第27話:天狼族のウィータ②
「むっ……、いま何か変な音がしなかったか?」
「? いえ、何も……。何か聞こえたんですか?」
「いや、獣の鳴き声のような声が聞こえた気がしてな……」
『ケケッ、鳥かなんかが巣作りでもしてんじャねェのか? アイツら、ベランダとかに巣作るの好きだからな』
「……いや、鳥ではなかったような気がするのだが……」
窓から訝し気に外を見るジャン。顎に手を当て唸る彼にカルナとテメラリアが眼を見合わせると、一仕事終え、少し疲れた表情を見せるディルムッドが少し小走りで近寄って来る。
「いやいや、お三方とも申し訳ありません……話に来るのが遅れてしまいました。改めてですが、今回は本当にありがとうございました」
柔和な笑みを作るディルムッド。「——あ、ところで」と、彼は思い出したように言葉を続けた。
「……先程から気になっていたのですが、シー様とウィータさんはどこに? 約束の報奨金を渡したかったのですが……」
『あァ、アイツなら二、三時間くらい前に嬢ちゃん呼びに行ったぜ?』
「……二、三時間? 随分と遅れていますね」
『ケケッ、どうせ嬢ちゃんの我儘に付き合われてるんだろ』
「ははは……大変ですね、シー様も」
カラカラと笑うディルムッド。今までの態度とは異なる彼の物言いに誘われ、ジャンやカルナも笑みを浮かべた。
「——ディルムッド議長、少しよろしいでしょうか……?」
「……、——どうした?」
と、その時だった。黒を基調としたフォーマルな格好をするディルムッドの部下らしき男が、少し慌てた様子で話し掛けて来る。ディルムッドはジャン達三人に目配せすると、剣呑な表情で部下へと向き直った。
すぐに部下がディルムッドへ耳打ちすると、見る見る内に彼の表情が険しくなって行く。その様子を見て、三人は何かトラブルがあったのかと目を細めながら顔を見合わせた。
「……失礼。至急皆様の耳にも入れておかねばならない一報があります」
「詳細は構わん。短く話してくれ」
「……シャーウッド傭兵団が魔獣を使って都市中を嗅ぎ回っています」
「「『……っ!』」」
一文で返したディルムッドの言葉に三人は瞠目した。
「……衛兵隊の方から数名の傭兵と魔獣を捕まえたと報告がありました。その男が血を含ませた布を持っていたという報告も上がっています……おそらくは商会で暴れ回った際に飛び散ったウィータさんの血を使い、魔獣に探させているものだと——」
『——おいっ、毛だるま! テメェさっき獣の鳴き声が聞こえるって言ってたよな!?』
「「……っ!」」
ディルムッドの言葉にピンと来たテメラリアが叫ぶと、ジャン達が弾かれたように走り出した。驚いた様子で困惑するディルムッドを余所に、テメラリアも『クソったれェ!』と悪態を吐き彼らの後ろに続く。
「急ぐぞカルナ! 小娘が危険だ!」
「分かってます!」
三人はロッジの入り口階段の近くにある螺旋階段を駆け上がった。
不気味に蝋燭のランタンが照らす石の階段。時折ある吹きさらしの窓から外の様子を確認しながら、あっという間に上層へと上りきる……そこでようやく、キィン、カァン、と——鳴り響く剣戟の音を自身の耳で明確に捉えた三人は、焦った表情でさらに足を急がせた。
無駄に長い廊下だとばかりに舌打ちをしながら、ついにウィータ達の部屋に辿り着いた彼ら三人。一番最初に辿り着いたジャンが、「無事かっ、小娘!?」と扉を蹴破った。
「……外です、ジャンさん!」
部屋にウィータの姿が無い事に右往左往するジャンへカルナが叫ぶ。すぐにジャンの視線が風に揺れるカーテンを見つけ、彼らは足早にベランダに飛び出た。
『ケェ、ケェ……ちょ、待てよ……お前ら、早過ぎんだろ……』
彼らから少し遅れて息を切らせたテメラリアが到着する。
「「……」」
『……ケェ? 何だよ、お前ら……石みてェに固まりやがって……嬢ちゃんとシーは無事なの——か……?』
テメラリアがベランダに飛び出て地面に降りると、何故か二人が無言で固まっているのを発見した。唖然とした様子の彼らに釣られてテメラリアも視線を向け……そして、彼も同じく二人と同様に固まった。
「……いったい何なんだ、お前は……!?」
広いベランダに二人の傭兵が佇んでいる。苦悶に満ちた表情で叫んだボロボロの男——ハンスと、苛立ちと焦りが入り交じったような表情でその場にしゃがみ込むマックスだ。二人は揃って同じ場所に視線を注いでいた……この公職ギルドのロッジに隣接する物見塔の屋根である。
——そこには、一匹の魔獣を串刺しにする天狼族の姿があった。
手に持った大刀はおそらくシーが変身した姿だろう。怪しく緋色の瞳を揺らがせた天狼族の少女は、一匹の魔獣——ベオウルフの腹から背に掛けて貫通させた巨大な刃から滴る血を浴びながら、静かに二人の傭兵を見下ろした。
次の瞬間、ブゥン——ッ、と。
まるで次はお前達がこうなる番だとばかりに、二人の傭兵たちの前へ、ベオウルフの死体をぶん投げた。ドチャ……ッ、と——血ヘドロが飛び散る音と共に投げ捨てられたその死体は、ピクリピクリと痙攣しながら、蜂蜜色の瞳を虚ろにしている。
その死体を恐怖心に染まった瞳で見た彼らは、僅かに震えながら物見塔の上に立つ天狼族の少女を見上げた。
「次」
月明りを背に、その天狼族の少女——ウィータは、静かにそう告げた。
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