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ケモミミのサーガ  作者: 楠井飾人
Eposode I:逆境の勇者
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序章:別れと目覚め②

 『……』


 目覚めて最初に思ったのは純粋な戸惑いであった。


 随分と長い時間が経ったような気もするし、ほんの一瞬だったようにも思える。朧気に戻った意識に疑問を抱きながら、シーはゆっくりと目を開いた。


 『どこだここぉぉぉぉぉぉ~~~~!!?』


 見知らぬ場所だった。少なくとも、記憶の最期で邪神ウルと死闘を繰り広げていた場所では無い。古びた石材が堆く積み上げられた遺跡のような場所である。


 森の中にある遺跡なのだろう。ボロボロに崩れた石材のあちこちには、見たことがない植物の蔦が巻き付いており、視界の端に見上げるほど高い大木が何本も見えた。魔術の儀式に使われるルーン文字や、陣などの配列を見るに、古代に誰かが何らかの大規模魔術を使った跡地のようだ。


 シーがいるのは、その跡地の中央——より正確に言うのであれば、まるでどこぞの神を祀るような祭壇の上で、タンポポの綿毛みたいにフワフワ浮いている。


 しかも、既にシーの契約者であるベオウルフが死んでいる為か彼の身体は不定形で、霊体(アニマ)だけの状態——青い光を放つボンヤリとした球体の状態だった。


 『な、何だこれ……オレ、死んだよな……?』


 全く見覚えの無い場所。しかも、絶対に目覚めるはずの状態で、突如として目覚めてしまったシーは、困惑を胸いっぱいに広げて辺り一帯をオロオロした。


 『わ~、シーだ~!』

 『ほんとにシーがいるー!』


 その時だった。舌足らずの幼い口調の声が響く。すると、そのすぐ後に瓦礫の後ろや木々の上、草むらの中などなど、三六〇度のあちらこちらから、その声の主たちが飛び出して来た。


 『『『シーだ~、シーだ~!』』』と、気軽にシーの名前を呼び捨てにした彼らは、すぐに姿を露わにする。


 彼らの姿は多種多様で一貫性が無かった。


 共通している事と言えば、皆が皆、まるで一流の細工師が子供心を全開にして作ったぬいぐるみのように可愛らしい姿であり、一様に身体が半透明に透けているという事くらいだろう。


 皮膚が赤いオオサンショウオに似た生物や、チロチロと舌を出す水色の蛇だけでなく、簡素な民族衣装のを来た小さな子供など、他にもぷよぷよしたゼリー状の丸っこい塊に目と口がついた良く分からない生き物までいる。


 『何だ何だ、どうした? 精霊(・・)揃い踏みで珍しいな。祭りでもあるのか……?』


 ——彼らの名は精霊。


 完全なる霊的波動体であり、波でもあり点でもあり、故に、どこにでもいる者達。


 この世界そのものが持つ霊体(アニマ)——大いなる精霊(グラン・ルヴナン)と呼ばれる母なる大精霊の分霊にして、この世に普遍的に存在する霊的自然エネルギーである霊子(マナ)の塊だ。


 時には恵みを、時には災厄を齎す事二面性のある存在として神話に描かれて来た彼ら一体一体には、“地震”、“火”、“雷”、“津波”、“竜巻”などなど……自身が司る自然の事象が存在し、この自然の事象に類した超常現象——『魔法(・・)』というものを使う事で知られている。


 詠唱や、魔法陣、そしてルーン文字を使用した定型文による人間との契約によって発動するこの魔法は、契約者の霊子(マナ)、若しくは精霊の肉体を構成する霊子(マナ)を使用する事によって引き起こされる……いわば、人為的な自然災害だ。


 それ故か、良く人間たちの戦争や魔獣の討伐に多用され……人間たちの間では、すっかり物騒なイメージがついてしまったが、本来の彼らの役割は、自然の事象を司る化身として、この世界の自然の均衡を保つ事である。


 その精霊が一堂に会する事はなかなかある事ではない……。


 いったい何が……? と、シーは驚きで喉を鳴らした。


 『おまつりじゃないよー』

 『シーがここでおきるってきいたのー』

 『……へ? オレがここで起きる?』


 が、返って来たのはそんな答え。拍子抜けし、シーは間抜けな声を上げた。


 『聞いたって……誰から——』

 『——予言だよ。千年前の(・・・・)、な?』


 すると、突如として響いた声がシーの言葉を遮った。


 釣られて振り向いた視線の先にいたのは白黒の(まだら)模様が特徴的な鳩である。漂う愛嬌の中に、どこか捻くれた少年に似たふてぶてしい顔をしたその精霊は、シーが(まつ)られた祭壇の隣にある石材の上に留まった。


 ——彼の名は、冒険と伝聞の語り部精霊テメラリア。


 『歴史に名を遺した英雄たちの名と物語が失われないように、夜眠る前、子供達に読み聞かせ、未来へとその伝説を語り継ぐ鳩の語り部である』——という民間伝承から誕生した伝承精霊と呼ばれる類の精霊である。


 向こう見ずな冒険野郎共を愛する精霊であり、その顔のふてぶてしさとは裏腹に情に厚い精霊だ。


 そして何を隠そう——。


 数いる英雄たちの中から、シーの相棒であるベオウルフを見出して来た精霊であり、同時に最も仲の良い親友と言ってもいい精霊である。


 『っ! テメラリア! 何だ、オマエもいたのかよ~!』

 『ケケッ、まァな』


 見知った顔を見かけて落ち着きを取り戻したシーは、嬉しさで声を上げた。


 『久しぶりだな猿マネ精霊。相変わらずいけ好かねェ霊体(アニマ)の色してやがる』

 『お? 久々に会ったってのにオマエの方も相変わらずだな。そこまでデカい態度を取るからには、しつこいお喋り癖は治して来たんだろうな、ハト野郎?』

 『治るわけねェだろ。俺様は冒険と伝聞の精霊だぞ? 無鉄砲な冒険野郎共の伝承を語り継ぐのが俺様の生き甲斐(がい)だ。——ケッ、変わってねェみてェだな』

 『意外だろ? オレだって変えたくねぇ部分もあるんだぜ。——それより、オマエさっき何て言った……? 予言(・・)……? 千年前の(・・・・)……? 何の事だ……?』


 空々しく笑い合いながら挨拶代わりの軽口を交わしたシー達。恒例の遣り取りを終えたはいいが……どこか意味深なテメラリアの発言を訝しみシーは警戒する。


 『あぁ。千年前——邪神ウルとテメェらとの戦いが終わったあの日、世界中の精霊の頭の中にどこぞの誰かが話し掛けて来たのさ。『千年後の今日、お前が目覚めるから未来を案内してやってくれ』ってな……俺様たちがその案内役だ』

 『……? 邪神と戦いが終わったあの日って……オレ達が邪神と戦ってたのは、ついさっきの話……いや、かなり前だったような気も……アレ、何だコレ……?』


 キョトンとした様子ではてなマークを連発するシーは、ふと気付いた。


 ——時間の感覚が狂っている、と。


 何が何だか分からないと困惑したシーの態度を見て、他の精霊たちは心配そうに顔を見合わせた……が、その困惑を打ち破るように『ケケッ』、と。


 一同を代表して特徴的な笑い声を上げたテメラリアが答える。


 『どうやら本当に予言の通りみてェだな。ただでさえボンヤリした奴が、いつにも増してボンヤリしてやがる。……いいか? 落ち着いて聞けよ、シー?』

 『え、あ、お、おう……?』


 突然の事態を上手く呑み込めず頭が混乱するシーを落ち着かせるように、横柄な口調の奥にほんの少しの思い遣りを込めた声音で、テメラリアは告げた。


 『——今は開拓暦一一四八年(・・・・・)。テメェらが邪神を倒したあの日から……ちょうど千年後(・・・)の未来だ(・・・・)。テメェは眠っていたんだよ、大精霊。千年もの長い間、な?』

 『………………え?』


 時が止まったような感覚だった。


 一瞬、テメラリアの言った事が理解できず頭の中がフリーズする。


 『えぇぇぇぇえええぇぇぇぇぇぇぇええええ~~~~~!!!!?』


 そして、ようやく動き出したシーの口から出たのは周囲に響き渡る絶叫だった。


 『ケケッ、まァ、一種の時間遡行(タイムトラベル)みたいなモンだが……安心しろよ、シー? 俺様たちがテメェをサポートしてやる』

 『た、たいむとらべる……? 千年後の……未来……? 眠っていた……? う、嘘だろ……?』


 信じられない……そんな感情ばかりが俺の胸中を過る——だが(・・)


 『ぁ……』


 すぐに言葉の意味が実感となって身体中を駆け抜け、シーは魂の底から打ち震えるような感覚に耽溺する。その感覚に突き動かされ、辺り一帯を大きく見回すと、最後にどこか見覚えのある空が視界に入り、彼は内心で呟いた。


 ——間違いない……オレは『この空』を知っている、と。


 魂の奥底から蘇った感覚。呆然とノスタルジアに襲われながらシーは呟く。


 『何てこった……聞いてくれよ、ベオ——』


 今は亡き相棒へと捧げるように、シーは空を見上げながら内心で言葉を続けた。




 ——嘘みたいだろ? 目覚めたら、千年も時間が(・・・・・・)経っていたなんて(・・・・・・・・)

もし、面白いと思って下さった方がいらっしゃいましたら、ブックマーク、感想、レビュー、他にも評価していただけると、今後の創作活動の励みになります!

次回から『第一章・精霊契約編』が始まりますので、今後とも読んで頂けると嬉しいです!

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