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ケモミミのサーガ  作者: 楠井飾人
Eposode I:逆境の勇者
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第17話‐激突①

 「(コロッセオに売ったって……ウィータはアイツらに売られたのか?)」

 「(……うん。あのヒゲの人に捕まって、イヒヒって変な笑い方するデッカイおじさんに売られたの)」


 当時の事を思い出して気分が悪くなったのか、眉根を寄せて怒りの表情を露わにするウィータは、先程までの緩い空気感とは違い暗い顔つきになっていた。その表情の奥には、本気で怒った人間特有の仄暗い怒りの感情が見え隠れしている。


 「(——あの髭面の男はシャーウッド傭兵団の団長ハンス・シュミット……短髪の大男が副団長のマックス・ムスターマンです)」


 その時だった。カルナが二人の傭兵に視線を向けながらそう言った。


 「(知ってるのか?)」

 「(えぇ……自分とジャンさんが襲撃された時に、野盗集団を率いていたのがあの二人です。あの時は顔を隠していましたが、ハンスがつけている趣味の悪い香水の匂いと、マックスのあの体格には覚えがあります)」

 「(……どうするの? アイツらいためつけて(・・・・・・)、じんぎの場所言わせる?)」

 「(……。……落ち着いて(・・・・・)、ウィータちゃん。貴方が奴らに捕まっていた時にどんな扱いを受けていたかは分かりません……ですが、奴らは二十年戦争を生き残った強者です。もう少し様子を伺います……もしかしたら、神器の場所をポロっと喋るかもしれません)」

 「(……。……わかった)」


 捕まっていた時に、かなり酷い扱いを受けたのだろう。口調こそまだ穏やかさが残っているものの、言葉の端々にシーの知っているウィータが使わないようなものが混じっている。


 修道騎士というだけあってか、やはりこんな空気感とはいえ興奮した人間の扱いには慣れているのだろう。カルナに窘められ渋々といった表情で頷いたウィータを、シーは心配になって一度だけチラリと見るが、その表情から心情は読み取れない。


 次の瞬間、デカい声で会話を始めた傭兵たちの声に釣られ、シーは食堂の中へと視線を戻した。


 「——でよぉ? 俺はやってやった訳だよ。アイツの首から腰にかけてを、この剣でブった斬ってやったんだっ。傑作だったぜ? あんだけ大口叩いた最後のザマがあれだったんだからよぉ?」

 「団長~、その話し何回するんすかー。もう十回は聞きましたよ!」

 「そうだっけか? じゃあ、次はマックスの武勇伝を聞いてやろうぜ? 俺とコイツは二十年戦争を生き残ったエリートだからな? 百や二百じゃきかねぇ程、酒の肴にはストックがあるぜ?」

 「別に構わんが……語る程の武勇伝なんて俺は持ち合わせていないぞ?」

 「酒の肴になるなら何だっていいさ」

 「あー、そうだなぁ——」


 ほろ酔い気分で談笑に耽るハンスが問い掛けると、マックスは口では否定的な事を言いながら、満更でも無いといった表情で……「——これならどうだ?」と。


 唐突に立ち上がった彼が、話題として選んだのは他のテーブルに散らばっていた用紙——ウィータの指名手配書だった。


 「それって……アレか? お前がエドモンド旦那に売っぱらったウィータとかいう天狼族のガキの手配書だろ。それがどうしたんだよ?」

 「いや、なに——あのガキのお守りは大変だったからなぁ……。酒の肴くらいにだったらなると思ったんだよ」

 「ハハハハハ! お守りって、お前……よく言うぜ! ロクに面倒見てなかったくせによ? 暴れるガキの頭カチ割んのがお前のお守りかよ!」

 ((……っ!!))


 ハンスが何気なく言ったその一言に、シーとカルナはハッとなった。


 それと同時に、左手に少し冷たい感触を感じる。ウィータの手だ。思うところがあるのだろう……不安気に、しかし腹立たし気に強く自分の手を握って来る彼女を、シーはもう一度だけ見る。


 ——ほんの一瞬、前髪で隠れた部分に雑に縫われた酷い傷があるのが見えた。


 「(……あのクソ野郎共……っ!)」

 「(……気持ちは分かりますが抑えて下さい)」


 怒りをあらわにしたシーをカルナが諫める。


 今にでも飛び出してぶん殴ってやりたい衝動に駆られたシーだが、当のウィータは冷静である。ただ静かに奴らを睨みつけており、シーはゆっくりと呼気を吐き、再び傭兵たちの会話に意識を向ける。


 「——あ、それってアレっすよね? うるせぇクソガキにブチ切れた副団長が、酒瓶でぶん殴ったやつ! いやぁ、ありゃ流石に死んだと思いましたよ!」

 「聞いた事も無い言語で四六時中喚き散らされたら、誰だってキレるだろ? 何なら今だってあの癇癪が夢に出て来る位だ。また聞いたら、間違いなくキレる自信がある」

 「まぁ、俺達もあのガキの癇癪にはイライラしてましたからねー……のんさー、のんさー、あいさー、あいさーって……。アレが聞こえなくなった時は、正直スカッとしましたよ」

 「そうだろう? 寧ろ傷口まで縫ってやったんだ……感謝して欲しい位だ」

 「「「ハハハハハハハ!!!」」」


 マックスが肩を竦めながら口角を吊り上げると、釣られて他の傭兵たちが笑い声を上げる。下種の笑い声が聞くに堪えず、シーは耳を覆うかとも思ったが、「……あ、ところで——」と、下っ端傭兵の一人がハンス達に尋ねた。


 「——こんな所で油売ってていいんすか? たしか団長と副団長でしたよね? 神器を(・・・)見張ってるのって(・・・・・・・・)?」

 (((……っ!)))


 次の瞬間、彼の口から出た言葉にシー達は息を呑んだ。


 「あぁ、あれなら今も(・・)俺たちが見張っている。エドモンドは心配性でな……俺と団長が神器を見張っていないと気が気じゃないんだそうだ」

 「……まったく面倒なヤツだよ、旦那は。おかげで、こんなもん(・・・・・)ずぅ~っと服の中に入れてねぇとダメなんだぜ? 正直、脇腹に当たっていてぇんだよ」


 そう言ってハンスが懐から出したのは、小さな銀色の天秤だった。


 見せびらかすように彼がクルクルとそれを回すと、全体像が見えて来る。左にぶら下がった皿の内底には目隠しをした女神、右にぶら下がった皿の内底には捩れた双角の山羊の刻印がされている、どこか神々しい雰囲気のある天秤だ。


 「(……カルナ……あれ(・・)がそうなのか?)」

 「(えぇ、間違いありません……あれがユースティア様の神器——『善悪の天秤』……なんですが……これは……)」

 「(……あぁ、厄介だなぁ……)」


 カルナの言葉を継ぐようにシーは溜息交じりに言った。


 ああして常に懐に入れて携帯されていると、取り返すのは非常に難しいだろう。話を聞く限りじゃ、彼らはアレでも二十年戦争とかいう時折耳にする大きな戦争を生き残った傭兵なのだから。


 さて、どうしたものか——。


 「(……今は無理です。狙うなら夜の寝こみでしょう……一度引きます)」


 と、シーの内心に浮かんだ悩みに返って来たカルナの答えは、非常にシンプルだった。しかし、考え得る限り一番効果的な作戦である事に間違いは無いだろう。


 彼らの会話から察するに、神器を直接的に見張る役割を担っているのはハンスとマックスの二人だ。だとすれば、どちらかが睡眠を取る時、もしくは二人が揃っていない時——神器の警備が特に薄くなる夜が一番の狙い目だろう。


 襲撃の準備にも時間が掛かる。早めに退散した方が賢明だ。


 「……」

 「(行くぞ、ウィータ)」

 「(……。……うん、わかった)」


 シー達は踵を返してその場を去ろうとするが、ウィータだけがなかなか動き出さず、傭兵たちをジッと睨んでいた。数秒の間を空けて動き出したものの、後ろ髪を引かれるようにその歩みは遅い。


 「(……もしかして、この前言ってた“大事な物”っていうのが気になるのか?)」

 「(……うん。あのデカいヤツにとられたの。わたしの『リングア・フランカのしなんしょ』……みんなの形見(・・)なのに……)」

 「(リングア・フランカの……指南書?)」


 ウィータが口からポツリと出た言葉が気になり、シーは思わず聞き返した。


 デカいヤツ——マックスに取られたというそのリングア・フランカの指南書とやらが、どうやらウィータの大事な物らしい。聞き慣れない言葉だが、それよりも気になったのは『皆の形見』という言葉である。


 「(なぁ、ウィータ……その……皆の形見って、一体どういう——)」

 「——そういや、旦那の裁判が終わったらこの神器ってどうするんすか?」

 「神器は神の力の具現化だ。具現化させた神自身か……それか、その神の眷属が霊子(マナ)を込めなきゃ、一定時間で消えちまう。そんなもん裁判が終わったらゴミでしかねぇ……消える前に売っちまえ」


 つい興味本位でウィータに形見とやらの事について聞こうとした時だった。


 傭兵の一人が口にした疑問に、ハンスがそんな罰当たりな事を宣う。神器は神の力そのもの——言わば、神の分身のようなものだ。そんな神聖な存在相手に、よもや売ってしまえなどとは……何て涜神的(とくしんてき)な奴らなのだろうか。


 あまりにも不遜な物言いに、不快になってしまったシーは、廊下に備え付けられた幾つもの食堂の窓から、強く傭兵たちを睨みつける。


 「——あぁ、それならついでにこれ(・・)も売っ払ってくれないか?」


 すると、ハンス達の会話に入って来たマックスが、懐から何かを取り出した。


 「あのガキから取り上げたヤツなんだが、どうにもかなりの年代物らしくてな……。イヒヒ……物好きに売れば、それなりに高値がつきそうなんだよ」


 彼の手に握られていたのは、何枚もの羊皮紙の束を麻紐か何かで纏めた本のようなものだった。かなり使い込まれているのか、少し遠目でも、ページに沿って何度も開かれた折り目や、擦れたような後が幾つもついているのが見えた。


 一見すると、ただ昔に造られただけの古い書籍である。


 「(何だアレ?)」

 「(分かりません……かなり昔の製法で造られた本のようですが——)」

 「(——シーちゃん、剣に(・・)へんしんして(・・・・・・))」


 え? と。シーは唐突な言葉に立ち止まった。


 気付くとその念話の主であるウィータが、食堂の窓の前で立ち止まり、先程と同じようにジッと傭兵たちを見ている。ただ唯一さっきと違うのは、彼女から漏れるその殺気の濃さ(・・・・・・・)だ。


 殺気だけで人を殺せるんじゃないかと思う程にウィータは傭兵たちを睨んでいた。


 「(……アイツら(・・・・)斬って来るから(・・・・・・・)、シーちゃん早く剣にへんしんしてっ)」

 「(……っ、何言ってんだウィータ……っ!?)」

 「(……殺気立たないで下さい、ウィータちゃん! さっきも言ったでしょうっ、落ち着いてって——)」

 「——じゃあいい。ひとりでやるっ!」

 「「……っ!!?」」


 次の瞬間、声を押さえる事しなくなったウィータは、シー達の制止の声にすら聞く耳を持たず、目の前の窓を蹴破った。

次の更新は、4月2日12時10分頃です。

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