第12話:戦いの天才①
(——ははっ、おいおいマジかよ……っ!)
ウィータの戦いを隣で見守るシーは、眼前に広がる光景を信じられずにいた。
「——フゥゥゥゥ……っ」
四体のギュスターヴ。自身の分身体に見守られるようにして相棒が気合タップリに呼気を吐く。体勢を低く構え、猛獣染みた眼光をギロリと覗かせながらジャンを睨みつけた。
「……シーちゃんっ、足場! 小型弩弓! あと突撃!」
「よっしゃぁっ、任しとけぇ!!」
『『『『ゴゲェェェェェ——ッッ!!』』』』
ウィータの号令に合わせ、四体のギュスターヴたちがジャンへ一斉突撃する。そしてシーは小さな狼の姿から、小型弩弓——クロスボウに似た形状をしている小型の弩弓へと変身した。
同時に空中に出現した石材に飛び乗り、そのまま廃屋の屋根へと飛び移る。隣接する他の廃屋や瓦礫に飛び乗りながら、ウィータはギュスターヴたちと連携し、小型弩弓を射撃して行く。
(……距離を取ったか。まぁ、そりゃ近接戦を避けるか)
獣人ゆえか——。若干、猪突猛進的な部分があるウィータだが、流石に先程の攻防で近接戦闘での自身の不利を理解したのだろう。
彼女が持つ小型弩弓は、その考えに適した武器だ。
距離というアドバンテージに加え、出来るだけ廃屋の屋根や高い瓦礫の上に自分を置きながら、“高所からの射撃”という優位性も取っている。
加えて発射したそばからシーが矢へと変身し、絶え間なく次弾が装填されている為か、下手なクロスボウよりも連射性能が高いのである。自身の契約精霊の能力を上手く利用し、装填時間の長さという欠点を見事に克服していると言えるだろう。
——普通の相手ならば、これ程やり辛いものは無い。
しかし。少し見ただけだが……シーには、分かる。
このジャンという男は、それを許してくれるほど甘い相手ではないと。
「あまり図に乗られるのも気分が良いものでは無いな!」
そんなシーの内心が的中したのか、ジャンはトポスの布手袋から二つの武具を取り出した。大盾と斧槍である。
いかにも重戦士といった戦闘スタイル。
だが——そのスピードは勿論、重戦士のそれではない。
獣の特徴を人体に受け継いだ獣人種の中においても、ジャンの種族である原獣種は、一際パワーとスピードに優れた種族だ。
ジャンはその持ち前のパワーとスピードを活かし、飛来する矢弾を大盾で弾き返すと、ギュスターブ達の攻撃を当り前のように凌いでは、返す斧槍の一撃で次々と屠って行く。
その結果、『『『『ゴゲゴゲェ~~ン……』』』』と。
ものの数秒でギュスターブ達が断末魔を上げながら消える事となり、状況はジャンvsウィータの一騎打ちへと戻されてしまった。
「どうした小娘っ、いきなり距離など取りおってからに! 貴様も獣人ならば堂々と戦えっ——この臆病者めぇぇぇーー!!」
「んなっ!?」
叫ぶや否や、ジャンは斧槍を投げ槍の如く投擲。
予想外の強襲に反応が遅れたウィータは、前方に身体を投げ出すようにして躱すも、五体投地で地面に転がってしまう。「うべ……っ」と潰れた蛙のような呻き声を上げながら、周囲に散乱する石材片と共に地面へ転がった。
間を置かず次撃を接がんとするジャンは、いつの間にかトポスの布手袋の中から騎槍を取り出し、大盾と共に真っ直ぐと構えながら、突撃して来ていた。
本職の騎馬兵も真っ青な、見事な槍突撃である。
おそらくは、このまま一気に仕留める気だろう……。
「——そこ、あぶないよ?」
「……っ!?」
ぐんぐんと縮まる彼我の距離が、二メートルを切った直後——ニヤリ、と。
ウィータが不敵な笑みを浮かべた。
シーと同様、ジャンもその笑みに何か不気味な寒気を感じたのだろう。右足で急ブレーキを掛けると、彼の足に石材の破片——変身したシーが当たった。
「シーちゃんっ、くしざし!!」
喜々としてウィータが叫んだと同時。
霊体を通じて、彼女のイメージがシーの頭に送られて来る。
そして次の瞬間、ジャンを取り囲むようにして散乱した石材片が、一斉に青い輝きを放ち出した。
「ぐぬぅっ、次から次へと……っ!」
ウィータの言葉に弾かれたように、忌々し気にジャンは大きく跳躍した。
原獣種の驚異的な身体能力をフルに活用し、石材片が散乱していない場所へと行われたその大跳躍——だが、一歩間に合わず。
次の瞬間。
シーは石材片の全てを、槍のように尖った岩石へと変身させた。
「ぐぬぉおおおぉぉおぉ——……っっ!!?」
大小様々な岩石槍がジャンへと襲い掛かる。
身動きの取れない空中で諸に受けてしまった彼は大盾で何とか岩石の槍による串刺し攻撃を防御するも、そのまま槍にぐんぐんと押され続け、ついには廃屋の二階に突っ込んでしまう。
「ご——はぁ、ぁっ……!」
背中から走った衝撃により、無理やり肺から空気が吐き出された。
岩石の槍が青い光と共に消滅すると、ジャンと一緒にパラパラと瓦礫の破片が落ちて来る。トン——、と。まるでダメージなど感じさせないような軽い足取りで、地面に着地した彼だったが……しかし「ぐぬぅ……!」と、ガックリ膝を着く。
(ダメージがある……効いてる! ウィータの方が押している!)
シーの内心が的中しているのだろう。ジャン自身も押されている事を理解しているのか、再び武器を大剣に入れ替えた彼が顔を上げると、その足取りとは裏腹に、その表情には余裕の色が感じ取れなくなって来ていた。
「……おのれ、小娘っ。奇に奇ばかりを衒いおって……!」
額に青筋を浮かべながら突っ込んで来るジャン。
怒りを露わに、凄まじい速度で迫って来る強敵を前にして——しかし、シーは興奮のあまり内心で呟いていた。
(今のって……もしかして、これを狙ってたのか……?)
——おそらくは、そうなるようにウィータが誘導したのだろう。
石材片は乱雑な配置だったにも関わらず、ジャンの立っていた位置は、まるで何者かに誘導されたかのように、逃げ場のない立ち位置だった。
……間違いない。先程の小型弩弓とギュスターブ達を利用した攻防は、ジャンをあの立ち位置に誘導し、串刺しトラップを回避できない状況を造り出す為の布石だったのだ。
無謀な特攻ではなく、純粋に己の力量を正しく把握し、計算された戦況を作り出しながら、偶然の勝利ではない必然的な勝利を産み出す戦い方——。
「むかえうつよシーちゃん! 長槍っ、あと大盾!」
(っ……おうよっ、相棒!)
戦いの真っ最中である事も忘れ、内心で驚愕していたシーの意識が、ウィータの声で現実へと引き戻される。咄嗟に返事をしたシーは、そのまま彼女の要求に従い、長槍と大盾に変身した。
おそらくはジャンの大剣の一撃に対抗する為だろう。
やはり最初は手加減していたのか、戦闘時間の経過に比例して、ジャンの動きの一つ一つにキレが増している。……勿論、キレだけではない。先程とは違って、彼の纏う空気感も真剣なものとなってきている。
おそらくここからの戦いは、剣撃の速度と重さが段違いとなるのは間違いない。
「ふん——っ!!」
「くぅっ……!」
そんな予見が的中したのか、ウィータを襲った大剣の振り下ろしが、ブゥオン——ッ! と。まるで空気を殴りつけるような音を鳴らしながら、迫って来る。
ウィータは息を止め腹に力を入れながらそれを大盾で受け止めた。あまりの一撃に、ウィータの全身を伝って地面へと伝わった衝撃が、地面に罅を入れた。
——しかし。耐えられる事は分かっていたのか、ジャンは追撃の手を緩めない。
「(ぅ、ぅぅぅぅぅぅ~~……っ!)」
もう一度、振り上げては振り下ろす。更にもう一度、振り上げては振り下ろす。
まるで杭でも打ちつけるような動作の連続。ただの単調な動作だ。
だが、ジャンの強靭な膂力と鞭のように身体をしならせながら行われるその動作は、何ものにも勝る恐怖でしかない。一撃一撃を大盾で受け止める度、空気が震え、ウィータの身体を通じて駆け抜けた衝撃が地面に罅を入れた。
「……ここっ!!」
そして——。
何度目か分からない大剣の振り下ろし。
完璧に間合いとタイミングを読み切ったウィータが、バックステップで後退。空振った大剣の刃が、地面にめり込む。
上手く攻撃を回避した為か、ジャンに一瞬の隙が生まれた。
「お返しだよっ、おじさん……っ!」
——その隙を、今のウィータは逃さない。
大盾の横から顔を出し、突きの態勢で長槍を構える。
「……っ!?」
その隙を狙おうとした刹那——ギロリ、と。ジャンの眼光が揺らめく。
ウィータの背に冷たい怖気が走るのを、シーは敏感に感じ取った。
次の瞬間。
ジャンはめり込んだ大剣を振り上げるのではなく、身体を寝そべらせるように前方に倒しながら跳び上がる。
身体の芯を中心に捻り、その場で一回転したジャンは、回転の遠心力をそのまま乗せるように大上段に振り被った大剣を、殴りつけるように振り下ろした。
ゴォォォ——ッ! と。
耳の奥を殴りつけるような金属同士の衝突音。一瞬にして周囲の地面に亀裂が走り、凄まじい衝撃がウィータの全身へと駆け巡った。
身体能力と体捌きにものを言わせた、所謂——縦の回転斬りである。
虚を突かれたという事もあってか、十分な体勢で受け止める事も出来なかった。
「……。……まさか……これも受け切るとはな」
——万事休す……そう思っていただろう。さっきまでのシーならば。
「……先程よりも力が上がっている。頑丈さも、俊敏性もだ。魔法によるものではない……物理的な素の身体能力が上がっている……いったいどういうカラクリだ、それは?」
おそらくは、ジャンの最強とも呼べる一撃だったのだろう。
賞賛の奥に見え隠れする畏怖の感情が、自身の攻撃を受け止めた目の前の少女に対する異質さを、如実に引き立たせていた。
「……っ!!」
一瞬の隙を捉えたウィータの一撃。
鋭く放たれた長槍の突きが、ジャンの左目に迫る。驚きで呆けていた為か、ジャンの反応が一瞬遅れた。咄嗟に顔を横に逸らし、突きを回避するも、僅かに目元の皮膚が切れ血飛沫が舞った。
「ボーっとしてると、両目ともなくなっちゃうよっ、おじさん!」
挑発的に言ったウィータは、二振りの短闘剣へと武器を変える。
後手に回る事が多かった戦況を変えるつもりなのだろう。ジャンも彼女の思惑を理解している為か、武器を二振りの小剣へと入れ替え、双剣による真っ向からの高速戦闘に臨もうとしている。
「……そうだな。慢心は捨てよう」
先程までのジャンならば激昂して怒鳴り散らしていシーンだった——が……今は違う。目の前の少女が自身を脅かすだけの実力者である事を理解しているからこそ、その言葉は静かだった。
そして、言葉の応酬を終え。
後は剣で語り合おうとばかりに。
二人は同時に地面を蹴り、その剣戟をもって語り合い始めた。
(はははっ、あぁ……そうだっ、そうだったなぁ!)
そんな語り合いの真っ只中。
ジャンと同等に渡り合い始めた相棒を見て、シーは、かつて共に駆けたベオウルフとウィータを重ね合わせ、天狼族とはいったいどういう存在なのかを思い出した。
——ジャン・フローベルは言った。
物理的な素の身体能力が上がっている……と。
全くもってその通りだ。彼は目が良い。
(そうだ。これこそが、かつて天狼族が最強と呼ばれた理由——。天狼族が持つ……異常とも呼べる急成長能力——戦いの中で進化する……天狼族の真骨頂……っ!)
ジャンの言葉通り、比喩ではなく、本当にウィータという少女が持つ肉体の能力は、凄まじい速度で物理的に飛躍……いや——進化しているのだ。
邪神ウルの呪いによって封じられていたこの天狼族の成長能力を、この時代を生きる人間達は知らないのだろう。
生まれながらにしての戦士、なるべくしてなる英雄の血筋。
戦えば戦う程、戦いの最中に強くなって行く……天狼族の本当の姿を……っ!!
「でやぁぁ!!」
「ぐぅ——っ!?」
その進化がジャンに追いつきつつあるのだろう。
もはや速度では勝っているのか、先程の煽り文句を体現するかのように、鋭く右目を狙ったウィータの一撃をジャンは完全に躱しきれず、ギリギリで顔を逸らした彼の頬を浅く切り裂く。
堪らずジャンは一歩後ろへとバックステップで後退する。
(……おいおい、いいのかよ? その間合いは最悪だぜ?)
距離を取ったジャンに向け、念話でほくそ笑んだシーは、霊体を通じて送られて来たウィータのイメージ通り、今度は大刀へと変身する。
「——なっっ!!?」
次の瞬間、言葉にならない衝撃がジャンの表情に現れた。
何故ならウィータが取った次の行動は、信じ難いものだったからである。
大刀を振り下ろした体勢のウィータ。そのまま刃を振り上げるかと思いきや——何と、身体を寝そべらせるようにして前方に倒しながら跳び上がったではないか。
身体を捻り、その場で一回転すると、回転の遠心力をそのまま大上段に振り被った大刀に乗せ、叩き下ろすようにして振り降ろす。
——そう。それはジャンが先ほど見せた技。
身体能力と体捌きにものを言わせた縦の回転斬りである。
「うぉぉぉおおおおおおおおぉおお——っっ!!」
「ぐぬぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお——っっ!?」
交差した二振りの小剣で、それを受け止めたジャンは一瞬で膝を着かされた。凄まじい衝撃音と共に、周囲の地面全体に広がった亀裂がいっそう深くなる。
次の瞬間。
繰り広げられたのは、大刀と小剣の拮抗。
二人の雄叫びが木霊し、両者の間で鍔競り合いならぬ、打ち合わせた刃と刃が火花を散らせる強烈な刃競り合いに発展する。
そして。
技と技、力と力、意地と意地がぶつかり合うような数秒の後、勝利したのは——。
「っっ、ぐぬぅぅぅぅ——っっ!」
——大刀だった。
粉々に砕け散った二振りの小剣。
力でも、技でも、まだジャンが勝っている。
しかし、武器だけがそこについて来れなかった。
それを見て歯を食い縛って悔し気に呻くと、彼は大刀の一撃が自身の身に降り掛かるよりも早く、咄嗟に地面を蹴って後退した。
(決めに行くぞっ! ウィータ!!)
「あいさぁー!!」
次回の更新は3月30日20時10分頃です。