第15話:潜入作戦①
「職人に権利を! 職人に自由を! 不当なる悪人に断罪を! ラッセルは我等職人の都市だっ、支配者の私腹を肥やす為の糞溜めではないぞぉっ!?」
「この都市から出て行けエドモンド! 金を吸うだけの太った蝙蝠め!」
衝撃の事実が明かされた翌日、ジャンとカルナの両名に引っ張られて、シーたち三人はある場所に来ていた。
ラッセル西区の中心部、一際巨大な白亜の塔が立ち聳えるエドモンド商会。
豪奢な拠点が佇む敷地の周囲には、頑丈な柵を打ち壊さん勢いで興奮した多くの人々が、歩く隙間も無い程に押し寄せている。思い思いの罵詈雑言を吐き連ねる彼らの表情は、悪魔を射殺さんばかりの形相に歪んでいた。
彼らはエドモンドが市政運営を私物化した事により被害を受けた職人達である。
聞いた話によると、職人たちの手で生み出される産業品によって栄えて来たラッセルでは、こうして職人を蔑ろにする体制側との衝突が何度か起きているらしい。
反エドモンド派の派閥が職人派閥という名称なのも、こうした歴史を背景とする職人たちが率先してエドモンド商会に噛み付いているからなのだそうだ。
「おぉ~、相変わらず凄いな、ここは」
「エドモンドのせいで職やら財産やら何やらを失った職人は多いですからね。彼が失脚するまで、この暴動は続くでしょう」
そんな暴動の場から離れた商会の裏手門側から、呑気にその光景を眺めるジャンとカルナが、緊張感の無い口調で呟く。一拍の間を置き「——と、まぁ……見ての通りです」と、言葉を続けたカルナがシー達の方へと振り返る。
「あそこが昨日話していたエドモンド商会の拠点……盗まれた善悪の天秤が保管されている場所です。今日は、ウィータちゃん達と協力して、あそこから神器を取り返しに行こうと思うんですが……準備はいいでしょうか?」
「……いいわけないよ! 何でそういう話になったの!」
「そうだ! そうだ! 横暴だぞ!」
「なァ~に流れで神器取り返すの手伝わせようとしてんだ、このちゃっかり共がァ!」
いい顔でサムズアップして来るカルナに、苛立った様子でシー達が叫んだ。
「そう怒らないでください? ここまで来たら乗りかかった船です……伝説の大精霊様の偉大なる御力をここで振るったって罰は当たりませんよ?」
「あぁ、全くだな……それに、天狼族は英雄の民族と聞く。弱きを助け、強きも助け、大悪を討つ正義より使者——まさかここで義を見てせざる勇無き行いをするとは到底思えぬのだがなぁ~?」
「ぐぬぬぬぬぬぬ……! そこまで言うならしかたない……!」
「くそっ、上手い褒め方しやがって……! 嬉しいじゃないか……!」
「……おい、簡単に乗せられてんじゃねェよ。チョロ過ぎんだろ、テメェら?」
シー達の抗議の声を軽く往なし、上手い具合に褒め殺して来るジャンとカルナ。
悔しいが、そこまで言われたら嫌とは言い辛い。悲しい悲しいシー達の性である。
彼らの口八丁に乗せられたシーとウィータは、悔しさに唸り声を上げる事しかできない。全くどうしてこうなったのか……と、思わず溜息を吐きたくなるが、事態はそうも言ってられない状況なのは事実である。
——そう。全ては遡ること昨日、神器が盗まれたという事実が明らかになった後。
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「神器が盗まれたってどういう事だよ! 神明裁判できないじゃないか!?」
応接室内にシーの声が響き渡ると、バツが悪そうにするディルムッド達。彼ら三人を代表するように、「あー、それに関しては自分が説明します……」と、カルナが口を開く。
「……『善悪の天秤』は正義と民衆の女神ユースティア様を崇める正教会が、ユースティア様から直々に賜った神器なのですが……これを正教会外部の人間が使用するには、正教会所属の修道騎士の立会いが必要なのです」
「まぁ、正直に言ってしまうと……俺とカルナは、その立ち合いに来た正教会所属の修道騎士なのだ。こんな見てくれではあるが、歴としたユースティア様の信徒なのだぞ?」
「「えっ?」」
「……お前ら正教会の修道騎士だったのかよ。全然そう見えねェな……」
「まぁ、自覚はしている」「右に同じです」
さらっとした衝撃発言でシーとウィータの驚きの声が重なる。
修道騎士。
聖騎士とも称される彼らの役割は、世界各地の教会を回って自らの主神に祈りを捧げる巡礼者たちの支援や、異教徒との戦争へ参加、そして各主神の聖地となる場所を守護する教会所属の騎士である。
故に、修道騎士は常に、高潔さと、その高潔さに見合う振る舞いと恰好が求められるものだ。……しかしながら、ジャン達の恰好は騎士というよりは、傭兵と言った方がしっくり来るだろう。動きやすさ重視の無骨な軽装に身を包む彼らの恰好は、とてもじゃないが神の定める正道を行く者達の恰好とは思えない。
勿論、千年も経っている事を考慮すれば、シーの良く知る肩書であっても、役割が変化しているのは何ら驚く事ではないだろう。不滅の存在であるシーたち精霊とは違い、限りある存在である人間たちは、移ろいやすい存在なのだ。
「自分とジャンさんは、ディルムッド様から請願を受けて正教会から派遣されて来たのですが、どこからか情報が漏れていたようでして……。数週間前、野盗に扮した集団に善悪の天秤を強奪されたのです」
「……やたらと腕の立つ奴らでな。我等がついていながら、不甲斐ない話だ。何とか取り返す為に、いろいろ動いてはいるのだが……」
「なるほどな……あー、事情は分かった。——それで、そいつらの正体とかは分かってるのか? とりあえず何とかするにしたって、正体が分からなくちゃダメだろ」
「——それに関しては、大方の予想がついています」
カルナ達の会話に割って入って来たのは、ディルムッドである。その手には格子状の模様が入った布の切れ端が握られていた。
「……その布、コロッセオにいた時に見たことある」
「ウィータさんのその言葉を聞く限り、やはり間違いないようですね」
その布を見た瞬間、ウィータの表情が険しくなる。
彼女の反応を見て確信は得たとばかりにディルムッドは力強く笑みを作った。
「この布は野盗たちと交戦になった際、奴らが残して行った服の一部なのですが……調査の結果、これは西方山岳部の傭兵部族ハイランダーの伝統衣装の一部である事が分かりました。そして、現在このラッセルには彼らハイランダーの傭兵だけで構成された傭兵団が一つだけあります……シャーウッド傭兵団——エドモンドが数年前から雇っているゴロツキ連中です」
状況的に見て……と、一度言葉を区切った彼は言葉を続ける。
「……野盗の正体は裁判を優勢に進める為にエドモンドが送り込んできた刺客と見て、まず間違いないかと」
「……もしかして、わたしをつかまえたよーへい団もその人たち?」
「それは分かりませんが……おそらくは、そうじゃないかと」
「……」
何か思うところがあるのか、ウィータが「……シャーウッドよーへい団」と、小さく呟く。彼らに取られたという『大事な物』とやらについて考えているのだろう。
表情にはあまり現れていないものの、服の下辺りをぎゅっと握り締める彼女は、シーにはとても悔しそうに見えた。
「——ケケッ、それで? 肝心のどうにかする算段はついてるのか?」
話を切り替えるように、テメラリアが口を開いた。
「聞く限りじゃ、エドモンドは相当追い詰められてるんだろ? そう易々と神器を取り返せるとは思えねェ」
「あぁ、その通りだ。警備の厳重さから見て、エドモンド商会の敷地内にある離れの別棟にあるのは間違いないとは思うのだがな……とにかく警備が厳重だ。忍び込むのは至難の業だろう」
「……う~ん。まァ、やっぱそうだよな……」
ジャンの言葉を聞いてテメラリアは小さく項垂れる。
正しく、万事休す……といった状況なのだろう。
あれだけ大きな違法闘技場を堂々と地下で運営するような連中である。おそらくエドモンドという男は、相当に根回しの上手い輩なのだろう。そういう手合いは、総じて自分の身だけは強く保障しておくものだ。
神器を取り返すのは、かなり難しいだろう。
「——まぁ、手が無い訳ではないがな?」
その時だった。フフフッ……、と。
先行きの見えない展開に沈黙していた空気感を破るように、ジャンが意味深な笑みを浮かべる。彼はそのまま得意気な表情で、シーとウィータの顔を見下ろした。
「……ん? な、なんだよ……?」
「……わたしたちの顔になにかついてる?」
「いや、なに……昨日の俺との戦いっぷりを見て思ったのだ。これほど万能な力を持っているのなら、利用しない手は無い! と……」
「「??」」
真意の掴めないその発言にシーとウィータは顔を見合わせて、頭上にはてなマークを浮かべる。そんなシー達の内心に浮かんだのは、嫌な予感——まさか、という確信めいた直感だ。
ジャンは一度だけ、ニコっ! と牙を剥き出しにして笑顔を浮かべる。
「——この際だ! 裁判のついでに、神器奪還を手伝ってくれ!」
「「……え゛ぇ゛~っ?」」
予感的中。ジャンの口から出た言葉に、シーとウィータの嫌そうな声が重なった。
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——と、そんなこんなで現在に至るという訳である。
「……ぶぅ~、なんか体よくつかわれてる気がします」
神器奪還に付き合わされた事が不満なのか、ウィータが頬を膨らませた。
「まぁまぁ、そう言わないでください? 何もタダで神器奪還を手伝ってもらおうって訳ではないんです……ディルムッド様も言っていたでしょう? 報酬は弾みます」
「ムムム……それは、そう、だけど……!」
調子の良いカルナの言葉に、ウィータは思わず言葉に詰まってしまう。
「——さて、雑談はそろそろ終わりにして作戦に移るか? 裁判に必要な他の証拠集めは俺が……神器の方は、カルナと小娘、そしてシーに頼む。後は手筈通り……この暴動に乗じて潜入するぞ!」
「了解です」「あいさー!」「おう!」
ここからが本番とばかりに、真剣な声音でそう言ったジャンの言葉にシー達は快活に返事を返す。だが、しかし……名を呼ばれないものが一人。
「……ケェッ、俺様は……?」
テメラリアである。
「あー……鳩よ、貴様は戦闘になったら、その、アレ故な……待機で」
「ケケェェェェ~~~ッッ!!?」
少し気まずそうに眼を背けたジャン。濁された言葉の真意を悟ったテメラリアは、羽をバサバサとさせて怒りを露わにする。「この野郎! 邪魔者扱いしやがってェ!」と空に飛び立って行く。
「覚えてやがれ! 俺様を連れて行かなかった事を絶対に後悔させてやるからなァ~~~!」
そう捨て台詞を残して虚空へと姿を消して行くテメラリアを、シー達は少し呆れた表情で見送った。今の遣り取りで少し緩んだ空気感を引き締めるように、シーは「うぉっほん!」と、咳払いを一つする。
「じゃあ——」と、前置きしたシーは潜入する為に必要な魔具に変身する。
次の瞬間、シーの身体から青く輝く霊子の光が溢れた。
「——よし……始めるぞ。潜入開始だ!」
次の更新は、4月1日20時30分頃です。