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ケモミミのサーガ  作者: 楠井飾人
Eposode I:逆境の勇者
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第13話:戦いの天才②

 (決めに行くぞっ! ウィータ!!)

 「あいさぁー!!」


 ここが決め時だ、と。シーの直感が告げていた。


 ウィータもそれは同じだったのか、シーが言い終わるよりも早く、霊体(アニマ)を通じて頭の中に彼女のイメージが伝わって来た。


 その姿は——()、だった。すぐさまシーは濃い霧へと変身する。


 「目晦(めくら)ましのつもりかっ、小娘! 俺には効かんぞ(・・・・・・・)!」


 一瞬にして濃い霧が充満した周囲。


 視界すら定まらない空間の奥から、ジャンの声が聞こえて来る。そのまま受け取ると負け惜しみに聞こえかねない台詞だが、おそらく彼の言葉に嘘は無いだろう。


 何故ならジャンは獣人種。


 そして。獣人種は皆、(すべか)らく五感が優れているからだ。


 同じく獣人種であるウィータがそうであるように、一帯に鳴り響く足音を利用して、間違いなくジャンはこちら側の正確な位置を割り出している事だろう。ギュスターヴの囮作戦を利用した背後からの奇襲の時も、彼はウィータの僅かな足音を聞いて、死角からの一撃を完璧に躱し切って見せた方ほどだ。


 ……勿論、それは裏を返せば、それだけこちらの次の一手を警戒しているという事でもある。その証拠に、ジャンの片手には、いつの間にやら大盾(カイト・シールド)が握られていた。


 「——【胡乱(うろん)なる影、愚鈍(ぐどん)なる光。()の目の狭間(はざま)で、流浪(るろう)(わし)聖火(せいか)を浴びた】」

 「——っ!?」


 ——だが、しかし……! だからこそ、後手に回ったのは悪手だぜ? と。


 シーは内心でほくそ笑んだ。


 「……っ——魔法かっ!!」


 霧の向こう側から聞こえた魔法の詠唱文を聞き、これまでで最大の驚愕を声に乗せてジャンが叫ぶ。


 「させんぞ!!」


 魔法の発動前にウィータを仕留めんと、足音を頼りにこちらへ突撃して来るジャンの足音が、凄まじい勢いで迫って来た——()しかし(・・・)


 勿論、そう来るのはシーもウィータも分かっている。


 『『『『『ゴゲェェェェェェ~~~~~ンっっ!!』』』』』

 「ぐぬぅ!?」


 彼の行動を読み、そうはさせぬとばかりにウィータが打った手は、十数体はいようかというギュスターブの大群だった。


 足止めと、それと足音の攪乱(かくらん)。そして、ギュスターヴの視野を通して、この霧の中にいるジャンの正確な位置の把握も兼ねてである。


 憎々し気にギュスターブ達を睨むジャンは、大盾(カイト・シールド)を利用した体当たりでギュスターブ達を屠りながら、ウィータを探した。


 「【死者の()()べよ、焦げ果てた羽の一片、老いたその羽こそが最上(さいじょう)(まき)】」

 「おのれ、おのれ、おのれぇ~……!!」


 見つからない、見つけられない、早く見つけなければ、と。


 叫び声からでも読み取れる程にジャンには焦りが募っている。


 そんな彼を嘲笑うように、詠唱文は加速して行った。


 「【()く燃え(がら)より飛べ、火を(もっ)て爆ぜよ、鳥葬(ちょうそう)の送り火】——っ!」

 「おのれぇぇぇぇぇ~~~~~~っっ!?」


 そして、詠唱文が完成する。


 同時に自身の後方で輝いた緋色の輝きを見て、ジャンは嘆きの叫び声を上げた。


 だが、それもそのはずだ。弾かれたように振り向いた彼の視界に映るもの——ボンヤリとした霧の向こうにあったそれは、鳥のような形をした炎の塊だったのだから。


 そう——ウィータが選択したのは、広範囲火炎魔法(・・・・・・・)


 眼前にいる達人に最大の敬意を払ったが故の、魔法の選択(チョイス)


 ——避けられる事の無いよう……渾身の霊子(マナ)を込めた必殺の一撃!


 「——【|炉に焼べた鷲羽の送りエルプティオ・アクイラ】……っっ!」


 燃え盛る鷲に照らされた瓦礫の山の中で、ウィータの声が響く。


 その一瞬、霧の中で驚きの表情を浮かべていたジャンは、不意に「フッ」——と。


 何かを悟ったように笑みを浮かべた。


 「認めよう、天狼族のウィータ。貴様は間違いなく、戦いの天才だ……っ!!」


 自身目掛けて飛んで来た炎の鷲が直撃する瞬間、ジャンはウィータを讃えた。


 しかし、すぐにその言葉は爆発音に掻き消されてしまう。


 炎の奔流がギュスターブ達ごとジャンを呑み込み、周囲を熱波で満たす。


 爆風で消滅したシーによる霧の代わりに、チリチリと焦げた臭いと煙が充満した。


 「……」


 数秒の静寂。その中で、ポツリ、と。


 「……ガッハッハ! 間合いの見切り、縦の回転斬り、俺の体捌き、剣術、槍術、体術……あぁ、まったく——たった十数分の戦いで、どれだけ俺の技を盗んだのだ、小娘め! 驚嘆に値する才能だな! 笑いが止まらん!」


 ジャンは立っていた。


 「急激に身体能力が向上したのは……あぁ、そうか——これが噂の天狼族の成長能力というやつか! なるほどっ、噂に違わぬデタラメっぷりだなっ!」


 ボロボロに砕けた大盾(カイト・シールド)


 ジャンの全身を覆う獣毛は焦げている個所が少しあるが、彼の豪快な笑い声から察するに、どうやら彼自身はほぼ無傷に近いらしい。凄まじい頑丈さ(タフネス)だ。


 周囲を見渡しながら、ウィータの姿を探すジャンは(おもむろ)に武器を斧槍(ハルバード)へと変える。しかし、周囲には凄惨な訓練場内の光景が広がるばかりで、人っ子一人見当たらない。


 「——だが……最も特筆すべきは、貴様の契約精霊と戦闘知能の高さだな?」


 そう言ったジャンは、唐突に自らの足元の地面へと斧槍(ハルバード)を突き立てた。


 そして、カァン(・・・)! と。


 斧槍(ハルバード)が突き立てられた音と同時に、まるで金属同士がぶつかり合ったような甲高い音が鳴り響いた。


 「……そん、な……っ」


 足元から聞こえた声はウィータのものだった。


 そこに姿はない。しかし、そこに何か(・・)がいる事だけは、ジャンはしっかりと感じ取っている。その何か(・・)は、心底から驚いた空気を漂わせながら後ろへ飛び跳ねた。


 すると——ハラリ、と。


 ウィータを覆っていた魔具——“ルネの透明マント(・・・・・)”が落ち、彼女の姿が露わになる。驚きに表情で固まった彼女の右手に握られていたのは、古めかしいデザインの鎚鉾(メイス)だった。


 「ほぅ……透明になる魔具か何かか、それは? そんな物をどこにしまっていたのやら……いや、それもその精霊の力なのか? 全く……本当にメチャクチャな力だな」

 「「……」」


 一人で得心いったように話すジャンを警戒しながら、シーは一度変身を解き、小さな狼の姿に戻ってウィータと共に戦闘態勢を整える。


 「なん、で……不意打ち(今の)が分かったの……?」

 「む? あぁ……そういう事か。貴様も獣人なら分かるだろう?」


 そう言って、ジャンは自らの鼻をツンツンと指で叩く。そのジェスチャーでピンと来たシーは思わず叫んでいた。


 「鼻……。っ! ニオイ(・・・)か!」

 「そういう事だ……言ったであろう? 俺には効かんぞ(・・・・・・・)、とな?」

 「「~~……っ!」」


 答え合わせが終わり、自らの作戦が失敗した事を理解したシー達は心底悔し気に表情を歪めた。


 ——そう。相手は獣人。耳も良いなら、鼻も効く。


 五感に優れた獣人相手に不意打ちの成功率は低い……だからこその陽動作戦だったというのに……。


 「スピードでは既に貴様の方が勝っていたようだったからな……機動力を奪えば後はどうにでもなると考えるのは当然だ。途中からやたらと俺の目を狙ってきたのは、本命の足への攻撃……下からの攻撃(・・・・・・)を意識させない為だったのだろう?」

 「っ……」

 「実際、見事であったぞ? その攻撃個所のミスリードは勿論、霧と魔獣による陽動……あの派手な魔法を選択したのも、俺に魔法を警戒させ、少しでも最後の不意打ちの成功率を上げる為——違うか?」

 「「~~っ——……!!」」


 ジャンの言う通りである。


 ——ウィータが決め技として選んだのは、魔法ではなく足への不意打ちだ。


 その為に彼女は、途中から目への攻撃を織り交ぜ、上段への攻撃を意識させるだけではなく、派手な魔法で注意を引き、ルネの透明マントで隠密性を高めた下からの不意打ちの成功率をこれでもかと高めていた。


 霊体(アニマ)を通じて、大体は彼女の思惑を理解していたシーだったが……正直、ジャンがコレを完璧に見抜き対応してきた事が驚きでしかない。彼は内心で歯噛みしながら後悔する。


 ——どうやらオレは、少しこのジャンという男を侮っていたようだ、と。


 「っ! シーちゃん!」

 「あぁ……分かってる!」


 ハっ! と、思い出したようにウィータはシーへと呼び掛けた。


 そうだ。呆けている暇など無い。


 先手を打たなければと身構えた彼女に呼応し、シーも戦闘態勢に入る。


 「……あ、れ……?」


 だが……ふっ——、と。


 唐突に膝から(くずお)れたウィータは、地面に手を突いて四つん這いの体勢になった。その顔には油汗が滲んでおり、色も土気色になっている。


 見るからに全身に力が入っておらず、立ち上がれないといった様子だ。


 「……すまん……ウィータ——霊子(マナ)切れだ……」


 過度な霊子(マナ)の使用による一時的な肉体の脱力——つまり、霊子(マナ)切れだ。


 シー自身の霊子(マナ)を使えば戦えない事も無い——()……それではシーが消えてしまう。これでは変身する事が出来ない。


 とうとう今の変身状態を維持する為に必要なウィータの霊子(マナ)も底を尽き、鎚鉾(メイス)から小さな狼の姿へとシーは戻ってしまう。


 「さて——そちらも限界のようだ。そろそろ(・・・・)終わりに(・・・・)するとしよう(・・・・・・)

 「「……っ!!」」


 斧槍(ハルバード)を肩に担いだジャンが首をコキコキと鳴らしながらこちらに歩いて来る。……間違いない。決着をつける気だ。


 シー達は何とか抵抗しようとするも、霊子(マナ)切れではどうにもならない。


 ほんの数秒でジャンが目の前に立ち、巨大な影がオレ達を覆う。


 ——もう駄目だ。倒される。


 もはや成す術なく次に来るであろう一撃を予測したシー達は、咄嗟に目を瞑った。


 「「……え?」」


 ポン、と。


 二人に頭に振り下ろされた——否、置かれたのは斧槍(ハルバード)による一撃では無く、ジャン・フローベルのモフモフした大きな手だった。


 訳が分からず顔を上げたオレ達。


 その眼に映ったのは、満面の笑みを浮かべたジャンである。


 彼は大変満足いった様子で、こう告げるのだった。


 「うむっ、いいなお前達! 気に入った!」


 意図の掴めないその一言に、シー達は「「?????」」とはてなマークを浮かべながら、目をパチクリ。


 「——何を言ってるんですか、ジャン殿……やり過ぎです」

 「うわぁ……人払いの魔法で隠しきれたでしょうか、これ?」


 と、その時だった。ジャンの背後から呆れたような二つの声が掛けられる。


 一つはジャンと共にいたカルナと呼ばれていた人物。もう一人は、鼻眼鏡(パンスネ)の掛けられた切れ長の双眸を覗かせる痩身の男である。


 どこか気品のある立ち居振る舞いをする痩身の男は、「いやぁ、スマンスマン! つい熱が入り過ぎてしまってな!」と、全く反省していなさそうなジャンへと溜息を一つ吐くと、シー達へと視線を向けた。


 「……初めまして、私はこの自由貿易都市ラッセルの統治機構である議会の長を務めています。ディルムッド・ラッセルです……以後、お見知りおきを?」


 そう言って、その男——ディルムッド・ラッセルは、どこか裏のある柔和な笑みを浮かべた。

次回の更新は3月31日13時15分頃です。

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