第18話‐激突②
「お、おいおいっ、何だ何だ!?」
「誰もいねぇのに何だこりゃ……!?」
「「……」」
ガラスの割れる音が鳴り響き、音に気付いた傭兵たちが慌て出す。
心霊現象か何かだと思っているのだろう。
席から立ちあがった部下の傭兵二人は、少し怯えた様子で剣を構えるも、姿の見えないウィータを見つけられず、周りを警戒する事しかできないようだ。そんな彼らとは裏腹に、ハンスとマックスは落ち着いた様子で席から立ちあがった。
「うぉっ、何だ気持ち悪ぃ!? 俺の剣が……っ!?」
次の瞬間、透明であるという利点を生かし、傭兵の一人から剣を奪い取ったウィータが、音もなくマックスへと襲い掛かった。
「しぃ——っ!」と、飛び掛かるようにして水平に振り抜かれた一閃。短い呼気と共に空気を薙ぐ音が、マックスの首へと迫った——が、しかし。
「舐め過ぎだな!」
「……っ!」
ガキィ——ンっ、と。マントからはみ出た剣だけは見えているとはいえ、見えない襲撃者の一撃を、いとも容易く防ぐマックス。自らの大剣でウィータの斬撃を受け止めた彼は、小馬鹿にするようにそう告げた。
そして、ウィータの表情が驚きで染まると同時——「おいおいっ、無視すんなよ! 幽霊野郎!」と。
「俺もいるんだぜ!?」
「っ、ぐぅ……っ!」
ウィータを舐めているのだろう。
腰に差した双剣の内、ハンスは二本目を抜かずに、片手剣一本で見えない襲撃者へと斬りかかる。見えないはずなのにどうやって——。一瞬そんな思考がウィータの脳裏に浮かぶが、すぐに自分が羽織ったルネの透明マントから一瞬だけはみ出た剣を見て場所を把握したのだろうと考えに至る。
疑問が解消され、すぐに思考を戦闘へと切り替えたウィータは、何とか初撃を防ぐも、体勢を崩してその場に倒れ込む。畳みかけるように振り下ろされた追撃、白刃が彼女へ迫る——が、「あぁん?」と。
間抜けな声を上げたハンス。彼の視線の先には、自らが振るった刃を真っ直ぐと見据えたウィータが、達人的な見切りで、紙一重でそれを躱し切った姿があった。
そして——ギャリィィン、と。
思いっ切り片手剣の腹を踏みつけ、そのまま跳び上った。空中で身体を横に倒し、身体を独楽のように回転させると、遠心力を乗せた縦の回転斬りをハンスへと叩き込む。
ジャンとの戦いで習得した技の応用である。踏みつけた勢いで剣を落としたハンスは、酒で赤らんだ顔で、何もない虚空から現れた刃を呆然と見上げた。
(殺った……っ!!)
ウィータの内心に浮かんだ勝利の確信。僅か数秒の攻防で見せられる立ち合いに中で、彼女の殺意がふんだんに込められた刃を、ハンスの脳天へと直撃——しようとした、正にその瞬間だった。
「小細工が上手いなぁ、おい」
「……っ!?」
ニヤリと、笑みを浮かべたハンスがその一撃をいとも容易く捌き切った。
一瞬だけ自身の目の前に現れた刃。彼はその一瞬で剣を持つウィータの両手を掴むと、落下して来たウィータの身体を背負い込み、叩きつけるように地面へ投げた。
「か——はぁっっ……、……っ」
僅かに揺れた地面。地面の砂埃が浮き上がる程の衝撃。無理矢理に肺から空気を吐き出され、ウィータは一瞬、呼吸が出来なくなる。
……しかし、それもその筈だ。落下の速度と、そして、身体を回転させた遠心力。それを逆に利用され、ウィータは地面へ背負い投げられたのだ。技のタイミングは完璧だった……にも関わらず、ここまで綺麗に技を返されたのは、目の前の傭兵がジャン以上の技の持ち主である事の何よりもの証左である。
(くっそ……っ!!)
えずくように呼吸をしながら地面に蹲ったウィータ。悔し気に強く歯を食い縛った彼女は……認めざるを得なかった。
——目の前の敵が、自身よりも格上である事を。
「……っ、……っ、……っ!!」
霞む視界の中でゆっくりと片手剣を拾い上げ、自身へと振り下ろして来るハンスの姿を見つけた。弾かれるように横へ転がり、ウィータはそれを回避した。
「あぁ? ……お前、旦那に売っぱらったガキじゃねぇか? 何でこんな所にいんだよ?」
「っ……! わだ、しの、マント……!」
攻撃を躱した際、『ルネの透明マント』がハンスの剣に引っ掛かり脱げてしまったらしい。ハッキリと露わになった彼女の姿を見て、ハンスや他の傭兵たちが訝しげな表情をする。
「ハハハハハ! おいお~い? まさかお礼参りでも来たってのかぁ~?」
「そのまま逃げていれば幸せだったろうに……馬鹿な奴め」
下卑た笑みを浮かべながら、ゆっくりとウィータを取り囲んで行く傭兵たち。
呼吸と意識が戻って来たウィータは、目線だけで彼らの一挙手一投足を確認しながら、覚悟を決めたように彼女は小さく呼気を吐く。
敵は格上。死は確実。それでも——求める物は、そこにある。
ならば——。
「……、……かえ、せ」
右手の剣をマックスとハンスへ向けて、少女は激情を叫んだ。
「——わたしの『しなんしょ』をかえせ……っっ!!」
感情を剥き出しにして叫んだ彼女は、すぐに体勢を低く構える。獲物を見据えた狼の如く、指南書を持つマックスへと標的を絞り、徐々に張り詰めて行く空気感の中で剣を握る手に力を込めて行く。
『ゴゲェ~~!!』
「……っ、……ま、魔獣!?」「どっから出て来た!?」
(——ウィータっ、オレを使え!)
「……っ!」
ついに見ていられなくなり、シーは分身体をギュスターヴに変身させ、ハンスと二人の下っ端傭兵へと向かわせた。
彼らがギュスターヴに気を取られている隙に、ウィータの元へと飛び跳ねたシーは、空中で大盾と闘剣に変身する。
「何をした……!?」
「おまえたちには教えない……!」
持っていた剣を投げ捨て、そのままシーを装備したウィータ。
苛立った様子で大剣を大上段から振り下ろして来たマックスの一撃を、ウィータは大盾でしっかりと受け止める。ミシリ……ッ、と重い一撃。攻撃は早いが、ジャンほど重くは無い。すかさずウィータは反撃する。
「っ……!?」
まさか反撃されるとは思ってはいなかったのか、驚いた表情で仰け反ったマックスが、寸でのところで切っ先を躱す。しかし、大きく体勢を崩し、そのまま後ろへと倒れ込んだ。
その一瞬の隙を「ここ……っ!」——と。
持っていた闘剣を長槍へと変身させ声を張り上げたウィータが、マックスの頭を狙い澄ます。
「油断すんじゃねぇっ、マックス!」
「ぐぅ……!?」
しかし、相手は歴戦の傭兵たち。マックスを援護するように、ギュスターヴの攻撃をヒラリと躱したハンスが双剣で襲い掛かって来た。
ウィータは背後からのその斬撃を躱すも、手を緩めず襲い掛かって来た鋭い連撃に苦悶の声を漏らす。しかし、マックスと同様やはりパワーはジャン程では無く、力押しで振り切られるような事は無い——が、とにかく上手い。
傭兵というだけあって、対人戦闘には慣れているのだろう。
一つ一つの攻防に無駄がなく、フェイクが鮮やかに織り交ぜられている。何とかギリギリで凌いではいるが、すぐに捌き切れなくなるだろう。
「くぅぁ……!?」
(くそっ、ウィータ退くぞ! 相手は格上だ! 人数差もある!)
「イヤだ! ぜったいにひかない!」
攻撃を寸でのところで回避するウィータ。
相手との間にある思った以上の力量差に焦ったシーが、念話で何とか説得を試みるも、ウィータは頑として譲る気配がない。寧ろ余程に譲れない何かがあるのか、ウィータは連撃を捌くどころか、相手の斬撃に合わせ、斬られる事を覚悟した長槍の振り上げを放った。
「な……っ!?」
交差する槍と剣。何と体格差を物ともせず、圧し負けたのは剣だった。
おそらくは、先程まで飲んでいた酒の酔いのせいで少し動きが悪いのだろう。
剣がハンスの右手から弾かれる。余程の一撃だったのか、彼の手が痺れ小さく震えていた。その隙を見逃さず、ウィータは返す槍の穂先でハンスの顔を突き刺す。彼は咄嗟に首を逸らすも、躱し切れずに右耳が千切れ飛ぶ。
圧し負けるだけでなく酷い手傷まで負わされた事に、一瞬、信じられないという風にウィータをまじまじと見たハンスであったが、無理にせめて無防備な体勢になった敵を見逃す程、彼は愚かではない。
「ちぃっ……! ガキがぁ……!?」
吐き捨てるように舌打ちをし、激高したハンス。
ガラ空きになったウィータの脇を、彼はお返しとばかりに左手の剣で斬り裂いた。
「ぅ、ぁ……!?」
(ウィータ……!!)
小さな悲鳴。何とか身を捻ったものの、決して浅くはない傷がウィータの脇腹に刻まれる。その場に膝を着き脇腹を抑える彼女の傷口から、血がドクドクと流れた。
「マジかよ……クソが! ——おいっ、マックス! 援護しろ! こいつ俺らの知ってるガキじゃねぇ。癪だが囲んで確実に殺る——……っ!?」
バァン……ッ! と、銃声が鳴り響く。突如として虚空から現れた魔導銃の弾丸がハンスを強襲し、その一撃を驚異的な反射速度で斬り落としたのだ。
「……ったく。もう一匹いやがったか!」
おそらくはカルナだろう。不意打ちを防がれたと分かるや否や、再び魔導銃が虚空へと消えて行く。ハンスは見えない敵への警戒心を高め、仲間たちへと告げた。
「俺はもう一匹の幽霊野郎を殺る! お前らはそのガキと魔獣を殺れ!」
「「了解!」」
「……あぁ、分かった」
ハンスの指示を受けると、部下の傭兵二人が余裕のある声で返事をした。
最初の一撃で不覚を取ったマックスも、大剣を肩に背負うとウィータの前に立ちはだかる。子供相手に僅かでも手こずった事実に納得いかないのか、不機嫌そうな態度を隠しもせず、彼はウィータを睥睨した。
「……もう一度その頭をカチ割ってやる」
「はぁ、はぁ……うるさい、だまれ……!」
脇腹の傷口を抑えながら、長槍の穂先を突き付けたウィータは、その胸に湛えた怒気をぶつけるようにマックスを強く睨みつけた。
「わたしのしなんしょをかえせっ……!!」
次の更新は、4月2日20時30分頃です。




