第38話 呪いの装備
少女――明丸の手には、浴衣と同じ花柄の巾着袋が提げられている。
「そ、その恰好は一体……?」
「え」
ルーテに指摘され、自分の着ている浴衣へと目を落とす明丸。
次の瞬間、彼は絶叫した。
「わああああああああああああああっ?! な、なんだこの格好は?!」
「……明丸が自分で着替えたのでは?」
「そ、そんなはずがないだろうっ! 私は男だっ!」
「その恰好で言われても困ってしまいますが……」
「確かに……!」
納得し、少しだけ冷静さを取り戻す明丸。
「……めんこい子じゃ。どちら様かのう?」
一方、老人の方は未だに状況を理解していなかった。
「何を言っているのですか師匠! この人は明丸です!」
「なんと、こりゃ驚いたわい。……本当に?」
「現実を受け止めてください!」
「ふむ……とうとう身も心も少女になってしもうたか……」
ルーテに言われ、ようやく事実を受け入れ始める老人。
「じゃがまあ、似合っておるので良いと思うぞ、明丸」
「私は似合っているなどと言われたくありませんっ! 師匠は黙っていてくださいっ!」
「…………はい」
そんなやり取りを見て老人のことを不憫に思ったルーテは、明丸に対する聞き取り調査を開始することにした。
「……とにかく落ち着いてください明丸。どうしてそんな姿になったのか、はっきりと覚えていますか?」
「……た、確か……箪笥を開けたら、女物の浴衣が入っていたところまでは覚えている。それで……着替えを済ませて……気が付いたらこんなことに……っ!」
「浴衣を発見してから着替えるまでの流れが恐ろしくスムーズですね」
「そもそもどうしてこの家に女物の浴衣があるっ?! 一体なぜだっ! ――先生の仕業ですかっ!」
明丸は老人のことを睨みつける。
「……濡れ衣じゃよ。儂は何もしとらん」
しかし、老人は静かに首を振った。
「むやみに人を疑うのはよくありませんよ。……ところで、その装備を外すことはできますか?」
「当たり前だっ! こんなものすぐに――」
そう言って浴衣を引っ張る明丸だが、不思議な力によって手が弾かれてしまう。
「なん……だと……?」
「なるほど……やはり、これは『呪いの装備』ですね」
それを見ていたルーテが言った。
「の、呪いの装備とは……一体何なのだ?!」
「それはですね……」
レジェンド・オブ・アレスでは、様々な特殊効果の付いた装備が、街やダンジョンの至るところで自然生成される。
中には、装備者に悪い効果をもたらす「呪い」付きの装備も存在し、明丸は家の箪笥に生成されていたそれを運悪く身に付けてしまったのだ。
――ルーテはそう説明する。
「し、しぜんせいせい……? 意味が分からないぞ……!」
「……要するに、呪いを解かなければその装備を外すことはできないということです。そこだけ理解してください」
「では……私はその呪いとやらのせいで、こんな格好をする羽目になったということか……? 何と卑劣な……!」
「いえ、少なくとも装備するまでは明丸の意思ですね」
「……………………」
ゲーマーに心を侵食されたルーテのように、明丸の心も乙女に侵食されつつあった。
その点に関して言えば、呪いは特に関係ない。
「つまり、明丸は――」
可愛い浴衣があったからこっそり着てみたら、呪われていて脱げなくなったのだ。
一時的に記憶を忘却してしまったのは、その効果によって一気に魔力を吸い取られたからだろう。
「もう何も言うなッ! 言ったら叩きのめすぞッ!」
「……横暴ですね。今の明丸は心身共に女の子ですし、堂々としていれば良いのでは?」
「ち、違う……! 私は男だっ……男なのだ……っ!」
頭を抱えて座り込む明丸。
「……のう、ルーテ。どうにかその呪いを解いてやることはできんのか?」
不憫に思った老人は、ルーテに問いかける。
「そうですね……シスターはこういった呪いには対処できませんし……装備品の浄化ができるアイテムをどうにかして入手するしかありませんね。浄化の巻物とか」
「ふむ……儂も考えてはいたが……それを手に入れるのはかなり難しいのう……」
浄化の巻物を手に入れるには、鳴子の各地にある書物屋を巡るか、生成されるまで何度もダンジョンに潜る必要がある。
「とにかく、今すぐに外すということは出来ません。明日までに作戦を考えて来ますから、明丸はしばらくの間その姿で我慢していてください」
「そ、そんな……」
絶望の表情を浮かべる明丸。ルーテはその肩をぽんと叩いた。
「仕方ありません。今日は諦めて町へ買い出しに行きましょう」
「こ、この格好でか?」
「はい! ……望みは薄いですが、この町の書物屋に浄化の巻物が売っているかもしれませんし!」
「嫌だっ!」
「わがまま言わないでください。甘味処にも寄ってあげますから」
「う、うわああああああああっ!」
――明丸の災難は続く。




