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ケモミミのサーガ  作者: 楠井飾人
Eposode I:逆境の勇者
52/57

第45話:逆境の勇者

 ——波の音が聞こえる。懐かしい故郷の音だ。


 寄せては返す波の向こう。波打ち際に立つわたしの視線の先に——わたしがいた(・・・・・・)


 今のわたしよりも幼く、酷く痩せ細っている。骨と皮だけの身体に襤褸布だけを纏うわたしは、幽鬼のような瞳でわたしを見ていた。まるで親の仇でも見るような眼でこちらを睨んで来る彼女は、膝まで水に漬かったまま歯を喰い縛っている。


 「——ゆるさないよ、こんなところでしぬなんて」


 幼いわたしがそう言った。打ち震えるような声だった。


 何がそんなに許せないのだろう……途方もない怒りを抱えるその声は、さて、誰に向けられたものなのか——。いや、本当は分かっている。あの怒りは、他でもないわたし自身に向けられたものだ。


 「なんであのせいれいをたすけるの? かばってしぬなんてありえない。そんなことしてないで、はやくにげなよ。はやくみすててにげろ。わたしはそんないいこじゃない。ぜんにんぶるな」


 捲し立てるようなその言葉を聞いて、アレが誰なのかを理解した。


 わたしだ。過去の……いや、わたしの中にある一番大きな感情そのものだ。


 「にげろ。にげて、いきるんだ。どんなにひきょうでも、いきのこるんだ」

 「……で、も……それだと、シーちゃんが死んじゃう……」

 「だからなに。みんなはみすてたくせに、あのせいれいはみすてられないの? ……それとも、つみほろぼしのつもりなの? あのせいれいをたすけたって、みんなみすてたことはなかったことにはならないよ」

 「……っ。そんな、つもりじゃない……わたしは、ちゃんと、シーちゃんを助けたくて——」

 「——うそだ(・・・)。わたしはそんなやつじゃない」


 シーちゃんを助けたいと思っているのは本当だ。シーちゃんが大事で、失いたくて、だからシーちゃんを庇った。……なのに。なのに何で、こんなに図星を突かれたような気がするんだろう。


 「……」

 「ほらね。なにもいいかえせないってことはそうなんでしょ」


 責めるような幼いわたしの言葉の数々に、わたしは言葉に詰まってしまう。


 何かを言い返そうとしたけど、反論の言葉が思いつかない。口元をまごまごとさせながら、何とか幼いわたしを納得させようと、言葉を紡ぐ。


 「で、でも……! 大丈夫って……となりにいるって……っ、そう言ってたから……! わたしも、となりにいなきゃ……!」

 「かんけいない。わたしには、もっととなりにいけなきゃいけないひとたちがいる。そのひとたちのところにいくために、なにをぎせいにしてでも、ぜったいにいきなくちゃだめなんだ」

 「……それ、でも……それでも……! やくそくも、した、し……っ」

 「だからなんなの。なんでそのやくそくをまもるひつようがあるの? であってひとつきもたっていないようなやつとのやくそくなんて、みんなよりもゆうせんすることなんかじゃない」

 「……っ。……それ、は……そう、だけど……でも……でも、わたしは……シーちゃんが、大事(・・)、だから……」


 矢継ぎ早に紡がれる言葉の数々に、わたしは納得してしまった。でも、そのまま言い負かされる事に何故か気持ち悪さを感じたわたしは、思いつく限りの言い訳染みた言葉で対抗する。


 その様は、まんま小さな子供のようで、身体の大きなわたしの方があの幼いわたしよりも年下のようにさえ思えた。


 「——なんでだいじ(・・・)なの?」

 「……え?」


 だからだったのだろう。その言葉に、わたしは再び言葉に詰まってしまった。


 「……なんで……って、言われても……」

 「いわれても、なに? こたえられないの?」

 「……だ、だって——」

 「——だってじゃない!」


 幼いわたしが爆発したように叫び声を上げた。


 「ながされてるだけのくせに、いちばんだいじなものをさしおいて、ほかにだいじなものをつくることなんてゆるさない……! いいからいますぐにげろ! あのせいれいをみすててにげろ! どろみずをすすってでも、ほねとかわだけになっても……っ、とにかくいきろ!! いきて……いきて、あいつ(・・・)をころせ!!」


 はぁ、はぁ、と。肩で息をしながら幼いわたしが、わたしを睨んで来る。


 わたしはただ、唇をぎゅっと引き結びながら服の裾を掴みながら、真正面からその言葉を受け止めるしかない。でも、それでもわたしは納得するわけにはいかなかった。


 「……ダメ。シーちゃんは見捨てられない」

 「……っ!」


 震えるような声で言い返すと、幼いわたしが更に怒りの色で表情を染め上げる。何かを言いたそうに息を吸った彼女よりも早く、わたしは静かに言葉を紡ぐ。


 「だって……だって、わたしには——」

 「——だから! だって、じゃない!! いいからいますぐっ、にげ——」

 「——必要だから(・・・・・)


 自然と出てきたその言葉。感情的に叫んだ幼いわたしとは裏腹に、その言葉を紡ぐわたしの声は、自分でもビックリする程に静かだった。そんなわたしの言葉に何かを感じたのだろう。幼いわたしが、少し驚いたような表情でわたしを見て来る。


 わたしはその目を真っ直ぐと睨み返して、言い放った。


 「わたしには、シーちゃんが——あの精霊の力(・・・・・・)が、必要だから」


 その時のわたしは一体どんな表情をしていたんだろう。


 わたしが言い放った言葉を聞いた幼いわたしは、数秒のあいだ時が止まったように硬直したかと思うと……「はは、は……」と。今にも泣き出しそうな表情で自虐的な笑みを浮かべた。


 「……くずだね、わたし。あんなにしんみになってくれるしーちゃんを——そんなめで(・・・・・)みてるんだ(・・・・・)……」


 そう言った幼いわたしは、まるで何かを諦めたように水の中にへたり込むと、「わかった……いいよ——」と言葉を続け、青い粒子となって虚空へと消え始めた。


 「——たしかに、あのせいれいのちからはひつようだもんね。……じゃあ——めをさまして? わたし。べおうるふからしーちゃんをとりもどすんだ。あいてはきょうてきだけど、だいじょうぶ——」


 波の音が小さくなって来た。視界が徐々に白くなって行く。狂おしい程に懐かしい故郷の海の中に消えて行く幼いわたしは、一筋の涙を流しながら言った。


 「——そのためのちからは(・・・・・・・・・)もうあるから(・・・・・・)


❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖


 カァンッッ——、と。刃と刃がぶつかるような甲高い音が鳴り響いた。


 (……何の、音だ? 何で……オレ、まだ生きて——)


 力尽きて瞳を閉じたシーの身体へと振り下ろされた筈のベオウルフの刃が、まだ自分の身体を切り裂いていない。しかも、ウィータが死んで消えかけていたシーの身体の奥の奥——霊体(アニマ)から、大量の霊子(マナ)が流れ込んで来るのを感じる。


 何が起きているか分からず、彼は徐々に戻って来た力で、重かった瞼をゆっくりと開く。そして——信じられないもの(・・・・・・・・)を見た(・・・)


 「——ウィー、タ……?」


 そこに、死んだと思っていた相棒が立っていた。


 服の隙間から見える肌の部分は、ほぼ全てが酷い打撲と擦り傷で赤黒く変色している。唯一まともに見える顔の肌もビックリするほどに青白い……胸に空いた大穴や、あちこちの傷から流れ出ていた血がほぼ流れてないところを見るに、既に身体から殆どの血が流れ切っているのだろう。


 そんな生きているのが不思議な状態——。


 動くどころか、意識を保っている事すら困難な状態にも関わらず……しかし、ウィータは立っていた。気絶したジャンの大剣を手に、邪神の眷属ベオウルフ(・・・・・・・・・・)の一撃を(・・・・)受け止めていた(・・・・・・・)


 「……シー……ぢゃん、から……はな、れろ……っ!!」


 ウィータが絞り出すような声でそう言ったすぐ後、更に信じられない事が起きた。


 ベオウルフの闘剣(グラディウス)を払うようにして大剣を振るったウィータが、凄まじいスピードで身体を横に回転させ、ガラ空きになったベオの横腹へと大剣を振るったのである。


 目で追いきれない程の一撃に、さしものベオも驚いたのか、一瞬だけガードが遅れ、刃と刃がぶつかる甲高い音がなった次の瞬間、ベオウルフの巨体が吹き飛ばされるのを見た。砂埃を上げて瓦礫に突っ込むその様は、先程までとはまるで真逆の展開である。


 「なっ——」


 言葉を失って瞠目したシーの瞳に映ったウィータは、そのまま地面を蹴って、追撃を仕掛けた。瞬く間に瓦礫へと突っ込んだ彼女を——しかし(・・・)、ベオウルフは待ち構えていた。


 砂埃を隠れ蓑に飛び出して来たベオウルフが、闘剣(グラディウス)を振るう。


 カァン、と——その斬撃の狙った先は、ウィータではなく彼女が持った大剣。


 やはり予想外の攻撃だったのか、凄まじいパワーで大剣の腹をブっ叩かれ、ウィータの手から大剣が弾かれる。そのままバランスを崩した彼女の隙を見逃すまいと、ベオウルフは返す刃でウィータの首を狙った。


 「……っ!?」


 頭が無くても分かる。ベオウルフは驚いていた。


 ——片手で刃を掴み、自身の一撃を受け止めたウィータに。


 しかし、ベオウルフの驚きはそこで終わらない。ウィータの手に闘剣(グラディウス)を握る手を捻り上げられ、ポロリとその手から武器が落ちる。次の瞬間、ウィータが身体を回転させながら回し蹴りを放った。


 ゴ——ッ、と鈍い音が響き渡るとベオの巨体が空中へと投げ出される。


 その身体目掛けて、ウィータは地面に落ちたベオの闘剣(グラディウス)を掴み、投擲する。ビュン、と空気を割くように飛んで行った刃は、ベオウルフに深々と突き刺さると、そのまま小高い建物の壁へと彼の身体を磔にした。


 「……」


 それを見届けたウィータがこちらを振り向き、ゆっくりと歩いて来る。その時、髪の毛の下に隠れた目が見えて、シーはようやく気付いた。


 ウィータの瞳の色が、緋色から青くなっている……いや、その瞳から霊子(マナ)が溢れ出て、青く見えている事に。


 (……何だっ? 何が起きてるっ? どうなってるんだ!? ウィータのあの青い瞳は何だ!?)


 死に掛けの筈の小さな子供が、大英雄を相手に圧倒している。


 信じられない光景。


 シーは内心に浮かんだ驚愕を隠しきれずに言葉を失ってしまう。


 「……っ、——まさか……、……、……【分限魔術】」


 勝手に覗き見る事に申し訳なさを感じながらも、シーは頭に浮かんだ可能性を確かめる為に、気付けばそう呟いていた。すぐにシーの掌に小さな琥珀色の水晶玉——ステイタス水晶が現れ、ウィータの霊体(アニマ)に保存された情報を赤裸々に映し出す。


 【ᛋᛏᚫᛏᚢᛋ(ステイタス)

 ᚣᛁᛏᚫ(ウィータ)

 ᚠᛖᛘᛁᚾᚫ(女性) ᛪᛁᛁ(12歳) ᚳᛪᛚᛁᛁᚳᛘ(142㎝) ᛪᛪᛪᚣᛁᛁᛁᚴᚷ(38kg)

 ᚳᛟᚱᛈᚢᛋ(身体能力)ᚳᚳᚳᛚᛪᛁᚣ(364)ᛘᛞᛁᛁ(1502)ᛘᛘᛘᚳᛘᛪᚳᛁᛪ(3999)……——

 ᛘᚫᚾᚫ(霊子)ᚳᚳᛪᛚᛁ(241)ᛘᛪᛪᛁᛁᛁ(1023)ᛘᛘᛞᚳᚳᛚᛪᛪᚣᛁ(2776)……——

 【ᚫᚱᛋ(スキル)

 <|ᛚᛁᚾᚷᚢᚫ ᛚᚫᛏᛁᚾᚫ《ラティウム語の口達者》>

 <|ᛚᛁᚾᚷᚢᚫ ᚠᚱᚫᚾᚳᚫ《リングア・フランカの口達者》>

 <ᛚᛖᚷᚫᚾᚢᛘ( 天 狼 ) ᛋᚫᛈᛁᛖᚾᛏᛁᚫᛖ( 族 口 伝 ) ᚱᛟᛞᚷᚫᚾᛞᛁ( 知 識)

 <ᛞᛟᚳᛏᚱᛁᚾᚫ( 天 狼 ) |ᛒᛖᛚᛚᚫᛏᚱᛁᚳᛁᛋ《 族 継 承 》 ᚱᛟᛞᚷᚫᚾᛞᛁ( 武 芸)

 <|ᚫᚱᛋ ᛘᛁᛚᛁᚾᚫᚱᛁᛋ《我流武術‐ジャン》 ()|ᛁᚫᚾᛁ ᚠᚱᛟᛒᛖᛚᛁ《フローベル流》>

 <|ᚣᛁᚳᛏᛟᚱ ᛖᛪ ᛞᚢᚾᚷᛖᛟᚾ《ダンジョン生還者》>

 【ᚫᚱᛋ ᚫᚾᛁᛘᚫᛖ(ユニークスキル)

 <ᚱᛖᚣᛁᚣᛖᚱ(逆境の勇者)


 露わになったステイタス。シーはそれを呆然と眺めて、驚きを隠せずにいた。


 (……身体能力と霊子(マナ)の数値がどんどん跳ね上がってる。これは……やっぱり、ユニークスキル(・・・・・・・)か……っ!?)


 見覚えのある現象に喉を鳴らしていると、ステイタス水晶のユニークスキルの欄に気になる文字を見つけ、彼は大きく目を見開いた。その文字に集中し、霊子(マナ)を更に込めると、そのユニークスキルの詳細が浮き出て来た。


 <ᚱᛖᚣᛁᚣᛖᚱ(逆境の勇者)

 ・ᛩᚢᛟ ᛘᚫᚷᛁᛋ ᚫᛞᚣᛖᚱᛋᛁᛏᚫᛋ ᛁᛘᛘᛁᚾᛖᛏ, ᛖᛟ ᛘᚫᚷᛁᛋ ᚠᚫᚳᚢᛚᛏᚫᛏᛖᛋ ᚳᛟᚱᛈᛟᚱᛁᛋ ᛖᛏ ᛘᚫᚾᚫ ᛋᚢᛒᛁᛏᛟ ᚫᚢᚷᛖᚾᛏᚢᚱ./逆境に陥れば陥るほど、身体能力と霊子(マナ)が急激に上昇する。


 「<逆境の勇者>……これが、ウィータのユニークスキル……」


 それを見て確信する。


 ……間違いない。今この瞬間、ウィータはこのユニークスキルを真化(・・)させたのだ。事ここに至り、死の際に瀕して、ウィータの霊体(アニマ)は——『霊体(アニマ)の覚醒現象』を引き起こしたのである。


 「シー、ちゃん……かいふく、まじゅつ……つかって、ちょうだい……」

 「っ!! ……ウィータ!!」


 シーの驚きも束の間、覚束ない足取りで彼の近くにまで歩いて来たウィータは、いきなりパタリと倒れ込んでしまった。だが、それもその筈だ。動けていたのが不思議な状態だったのだから。


 彼は弾かれるように彼女の元へと駆け寄り、回復魔術を使用する。


 「……ハハハ、大した奴だ。ウィータはいつもオレの予想を超えて来る」

 「えへ、へ……あり、がと……」


 回復しながら、シーが不意にウィータへとそんな言葉を掛けていた時だった。


 「——何を遊んでいる、ベオウルフ?」


 二人の会話に割って入るように、底冷えするような声が響く。


 声の先にいたのは、襤褸切れを纏った黒い男——邪神ウル。ペタペタと素足で地面を歩きながら、彼は磔になったベオウルフの元へと歩いて行く。


 「貴様なら、あの程度の輩など一撃で塵に出来るだろう。何故やらない?」

 「……」

 「……。……なるほど……全く、呆れ果てた奴だ。そんな状態になっても……霊体(アニマ)だけは腐らんか。貴様だけだよ、ベオウルフ——我が眷族に堕ちて尚、私の命令に抗ったのは」


 邪神ウルの言葉にベオウルフは反応を示さない。しかし、その言葉で大体の内容は理解したシーは「……っ!」と、驚きで息を呑んだ。


 ——確かに、ベオウルフが本気なら今シー達がこうして五体満足でいられている事の方がおかしい。彼が本気でシー達を殺そうとすれば、ウルの言う通り……塵一つ残さず、この世から消滅している筈だ。


 では何故、シー達はまだ無事なのか? 答えなど決まっている。


 (——ベオ……オマエ、まだ戦ってるのか)


 ベオが邪神ウルの命令に抗っているのだ。死してなお、首を捥がれ、その霊体(アニマ)までを神の眷属という呪縛に蝕まれながら……彼は——天狼族の大英雄ベオウルフの魂は、まだ屈していないのだ。


 邪神の眷族と化した者が魂だけでウルの命令に抗うなど聞いた事も無いが、あの大英雄ベオウルフならば、或いは——。


 「だが——ここまでだ(・・・・・)

 「……っ」


 そう言って邪神ウルがベオウルフへ向けて手を翳した。


 ウルがその手に力を籠めると、ベオウルフが苦しそうに身体を震わせる。


 「貴様は既に亡霊だ……我が言葉に従え、大英雄ベオウルフ!」


 ウルの命令によって苦し気に震えていたベオウルフの腕が力を失ったようにダラリと下がった。次の瞬間、彼は自身の身体を磔にしていた闘剣(グラディウス)を引き抜き、そのまま自由落下する。


 ドスン、と。瓦礫の上へと着地したベオウルフは、ユラリとこちらを振り向くと、真っ直ぐと闘剣(グラディウス)の切っ先をシー達に向けた。


 ——見ただけで分かる。先程とは雰囲気が全く違う。


 ここからが本番。本当の、『死闘』である。


 「さて、長々と享楽に耽るのも私の趣味ではない。そろそろ終わりにしよう、シー……かつての相棒の手で、その役目を終えるといい」

 「……」


 悠然と目を細めたウルの言葉に、シーは一筋の冷や汗を流す。絶望脳的な状況に歯を食い縛った彼は、自信を見下ろす宿敵を見上げた。


 「——ケケッ、悪ィがそういうわけにはいかねェなァ?」


 正に、そんな時だった。


 聞き慣れた声が響き渡ると共に、一体の精霊がふてぶてしい態度で現れたのは。


 ——そう。冒険と伝聞の詩人精霊テメラリアだ。


 「生きてっかァ!? シー、嬢ちゃん!」

 「っ! オマエ今までどこ行ってんだよ! 大変だったんだぞ、こっちは!?」

 「みてェだな? 遠目でも見えたぜ。ホントに大したもんだ……嬢ちゃん、ユニークスキルを真化させやがったろ?」

 「そこまで見てたんなら、何でとっとと来なかったんだよ……! ……せめて助けが来れば、ウィータだってこんな状態には——」

 「——分かってる(・・・・・)。だから、こうして搔き集めてきたんじゃねェか? 最強の助っ人(・・・・・・)たちをよ?」

 「……?」


 テメラリアが両翼を広げると、まるでそれが合図であったかのように、周囲の瓦礫からぴょこぴょこと顔を出す存在がいた。十や二十ではない。百、二百……いや、三百はいようかという『精霊』の大軍勢だ。


 『しー、たすけにきたー!』

 『すけだち、すけだちー!』

 「……オマエら!」


 皆、やる気満々といった様子でぴょこぴょこと跳ね回っている。さしものウルも、この数の精霊には顔を顰め、「……貴様の顔の広さは本当に厄介だよ、テメラリア」と、テメラリアへと悪態を吐く。


 「ケケッ、そいつァどーも?」と、挑発的に笑みを作り、テメラリアもまた戦う気なのか、ウルの方へと向き直った。


 「……もう、だいじょうぶ。シーちゃん」


 傷が回復してきたのか、ゆっくりと起き上がったウィータは、よろめきながらも真っ直ぐとベオを睨み返す。その目を見て確信する……ウィータは、戦う気だ。本気で勝つつもりだ。あの大英雄ベオウルフに。


 「ウィータ……無理だ。今のウィータは、ユニークスキルに覚醒してる……けど、それでも無理だ。本気のベオは、それすら大きく凌駕する……ここはオレたち精霊に任せてくれ」

 「わかってる……けど、そんな顔のシーちゃん見てたら、ほっとけないよ」

 「え?」


 そう言われて、シーは近くに落ちていた窓ガラスを覗き込む。そこには今にも泣き出しそうな表情の情けない自分の顔が映っていた。


 どうしてそんな顔をしているのか、一目で彼は理解した。


 あの状態のベオウルフが——かつての相棒の姿が、不憫で不憫で仕方ないのだ。


 「……シーちゃんは、ベオウルフが大事なんだね。だったら、わたしがたたかわなきゃ……わたしが、シーちゃんの今の(・・)けいやくしゃだから」

 「……」

 「だから、シーちゃんも力をかして。伝説の大せいれい様なんでしょ? ……なら、もっとカッコいいところ見せてよ」

 「……。……あぁ、そうだな」


 ウィータの言葉に力強く頷き、シーは変身した。


 変身した姿は、二つ。一つは、ウィータの闘剣(グラディウス)。そして、もう一つ——いや、もう一匹は『狼』だ。それは数週間前、悪逆の傭兵たちと共に倒した魔獣。生意気にも大英雄と同じ名前を冠した『狼の魔獣』。


 ——魔獣ベオウルフ。


 ウィータの三倍以上はあろうかという身の丈の巨大な狼に、シーは変身した。




 「——勝つぞっ、相棒……!!」

 「——うん……勝つよ、シーちゃん……!!」




 そして、変身の大精霊シーは相棒と共に強く大地を蹴った。

次の更新は、4月24日20時30分です。

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