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ケモミミのサーガ  作者: 楠井飾人
Eposode I:逆境の勇者
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第10話:大英雄の卵①

 カァン、カァン、キィィ——ンッ、と。息を吐く間もない金属音が鳴り響く。


 そして不意に一際大きな金属が鳴り、連続するその音を掻き消した。


 「——はて……見込み違いだったか? この程度とはな」


 十四番街の中心部。倒壊した家屋の瓦礫が周囲に散乱する場にて。


 戦いの最中であるにも関わらず、どさっ、と。瓦礫の一つに腰を下ろし、余裕タップリの態度で敵であるシー達を睥睨したジャンは、連なるような自身の剣戟に圧倒されたウィータを見て、少し落胆した様子で呟いた。


 「はぁ……はぁ……!」

 「どうした、小娘。息が上がっているぞ?」


 剣戟の金属音が一度止み、代わりに聞こえて来たのはウィータの荒い呼吸音。


 大剣(ツーハンデッドソード)を抱えたジャン。そして、闘剣(グラディウス)に変身したシーを構えるウィータの二人が睨み合うように相対していた。


 勿論。


 ウィータ側(・・・・・)の圧倒的劣勢で(・・・・・・・)、である。


 「……さて。戦いが始まってまだ数分……子供とはいえ、邪神の呪いが解けた天狼族というからには、最低でも“鉄”程度の実力があるかとも思ったが——」


 怪訝に眉根を寄せたジャンが呟く。


 「——どうやら俺の眼が節穴だったらしいなっ!」


 そして、彼我の距離数メートルの距離を一瞬で肉薄した彼の大剣が、凄まじい速度でシー達に振り下ろされ、キィィンッ! と。ウィータが闘剣(グラディウス)で受け止めた事により、甲高い金属が鳴り響く。


 歴戦の戦士たちを見て来たシーには、一目で分かる。重い一撃だ。


 「ぐぅ——っ!?」と呻き声を上げたウィータは、何とかその振り下ろしを横に往なすと、さらなる追撃から逃げるようにバックステップで後退した。


 「(ぬる)い、温すぎる! その程度では獣人の風上にも置けぬぞ、小娘!」


 憤ったように語るジャンは大剣の切っ先をウィータに向ける。まるで『期待外れだ!』とでも言いた気な態度と言動だ。獣人の間では強さこそが是であると教えられる文化があるが……彼の言葉から察するに、それは現在も変わっていないようである。


 幼少の頃より聞かされたという天狼族の伝承。いったい如何なるものかはシーには分からないが、少なくとも彼がいま見ているウィータの強さでは、その伝承に見合うだけの価値は無いらしい。


 「むっ……」


 彼の言動が気に食わなかったのか、ウィータは少し口元をへの字に曲げるが、それを見て、ニヤリ(・・・)、と。ジャンはどこか挑発するように笑みを浮かべながら、「それとも——」と口を開いた。


 「——天狼族というのは(・・・・・・・・)噂だけの軟弱者なのか(・・・・・・・・・・)?」

 「(……っ!!)」


 ジャンの言葉に、フードの下に隠れたウィータの表情が少し揺らぐ。


 霊体(アニマ)を通してシーの中に流れ込んで来たイメージは——怒り(・・)。同胞をコケにされた事に対しての、強い反発心である。


 (シーちゃん——)

 (——あぁ、分かるぜ相棒……オレも同じ気持ちだ)


 コイツは今、言ってはならない事を言った……と。


 ウィータから送られてきた念話にシーは共感の意志を示した。


 「(……じゃない)」

 「何だ? 聞こえぬぞ?」


 怒気を孕んだ声音でぼそぼそと何かを喋るウィータに合わせ、シーも念話で同じ言葉を呟く。邪魔だとばかりにウィータは顔を隠していた自身のフードを脱ぎ捨てた。それはまるで、自らのアイデンティティを、天狼族の魂を、自分達の誇りを馬鹿にしたあの不届き者に見せつけるかのようである。


 露わになったのは緋色の長髪。


 そして意志の火が灯った緋色の眼光を(もっ)て、ウィータはジャンを睨みつけた。


 「(天狼族はっ、軟弱者なんかじゃない——っっ!!)」


 同胞をコケにされた事、そして相棒の一族を侮辱された事。それがトリガーになって、シー達の闘争心が眼に見えるんじゃないかと思うレベルで溢れ出る。


 「フゥゥ……っ!」と。


 凄まじい集中力で呼気を吐いたウィータは、まるで弓弦(ゆんづる)を引き絞るように、闘剣(グラディウス)を突きの態勢で構え、深く腰を落とす。


 「腹が立つか?」


 シー達の啖呵が気に入ったのだろう。ニィ、と。牙を剥き出しにして笑った彼は、小さな戦士たちの気迫に応えるように、大声を張り上げた。


 「——ならば、せめて一発くらいは当ててみろっ! 小娘……っ!!」

 「言われなくてもっ——」(——やってやるぜっ!!)


 そして、ウィータは力強く地面を蹴った。


 凄まじい脚力。ただの踏み込み一つで地面に小さな(ひび)が入る。一瞬で彼我の距離を埋めた彼女は、ジャンの喉元目掛けて闘剣の切っ先を突き抜いた。


 「っ——」


 凄まじい速度で迫った切っ先にジャンの瞳が驚きで大きく見開かれる。


 「(……っ!?)」

 「……ガッハッハ! 少し焦ったぞ!」


 だが、返って来たのは余裕のある笑い声を上げるジャンの声。それとは裏腹に、シーとウィータから声にならない驚きが漏れる。


 理由は単純である。放たれた渾身の突きが防がれたからだ。


 いつの間にか(・・・・・・)ジャンの(・・・・)右手に現れた(・・・・・・)小さな丸盾(ラウンドシールド)によって、である。


 先程まで持っていたはずの大剣(ツーハンデッドソード)はどこに消えたのか——。


 淡い光の粒子となって消えた大剣(それ)と入れ替わりで現れた丸盾(ラウンドシールド)をまじまじと見るウィータは、「くぅ……っ!」と歯噛みしながら、「……シーちゃん!」とシーの名を呼んだ。


 (おうっ……!)


 シーが短く返事を返した次の瞬間、ウィータが持つ闘剣(グラディウス)が、幅が広く分厚い短剣——短闘剣(プギオ)と呼ばれる武器に変身した。


 そのままウィータは更に一歩踏み込み、ジャンとの間合いを詰めると、反応し辛い下から、飛び跳ねるようにして短闘剣(プギオ)の刃を振り上げた。


 狙いは顔。


 抉り込むようなその一撃をジャンは涼しい顔で躱すが、間を置かずにウィータは返す刃を振り下ろした。……だが、当然それもジャンは読んでいる。


 半身を捻って、振り下ろされた刃を再び躱すジャン。


 次いでウィータは振り下ろしと同時に地面スレスレまでしゃがみ込み、今度は足を狙った水平切りを放つ——が、短闘剣(プギオ)の短いリーチを理解しているからだろう……依然として余裕の笑みを崩さないジャンは、冷静に後ろへバックステップする。


 (くそっ、このフェイクも躱されるのか……!)


 ウィータは速さを重視して短闘剣(プギオ)という軽い武器を選んだのだろうが……それがかえって裏目に出た。……これでは攻撃が届かない——。


 「ここ(・・)……!」

 「(っ……!?)」


 ——と、思った瞬間だった。シーとジャンの驚きが重なったのは。


 二人の視線の先にあったのは、第三撃が直撃する瞬間、青い燐光を放ち変身のモーションへと入ったシー。ウィータの手に収まった短闘剣(プギオ)が、二回り以上長い(・・・・・・・)闘剣(グラディウス)へと変身した所だった。


 ——そう。攻撃がヒットする直前で、武器を入れ替える事による間合いのブラフ。


 素直に、上手い! と。シーは内心で感心した——()しかし(・・・)


 「(っ……!!)」

 「悪くは無い……だが、詰めが甘いな? 小娘」


 次の瞬間、カァン! と。甲高い音が鳴り響く。


 ジャンの手にいつの間にか握られていたのは、丸盾(ラウンドシールド)ではなく斧槍(ハルバード)。躱すのではなく、足と闘剣(グラディウス)の斬撃との間を阻むように、ジャンは斧槍(ハルバード)を地面に突き立てていた。


 「っ、まだ(・・)……!!」


 渾身のブラフが読まれた事に焦ったのか、険しい表情で叫んだウィータが、再び闘剣(グラディウス)短闘剣(プギオ)に変身させる。しかし、今度は一本ではなく二本——二刀流である。


 先ほどは上下の二連撃という死角を意識した攻撃を披露していたウィータだが、どうやら今の彼女にそこまで思考を割く余裕はないようだ。技のへったくれも無い殴りつけるような、ただただ速度を重視した連撃でもって、ウィータはジャンへ猛攻を仕掛けた。


 「うぉぉぉぉぉぉぉ……!」

 「……若いな。やはりただの子供か」


 気合だけは十二分にあるのか、雄叫びを上げながら連撃を放つウィータの速度は、確かに目を見張るものがある。だが、ジャンを相手にそれは悪手だ。現にその(ことごと)くが、いとも簡単に(さば)かれている。


 一撃の重さではなく、とにかく速度を活かしたその攻撃は、見るからに破れかぶれ。明らかに追い詰められてヤケクソになったような攻撃の仕方に、ジャンはあからさまに落胆の表情を見せる。


 ジャンを擁護する訳ではないが、不意に呟かれた彼の言葉にシーも同調した。


 ……悔しいが、ウィータの戦士としての未熟さを感じざるを得ないだろう。


 「……ぅぅっっ~~……!!」


 捌かれ、往なされ、軽く防がれる自身の攻撃。それを見て徐々に表情が険しくなって行くウィータは、苛立ったように唸り声を上げる。……こうなってしまえば、経験の差がモロに出る。間違いなく、ジャンの独壇場だろう。


 勝負の行方が明らかになり始めた現状を見て、ジャンも確信したはずだ。


 ——ウィータはやはり、自分が思った程の実力を持つ訳では無い、と。


 「フゥゥ……っ!」


 痺れを切らしたように呼気を吐いたウィータ。


 すると、左手に持った短闘剣(プギオ)が青い粒子となって消える。


 右手に持った短闘剣(プギオ)を、再び弓弦(ゆんづる)のように引き絞り、突きの体勢に入った彼女は、先程よりも強く、強く、地面を蹴った。


 一番最初に見た突きの攻撃と同じ攻撃モーション——。


 しかし先程とは違い、攻撃の瞬間に、短闘剣(プギオ)闘剣(グラディウス)へと変身させるブラフを織り交ぜた突きである。


 「……芸が無いな、小娘?」


 鋭い突きに、リーチのブラフ——それが初見の技であったなら、或いは当たっていたかもしれない……。少し落胆したように呟いたジャンは、軽くバックステップで後退し、闘剣(グラディウス)の間合いの外へと——。


 「——()……っ!!」

 「……っ!?」


 正に、その瞬間だった。


 ウィータが鋭く叫んだ瞬間、彼女の手にある闘剣(グラディウス)が青く輝き……さらに(・・・・)もう一段階変身する(・・・・・・・・・)。より長く、より鋭く、突きに適した長柄武器(ポール・ウェポン)——長槍(スピクルム)へと。


 二段構えのブラフに、さしものジャンとシーも驚きを隠せなかった。


 一瞬だけ反応の遅れたジャンは咄嗟に顔を捻って突きを回避するも、頬を浅く切り裂いた槍の穂先から血飛沫が数滴ほど舞う。舞った血飛沫を挟み、ジャンとウィータの視線が交錯する。


 「——一発当てたよ、おじさん?」

 「……ガッハッハ! ならば今度は俺の番だな!!」

次回の更新は3月29日20時30分頃です。

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