第40話:キメラ③
「——第一、第二部隊は魔法による攻撃を続けろ! 第三から第七の一般隊は魔書の紙片を使って応戦! 他の部隊は引き続き木っ端魔獣の討伐と逃げ遅れた市民の救助を急げ! 全部隊、キメラの正面と後方には立つな! 側面からの攻撃を心掛けろ!」
ラッセル郊外、廃墟が建ち並ぶ場所に衛兵隊の慌ただしい声が響き渡っていた。
しかし、それを掻き消すように周囲へ響き渡る夥しい魔獣の叫び声が、現在の地獄のような惨状を作り出している。とりわけ、この地獄の惨状の中心にいる巨大な魔獣——キメラの泣き叫ぶような声は、応戦する衛兵隊たちの恐怖心をこれでもかと駆り立てていた。
『キヤァァァァァァァァァ……!!』
キメラの咆哮。耳を劈くような甲高い叫び声に、衛兵たちは鼓膜が破けそうになりながらも、必死に魔法を放ち続ける。分厚い皮膚に幾つもの傷がつくが、すぐに驚異的な速度で再生し、それが更に衛兵隊の絶望感を煽った。
無造作に振るわれた尾っぽの一薙ぎ、ただの歩行でさえ、また一人……また一人と、衛兵たちは見るも無残な真っ赤な肉塊へと変貌を遂げて行く。
勝負にならない。戦いにならない。
——絶望的過ぎる戦力差が、そこにあった。
「……クソっ! 最悪の化け物を産み出したなっ……エドモンドめ!!」
その絶望の最前線にて。
ディルムッド・ラッセルは普段の温和な態度を崩して悪態を吐いた。
目と鼻の先にいるキメラを見上げる彼の表情は、焦燥感に陰っている。既に半数以上の衛兵隊員が殺された。壊滅といっていいだろう。しかし、ここで退く訳にはいかない……ここで退けば、どのみちラッセルは亡ぶのだから……。
「——【|炉に焼べた鷲羽の送り火】!」
『キィィィィアァァアア——ッッ!!?』
その時だった。聞き覚えのある声と共に、どこからともなく強力な魔法が飛んで来る。衛兵隊のモノよりも数段強力な魔法は、意図も容易くキメラの分厚い皮膚に大穴を空けた。
ディルムッドの知らぬ体系の魔法である。おそらくは使い手の少ない古代魔法だろう。この類の魔法を使える人物に、彼は一人だけ心当たりがあった。
「……! ウィータさん、シー様!」
怪物の絶叫と血飛沫が上がる中、空に一体の鳥竜種と、その背に乗る小さな天狼族の女の子の姿を見つけた。
「……ディルムッド様! 助力に来ました!」
「……! カルナ殿ですか!」
ディルムッドの名を呼ぶ声が一つ、その音に続いて大きな足音と、羽搏きの音が聞こえる。音の方へと振り向くと、そこにはカルナとジャン……そして、テメラリアの三名がいた。
「遅れてすまない。早速だが、ディルムッド殿……状況は?」
「……見ての通りです。最悪ですよ」
一言の間も惜しいとばかりにジャンが状況を聞いて来る。ディルムッドは憎々し気な表情でそう言い視線を伏せると、状況の詳細を話し始めた。
「先程から銃兵と魔法兵を主体に攻撃は行っていますが、全て再生されます。霊子切れの魔法兵も多く、残りの魔書の紙片も底を尽きる寸前……正直、ジリ貧という状況です——まぁ……幸い、あのキメラは腹が空いているようでしてね……先程から周囲の魔獣を食べる事に夢中で、我々は壊滅程度で済んでいますが、いつその食指が魔獣から人間に移ることやら……」
「いや、よく持ち堪えた。あとは任せろ……これよりキメラを討伐する」
「……可能なのですか……?」
「——えぇ、可能です! キメラには唯一といっていい弱点が、一つだけありますから」
「……っ! 本当ですか!?」
ジャン達の会話に入って来たカルナの一言に、ディルムッドが驚きの表情を浮かべる。
「——えぇ……ここに来る道中、シーさん達には話しましたが……キメラには『核』があります。奴の再生能力を司っているのは、その核なんです。そこを潰しさえすれば、キメラの再生を止める事が出来るはず……」
「……正教会でも成功例は少ないが、キメラは何度か討伐した事がある。その討伐例から判明している事だが……効果的なのは、やはり魔法だ。それも高威力の魔法でなければならん……高位魔法を連発する規模でなかれば効果は無いがな」
「厳しいですね……そんな魔法を使える術師も魔書の紙片も、ここにはありません」
「——大丈夫だ。その為の作戦は練って来た」
視線を伏せたディルムッドを元気づけるように、ジャンが力強く言う。そんな彼の言葉に顔を上げたディルムッドに、“上を見ろ”と、ジャンは上空を指差した。
その先には一体の鳥竜種と、天狼族の少女の姿。
「あの二人なら、高位魔法以上の火力で攻撃できる」
「っ! ……シー様の変身能力ですか……っ!」
合点がいったディルムッドは、絶望的な状況の中に一筋の光明を見出したのか、表情を明るくした。
「我々は、奴らの大魔法がキメラの核を砕くまでの時間稼ぎだ。だが——火力だけでは、キメラは倒せん。奴の核を正確に砕く必要がある」
「……正確に、ですか。それは、割り出すのは骨が折れますよ……キメラの核の位置は、正教会の戦闘記録に残っていないのですか?」
「勿論あります……おそらくですが、キメラの核は——頭です! キメラの首を落としさえすれば、奴の再生能力を何とか出来るんじゃないかと!」
「……、頭……ですか」
ディルムッドが反芻した言葉。キメラの頭という言葉を聞いたディルムッドの脳裏には、ある疑問が浮かぶ。ゆっくりと彼の視線は、キメラの幾つもある頭の方へと向いた。
呆然とそれを眺め沈黙した彼は、自らの内心を吐露するようにポツリと漏らす。
「……どの頭ですか」
「「「……」」」
そう。彼の眼前にいるキメラには、幾つも頭があった。これではあの頭のどれに核があるか分からない。それはシー達どころか、得意気にキメラの弱点を話していたジャン達ですら同じだったのか、バツが悪そうに「あー……それは」「まぁ、それに関しては奴らに任せるしか無いな……」と、視線を逸らす。
不穏なその言葉を聞き「ははは……そ、そうなんですか……」と、ディルムッドは思わず引き攣った苦笑いを浮かべた。
「ケケッ、安心しろよ? こっちにはアイツらがいる」
そんな彼の不安を打ち破るように、テメラリアが得意気に口を開く。
「——千年前、邪神ウルを退けた大精霊と……その新しい相棒がな?」
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「……アイツ、こっち見てる」
(警戒されてるな……よっぽど、さっき戦った時の印象がデカかったんだろ)
先程の攻撃でわたし達の存在に気付いたのか、上空を旋回するキメラが警戒したようにこちらを睨んで来る。衛兵隊の人たちには見向きもしなかったくせに……。やっぱり、シーちゃんの変身する魔法がそれだけ強力だということか。
今はまだ仕掛けて来る様子は無いけれど、何時襲い掛かって来てもおかしくない。
——その前に、短期で決着をつけないと。
(……熱くなるなよ、ウィータ? さっきジャンにも言われたろ?)
「っ!」
また悪い癖が出ていたのだろう。思い詰めたわたしの表情に気付いたシーちゃんが優しい声音で、念話を送って来る。
(大丈夫だ。ウィータは独りじゃない。ジャンもいる、カルナもいる、ディルムッドもいる、テメラリアだっている……そして、オレもいる。勿論、ウィータは強くなる必要がある——けど、別にそれは独りで強くならなくちゃいけないって訳じゃない)
「……うん、わかってる」
(ならいい。何度でも言うよ……大丈夫だ。ウィータはちゃんと、強さっていう言葉の意味を、ちゃんと理解してる子だ)
「……、……うん、ありがと」
——でも、強さの意味だけは間違えないでね?
ふと、さっき見た夢の中でお母さんが言っていた言葉を思い出した。
分かってるとは言ったけれど、正直その言葉の意味に納得はしていない。頭で理解は出来ていても、考えれば考えるほど、わたしは心の中でそれを否定してしまっているのだ。それでも……きっと今は、独りでやるのは違うのだろう。
それは、お母さんが望んだ強さじゃない。
(——じゃあ、行くぜ相棒? 作戦は覚えてるな?)
「……うん。ジャンおじさんたちがスキを作って、そのスキにまほうで首を落とす……あとは、そのままトドメ!!」
(OK、完璧! 行くぞ、相棒!!)
「あいさぁぁーーっ!!」
シーちゃんの言葉に小さく頷き、わたしは力強くそう言った。
『オォォォォォォォォォォォォ——ッッ!!』
「……っ!」「またアレか……!!」
わたし達の戦意を感じ取ったのか、キメラが弾かれたように咆哮を上げる。全身を震わせ黄色がかった液体を全身から滲ませる。……あの時の蛇モドキだろう。すぐに液体が蛇のような頭に変わり、無数の蔦のようになって襲い掛かって来る。
「——援護します!」
その時だった。地上からカルナお姉様の声が聞こえたのは。
それと同時に何発もの銃声が駆け抜ける。次々と蛇モドキを撃ち落として行くその銃声に続くように、地上から無数の魔法や銃弾の音が上がって来た。わたし達を援護するように上がるそれらによって、次々と蛇モドキの頭が撃ち落とされて行く。
「……テメェらは魔法に集中しろ! 雑用はこっちでやる!」
下の方から聞こえて来たテラちゃんの声。地上へ視線を向けると、衛兵隊の人たちやカルナお姉様達が、一丸となってわたし達の援護をしてくれている。
『……ギィィィィァァア!!』
「……っ、にげて!!」
それを煩わしく思ったのだろう。ギロリと地上を睨みつけたキメラが、全身を回転させ、尾っぽを振り回した。わたしを瀕死に追い遣った一撃が、衛兵隊の人たちに降り掛かる。
わたしは咄嗟に叫んだが、間に合わない……っ! 既に目前へ迫った尻尾の一撃。次の瞬間には肉塊へ変わっているであろう地上の人たちを幻視したわたしは、咄嗟に目を瞑った。
次の瞬間——カァァン、と。
まるで、硬い鉄にぶつかったかのような音が鳴り響く。骨肉がすり潰れるような音を想像していたわたしは、「え?」と呟き、弾かれたように目を開いた。
「——小娘ばかりに見せ場を取られてはかなわんからなぁ……っ!!」
ジャンおじさんの声だった。撒き上がった砂塵の中から露わになったのは、大盾を構え、血だらけになりながらも尻尾の攻撃を受け止めたジャンおじさんの姿。
かなり無理をしたようだったが、動けない程のケガではない。傷など感じさせないような獰猛に笑った彼が「カルナ! 貴様もそうだろう!」と相方へと発破を掛ける。
「えぇ、勿論!」
その声に応えんとするカルナが「とっておきです!」と言いながら、一際大きな魔書の紙片を取り出した。
「——【吹き荒べ、散り落ちよ、不香の華は常に潰えない】」
そして、詠唱文と共に周囲の気温が急激に下がり、キメラの周りを白い靄が包み始めた。
「【汝、氷々の王冠を戴く黒血の氷継、北邦より来たる厳冬の邪王。最悪を謳う其の名より、墓碑の細氷を打ち砕け】——」
『ルォォォォォォォォオオオオオ————ッッッ!!?』
急激に温度が下がり、周囲全体を白い靄で包み込んで行く。すぐに視界全体が真っ白に染まり、猛烈に吹き荒ぶ吹雪の音と、キメラの悲鳴、そしてカルナお姉様が詠唱する声だけが鳴り響く。
「——【最南に至る大寒の夜】!」
その嵐の中で、カルナお姉様が魔法の名を叫んだ。
次の瞬間、周囲の全てを巻き込まんばかりの大風雪がキメラの身体を包み込む。身体どころか、キメラの悲鳴さえも呑み込んで、ヤツの全てを真っ白に染め上げて行く。周囲が吹雪で暗くなり、強まる大風雪に、わたしはすぐに目を開けていられなくなった。
魔法の余波でわたし達も身体のあちこちを雪で白く化粧しながら、魔法が終わるのを待つ——そんな状態が数秒ほどに続き、一瞬だけ……ヒュオンッ、と。甲高い音と共に風雪が止むのを感じた。
瞼の外から通って来た光を感じて、わたし達が眼を開くと……そこには全身が氷漬けになって、身動きの取れなくなったキメラの姿があった。
「——今だ! やれっ、嬢ちゃん!!」
「(……っ!!)」
絶好の隙——そう言わんばかりに、テラちゃんの声が響き渡った。
その瞬間、シーちゃんがわたしが詠唱を使用しやすいように、翼を細かく動かして空中の一ヶ所で留まり続けた。弾かれたように、わたしは詠唱を開始する。
「——【泥鉄を打つ赤髭の竈、赤熱するサヴァの鉄槌、其は御手より産まれた虐殺の剣】」
シーちゃんから送られて来た魔法のイメージ。それは、これまでで使った魔法の中で、間違いなく最強のモノだった。キメラの首ごと、その命を刈り取るのに……十分な程の超々火力特化の一撃必殺……!
「【振り下ろせ、怒りのままに。突き立てよ、寇たる剣士は目の前だ】……」
『……ル、ォォオオ~~~』
「(……!?)」
詠唱の完成……その直前。
まるで執念とばかりに氷の中から声を上げたキメラ。唯一、竜の頭だけが氷の牢獄で身動きを取る事が出来たのか、ゆっくりと動いた上顎と下顎に圧され、氷に罅が入る。
そして——わたしは見た。
顎の奥に、ボコボコと沸騰する液状の何かを。
『……オォォ、ッッッォォォォォォオオオオオオオオオオ——ッッ!!』
次の瞬間、氷の砕ける音と共に大口を空けたキメラの首——竜の頭が、喉の奥に熱線を貯め込み、わたし達の方を真っ直ぐと見据えた。
マズい——と。執念の一撃を前に、まさかの反撃を受けたわたしとシーちゃんは、咄嗟の出来事に身動きが取れなかった。
「——残りの霊子と魔書の紙片を全て叩き込め!!」
その時だった。ぎちょーさんの凛とした声が響き渡った瞬間、周囲から幾つもの魔法が飛んで来る。衝撃で無理やりに自身の顎が閉じられ、キメラは「ルォォ!?」と、驚いたように唸り声を上げた。
あちこちに鳴り響く詠唱文と魔法名を叫ぶ声……わたしとシーちゃんは視線だけで地上を見た。
そこには、まるで自分達の見せ場も作らないとな! とばかりに、必死に魔法を放ち続けるボロボロの衛兵さん達と、彼らと一緒になって自分たちも魔書の紙片を掲げるディルムッド、ジャン、カルナの姿があった。
(詠唱を続けろ! ウィータ!)
「っ……【汝はラフカスの英傑、その名は恩讐の代名、いざ憎き同胞を鏖せ】」
『オォォォ……! オォォ——ッ!!』
シーちゃんに言われ、わたしは詠唱を再開した。
それを阻止せんとキメラが焦ったように、熱線を口腔に溜め込むキメラ。しかし、それをさせまいと、あちこちから飛んで来る魔法がキメラの顎を無理やりに閉じる。
「——【狂える龍の蜷局】!!」
『ォォォ!!? ォォ——』
その魔法の内の一つだった。ぎちょーさんの放った魔書の紙片の魔法が、幾つもの魔法で薄くなっていたキメラの下顎の皮膚に大穴を空ける。次の瞬間、凄まじい爆発音が鳴り響き、キメラの竜の頭を吹き飛ばした。
おそらくは顎の奥に貯め込んでいた熱閃に魔法が引火したのだろう。
黒い煙と焦げた匂いが風圧で吹き飛ばされると、そこから顔の半分以上が抉れ、グロテスクな肉の断面を見せつけるキメラの竜の頭があった。
「……! ウィータちゃん! シーさん! それがキメラの核です!!」
「(……っ!)」
その肉の断面——丁度、脳みそが入っている辺りに、透明な球体の物質があった。血管のように周囲の肉へと、糸のような触手を伸ばすそれを見た瞬間、カルナお姉様が叫んだ。
その言葉を聞き、一瞬驚いたわたし達はすぐに真っ直ぐと露わになったキメラの核を見据える。
「……【故に投げ入れよ——いずれ虚偽は見抜かれる】」
詠唱の完成。次の瞬間、空気を焼かんばかりの熱が空に現れた。
徐々に剣の形へと収束して行くその熱は、わたしが最初に使った魔法に似ていた。しかし、あの時のモノよりも更に大きく、強く、猛々しく燃え盛る炎の剣は、この瞳に映る敵の巨体を焼尽くすには、余りある程に大きい。
まるで神話に出て来るような光景に畏敬の念を抱いたのか、視界の端に映る地上の眼が、呆然と炎の剣を仰ぎ見ている。
——その眼の中には当然、気色の悪いキメラの眼もあった。
「——【鏖殺の剣】」
その瞳に映ったのが炎の剣だったのか、それともその剣を振り下ろすわたしの姿だったのかは分からない。ゆっくりと振り下ろされた炎の剣に、自らの核ごと焼き切られたキメラは、ただ悲鳴を上げる間もなく炎に呑まれた。
「「「「「「……」」」」」」
周囲に満ちる焼けた空気が肺を乾かし、焦げた肉の匂いが充満する。
燃えた瓦礫から煙が上がる中で、真っ二つになったキメラのシルエットがわたし達の目には映っていたが、一向に倒れる気配を見せない大きな影を、わたしを含めた多くの人々が固唾を呑んで見守っていた。
祈るような思いでその黒い影を見守っていると——。不意に、ひゅぅ……、と。
どこからともなく一陣の風が吹き、煙を吹き飛ばして行く。その風に小突かれたからか、煙の中から露わになったキメラの巨体が大きく揺らいだ。
次の瞬間、瓦礫へと倒れ込んだキメラは誰の目から見ても、完全に絶命していた。
「「「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~!!!!」」」」」
まるでそれが合図だったかのように勝鬨が上がる。
地上を見ると大きな脅威を乗り越え、戦友たちと勝利を分かち合う衛兵さん達の姿が見える。その中には当然、ぎちょーさん達と強く手を握り合うジャンおじさんたちや、何もしてないのに何故か得意気なテラちゃんの姿もあった。
「……」
その光景を見て一瞬、わたしの脳裏に浮かんだのは過去の幻影だった。
彼らとは似ても似つかない……自分を踏みつける醜い天狼族の姿だ。
(やったな、ウィータ)
「……、……うん、そうだね」
(? どうした、不満か?)
「……ううん。そういうわけじゃないんだ」
喜ばしい光景の筈なのに、何故か気分が晴れないのは自分達と彼らを比較しているからなのだろう。キメラ——あの地獄の中で相対した敵と同じ敵を相手にしながら、こうして団結できなかった自分達と。
「……何でもないよ」
「……、……そうか! じゃあ、一回下に降りるぞ?」
「……あいさー」
シーちゃんの心配そうな視線を感じる。わたしが無理やりに笑顔を作って答えると、シーちゃんも同じく作ったようなカラ元気でそう言ってくれた。その気遣いが嬉しかったけれど、嘘を吐いているみたいでやっぱり申し訳なかった。
「……」
(……ぁー、んーとぉ……?)
シーちゃんのゴツゴツした背中に顔を埋める。瞼の裏に焼き付いた懐かしい光景を幻視しながら、まるで母親の温もりを求めるかのように、わたしは頭の中にある郷愁に浸った。
それが気になったのか、シーちゃんが何かを聞きたそうに口をまごつかせている……けれど、わたしはその先の言葉を聞きたくなかった。
(ウィ——)
(——聞かないでね)
(……っ、……、……)
だから……たった一言。そのたった一言を、気付けばわたしはそう念話を送っていた。シーちゃんは優しいから、こう言えばきっと何も聞いて来ないだろう——と、そんな卑怯な打算が込められた言葉だった。
卑怯な人間だと自己嫌悪が産まれる……けど、それ以上に口を閉ざしたシーちゃんを見て、安心してしまった自分がいた。
ふぅっ、と。気付かれない位の小さな安堵の溜息を吐いて、わたしはゆっくりと目を閉じた——。
(——大丈夫、大丈夫だ。オレはちゃんと、ウィータの隣にいるからな)
「……っ」
その時だった。シーちゃんがそんな念話を送って来たのは。
(約束しただろ? 『一緒に世界を見に行こう』って)
そう言って歯を向いて笑顔を見せて来たシーちゃんの表情を、わたしはどんな顔で見ていたのだろう? 驚きと困惑が入り交じった感情が、わたしの中にあった。だって……まさか、ここから踏み込んで来るとは思わなかったから。
——踏み込んで来た上で、そう言ってくれるとは思わなかったから。
(休んでていいぜ、相棒? まだ終わった訳じゃないからな)
「……」
シーちゃんはそれ以上は何も言わず、ジャンおじさんたちの元へとスピードを速めた。あまりにもあっけらかんとしたシーちゃんの様子に、今度はわたしの方が口を閉ざしてしまう。
見透かされている。わたしがまだ、大きな秘密を隠している事を。……それを理解して、シーちゃんは言ったのだ。
——大丈夫、大丈夫だ。オレはちゃんと、ウィータの隣にいるからな、と。
そう言われてしまったら、わたしが言える言葉は一つしかない。
「ありがと、シーちゃん」
今度は念話じゃない。ちゃんと自分の口から言った。
今話で『第五章・厄災の獣編』は終了となります。
次の更新は、4月19日6時30分です。




