幕間:選択の時
「——おや、キメラが倒されたようだ……いやいや、急造で拵えた契約者にしては存外にやるものだね」
エドモンド商会敷地内、白亜の搭。キメラの咆哮に引き続き、都市のあちこちから聞こえる木っ端魔獣の鳴き声が鳴り止んで行く中で、邪神ウルは静かに微笑んでいた。
「君はあの契約者をどう思う、ミーダス? シーとテメラリアはアレを買ってるようだが……私の眼には、どうにもアレが駄々を捏ねる子供にしか見えないのだがね」
「……」
「ハハハ、もう喋る余裕すら無いか。君の命運も尽きる時が来たようだね」
軽い雑談を振った邪神ウルの視線の先には、今まさに消えようとしている一柱の神の姿があった。
全身の皮膚が罅割れ、所々が黒く変色している……いや、炭化しているという形容の方が相応しいだろう。もはや邪神ウルの言葉に反応する気力すら無いのか、窪んだ眼窩から瞳の光は消え失せている。自分では喋っているつもり……なのだろう。鯉のように口をパクパクと動かすその神は、見るに痛々しいほど衰弱し切っている。
辛うじて空気と共に吐き出した言葉は、ほぼ唸り声のようなものばかり。世界に、人間に、忘れられた黄金の神——ミーダスは、ぐったりと力なく地面に倒れ込みながら、ようやく「エ……ド、モン……ド……」と、自ら最後の信者である業突く張りの名を呼んだ。
「——貴様の、せいだ……!!」
その呼び声に答える一人の男がいた。
大きく扉を蹴破って現れた恰幅の男——エドモンド・オズワールは、ここまで走って来たのか、激しく肩で息をしている。道中、魔獣にでも襲われたのだろう。身体のあちこちから血を流す彼は、血走った目でミーダスを見下ろすと、マスケット銃を構えた。
「貴様のっ、せいで! 貴様のせいで! 私は終わりだ……!!」
「……エド、モン、ド……金、を……金を、ささ、げろ……」
「黙れ……!! 貴様に捧げる祈りなどあるものか……っ!!」
「……っ」
パァン! と、マスケット銃から銃弾が放たれ、ミーダスの頬を掠めた。血の代わりに空中に漏れ出た霊子が、虚空へと消えて行く。ミーダスは衝撃を受けたような顔をする——が、それは自らの頬を掠めた銃弾のせいでは無かった。
「……やめ、ろ——」
絶望の表情を浮かべたミーダスは、絞り出すような声で懇願する。
「——やめて、くれ……っ」
まるでエドモンドの一言が引金だったかのように、突如として頭を抱えたミーダスは、震える視線を地面へと落とした。次の瞬間、身体中に走っていた罅が徐々に広がり始め、あちこちの皮膚がパキリと剥がれ落ちる。
黒く変色した皮膚が全身に広がり始め、彼の身体から漏れ出る霊子が加速した。それに比例するように、ミダースの身体が見る見る内に衰弱していき、「うぅぅ……っ、あぁ、あぁぁ——っ」と、酷く唸り声を上げ始める。
「何が黄金の神だ! 貴様の眷族になって出来た事など、はした金の金貨を出す位ではないか! 貴様に出会った事こそが私の人生最大の汚点だ! そのまま消えてしまえっ、忘れられた神めっ……!!」
思い思いの罵詈雑言をミーダスに吐いたエドモンドは、最後にマスケット銃を投げつけ、止めと言わんばかりの言葉を言い放った。
「——私は! 貴様の信者などではない!!」
まるで時が止まったかのように、ピタリとミーダスの動きが止まる。全てを諦めたかのように、その場に蹲った彼は、呻く事さえも忘れてただ茫然と地面を眺めた。
「——もう喋るな」
「ぅえ……っ!?」
エドモンドの一言を不快だと言わんばかりに一蹴したのは、邪神ウルだった。
彼が空中に手を伸ばした瞬間、エドモンドが苦し気に泡を吹き出し自身の首を絞める何かを外そうと必死に藻掻く。しかし、その努力は水泡に帰し、次の瞬間……パキン、と。エドモンドの首がくの字に折れ曲がり、そのまま地面へ力なく倒れた。
「……いやいや、済まないねミーダス! つい君の眷属を殺してしまったよ」
何の悪びれも無く形だけの謝罪をした邪神ウルは、気さくにミーダスへと話し掛けた。
「……」
「ミーダス?」
しかし、何の返事も帰ってこないミーダスの様子を訝し気にした邪神ウルは、一瞬だけ寂しさと悲しさが入り交じったような表情で微笑むと、何もない虚空に手を翳し、以前、ミーダスの前に出して見せた棺桶を取り出した。
「……、……はぁ。……時は過ぎ、人知は肥大し、文明は栄え、凡そ神と呼ばれる存在は忘れされつつある……故に、さて——選択の時だ、ミーダス」
滔々と語り出した邪神ウルは、最後にミーダスへと手を差し伸べた。
「もう一度だけ問おう……我が眷族になれ、同胞よ」
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次回から『第六章:逆境の勇者編』が始まりますので、今後とも読んで頂けると嬉しいです!
次の更新は、4月20日20時30分です。




