92.俺は有能すぎるそうだ。
オルタンスモーアの街、領主ノーマンドの邸宅。
晩餐の席で、俺はローレアの婚約者として、ローレアの兄ふたりと面会していた。
ローレアの兄ふたりは王都に住んでいて、両者ともに学生の身分だそうだ。
上の兄は将来、領主を継ぐことが決まっているので、既に良家との縁談もまとまっており今は勉学に励んでいるそうだ。
下の兄は上の兄の予備、と言ったら言葉が悪いが、領主の仕事の補佐をしていくということだ。
俺の立場は更に下で、補佐の補佐くらいの位置らしい。
しかしノーマンドが言うには、王都で学んだふたりより、現状は俺の方が執務に精通しているとのことで驚いた。
大学を出て社会人経験があるのが大きかったらしく、デスクワークは不得意ではないしな。
大きな数字の計算も間違わず、ワークフローという形で業務の洗い出しをして幾つかの点で効率化をしてみたりと、確かに仕事はしたが。
俺の執務能力に関してはノーマンドにとっては嬉しい誤算だったらしく、下の兄を他家に婿入りさせても良いと考えるようになったらしい。
下の兄は大層喜ばれて、俺に深く感謝の意を伝えてきた。
どうやら上の兄が正式にノーマンドの後を継ぐまで飼い殺しに似た境遇になる予定だったらしく、つまらない人生になるところだったと言われた。
なにそれ貴族怖い。
銀ランク冒険者にして優れた戦闘能力を誇り、また執務の面でも優れた功績を上げた俺のことをローレアは自慢げに兄たちに誇っていた。
ローレアとの結婚式はあと一ヶ月もしない内に行うとのことだ。
兄ふたりを差し置いての結婚になるが、ローレアの結婚適齢期を考えると、長兄の結婚を待つわけにはいかないらしい。
長兄の婚約者はかなり年下らしく、家柄で選んだとのことなので、結婚はまだ先なのだそうだ。
実際のところはローレアがこれ以上、結婚を我慢できないからノーマンドが急いで準備を整えたらしい。
結婚、というより初夜を待ち遠しく思っているとは口が裂けても言えないが。
なにはともあれ、ローレアとの結婚も近い将来に実現して、俺は貴族の末席に尻をねじ込むわけだ。
あまり有能すぎるところを見せると、長兄殿に危険視されそうなので、ほどほどに働き遊ぶことを目標にしている。
あくまで執務の補佐なのだ。
主役は領主ノーマンドと次期領主の長兄殿である。
その辺の領分を侵してやり過ぎると、家を乗っ取ろうとしていると見なされかねないらしい。
家庭教師が言うには、俺は有能すぎるそうだ。
そりゃ大学出て企業の業務改善なんてことを仕事にしてきた俺のことだから、無能ではないだろう。
久々に会った兄たちに甘えるローレアを遠目に、ノーマンドと酒を酌み交わしている。
義父になる予定のノーマンドとは執務の手伝いでそれなりに打ち解けた。
上司の仕事の愚痴を聞きながら飲む酒だが、この世界で入手できる高級な酒なだけあって味は悪くない。
ノーマンドは厳しい人柄だが、これで娘に甘いところがある。
というかかなり甘い。
酒の席での締め言葉は大抵、「娘のことをよろしく頼むぞ婿殿」だ。
その日も同じ言葉を聞くまで、酒を飲み続けた。
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