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第12話 お米が食べたい


鳴子ノ国(なるこのくに)


 それは、この世界における東の果ての島国――要するに和風な要素がある国だった。


「なるほど。ここに来たのであれば……することは一つしかありませんね」


 直後、ルーテは走り出す。


「お米が食べたい!」


 謎の衝動に突き動かされ、もの凄い速さで竹林を下っていくルーテ。


(バランス良く色々な食材を摂取する。それがこのゲームにおける能力上昇のカギです! だから、僕はなんとしてでもお米を口にしなければいけません! あと、なぜか前世の記憶がお米を強く求めています!)


 日本人の記憶を持つルーテの身体が、不足しているお米を本能的に求めているのだ。


 孤児院で毎日パンばかり食べていた弊害である。


 しかし、ルーテ本人にとって一番大切なのはお米で腹を満たす事ではなく、能力値を上昇させる事だ。


(とにかく町まで降りましょう!)


 そう思った次の瞬間、ルーテは竹林を突っ切って民家の庭先へ到達した。


「あれ…………?」


 思ったより早く人里に着いたので、拍子抜けするルーテ。


 目の前の縁側では、真っ白な顎鬚を蓄えた老人がお茶を啜っていた。


 老人の視線はルーテのことをじっと捉えている。


「……………………!」

「……どうしたんじゃ明丸あけまる? そんなところから出て来おって」

「あけ……まる……?」


 老人から知らない名前で呼ばれ、小首を傾げるルーテ。


「……いや、違うな。すまん人違いじゃ。明丸はまだ白髪しらがじゃないからのう」

「僕のこれは生まれつきです。そういうキャラデザなんです……たぶん」

「おお、そうかそうか。きゃらでざ? とやらが何かは分からんが、それはすまんかったな。――儂とお揃いかと思ったんじゃが……」

「違います」

「ふぉっふぉっふぉっ」


 老人は笑いながら再び茶を啜る。


 ほぼ同時に、ルーテのお腹が鳴った。


「あ……すみません……」


 なんだかんだ言って彼も育ち盛りであるため、孤児院の食事では足りていないのだ。


「なんじゃ、腹が空いておるのか」

「はい! お米が食べたいです!」

「よい返事じゃ。……ここに座っておれ。握り飯を持ってきてやろう」

「ありがとうございます!」


 自身の愛嬌を最大限有効活用し、食事にありつくルーテ。


「………………」


 老人はそんな彼のことを一瞥した後、ゆっくりと座敷の奥へ消えていった。


 ルーテは言われた通り縁側に腰かけ、老人が戻ってくるのを待つ。


(今のおじいさん……ただならぬ雰囲気を感じます。名ありのキャラだったでしょうか……?)

 

 そう思うルーテだったが、そもそもこのゲームのメインキャラクターに老人など存在していない。


(そういうキャラがメインで出るタイプのゲームじゃありませんでしたからね……)


 そこでふと、ルーテはあることに気付く。


「…………先生」


 よく考えれば、ゲーム開始時点で孤児院を運営していたのも現在のシスターではなかった。


 ――それが何を意味しているのか分からないほど、ルーテは鈍くない。


(もしかして……もうすぐ異世界に転生して……『転生聖女の異世界無双』が始まってしまうのでしょうか……?)


 しかし、彼は転生者だ。死に対する認識が普通の人間とは違う。


(…………考えても仕方がありません。先生は今、もの凄く元気ですからね)


 最終的に、ルーテはそんな結論に至るのだった。



 ――それから少しして、老人が戻って来る。


「待たせてすまんのう」


 老人はそう言いながら、竹皮に包まれた大きめのおにぎり三つをルーテの前に差し出した。


(思ったより多いし大きい……!)

「さあ、好きなだけ食うとええ」

「い、いただきます!」


 少しだけ動揺するルーテだったが、気を取り直して巨大おにぎりにかぶりつく。


「………………!」


 すると、程よく塩の効いた米が口の中でぽろぽろとほどけた。


「どうじゃ?」

「すごく美味しいです!」

「そうかそうか」


 ルーテの返事を聞いた老人は、嬉しそうに言う。


「おじいさんが握ったんですか?」

「いや、儂は料理をせん。握ったのは明丸じゃよ。――あやつは儂の弟子でな、料理が好きなんじゃ」

「なるほど、明丸さんですか」


(死んだ人を僕に重ねているわけではなかったんですね)


 と不謹慎すぎることを考えるルーテ。


「ところでお主……どこから来たんじゃ?」


 すると、老人がそう問いかけてきた。


「孤児院です!」

「やはりこの国の者ではないようじゃな。行く当てはあるのか?」

「あるのかないのか……微妙なところです! 行く末は僕にもわかりません!」

「微妙な答えじゃな」


 老人はそう呟く。


「……まあ良い。――それで本題なんじゃが、実はその握り飯はな、明丸が《《儂の為》》に握ってくれたものなんじゃ。儂はお昼にそれを食べるのを楽しみにしておった」

「………………ん?」


 雲行きが怪しくなってきたのを感じ、おにぎりを手に持ったまま固まるルーテ。


「……なに、気にするでない。たんと食べるがええ」

「あの、でも……」

「…………じゃが、もし少しでも申し訳ない気持ちがあるのであれば…………恩を返すと思って、老いぼれの頼みを聞いては貰えんかのう?」


 完全にはめられたと思うルーテだったが、今更気付いたところで遅かった。


「ええと……なんでしょうか……?」

「明丸と一緒に、儂の稽古に付き合ってくれ」


 ――かくして、ルーテは名もなき剣豪に目を付けられたのである。

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