第32話:再びの邂逅
「——サッキノコトハ、ナカッタトイウコトデ、オネガイシマス……」
大広場の真っ只中、丁寧に研磨された石材で造られた噴水前。そこには、正気に戻ったウィータが片言で項垂れる姿があった。
先程までの自分の言動に対し余程こそばゆい思いをしているのか、シーとテメラリアへ向けて物凄く微妙な顔で懇願している——が、しかしテメラリアは納得いかないようで、嘴をへの字に曲げ半眼を作りながら、彼は、ウィータを射殺さんばかりに見つめていた。
「いや、ダメに決まってんだろ? さっきのは忘れてやるから、落ち着いたんなら嬢ちゃんのステイタスを見せろ。俺様は見せたのに不公平だろ」
「イヤです」
「はァ? ふざけんな! 見せろ!」
「イヤです!」
「ケケェ~! 見せろ! 見せろっ! 見せろっ!! 見せろォっ~!!」
「イヤです! イヤですっ! イヤですっ!! イヤでぇ~すっ!!」
まんま子供のように地団太を踏む二人を、シーは呆れ眼をしながら溜息を吐いた。
喋る鳩と緋色の髪の天狼族が言い争うという絵面はやはり人目を引くのか、周囲からの視線が熱い。コレはマズい……と、シーは二人を窘める。
「……おい、恥ずかしいから止めろって……超目立ってんぞ」
「「……ぐぅ、ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……!」」
さしもの二人もここまで目立つのは良くないと思ったのだろう。シーの忠告を受けると、彼らは睨み合ったまま歯をギリギリと鳴らした。だが、すぐに第二ラウンドを始めんとする勢いだった二人を意識を逸らす為に、シーは「はぁ~……」と。
溜息を一つ吐いた彼は、「……おい、テメラリア」と口を開く。
「オマエの用事が終わったんなら、今度はオレの用事を済ませてもいいか? 神明裁判まで時間があるし、行くならこのタイミングかなって思ってたんだよ」
「あァん? 何の用事だ?」
「お祈りだ」
「ケェ……そうか。そういや行ってなかったか」
「……?」
シーの言葉を聞き、怒りを治めたテメラリア。唐突な彼らの変わりようにはてなマークを浮かべたウィータは、目をパチクリとした。
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並び立つイチイの街路樹が道の両端に並んでいる。
庭師が手をつけたものではないのか、剪定は疎らで、街路樹と呼ぶにはその並びも不揃いだ。手入れが行き届いていない為か、自由に育ったイチイの枝葉は横に垂れ下がり、道の反対から伸びてきた枝葉に支えられるようにして、何とか折れずに幹にしがみ付いている。
「……しずかだね」
「だな」
「ケケッ。まァ、この都市にあの神の信者は少ないからな」
「……マジかよ。一番最初の神様なのに……」
支え合った枝葉が、まるでトンネルのようになったその道を一行は歩いていた。
場所は中央通りから一時間ほど行った場所にある移民街である。都市外部から移り住んで来た者達の街とは、大抵は治安の悪いものとなるイメージがあるが、意外にもその街にはスラムのような不気味で退廃的な空気感は漂っておらず、寧ろ、神殿や教会などの宗教的な静けさが横たわっていて、厳粛とした空気感に満ちている。
「ねぇねぇ、ここどこなの?」
「北方移民が住む地区……その地区の中にある教区みてェなもんだ。北方で信仰されている神々の教会が、移民達の手で手作りされてる」
「……なるほどなぁ。どおりで道も碌に整備されて無い訳だ」
彼らの言う通り、この道は中央通りのように整備された石畳の道では無かった。露出した土を細かい砂利と一緒に無理やり踏んで押し固めたような道である。それが疑問であったシーだが、テメラリアの説明で腑に落ちた。
どことなく今朝の教区に似ているが、あの場所ほどカジュアルな神聖さは感じない。時折並んでいるどこぞの神を象ったであろう彫像も、一目で素人が作ったと分かるモノばかりで……、例えるなら、そう……『俗っぽい神聖さ』とでも言うべきか——。
手作り感満載の宗教区画は、どこか垢抜けない純粋な信仰心を感じさせた。
「着いたぞ」
先行していたテメラリアが枝葉の一本に留まり、そう言った。彼の視線の先を見ると、ウィータ達は、そこに一つの小さな教会を見つけた。
「——うぇ?」
と、その教会を見た瞬間、シーが目をパチクリとしながら固まった。
驚きで唖然とした表情をする彼の視線は、教会の景観へと注がれている。
白い膠泥材で塗り固められた壁は塗りが疎らで、その道の職人がやった事では無い事が伺える。宗教的なレリーフや彫像、そしてガラスの窓は見るに美しい物だったが、そのチグハグさがかえって教会の不格好さを際立たせていた。
「……ボロくね?」
「そりゃァ手作りだからな」
「……でも、一応は最高神の教会だろ? 知名度を考えるなら、もうちょう、こう……何かあるだろ?」
「つってもなァ~……かなり昔に信仰されてた神だし、ここら辺ではあんまし知名度の無い神だ。寧ろ、こうして教会を建てて貰えるだけマシな方だぜ?」
「嘘、だろ……こんなに知名度落ちてんのかよ」
ズーン、と。テメラリアの言葉を聞いたシーは、その場に膝から崩れ落ちた。
「……ここ、オレルス様のきょーかい?」
その時だった。教会の前に立ったウィータが呆けたように呟く。まじまじと教会を見る彼女の瞳は、何故かオモチャを見つけた子供のように輝いており、瞳の奥に浮かんだその喜びの感情が、すぐに表情にも現れる。
まさかウィータの口から出て来るとは思わなかった神の名を聞いたシーとテメラリアが、彼女に注目すると、ぱぁぁぁ、と面に喜びを露わにしたウィータが教会の奥へと走って行く。
「オレルス様だぁ~~!!」
「え?」「ケェ?」
ギィ~——、バタンっ!! と。建付けの悪い木造扉を強引に開けたウィータは、そのまま教会の中へと走って行った。二人残されてしまったシーとテメラリアは、「「……」」と沈黙し、目をパチクリとする。
「……嬢ちゃんは知ってたみたいだな」
「……まぁ、デネ帝国は今も聖教が強いみたいだしな」
呆気に取られたシー達もその後に続き、教会の中へと入って行った——。
「……」
「……?」
「どうしたんだ嬢ちゃん? ボーっと突っ立って?」
と、シー達が扉を開けた瞬間の事だった。中に入ってすぐの所に、何やら口をポカンと開けて驚いたように瞳をぷるぷると震わせるウィータを発見する。
何やら様子がおかしいと訝しんだシー達は、頭上にはてなマークを浮かべると、彼女の視線の先を見た。そして——「「あ」」と。
「お、お前……あの時の……」
聞き覚えのある声。ウィータと同じく驚きを露わにしたその男は、数日前にウィータを議会に突き出そうした太っちょオヤジだった。
「パパ、どうかしたの?」
「その子は知り合いかい、アンタ?」
そのすぐ後ろから、二人の人物が現れる。彼の妻と子供だろう。歳の頃、六歳くらいの小さな男の子と恰幅の良い薹が立った女性が、様子のおかしい太っちょオヤジを訝しんでいた。
二人の登場にオロオロとした太っちょオヤジは、「……あー、えーと、その、だな——」と、歯切れの悪い言葉でウィータと家族を交互に見ると、観念したように項垂れる。
「——すまん……今から説明する……」
次の更新は、4月13日8時30分です。




