていた。
——彼らは、きっと強くなると。
『第一章・精霊契約編』はここまでで終了となります。