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ケモミミのサーガ  作者: 楠井飾人
Eposode I:逆境の勇者
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第33話:祈り①

 閑散としたユーダリル教会の内装は、手作りと聞いていた割には意外にもしっかりとしていた。


 かなりの年月を経た建築物の為か窓はほぼ木製の板で、その全てが開け放たれている。唯一のガラス窓と言えば、講壇の後ろにある彫像——このユーダリル教会が崇める聖教の神体である『聖神オレルス』を象った彫像の後ろに、少し煤けた色に変色し始めたステンドグラスがある程度だ。


 その中でもの特に目を引くのは、やはり聖神オレルスの彫像である。


 全長は三メートル程だろうか……随分と古いようだが、丁寧に掃除が行き届いたその彫像には、年月を経ている割には罅の一つも無い。強い癖っ毛と、力強い髭がを蓄えた顔立ちが特徴的なその彫像は、シーの知るオレルスの風貌とは似ても似つかないが、大事にされているという事だけは何となく分かった。


 「——いでででででででででで……!!? いてぇって、お前ぇ!?」

 「黙りな! こんな小さな女の子を金に換えようとしたんだ! この位なんだって言うんだい!? オレルス様に申し訳が立たないよ! この子にも謝りな!」

 「いや、だってよぉ~!?」


 そんな教会の講堂内に、野太い男の悲鳴と女の怒声が響き渡っていた。


 太っちょオヤジ——ゴードンというらしい男は、現在、妻に頬を何度か平手でしばかれた後、耳をこれでもかと思いっ切り引っ張られている。数日前の悪行を白状したゴードンの話を聞いた彼の妻は、正に怒髪天を突くといった表情で、かなりご立腹の様子だった。


 「分かったって! 悪かった! 俺が悪かった! 謝るから許してくれ~!」

 「何だい、その謝り方は! ちゃんと謝りなぁ!?」

 「いででででででででででででででで……!?」


 涙目になる夫に容赦ない罵倒を浴びせた妻は、最後にゴードンの尻を蹴り上げる。「まったく! とんでもないバカ亭主だよ!」と、怒りと呆れが半分ずつ混じったような声音で言い捨てた彼女は、ウィータへと向き直る。


 「……ウィータちゃんだっけ? 本当にごめんね、ウチのバカ亭主が……。あたしがこってり絞っておくから、勘弁しておくれ……」

 「うん! おじさんしばかれてるの見たらスッキリしたからいいよ!」

 「そうかい! そりゃぁ良かった!」

 「……いいのか?」

 「……ケェ。嬢ちゃん、意外といい性格してるよな」

 「……クソ。これだから女ってヤツは……」


 満足とばかりに笑顔を浮かべるウィータと妻の会話を聞き、シー、テメラリア、ゴードンは思わず引き気味に悪態を漏らす。


 「——ほら、あんた! ウィータちゃんもこう言ってくれてるんだから、ちゃんと反省しな! オレルス様に懺悔とお祈りも忘れるんじゃないよ!」

 「分ーってるっての! ……ったく、もう~……!」


 尻を摩りながら桶を持ったゴードンは、ようやく解放されたとばかりに壁際に小走りで駆けて行く。彼の妻も、ウィータに「……本当にごめんねぇ?」と、最後まで申し訳なそうにしながら、近くで母親を待っていた子供と共に、ゴードンの後を追い追い掛けて行った。


 いったい何を始めるのかと見ていると、教会内に置かれた幾つもの彫像を水拭きし始めたゴードン達。ここは北方の移民街……おそらく彼らも北方からの移民で、聖神オレルスの信者なのだろう。


 その証拠とばかりに、彼らの首から下げられたイチイの木を象った首飾り——聖神オレルスを主神とする聖教の信徒である証であるレリーフが見えた。


 「……何だよ。意外と有名な神様なんじゃないのか、オレルス様は? あの子供もオレルス様のレリーフを下げてるし……オマエ、少し大袈裟に言ってないか?」

 「……まァ、確かにデネ帝国とか南方の国とかではそこそこ信仰されてるが、それでもアイツらみたいな聖教徒は今時は珍しいぜ? この教会のスカスカ具合見りャ分かんだろ?」

 「……まぁ、そりゃ、分かるけど……」


 言いながらシーは教会内を見渡した。中にいたのはゴードン達と、一人の老人だけである。静寂が満ちた教会内には、外から聞こえるそよ風の音と、枝葉がさざめく心地よい音だけ——。


 「だれもいないね」

 「うぐっ……」


 ウィータの呟きの通り、閑散とした教会内部の様相が、聖神オレルスの信仰心を如実に表していた。彼女の言葉に詰まったシーは、思わず苦虫を噛み潰したような表情固まるが、すぐに、うぉっほん……、と。


 わざとらしく咳払いを一つすると、話題を切り替えるように口を開いた。


 「と、とありあえず……オレ達も用事を済ませよう」

 「うん! お祈りするんだよね?」

 「ケケッ、それもそうか……とっとと済ませちまおうぜ」


 会話が一段落着き、シー達は聖神オレルスの彫像の方へと歩いて行く。そして彫像の前に立ったシーは、犬がお座りするような態勢になると、祈りのポーズを取る。テメラリアもそれに倣い、普段のお茶らけた態度を真剣なモノに変え、羽を組んだ。


 「……む、……」


 シー達の雰囲気に何かを悟ったのか、少しだけ表情を強張らせたウィータが、一緒にその場に跪き、祈りのポーズを取る。そのままシー達は、瞑目し祈りを捧げた。


 「「「……」」」


 静寂の中、ゴードン達一家の掃除の音だけが響く中、シーは物思いに耽る。


 (千年……か。改めて思うと、本当に長い時間が経ったんだな……人間がオレルス様を忘れるのも無理はないのか……)


 ——聖神オレルス。その神の名は、シーにとっては大きな意味を持つ。


 世界で一番最初に誕生した神であり、千年前は最も信仰された神であった『聖なる神』。全能にして、まだ世界が混沌であった頃に一振りの『鉈』を用いて世界を空と大地に切り分けたとされる()の偉大なる神は『三つの神器』を持っていたとされる。


 一つ、天地を切り分けた原初にして至上の刃物——『鉈』。


 二つ、切り分けた際にオレルス様が手にした天地を運行する権利——『権能』。


 三つ、オレルス様の全能の象徴にして、万物に変化する光の輪——『光輪』。


 原点にして頂点。あらゆる神々の中でも最高神の位に位置する『四大神』さえも上回る、あらゆる神々の王として君臨していた聖神オレルスは、何を隠そう……シーを誕生させる為に、幾柱の神に助力を乞うてくれた神である。


 つまるところ……シーにとっては親のような存在なのだ。


 聖神オレルスがいなければ、きっとシーはこの世に誕生していないだろう。そんな親のような神が、現代では忘れられているというのだから、少しだけ複雑である。


 ……信仰心が消えているという事は、もうオレルス(・・・・・・)はこの世にいない(・・・・・・・・)のだろうが、それでも、どこかで生きていてくれれば、この祈りはきっと届くはずだ。


 「「……」」

 「ん……ぅ……ぐ、ぬぬぬ……ぐぬぉ……」

 「……ウィータ。別にオレ達に付き合って祈らなくてもいいんだぞ……?」

 「……ケケッ。子供にゃァ、お祈りは退屈だろうしな」


 同じ体勢でじっとしているというのが辛かったのか、プルプルと震えながら唸り声を上げるウィータ。シーとテメラリアが気遣うと、ウィータは「むぅ……ごめん。ギブ……」と、大きく溜息を吐き、すぐ後ろの長椅子に、ぐでぇ~り、と寄り掛かった。


 「……ねぇ、お祈りっていましないとダメなの?」


 すると、ウィータが少し駄々を捏ねたようにそう言った。


 「ダメだな。お祈りは出来る時にしないといけない」


 普段ならばその我儘を聞いてやりたいところだが、こればかりは譲れないのだ。


 シーがハッキリと言い切ると、ウィータは少しだけ、むぅ、と、拗ねたように委縮する。その様子を見て困ったシーは苦笑し、神に祈りを捧げる理由を説明した。


 「——神様はな、祈りが無いと消えちゃうんだ」


 子供を諭すような声音の中に隠れた真剣な感情に気付いたのか、シーの言葉を聞いたウィータが、尖らせた唇を元に戻し佇まいを直す。


 「神っていうのは、強い信仰心を核にして集まった莫大な霊子(マナ)が受肉する事で誕生する。……だから、その信仰心が薄れてしまうと、核が崩壊して、肉体の結合を保っていた霊子(マナ)が霧散してしまうんだ」

 「ケケッ、『忘れられた神』なんて呼ばれてるな」

 「……わすれられた、神さま……?」


 忘れられた神——。言い得て妙だ。確かに、これ以上相応しい呼び名は無いだろう。消えゆく神の姿は、正に忘れ去られて行くように、とても無機質で、とても寂しいものなのだから。


 「だから、シーちゃんたちは祈ってるの……?」

 「それもある……けど、少し違うな」


 そう。少しだけ違う。


 正直な話、シー達が祈ったところで消え逝く定めにある神の運命を変える事は出来ないだろう。神の肉体の結合を保っている霊子(マナ)はとにかく莫大だ。精霊や悪魔など比較にならない程に——。


 そんな莫大な霊子(マナ)を繋ぎ止める為に必要な信仰心という核もまた、強大でなければならない。シー達が少し祈った程度では、雀の涙程度にすら届かないだろう。


 それでも——シー達が祈るのは、ただ偏に……見たくないからだ。


 自らの消滅に抗って、醜く堕落して行く神たちの姿を。


 「……忘れられた神様の中には、自分が消滅しないように足掻く神様がいるんだ。人間を自分の眷属にして、宣教師としての使命を強要したり、強制的に自分を信仰させたり……な?」

 「だから、せめて祈ってやるのさ。どうか、その最後の一時が安らかでありますように……ってよ。俺様たち精霊にとって、神は親戚みてェなモンだからな」

 「……そうなんだ」


 堕落した神の姿は見るに堪えないものだ。少しづつ自らの霊体(アニマ)から霊子(マナ)が剥がれ落ちて行く感覚を、この世から消えてしまうその一瞬まで体験し続けなければならない。


 痛みはなく、ただ苦しい。少しづつ感覚が世界に溶けて行く様は、まるで世界と一体化して行くようでもある。でも、それが耐え難いのだ。まるで、自身の存在を否定されているかのようで、この世界には最初から自分なんていなかったんじゃないかと錯覚してしまうようで……それがとにかく、耐え難いのだ。


 「……まァ、そういう訳で俺様たちはまだ外せない。でも、今日は元々、嬢ちゃんの休息も兼ねてた安息日だ。別に俺様たちに付き合う必要はねェから、ゆっくり休んでな?」

 「だな。何なら寝ててもいいぞ」

 「……、……う~ん……で、では、オコトバニアマエテ……」


 少し申し訳なさそうに逡巡したウィータだったが、やはりお祈りメンドクサイという欲求が勝ったのか、……んなぁ~、と。その場に倒れ込んだウィータの姿を見送り、シーとテメラリアは再び祈りへと戻るのであった。

次の更新は、4月13日20時30分です。

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