第34話:祈り②
目の前でお祈りを捧げるシーちゃんとテラちゃん。もう十分近く経っているのに、お祈りが終わる気配はない。正直、退屈だ……でも、お祈りが大事なことは分かっている。今朝、アイツの埋葬式でジャンおじさんが言っていた事もそうだし、それ以前に、わたしの村でもお祈りはとても大事な事だった。
「(……むぅ、ひま……)」
でも、退屈は退屈だ。シーちゃん達に聞かれないように、口の中で転がすように、小声でそう言ったわたしは、長椅子から起き上がりテクテクと歩いて行く。
向かった先は、太っちょオヤジ達の所。見ると、彼らは左右の壁際に何体も並んだ彫像を水拭きしていた。わたしが近付いて来た事に気付いた太っちょオヤジは露骨に顔を顰め、少し警戒したように口を開く。
「……。……な、なんだよ?」
「……シーちゃんたちがお祈りしてるから、わたしも手伝う」
「別にいいのよ? これはあたし達が好きでやってる事なんだから」
「……だいじょぶ。わたしがかってにやるだけだから」
おばさんの言葉をぶっきらぼうに振り切り、桶に残っていた雑巾を絞る。「そう……ありがとね、ウィータちゃん?」と、笑顔を言ったおばさんに「あいさー」と短く返事をし、わたしは彫像を拭き始めた。
「……」
何かをしていないと落ち着かないと、色々と考えてしまう。
ここに来るまで事、昔の事、あの場所での事、傭兵たちの事、皆の事、村の事、わたし達を干潟の扉に追いやった白犬共の事……そして、『ミミズ』の事。
元々ジッとしているのが性分に合わないというものあるし、村やあの場所では、自分に与えられた役割を熟すのは当り前のことだったから、周りに働いている人がいる中で、自分だけ何もしないという状況が何だか居心地が悪いのだ。
シーちゃんに出会ってからここ数日、目まぐるしい程に戦いの連続だったのもあるのだろう。何もしていないと、ここ数日の事や、ここに来るまでの事を考えてしまう……正直、それはイヤだ。身体を動かしている方が、何も考えずに済む。
わたしは脳裏に過った色々な事を振り払うように、作業に没頭した。
「とどかないの?」
「ん……とどかない」
「そっか。じゃあ、お姉ちゃんが手伝ってあげる」
すると、近くにいた太っちょオヤジ達の子供——小さな男の子の姿が目に入る。
幾つも並んだ彫像の内、一つだけ二体並んで立てられた彫像の前。少年と少女の彫像だ。しかし、小さい子供の身長では高すぎるのか、男の子は目いっぱい背伸びをして、二体の彫像の頭辺りを拭こうとしていた。
わたしは彼の前に背中に回り、両脇を手で掴んで抱っこしてあげる。「これでとどく?」と聞くと、男の子が「うん、とどく」と言いながら、二体の彫像を拭き始める。
「あらあらっ、ごめんなさいね!? ウチの子の面倒見させちゃってっ」
「だいじょぶだよ。こきょうの村だと、わたしお姉ちゃんだったから、小さい子のめんどうは良くみてたの。この位だったらだいじょーぶ」
「あら、そうなの? しっかりしてるわねぇ、ウィータちゃんは……ウチのバカ亭主も見習って欲しい位だわ」
「……うるせー。一言余計なんだよ、お前は」
悪く思ったのか、おばさんがわたしに申し訳なそうにする。でも、この位は本当に平気だ。わたしは村だと年長だったし、自分より小さな近所の子供たちのリーダーみたいな存在だったのだから——。
「ありがと、お姉ちゃん」、と。わたしが内心で過去の事を思い出していると、水拭きが終わった男がそう言う。彼を床に降ろしたわたしは、「よくできたね。いい子、いい子」と、軽くポンポンと撫でてあげる。
恥ずかしそうにした男の子が、そそくさとおばさんの後ろに隠れたのを見て、わたしは昔の事を思い出して、少しだけ微笑ましくなる。男の子に向けてそっと微笑んであげると、完全におばさんの後ろに隠れてしまった。
それがちょっとショックで、わたしは、ズーン……と、項垂れる。
「——あらまぁ、恥ずかしがっちゃって……ごめんねぇ、ウィータちゃん? あの子、結構人見知りする子だから」
「……村の子たちもあんなかんじだったから、だいじょぶ。何でか分からないんだけど、すぐきらわれちゃうの……」
「あらあら、モテるのね? ウィータちゃんは」
「……??」
おばさんが言葉の意味が分からず、わたしは首を傾げた。それが可笑しかったのか、気が乗って笑顔になったおばさんは、世間話でもするように会話を続ける。
「ウィータちゃんは……もしかしてデネ帝国の出身かい?」
「……? うん。デネ帝国の南のほうにあるエースヴィア地方の出身だよ」
「やっぱり! あたし達はスヴェリエ王国の出身なんだけどねぇ……通りでウィータちゃんから懐かしい感じがしたわけだよ。お隣の国の人だったんだねぇ~……」
郷愁へ浸るように笑みを浮かべたおばさんは、嬉しそうにそう言った。
「いい所よ? スヴェリエは。色々な産業品があるけど、中でもガラスは有名ね……。わたし達も一家でガラス職人をやっているんだけれど、この教会のガラスもね、わたし達が作った物なの」
「そうなの?」
「えぇ。どう? すごいでしょ?」
えっへん、と。自分が悪くした空気を払拭するように、明るく話すおばさん。……でも、その後すぐ表情を暗くしたおばさんは、少し声のトーンを落として 「……本当は、故郷で造っていたかったんだけどね」と、愚痴を溢すように言葉を続けた。
「今はつくれないの?」
「……造ろうと思えば、造れるんだけどね……」
「……?」
わたしが首を傾げると、隣にいた太っちょオヤジが「——二十年戦争の影響さ」と、わたし達の会話に入って来る。ぶっきらぼうな口調で言葉を続けた彼は、少しだけ不機嫌そうだった。
「……デネ帝国の出身なら、お嬢ちゃんも聞いたことあるだろ? 結構前に、二十年戦争っていう大きな宗教戦争があったんだよ。スヴェリエは戦勝国だったんだけどな……ユマニストとして戦争に参加したから、王様の意向で神への信仰そのものが禁止されちまったのさ」
「にじゅうーねんせんそう……? ゆまにすと……?」
「あー、知らねぇのか……まぁ、要はな——」
そう言って太っちょオヤジは、二十年戦争について説明してくれた。
——二十年戦争。何でもそれは、十年ほど前に起きた大きな宗教戦争の事らしい。
神への信仰を世界の中心と考える神中心主義者と、人間を中心と考える人間中心主義者達が、各陣営に分かれて争った大戦の事らしいが、彼らの国——スヴェリエ王国は、ユマニストとして戦争に参加し、その影響で、戦争終結後に全ての信仰が禁止されたのだそうだ。
内容が難しくて良く分からなかったけど、彼らがオレルス様への信仰心を捨てきれずに、この都市に来たという事だけは理解できた。
「——生活か信仰か……随分悩んだんだがな、結局はオレルス様への信仰を捨てきれなくて、こっちに移住してきたって訳だ」
「まぁ、幸いこっちでも仕事が見つかったから、生活の方も何とかなった……のだけどねぇ……」
「……?」
少し茶目っ気交じりにそう言ったおばさん達。でも、何故かその言葉尻が翳りを見せる。それが引っ掛かったわたしが首を傾げると、おばさんが慌てたように「あぁ、ごめんなさいね? ウィータちゃんに話す事じゃ無かったわ」と言った。
「何かあったの?」
「ううん……何でも無——」
「——エドモンド商会だよ。アイツらに俺らは借金してんだ」
「ちょっと、アンタ!」
わたしが聞くと、太っちょオヤジがぶっきらぼうに答えた。おばさんは呆れたように頭を抱えたけれど、太っちょオヤジは気にせず愚痴るように話を続ける。
「……エドモンドのバカ野郎が議会を使って無茶な市政を敷くせいで、俺たちはアイツらから借金を背負わされる羽目になったんだ……っ。故郷へ帰ろうにも金はねぇしよぉ~……」
「……、……ねぇ、もしかして——」
溜息交じりの太っちょオヤジの言葉。話の流れである事に思い至ったわたしは、一瞬の間を置いてから問い掛けた。
「——それでわたしのコトぎかいに連れてこうとしたの?」
「んっ……あ、いや……それは、だな……」
どうやら図星だったらしい。太っちょオヤジは口が滑ったと言わんばかりに、バツが悪そうにしながら答えた。
「あー、まぁ、そうなるな……」
「全くもう……こんな小さな子供の前で、情けない……」
居直って頭を下げた太っちょオヤジを見て、おばさんは呆れたように頭を抱えた。「ホントにどうしようもないバカ亭主だよ!」と、太っちょオヤジは、再びおばさんに叱られると、小さく縮こまる。
「……」
「……?」
そんな彼らの会話を聞いて、事情がある事に押し黙ったわたしは、不意に、長椅子に座って足をブラブラさせる男の子と目が合う。数秒ほど沈黙したわたしは、はてなマークを浮かべる彼の近くに行くと、そっと微笑みかけながら質問をした。
「故郷はすき?」
「……? ……わかんない」
「……分かんない?」
「行ったことないから、わかんない」
「……行ったことないの?」
「ん。こっちでうまれたから」
「そうなんだ。じゃあ、こっちが故郷なんだね」
「んー……たぶん、そう」
どうやら、この子はおじさんとおばさんがこっちに移住して来てから産まれた子供らしい。彼にとっては、こちら側が故郷という事になるんだろう。
「ねぇ、ここは好き?」
「んー……わかんない。けど、はやくおウチかえりたい」
「あはは……わかんないかー。うん、でも……わたしも早くお家に帰りたいな」
「? おねえちゃんのおウチここにないの?」
「うん。多分ね、すっごく遠い所にあるんだ……ずっと、ずっと……本当に遠い所」
言いながら、わたしは開けた放たれた窓の向こう側を見上げる。
青々と晴れ渡る空は、今日も何時ものように清々しい様相を見せていた。わたしの知るエースヴィアの空は虚ろ気で、気分屋で、晴れたり雨が降ったりするのがしょっちゅうだった。
故郷の空とは似ても似つかない空を見上げるわたしを不思議に思ったのか、男の子が小首を傾げながら「とおいところ?」と呟く。
「うん、そう」とだけ、わたしは一言呟くと、そっと立ち上がった。
ポンと、故郷の村でしていたように男の子の頭に手を乗せると、何故か顔を赤くした男の子が、むず痒そうに俯く。また嫌われたかと思って、わたしは内心でシュンとしたけれど、“わたしはお姉さん”と自身に言い聞かせ、再び微笑みかける。
「お祈りして来てあげる。きみが早くお家に帰れるように」
「ん」
そう言ってわたしは、シーちゃん達の所へと小走りで駆けて行く。短く返事を返してくれた男の子を後にし、まだその場に跪いて祈りを捧げていたシーちゃん達の隣にしゃがみ、二人と同じ祈りのポーズを取った。
「ん? どうした、ウィータ?」
「わたしもオレルス様にお祈りするの」
眼を瞑り、わたしは祈りを捧げた。
神様に届くように。絶対に、絶対に、届くように。
「どうか……どうか、あの子が故郷に帰れますように——」
「「……」」
わたしの呟きを聞き何か思うところがあったのか、シーちゃんとテラちゃんから視線を感じた。彼らは顔を見合わせると、再びオレルス様へと祈りを捧げる。
(——だから……わたしも故郷に帰して下さい、オレルス様)
静寂の中、その呟きの後に続く言葉だけは心の中で言った。
敬虔な祈りは神様に届くものだと、幼い頃に教わったのを覚えている。でも、同じくらい知ってる事がある。よしんばその祈りが届いたとしても、その祈りが聞き入れられる事は少ない、という事だ。
あの場所での、わたしの……わたし達の祈りが、届かなかったように——。
でも、もしかしたら今回は届くかもしれないと思ってしまうのは、心のどこかで理解しているからなのだろう。わたしはもう——二度とは帰る事が出来ない、という事を。
……だから今、わたしは神様になんて祈っているのだろう。
「……」
ジッとしていたせいか、再び色々な事が脳裏を過る。
わたしはその脳裏の思考を抑え込むように、フードを目深にりながら、交差させた祈りの手に力を込めた。……でも、やっぱり消えてはくれなかった。
「……ウィータ? どうかしたか?」
「……、……何でもないよ」
「……そうか? ならいいけど」
わたしの様子がおかしい事に気付いたのか、シーちゃんが心配して来る。震えそうになる声を必死に落ち着け、一言だけわたしが返すと、シーちゃんは再び祈りを捧げた。
やけに大きく聞こえる自分心臓の音を聞きながら、落ち着け、落ち着け、と。
必死に言い聞かせるわたしの言葉を無視して、わたしの心臓は張り裂けそうな程に早鐘を打つ。それに呼応して脳裏を過り続ける過去の記憶——気が狂いそうなる程の光景から逃れたくて、わたしは神様へ……いや、みんなに祈った。
(大丈夫……大丈夫だよ、みんな。わたし……ちゃんと帰るから)
『第四章・嵐の前の静寂編』はここまでで終了となります。
次の更新は、4月14日20時30分です。




