第5話:変身の大精霊①
「おお……かみ?」
契約が終わり青い光が晴れて行くと、ウィータが不思議そうに呟いた。
目を真ん丸にしてキョトンするその発言を聞く限り、どうやら今回の『受肉』した姿も狼らしい。その場をクルクルと回ってみると、今回の自身の肉体となる姿がシーの眼に入って来る。
「おー、なるほどなー。今回はこんな感じかー」
腹は白、背は深い藍色のグラデーションがある見事なツートンカラーの体毛が特徴的な小さな狼の姿である。先程は偉そうに『変身の大精霊シー』を名乗ったが、ハッキリ言ってちんちくりんだ。
大精霊としての威厳は、今回は諦めた方がいいかもしれない……人形のように可愛らしいこの姿では、いい所ただの愛玩動物である、と。シーは自身の姿を見て、内心でひっそりとしょぼくれた。
「……」
「あ、すまんすまん!」
一人納得してうんうん頷いていると、キョトンと固まっているウィータの姿が目に入る。シーは慌てて謝罪を口にしながら言葉を続けた。
「オレは他の精霊と違って決まった姿が無くてな~……契約した時に、契約者の深層心理にある強いイメージ次第で基本になる姿が変わっちゃうんだよ」
「……わたしとけいやくしたから、そうなった……ってこと?」
「あぁ。べオの時も狼だったけど、こんなちんちくりんじゃ無かったからつい気になってよ~! やっぱ契約者がちんちくりんだと、オレも似るのか?」
「……ち、ちんちくりん……っ!」
何だコイツは……初対面でちんちくりんは失礼だろう! と。
まるでそう言いたげに頬をぷくぅと膨らませながら不満を露わにするウィータ。コロコロ表情が変わる姿は見ていて面白いが……今は、じゃれている場合では無いだろう。
「フッフッフ……」と、シーはわざとらしく笑いながら後ろに意識を遣った。
「不満なようだな我が新たなる相棒よ! なら、まずは見せてくれ! キミの実力ってヤツを! ……手始めに、あの鳥竜種をブっ倒してみるんだ!」
「……?」
ビシッ! と。シーはプニプニの肉球がついた前足を器用に上げた。そのまま背後を指差すと、ウィータは釣られてシーの指の先へと視線を向ける。
そこには低い唸り声を上げる鳥竜種の姿。
契約を終え、受肉し、そして実体化した事により、シーの姿は既に誰にでも見えるようになっている。鳥竜種からすれば、何もない場所から突然ちんちくりんの狼が現れたように見えた事だろう。
余程にシーという乱入者の事が気になるのか、奴はまだかなり警戒した様子でこちらの出方を伺っている。
「……。……ムリ、だよ……っ」
と、シーがあの鳥竜種を倒す提案をした時だった。
ウィータはシーの提案に乗って来ず、寧ろその逆。委縮してしまったようにケモミミを伏せている。先ほど彼女の口から出た啖呵は嘘だったんじゃないかと思うくらい震える声は、消え入りそうな程に弱々しかった。
「おい! どうなってんだよこれぇ~!」
「あのぬいぐるみみてぇな狼は何なんだよ! ふざけてんのか!」
「中止だ中止! 金返しやがれ!」
よく見ると、その怯えたような視線は鳥竜種だけでなく、シーという乱入者が現れた状況に慣れ始め、ざわざわと騒がしくなり始めた観客席で暴言を吐き散らす観客達にも向いている。
……普通に考えれば今さっき自分の命を確実に奪い去るような竜の息吹を体験し、剰え理不尽に暴言を吐かれれば、こうなるのも当然だろう。
「……見てた、でしょ。わたしじゃ……勝てない……。ケガで、からだも動かないし……ケガがなくたって、のろいでわたしは……」
逃げるようにウィータはうつ伏せの体勢のまま俯く。もう何もしたくない——そんな逃避への感情に突き動かされたのか、怯えたような声音で口を開いた。
だが、そんな事をする必要はない、と。シーは内心で独り言ちる。
——何故なら彼女はシーの相棒であり、そして誇り高き天狼族だからだ。
「ケガなら契約した時に治したぜ。身体、動くだろ?」
「……え?」
全身の痛みが全くない事に言われて気付いたのだろう。
キョトンとした表情で、先程までのケガが嘘のように軽く立ち上がったウィータは、手を閉じたり開いたりクルクルと回ったりピョンピョン跳んでみたり……。
と。ケガどころか戦う前よりも体が軽いくらいなのか、先程の沈んだ表情が徐々に明るいものへと変貌して行き、驚きのあまり目をパチクリとさせ始めた。
きっと、ウィータも感じているはずだ。
身体の奥底。魂の奥の奥にずっと根を下ろしていたはずの嫌な感覚が見事に取れ、本当に久方ぶりに感じる調子の良さを……天狼族本来の感覚を。
「……そういえば、たしかに……なおっ、てる……?」
「それだけじゃないぜ!」
「?」
にっしっし、と。いたずらが成功した子供のみたいな表情でシーは笑った。
「契約した時に分かったんだが……邪神の呪いはオレたち精霊の契約と似たような類のものだ。だから——さっきの契約で、邪神の呪いは上書きされたぜ?」
「……え?」
今度こそ、本当に大きな衝撃がウィータを駆け抜けたのだろう。
伸び切った長髪を両手で掴み、彼女はそれをその緋色の瞳の前まで持って行く。
先程まで邪神の呪いで老いさらばえた老人のようになっていた白髪は、天狼族の誇り高き魂をそのまま反映したような、雄々しい緋色に染まっていた。
そう。それの意味するところとは、つまり——。
「……もどっ、てる……わたしっ、もどってる!!」
邪神の呪いが解けた。
天狼族の全てを蝕み続けた全ての元凶から解放された事の何よりもの証だった。
『オォォォォォォォォォォオオオオ————ッッッ!!』
「「……っ!」」
喜びも束の間。空気をビリビリと震わせる咆哮が轟き渡った。
興奮で脚の痛みも忘れたのか、鳥竜種が両翼を大きく羽搏かせる。
「おっと……喜んでいるところ申し訳ないが、どうやらアイツも痺れを切らしたみたいだぜ? ——構えろウィータ……来るぞっ!!」
「……う、うん! わかった!!」
数秒で十数メートル高さにまで浮いた巨体が、次の瞬間——凄まじい勢いで滑空しながらオレ達向けて一直線に突進して来た。更には、大口を開けて追撃の竜の息吹を吐いて来る。
シーとウィータは、咄嗟に横っ飛びに地面を転がり炎の奔流を躱した。
『オォォォォオオオオ……ッ!!』
「おいっ、鉄柵が壊れたぞ……!?」
「安全なんじゃなかったのか……!!」
竜の息吹と突進を回避すると、勢いそのままに鉄柵に激突した鳥竜種。
いとも簡単に拉げた鉄柵からその巨体が飛び出し、鉄柵に挟まってしまう。
目の前に現れた怪物がジタバタと暴れる姿を前にして、一瞬でパニックに追い散る観客席。観客席へと侵入して来る怪物を恐れて、半狂乱になりながら観客たちが逃げ惑い始めた。
「なんか、からだが軽い……羽みたい。今ならなんでもできる気がする!」
しかし、そんな事も気にならないほど今のウィータは興奮しているようだった。
思わずといった様子で尻尾をブンブン振って喜びを露わにしている。
「力が戻った証拠だ。——じゃあ、その調子で精霊契約のレクチャーと行こうか?」
「れくちゃー……?」
鳥竜種が鉄柵に挟まり、少し余裕が出来たのを見計らって、シーはウィータに『変身の大精霊の使い方』について話し始めた。
「あぁ。レクチャーその一——『契約者と契約精霊は、霊体を通じて霊子とイメージを双方向に共有できる』——」
プニプニの前足を上げて、そう口を開いたシーは頭の中で念じる。
(——こんな感じでな?)
(っ! ……頭のなかになんか声がきこえる!)
精霊契約者が契約精霊と行える霊体を介した会話——いわゆる念話というものである。
精霊契約は精霊の魂を契約者の魂へと融合現象の名称だ。それにより、契約を行った契約者と契約精霊の間では、このように霊体を介して念話が出来たり、霊子を双方向で渡す事が出来るのである。
「オレは変身の大精霊の肩書通り——あらゆる姿に変身できる精霊だ。だから、ウィータは変身したい姿のイメージを送ってくれ。自分にとっての最強のイメージを、だ。あとはオレがウィータの霊子を使って、そのイメージ通りに変身してやる!」
「自由に……さいきょー……イメージ……」
瞬時にその意味を理解したのだろう。
徐々に状況が呑み込めてきた事で余裕が出て来たのか、シーの言葉を反芻した作ったウィータは「……うん、わかった!」と、力強く笑みを作りシーの名を呼んだ。
(じゃあ、こんな感じでお願い! シーちゃん!)
(……! ははっ、シーちゃんか! 気に入った!)
お互いの呼び名。成り行きとはいえ、どこか悪くない感覚である。
心地よいその高揚感に身を委ねていると、ウィータが強く、強く、地面を蹴った。
まるでその一歩一歩に呼応するように——シーの身体が青く輝き出す。
「さぁ、初お披露目だ……全力で行くぜ!!」
霊体を通じて流れて来るウィータの頭の中にあるイメージ——。
流れて来たイメージは、トカゲに似た頭と胴体。全長は約五メートル。
皮膚は赤く、牙と爪を持ち、背中には巨大な両翼がついている。このイメージの正体は……そう。いま現在この瞳の先にいる——鳥竜種だ。
「へんっ、し~~~~ん!!」
高らかに叫んだシーは空中へ浮かび上がった。
徐々にその形が変貌し、青い光が晴れた次の瞬間——今まさに相対している鳥竜種と全く同じ姿をしたシーは猛々しく咆哮を上げた。
「おぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉお……っ!!」
『……ッ!?』
自身と全く同じ姿をした存在が現れた事に驚きを隠せないのか、鉄柵を無理やりに破壊して脱出した鳥竜種は、威嚇と共に球状に吐いた竜の息吹を連続でシーへと浴びせかける。
その弾幕の中を掻い潜りながらシーはウィータの元へと近付いて行く。
「おぉぉ~! ホントにへんしんしちゃったー!?」
「掴まれっ、ウィータ!!」
「わかった!」
快活な返事をしたウィータは数メートル程の高さを、ほいっと、軽く跳び上がる。驚異的な身体能力だが別に驚きはない。これが霊体の呪いが解けた天狼族本来の身体能力だからだ。
そのままシーの脚に掴まったウィータは、軽い身のこなしで背中へと登って行くと、そのまま長い首に跨り、ビシィッ! と。
鳥竜種へ向け、ハイテンションで指を差した。
「いっちゃえシーちゃん! とつげきぃぃぃぃ~~~~!!」
「よっしゃぁぁぁぁぁ——っっ!!」
号令に合わせシーは高く舞い上がり、そのまま天井の鉄柵を突き破る。両翼を大きく開き、そのまま急降下。凄まじい滑空速度で鳥竜種へと突進した。
『ルォォォォォォォ~~~ン……!』
轟音、そして絶叫。
衝突によって観客席に舞い上がった土埃の中から、鳥竜種の悲鳴が響き渡る。突進で倒れた奴の首元と胴体を後ろ脚で抑え身動きの取れない状態にすると、シーはウィータへ向けて話し掛けた。
「さて、さっそくだがレクチャーその二——分身体についてだ!」
「っ、……なにこれ……っ?」
突如、ウィータの手元に青い光が漂い始め闘剣の形に収束して行く。不思議そうに目を丸くするウィータへ向けてシーは説明する。
「霊子の消費は大きくなるが、オレは変身した分身体を産み出す事が出来る! 変身させた分身体を更に変身させたりする事も可能だ!」
「数にげんかいはあるの?」
「ウィータの成長次第かな?」
ニヤリ、と。少し揶揄うように笑みを浮かべてやると、ウィータは自身の右手に握られた闘剣を数瞬だけ見つめ、一瞬だけ打ち震えるような笑みを浮かべると、すぐに鳥竜種の方へと向き直る。
『オォォォオオオ!!』
「おぉっと!?」
その瞬間だった。力任せにオレの後ろ脚の拘束を解いた鳥竜種。
よろめいたシーは数歩後ろに下がり、鉄柵にぶつかって倒れ込んでしまう。
マズいっ! と視線を遣ると、やはり鳥竜種の双眸がウィータを捉えていた。
その鋭い眼光に気付いていたのだろう。
ウィータは受けて立つとばかりに、鳥竜種の喉元へ目掛けて闘剣を真っ直ぐと構え一直線に突撃した。
「でやぁぁ!」と気合の乗った彼女の掛け声が響き渡る——が、しかし。
『ォォォォ——ッッ!!』
「……っ!!」
——鳥竜種はウィータが飛び出して来るのを見越していた。
その攻撃を狙い澄ましたかのように、二度もウィータを襲った尻尾を鞭のようにしならせて放つ一撃……先の二度とは違い、上から振り下ろされるようにして放たれた尻尾の一撃が、三度、今度こそ彼女を仕留めんと迫って来る。
周囲は身動きの難しい狭い観客席。
先ほどと同じように尻尾の一撃が幼い少女の身体を砕くイメージがシーの脳裏を過った一瞬——。勝利を確信したようにギラついた鳥竜種の眼が、緋色の眼と交差する。
「三回も同じこうげきうけるほど——」
フっ、と——。不敵な笑みを浮かべたウィータの言葉に、鳥竜種の瞳から勝利の確信が消えた。
「——わたしバカじゃないよ!」
ウィータから霊子と一緒にイメージが送られて来る。
次の瞬間、ウィータの左手に握られていたのは古代の戦士が愛用した大盾。低く体勢を構えた彼女は、その大盾で迫って来る尻尾を横から打ち払うようにして受け流す。
そして、地面に打ちつけられた尻尾へ向けて、闘剣を振り下ろした。
『ルォォッ!』と。
鳥竜種の短い悲鳴と共に尻尾の切れ端が宙を舞う。
「——まだっっ!」
しかし、そこでウィータの追撃は終わらなかった。
ウィータが大きく跳躍すると同時に、再び霊体を通じてシーの頭の中に霊子とイメージが送られて来る。彼女の手から闘剣と大盾が消え、入れ替わりに大きな両刃斧が現れた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ……っ!!」
まるで散々やられた鬱憤を解放するように跳躍したウィータは、その両刃斧を鳥竜種の首元目掛けて振り下ろした。
『ルォォォォォ~~!』と、苦痛に喘ぐ怪物の悲鳴と共に血飛沫が舞う。傷は深くなかったものの、決して浅くも無い。怒りに染まった鳥竜種が、瞳を血走らせる。
「——~~っ!」
——大した奴だ、と。シーは素直に感心した。
まだ四半世紀の半分すら生きていない子供。しかも、シーと契約してからまだ三分すら経っていないというのに、変身の大精霊の使い方を理解している。
天狼族の戦闘本能が故か、それとも純粋な才能か、はたまた——。
「——っ……離れろ!」
「っ!」
一瞬、戦闘中という事を忘れていたシーは咄嗟に叫んだ。
弾かれたように鳥竜種の元からウィータが跳び退いたのを確認し——オレは大口を開けて特大の竜の息吹を吐き出した。
『ルオォォオオン……ッ!』
周囲が炎に覆われる。
溶岩地帯を生息域にしている鳥竜種というだけあってか、その皮膚が火傷を負うような事は無いだろう。だが——熱さ自体は感じるようだ。炎の高熱を嫌った鳥竜種は高く宙へと舞い上がると、そのままシー達に背を向けて、魔獣の檻がある通路の方へと飛んで行った。
「シーちゃんっ!」
「あぁ、分かってる! 乗れ! 追うぞ!」
背中に跳び乗ったウィータを確認し、シーは逃げた鳥竜種の背中を追った。