第11話:大英雄の卵②
「——一発当てたよ、おじさん?」
「……ガッハッハ! ならば今度は俺の番だな!!」
挑発的に言ったウィータ。自分の予想を上回った事が嬉しいのか、豪快に笑ったジャンが、お返しとばかりに攻勢に出た。
手に持った丸盾が淡い粒子となって消え、入れ替わりに現れた二振りの小剣がジャンの両手に収まる。
「っ……、また……っ!?」(手品ばっかしやがって……!)
「何を驚いている? お互い様であろう?」
何が起きているのか分からないのか、焦った様子で悪態を吐いたウィータ。
大きく小剣を振り被ったジャンの攻撃を防ぐ為、次はシーの方が小盾に変身し、彼の攻撃を防ぐことになった。
「先ほどの威勢が無いぞ! もっと見せてみろ! 天狼族の力というものを!」
「うぅぅうぅ……!」
上から、横から、斜めから。
絶え間なく放たれる連撃を何とか耐えるウィータ。
しかも、体格差にものを言わせた力任せの剣の振り方ではない。修練を積んだ者特有の洗練された体捌きから繰り出される斬撃だ。受けに徹する彼女の腕には、見た目以上に重い衝撃が駆け抜けている事だろう。
(シーちゃん……! さっきから何あれ!?)
(あぁ、多分だが……あの大男がしている手袋みたいな魔具——『トポスの布手袋』が手品のタネだ。空間魔術を応用して、異空間から武器を出し入れしているんだろう……あれは厄介だぞ)
(……っ!)
先程から起きる奇妙な現象に痺れを切らしたように、ウィータが念話で聞いて来る。シーの予想を聞き、彼女の視線がジャン両手……奇妙な紋様が描かれた滑り止め手袋——トポスの布手袋へと注がれる。
忌々しそうに眉尻を寄せた彼女は、ギリリと歯噛みした。
「——下ががら空きだぞ、小娘ぇ!」
「っ!!」
シーとの念話に意識を割いていた為か、ウィータはジャンの足払いに気付けなかった。すっ転ばされるようにして空中にフワリと浮いた彼女の隙を、当然、歴戦の戦士は見逃さない。
次の瞬間、一際鋭く振り下ろされた小剣の袈裟斬り。
ウィータは空中で身体を捻りながら、小盾で半ば強引に剣の腹を打ち払い、何とか横に往なす——が、地面にしゃがむ体勢で着地したその回避行動を、予想していたのだろう……。
バランスの取り辛い体勢になったところを狙い澄ましたように、ジャンが再び武器を入れ替えた。
——二振りの小剣から、最初に使っていた鈍重そうな大剣へと。
ぶわり、と。額から冷や汗が流れ、ウィータの表情を焦燥感が染め上げた。
(これはかわせない……!)(それなら——)
優に五キロは超えていそうな刀身にも関わらず、ジャンはその凄まじい膂力と体捌きにより、ウィータが回避する間もない程の速度で大剣を素早く振り上げた。
回避不能。そして小盾では防げないと、二人は判断する。
故に。
((——受ける……っ!!))
二人の心の声が一致した。
「っ……、シーちゃん……っ!! へんしん!!」
(おうっ!)
シーをより巨大で頑丈な盾——大盾へと変身させたウィータ。
全身全霊で身体を力ませ、体幹を強める為に思いっ切り息を吸い込み、腹圧を高める。ウィータは、これまで受けたジャンの攻撃の中で、間違いなく最強となる一撃を受けきる為に、両足を踏ん張った。
そして、次の瞬間。
(耐えるぞウィータぁぁぁぁっ!!)
「あいっ、さぁぁぁぁーー!!」
ゴォッッン——ッッ!! と。
自身の身体を襲った凄まじい衝撃を、ウィータは大盾で受け止めた。
「(んぎぎぎぎぎぎ……っ!)」
「ガッハッハ! なかなか耐えるな小娘! やはり見くびり過ぎていたか!?」
ウィータの身体を通じて地面に罅が入る程の強大な一撃。
全身の毛を逆立たせ、大盾で受け止めた大剣の刃を耐える、耐える、ひたすら耐え続ける。
だが——拮抗は長くは続かない。膂力の差が諸に出ている。
大剣と大盾の拮抗は数秒と保たず、ジリジリと圧し込まれた刃がウィータに膝を着かせる。このままではあと二十秒耐えられるかどうかすらも分からない。
「……っ——テラちゃぁぁぁぁぁぁん……!!」
「——おうっ! ようやく出番か……!」
「……っ!?」
決着か——。シーがそう思った瞬間だった。
刃に圧し潰されようとしたウィータが、これまで透明化して姿を隠していたテメラリアを呼ぶ。次の瞬間、待ってました! と言わんばかりに意気揚々と実体化したテメラリアが姿を現し、驚きに眼を丸くしたジャン目掛けて突撃して行く!
「食らいやがれ、デカブツ! これが俺様の必殺——」
「——何だ、この鳩は? 邪魔だ」
「……ピィィィィィィィィィィィィ~~~!!!?」
が、ジャンに嘴をあっさりと掴まれ、まるでゴミでもポイ捨てするように投げ捨てられるテメラリア……。「グピィェ……ッ」と、潰れた蛙のような声を出した彼は、そのままノックダウン。足をピクピクと動かしながら、気絶したようだった。
シーは思わず内心で呟いた。
——オマエ、何しに出て来たんだよ……と。
「ナイス、テラちゃん!」
「な……っ!」
しかし。全くの役立たずという訳では無かったらしい。
一瞬だけでもジャンの意識が削がれた事により圧が弱まり、その一瞬を突いたウィータが、器用に大剣を横に受け流す。バックステップで後ろへと下がる彼女を、「逃がさん!」と、すかさず追って来るジャンに向けて——ニヤリ、と。
——引っ掛かったね? とでも言わんばかりに、ウィータが笑みを浮かべた。
「シーちゃん! ぶんしん、アンド、へんしん!」
(任しとけ!)
次の瞬間。
シーの返答とほぼ同時に、五体の魔獣——分身したシーの変身体が出現した。
「——な!? どこからこんな数が……!?」
さしものジャンもこの変身には驚き、素っ頓狂な声を上げる。
魔獣に変身できた事は鳥竜種で予想できたことだろう。……が、何よりも驚いたのは、この数と、突如として出現した魔獣が、この地域には生息しないはずの魔獣だったからだであろう。
でっぷりと太った腹と寸胴な全身を覆うようにビッシリと生えた鱗。
大きな顎はワニを思わせるがシルエットとしては蛙。だが、蛙にしては長い胴体と幾つもの尖った背ビレが蛙の弱々しいイメージを打ち消している。
大型肉食魔獣ギュスターヴ。
その大顎と爪の一撃は岩をも砕き、鈍重そうな見た目とは裏腹に蛙のように飛び跳ねながら襲い掛かって来る凶悪な魔獣である。
『ゴェッ、ゴェッ!』『グゥッフッ、ゲェ~~!』『ギィヤァッフゥ~!!』
「ぐぬぅっ……!? 何なのだその精霊は……っ!」
気色の悪い鳴き声でジャンに襲い掛かる五匹のギュスターブ。
「ふぅーっ!」と呼気を吐いたウィータは、五匹のギュスターブと共にジャンを追撃する。そして、大盾の形態からシーを変身させた。
先程ジャンが使っていた大剣への意趣返しのつもりか、彼女が選んだ武器は、ジャンの大剣と同じ位に巨大な刀——古代の戦士が愛用した大刀と呼ばれる武器だった。
「キモキモ・シーちゃん部隊とつげきぃー!」
『『『『『ゴゲゴゲェェェェ~~~っっ!!』』』』』
ウィータの指示に合わせ、ギュスターブ達がジャンへと飛び掛かる。
前後から来るギュスターブをヒラリと躱すジャン。左右から迫った大顎の一撃は、異空間内から取り出した二つの大盾でガードする。
身体をコマのように旋回し、回し蹴りでその三体を蹴り飛ばすと——『ゴゲェェェェーー!!』と、隙を突くように頭上から大爪を振り被りったギュスターブが、ジャンの背後から迫った。
「ふん——っっ!」
その一匹を、まるで当然のように。
ジャンは再び異空間内から入れ替えた大剣で斬り下ろす。あの体勢からにも関わらず、回し蹴りの勢いをそのままに身体を回転させながら振り下ろされた刃は、頭から尻尾にかけての全身を綺麗に二枚へとおろした。
『ゲ~ゲッゲッ!』
「っ!」
正しくそれを待っていたとばかりに——ニヤリ、と。
不細工な口元を歪めたギュスターブは不気味な笑い声を響き渡らせながら、青い粒子の光となって消えて行く。弾けるように青い光が霧散すると、その背後から現れたのは、最後のギュスターヴだった。
そう。
四体のギュスターブによる陽動を利用した隠れ蓑作戦である……が、しかし。
「甘いわ——っ!」
それさえも読んでいたのだろう。
……大剣を振り下ろした攻撃終わり——つまり、完璧なタイミング。それも不意を突いた一撃にも関わらず、ジャンは大剣から、より重量の軽い小剣に入れ替える。
そのまま刃を振り上げ、最後のギュスターヴを切り捨てた。
(甘いのはっ——)「——そっちでしょっ!?」
「……っ!」
だが、相手の行動を読んでいたのは、シー達も同様だ。
ジャンの背後、ザザッ……という足音。ジャンの耳がピクリと動く。自分が振り返るよりも早く、既に大刀を振り下ろし始めたウィータの声と、シーの念話が響いた瞬間……彼は気付いた。
この一連の攻防は全て、自分の背後を取る為の布石だったのだ、と。
「(うぉぉぉぉぉぉぉぉ——っっ!!)」
勢いそのままにウィータはジャンの頭蓋へと刃を振り下ろさんとする。
死角からの一撃、タイミングは超完璧。大剣を振り下ろした体勢を狙ったその一撃は、見事と言わざるを得ないだろう。彼女は間違いなく、あの齢にして一流の戦士に迫る実力を有している。
勝利への確信を孕んだ二人の雄叫びが周囲に響き渡った。
「——悪いな、耳は良いんだ。聞こえているぞ?」
その一撃をジャン・フローベルは。
——半身を捻って、紙一重で躱し切った。
本当に数センチ——。偶然による回避では無い。
完璧な間合いの見切りによる達人技である。
「そんな……っ」
(これを躱すのかよ……っ!)
衝撃が言葉となってウィータとシーの口から漏れる。
しかし。彼らの衝撃はそこでは終わらない。
これ程の見切りを披露した武人が、そこで終わるわけがないのだ。
驚きも束の間——。
「くっ——!」と、渾身の一撃を躱された事を憤る暇さえ惜しみ、歯を食い縛ったウィータは地面に振り下ろしたままの大刀を振り上げようとする。
しかし——ジャンはその巨大な刃を思いっ切り踏みつけた。
「……っ!?」(まずいっ!?)
次の攻撃に繋がる行動の出端を挫かれた事から生まれる、意識の隙間。
達人とは。
——その一瞬にすら満たない刹那の一跨ぎを見逃さないものの総称である。
「——くっそ……っ! 避けろウィータ!」
踏みつけられたことにより、ウィータの手から離れ地面に転がった大剣。彼はすぐに変身解き小さな狼の姿へと戻ると、せめて自ら相棒の盾にならんと飛び跳ねた。
彼の叫びに合わせ、まだ消滅していなかった四体のギュスターブ達が同様の動きを見せるも——間に合わない。
既にジャンは大剣を上段に振り上げている。
タイミングは超超完璧。
「思った以上であったぞ、小娘?」
勝ち誇ったようなジャンの言葉。
顔を上げたウィータの視線の先にあったのは、いつの間にか小剣から入れ替えられた大剣を、上段に振り上げたジャン。
先程ウィータが大盾で防いだ時と同じ衝撃が来る——。
だが、先程とは明確に違う事が一つ——その振り下ろしが、素人でも分かる程に、ウィータが回避も防御も無理な状態であるという事である。
「だが——これで終わりだ」
大きく振り上げられた巨大な刃は、過度なダメージを与えないように刃の方ではなく、腹の部分で殴りつけるような角度に傾けられている。だが、その重量で殴られれば、さしものウィータといえど、その意識は刈り取られるだろう。
そして、次の瞬間。
——静かに大剣が振り下ろされた。
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(……こんなところで、負けてたら……ダメだ……)
今まさに。振り下ろされんとするその一撃を。
ウィータは緋色の瞳の奥に映していた。
(……この位で負けてるようじゃ——アイツに勝てない……っ)
心臓が早鐘を打つ。
全身を駆け巡る血の熱さは怒りに似ている。
その怒りの正体は、他でもない——弱い自分自身に向けられた克己心だ。
(……それだけはっ、ぜったいに——)
故に、拳を握る。強く、強く、歯を食い縛る。
緋色の瞳を飛び出さんばかり見開いて、自身に迫る大剣の間合いを完璧に見切る。
「——イヤだ……っ!!」
そして。
自らの頭蓋に迫った刃が接触する刹那——ジャン振り下ろした大剣の一撃を、紙一重で躱し切った。
「「……っ!?」」
シー、ジャンが驚きで息を呑んだ。
偶然の回避ではない。完璧な間合いの見切りによる達人級の回避。
先ほどジャン自身が見せた技と全く同じものである。
ならば……この回避に続く次の行動は——。
「……なるほど。これ程かっ、天狼族……っ!」
ジャンは無意識の内に大剣を振り上げようとするも、先程のお返しだと言わんばかりに、ウィータの全体重をかけて刀身が踏みつけられた。それにより、ジャンの攻撃の出端が挫かれてしまう。
まさかの一手により生まれた刹那にすら満たない、その意識の間隙。
たった一度見ただけで己の技を盗んだ天才に対する畏怖と驚愕により、限界にまで見開かれた両の瞳でもって、ジャンは目撃する。
紛れも無い才能の片鱗。
戦いの寵児の、その潜在能力の一端を。
「うぉぉぉぉぉおおおおお——っっ!!」
ジャンの頬に渾身の飛び蹴りが突き刺さる。
子供らしからぬ強靭な一撃、腰の入った強力な蹴りだ。獣人由来の身体能力によるものだけではない。たった数度の攻防で、ジャンの体捌きさえ学び取ったのだろう。
気合の乗った叫びと共に降り抜かれた小さな足を甘んじて受け入れたジャンは、大きく体勢を崩し、後ろへと吹き飛ばされる。口元から舞った自身の血飛沫を見ながら彼はウィータを驚きの目で見つめた。
同様の驚愕に染まった視線を、シーも彼女へと向ける。
「——二発目」
二人の視線の先。まるで勝利のVサインのように、人差し指と中指で二を作り、ウィータはそれをジャンに突き付ける。そして、大英雄の卵たる天狼族の少女は、自らの凱旋を寿ぐが如く好戦的に笑った。
次回の更新は3月30日12時15分頃です。