第19話‐激突③
「(もうっ、とんでもない事をしてくれましたね! 収拾がつきませんよ……!)」
戦闘が始まってすぐシーの分身体にカルナが恨みがましく話し掛けてきた
「(すまんカルナ! 何とかウィータを説得するからハンスを頼む!)」
「(~~っ、あぁ、もう、わかりました! とにかく急いで下さい!)」
苛立った様子の彼女だったが、何とか納得してくれたようだ。会話を終えるや否や、彼女は普段の騒がしい様子には似合わぬ慣れた忍び足でハンスの背後を取ると、魔導銃を取り出し思い切り撃ち放つ。
「ったく、クソが! やり辛ぇなぁ!」
「……っ!」
悪態を吐きながらも、何なく銃弾を弾いたハンスは、見えない筈のカルナの位置を傭兵の勘だけで見破り、間髪入れず苛烈に責め立てて行く。
鳴り響く銃と剣の火花が、二人の戦いの火蓋を落とした——。
「——その足りない頭を地べたに擦り付けろっ! 真っ二つにカチ割ってやる!」
「うるっ、さい……!」
一方、カルナとの念話に意識を割いていた最中、上段から振り落とされた大剣の一撃がシー達の目前に迫る。ウィータはそれを大盾で受け止めるが、やはり脇腹の傷が痛むのだろう……苦悶の表情を浮かべて膝を着いた。
敵が痛みに怯んだその一瞬を狙い、マックスは力任せにウィータを蹴り上げる。
盾の上からだったにも関わらず、痛みで力の入らない今のウィータには、それはジャンの時以上に強力な攻撃だった。堪らずといった風に、彼女の左手から弾き飛ばされた大盾が宙を舞う。
「ぐ、ぁっ!?」
次いで襲い掛かって来たのは、真正面から殴りつけるような大剣の薙ぎ払いだった。ウィータは咄嗟に右手の長槍でガードするも、一瞬だけ遅い。
ゴッ——、と……鈍い音。
長槍越しに衝撃が身体を突き抜け、ウィータの肺から苦痛に歪んだ声と共に、無理やり空気が吐き出される。そのまま思いっ切り振り抜かれた大剣に押し出されて、宙へと吹き飛ばされたウィータは、壁へ思いっ切り叩きつけられた。
「げほっ、げほっ……っ!」
(ウィータ落ち着け! 状況が状況だ……指南書を取り返したい気持ちは分かるけど、今は退くべきだ——)
「——イヤ……だ! ぜったいにヤだ! 今すぐっ、とり返す……!」
(~~っ!)
シーは説得の為に念話を送るも、ウィータは一切の聞く耳を持ってくれなかった。……だが、その強気な言葉とは反対に、今にも倒れそうな程に彼女の足取りは覚束ない。さっきの一撃が、見た目以上に効いているのだろう。
これはマズい……かなりマズい状況だ。
こちらはシーを含めて三人。対して相手は手練れ四人に、内二人は歴戦の猛者。数的にも、実力的にも、こちらは圧倒的に不利である。
「——わたしのしなんしょを……かえせぇぇぇぇぇ!!」
しかも、そんな状況にも関わらずウィータの戦意は増すばかりだった。
何がそうまで突き動かすのか——。ウィータはシーを長槍から闘剣へと変身させ、殺意のこもった切っ先をマックスへと向ける。
「ちぃっ……あぁ~、相変わらず腹の立つ癇癪だ! お前の声を聞くと頭の血管が切れそうになる! ……いい加減、俺も腹に据えかねて来たぞっ」
溜息交じりにそう言ったマックスは、片手で頭を抱え数度ほど揉んだ。
そして、何かを思いついたように、ニィ——、と。
「あぁ、丁度いい……この際だから返してやろう」
「……え?」
口角を吊り上げた彼は大剣を地面に突き刺し、自分を睨み上げて来るウィータを睥睨する。唐突に例の指南書を懐から取り出した彼は、「ほれ」と床に放った。
「……っ!!」
放られた指南書を見た瞬間、ウィータは大きく目を見開いた。
戦闘中であるという事さえ忘れた様子で、弾かれたように指南書へと飛び掛かる。
「——ぁっ……」
グシャリ、と。
ウィータが指南書を手にしようとした正にその瞬間。大剣が突き刺された指南書を前にして、彼女は呼吸さえ忘れたようにその場にへたり込んでしまった。
「イヒヒヒ……ようやく静かになったな? それでいい……それでいいんだ! お前のような小汚いガキは、しおらしくしているのが丁度いい……」
「……」
「ほら、拾え? それを返して欲しかったんだろう?」
「っ」
俯いたウィータを満足気に見下ろしたマックスは、邪悪に口の端を吊り上げる。
(コイツ……っ!)
目の前で行われた下種な行いにシーが唖然としていると、思い出したように動き出したウィータが、震える手で指南書を手に取る。数秒ほどクシャクシャになった紙束を見つめ、ゆっくりと砂埃をほろった。
そして、彼女は——。
大事そうにそれを懐に仕舞うと、次の瞬間……底冷えする声で静かにこう呟いた。
「——ᛈᚱᛟᛁᛁᚳᛁᚫᛘ ᛏᛖ ᛁᚾ ᛞᚢᚾᚷᛖᛟᚾ……/おまえをじごくにつき落としてやる……」
空気を殴りつけるような音が響いた。
それが斬撃の音だと気付いたのは、マックスの顎先から左目に掛けてを、闘剣の切っ先が切り裂いた後だった。
「がっ、ああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁ~~……っっ!!?」
「マックス……っ!?」
「副団長!?」「嘘だろっ、おい!」
マックスの絶叫が響き渡る。宙を舞った血飛沫が地面に降り注ぐと、ハンスや二人部下たちが驚いた様子で彼の名を叫んだ。
その呼び声にすら反応する余裕が無いのか——。その場に両膝を着き、数秒程のた打ち回ったマックス。落ち着きを取り戻した彼は、ダラダラと血が流れる自身の顔を抑えながら、残った右目を血走らせる。
今度はウィータがその視線を睥睨し、殺意に染まった言葉を吐き捨てた。
「……ᚣᛁᛞᛖ ᚳᚢᛘ ᛈᚢᚾᚱᛁᛒᚢᛋ ᛟᚳᚢᛚᛁᛋ! ᚳᚫᛚᚳᚫᛋᛏᛁᛋ ᛋᛈᛖᛋ ᚾᛟᛋᛏᚱᚫ!/……のこったその目を大きく見開け! おまえが踏みにじったモノが何なのか……魂に刻みこんでやるっ!」
「あぁ……っ、あぁぁぁあ……!! またっ……またっ、それかぁぁっ!?」
ウィータの発した謎の言語を聞いた瞬間、マックスは突如として激高し、大剣を感情任せに振り回し始める。
怒りの感情が乗り移った嵐のようなその連撃は、これまでのものより数段重く、苛烈だったが、ウィータも感情が高ぶっているせいか……その重い一撃一撃を、力任せに捌き、返す刃で応戦して行く。
(……今のって、もしかして……?)
しかし、そんな相棒の姿を見てシーは、戦闘中であるという事も忘れて内心の驚きを隠せずにいた。理由は単純だ。ウィータがいきなり使い始めた謎の言語である。
シーはその言葉に聞き覚えがあった。
間違いない。あの言葉はシーがいた時代……つまり千年前に使われていた言語——ラティウム語だ。ベオウルフが治めていたデネ帝国の公用語だった為よく覚えている。
言語が変わっている事はテメラリアにこの都市を観光案内された時に分かっていたが……誰も使っている者がいなかったから、てっきり千年の間にラティウム語は失われたものだと思っていたが——。
「——ᛖᚷᛟ ᛏᛖ ᛈᚫᛋᚳᚫᛘ ᛁᚾ ᛘᛟᚾᛋᛏᚱᚢᛘ! ᛘᛟᚱᛁ ᛖᛏ ᛁᛏᛖᚱᚢᛘ ᚳᛟᚾᚫᚱᛖ!/ミミズのエサにしてやる! うまれてきた事を後悔しろ!」
「前も言ったろ! 何度も言わせんじゃねぇ! 分かんねぇっつってんだろぉーがぁ!?」
「ぅ、ぁっ……!?」
腐っても傭兵というだけあってか、隙を突いたマックスがウィータの脇腹を蹴り上げる。丁度、ハンスにつけられた傷口の部分だ。鮮血を巻き上げながら厨房の方へと蹴り飛ばされたウィータは、大きな音を立てて地面に転がる。
落下地点に小麦粉でもあったのだろう。シーの呼び声が響くと同時、白い粉塵が周囲に舞い上がり辺り一帯の視界が悪くなった。
「っ……!?」
その真っ白になった視界の中から、ヒュン——ッ、と。
ウィータが投擲した闘剣がマックスの肩へと突き刺さる。「ぐぅ……っ」と、小さく呻き声を上げた彼の意識が一瞬だけウィータから外れた瞬間——粉塵の中から飛び出した影が、脱兎の如くマックスへと迫った。
「……ᚻᛟᚳ ᛖᛋᛏ ᛁᚾ ᚱᛖᛞᛁᛏᚢ!!/……わたしは傷をぬってなんてやらない!!」
ウィータである。
彼女はテーブルに置かれた酒瓶を握り締めると、大きく跳び上がった。皮肉交じりの台詞を叫ぶと、まるで頭の傷のお返しとばかりに、思いっ切りマックスの頭へと酒瓶を振り下ろす。
次の瞬間、頭蓋を割らんばかりの鈍い音と、酒瓶の割れる甲高い音が重なった。
「っっ————っ~~~~……!!?」
余程の痛みなのか、声にすらならない鈍痛にマックスが仰け反る。しかし、すぐに額から流れる鮮血の下に、隆起した青筋を浮かべると、マックスはウィータの頭を軽々と鷲掴みにした。
「こんのぉぉぉ——っ、クソガキがぁぁぁぁああぁぁあ……っっ!!?」
「……っっ!!」
——マズい……っ! と。シーの頭の中を不安が駆け抜ける……が、遅かった。
その時には既に、完全に怒り狂ったマックスが、鷲掴みにしたウィータの頭を有らん限りの力をもって叩きつけていた。
次の瞬間、石で出来た地面に亀裂が走る程の衝撃が駆け抜け、シーは潰れた果実のようになってしまったウィータの頭を想像してしまい、思わず目を瞑る。
「ぐぅっぬ……っ、ぁぁああっ……!!?」
だが、シーの想像に反し周囲に鳴り響いたのはマックスの苦痛に歪んだ声。
目を開くと、そこには己を掴むマックスの腕を、砕けた酒瓶の割れ目の部分——鋭利に尖ったガラスの凶器で、抉るように突き刺すウィータの姿があった。
「なん、なんだ……っ? 何なんだ、お前はぁぁ!?」
頭と脇腹から流れる尋常では無い量の血。だというのに、いっそ狂気さえ感じる執念で己に向かって来るウィータの姿に、流石のマックスも恐怖したのだろう。
怒りを凌駕する恐怖心が彼の表情を怯えの感情に染め上げ、足を後退させる。
それを追うようにユラリと立ち上がったウィータは、焦点の合わない視点でマックスを睨みながら、フラフラの足取りで近付いて行きながら、呂律すら回らなくなった口でマックスを罵倒した。
「ᛁ ᛈᛟᛋᛏᚢᛚᚫᚾᛏᛁ |ᛖᛪᚳᚢᛋᚫᛏᛁᛟᚾᛖ《エクスクサティオーネ》……ᛋᛁ ᛁᛞ ᚾᛟᚾ ᛈᛟᛏᛖᛋ……ᛘᛟᚱᛖᚱᛖ……——/ゆるさない……ゆるさないぞっ……ぜったいにころ、して、や、る……——」
「——ウィータ……!!」
既に限界を超えていたのか、ついに力尽きてしまったウィータが意識を失ってその場に倒れ込んだ。焦ったシーは、自らの変身を解き闘剣から小さな狼の姿へと戻る。
ウィータの横に駆け寄ると、頭と脇腹から尋常では無い量の出血と、僅かな吐血……そして、あちこちに出来た青い痣が目を引いた。
——一目で分かる……かなりマズい傷だ。
吐血もしているところを見るに、どこかの内臓にも傷がついているのは間違いない。おそらくは折れた骨が突き刺さっているのだ……。だとしたら、今すぐにでも治療をしなければ、手遅れになるかもしれない。
(くそっ……治すにも、この状況じゃ……!)
敵に襲われて水の泡だ。呑気に治療なんてしている暇は無いぞ……。
「——っ!? ったく、今度は何だ!!」
その時だった。宙に舞っていた小麦粉の粉塵が晴れ始めると、パァン、と。
何かが弾けるような音が響き渡り、今度は白い煙が充満し始める。一寸先も見えない部屋の中で、部下の傭兵たちが咽る声と、ハンスの苛立ったような怒号だけが耳朶を打つ。
「何だ……? 何が起こって——」
「——今の内だ! 早く小娘を回収しろ!」
「……っ、ジャンか……!」
「っ! 最高のタイミングですジャンさん!」
響き渡った声を聞き、この煙が応援に駆け付けたジャンによって引き起こされたものだという事を悟った一同。安堵の念話を返した彼らは、その後すぐに撤退を開始する。
「クソが!! もう一匹いやがったか!? ——おいっ、お前らぜってぇに逃がすんじゃねぇぞ!!」
「んなこと言ったって、団長——」「——これじゃ無理ですって~!」
「窓開けりゃいいだろーが! 煙を外に逃がせ! 馬鹿共が!!」
「窓ってどこすか!?」
「——だ、団長! 何の騒ぎですか、これ!?」
「なんか、鳥っぽいの飛んでませんでした?」
「あぁ~っ、ったく……! ムチャクチャだよ……っ」
突然の事態に混乱しているのか、ハンスの指示とマックスの指示が錯綜している。オマケに騒ぎを聞きつけた他の傭兵たちも駆けつけて来た為か、更に指示系統が混乱し始めた。
「(急いで下さい、シーさん! ウィータちゃんは自分が抱えます!)」
「(すまんっ、助かる……!)」
その隙を狙ってルネの透明マントへと変身したシーは、ウィータの上から被さり姿を隠す。透明になったシー達を抱えたカルナがすぐに外へ向かって走り出した。未だドクドクと血が流れ出る傷口を必至に抑えながら、シーは譫言のように念話を送る。
(……大丈夫……大丈夫だからな——)
——だから、死なないでくれ……相棒、と。
祈るように続けた言葉とは裏腹に、ウィータの呼吸は浅くなって行った。
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「えほっ、えほっ……。あぁ~っ、最悪の気分だ……っ!!」
食堂には部下の見回りをしていた傭兵たちが集まって来ており、あちこちの窓を開け放っている。視界が晴れて行く中で吐き捨てるように呟いたハンスは、既にウィータ達の気配がない事を確認し、近くの椅子を蹴り飛ばした。
行き場の無い怒りを発散するように荒く息を吐く彼が、舌打ちをしながら他の椅子にドサリと座ると、慌ただしい足取りで一人の人物が食堂に現れた。
「何事だハンス! 何があった!?」
エドモンドである。おそらくは離れから上がる煙を見て飛んで来たのだろう。
食堂の荒れ具合を見た彼は、すぐに顔面を蒼白にするとハンスの方へと詰め寄って来る。しかし、その目には耳が千切れ飛んだ自分と、顔の半分と腕に尋常では無い傷を負うマックスを心配する殊勝な感情の色は見えない。
ただ神器の無事が気になって仕方がないと、それだけを気にしているのが一目で分かった。
「お、おい!? 何だこれは!? お前達には高い金を払っているんだぞ!? 神器は……っ、善悪の天秤は無事なんだろうな!?」
「あぁー、大丈夫、大丈夫……。心配すんなよ、旦那」
ヒステリックに叫び散らして来るエドモンドを煩わしそうにしながら、ハンスは溜息交じりに自身の懐を弄った。その中に入っている善悪の天秤を取り出し、エドモンドの目の前に出す。
「ほら見ろ、旦那? この通り神器は無……事?」
そして、気付いた。自身が取り出した手の中に握られていたのが、善悪の天秤ではなく、一枚の紙切れが入っているワイングラスだった事に。
無言で表情を険しくしたハンスは、そのグラスの中に入っている一枚の紙切れを取り出し、そこに書かれていた文章を読んだ。
「『詩人精霊テメラリア様、ここに参上……神器は頂いたぜ、間抜け共』——」
「お、おい……? ハンス……? どういう事だ、これは!? 神器はどうした!? お前が持っていたんじゃなかったの——」
「——クソがぁ……っ!!」
「ぃいっ……!?」
パリィン、と。ワイングラスを床に叩きつけたハンスは、額に青筋を浮かべて立ち上がった。怯えるエドモンドを無視して、彼は近くの床に落ちていた布——戦いで破れたウィータの服の布切れを拾い上げ、部下の傭兵たちへ向けて叫んだ。
「おいっ、地下の魔獣を連れて来い! 一番鼻の利く奴だ!」
布切れを強く握り締めたハンスは、外へ向かって歩いて行く。彼の怒りに呼応するように、ケガの応急処置を終え怒りに表情を歪めたマックスが立ち上がり、他の傭兵たちも彼の後ろに付いて行く。
「この俺様達をコケにしやがった奴らがいる! 誰を敵に回したのか魂の奥底にまで刻み込んでやれ!!」
次の更新は、4月3日20時30分頃です。




