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初期クラスが自宅警備員であるため一歩でも宿から出ると経験値が全く得られなくなるらしいので、自室に引きこもります!  作者: イ尹口欠
聖痕収集編

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89.よしよしと頭を撫でてやる。

「はい、朝食ふたり分、できたよ」


「客席に運んできますね!」


 クロエが朝食の載ったトレーを運ぶ。

 俺はクロエの婿でありこの宿屋『鍋猫亭』の料理人だ。

 まだ見習いがつくが、〈料理〉のスキルもあるし義父からは「腕前は悪くない、あとは場数を踏めば安心して任せられる」とお墨付きを頂いている。


 働くクロエ、可愛いなあ。

 尻尾が揺れてこう、なんというか愛らしい。

 少し前までは児童労働かと思っていたが、愛妻とふたりで宿を切り盛りしている感じで楽しい。

 ちなみに義父は無口なので黙々と料理をしている。

 義母の方はクロエとともにトレーを運びながらクルクルと働いている。


 俺は胸一杯に幸福を詰め込みながら料理に精を出しているというわけだ。

 ……マジ幸せ、結婚して良かった。


 そんな幸せな朝の時間。

 クロエが「コウセイさんに来客ですよ。魔術師ギルドのギルドマスターだとか……」と告げて来た。

 うん、そろそろ来る頃合いかと思っていたんだ。


 俺は手を洗って、さも不機嫌そうに出ていく。

 魔術師ギルドのギルドマスターであるリリアレットは、今にもブチ切れそうな剣幕で仁王立ちしていた。


「ちょっとコウセイくん。ベルナベルはどうしたの!? ここ最近、宿にも現れていないと報告があったわよ!?」


「はい。宿に置いておくと退屈だと煩いので、魔物を狩りに外出させています」


「ちょ、手綱を握っておきなさいと言ったじゃない!! あの大悪魔を相手に放任は有り得ないのよ!? そこのとこ分かっている!?」


「でも魔物を相手にしているだけですよ? 人類を襲ったりはしていないでしょう? それともそういう被害報告でもありましたか?」


「く……ないわよ。ないけど、何かあったら危ないでしょう!! それにあなた自身の身を守るためにもベルナベルを傍に置かないと!! コウセイくんが死んじゃったりしたらベルナベルは自由になるのよ!?」


「宿の中から出ることもないですし、心配し過ぎですよ。なんなら今、ベルナベルを呼びましょうか? すぐとはいきませんが三分くらいでここに呼び出せますけど」


「はあ? 一体、どうやって……」


「じゃあ呼びますね。……もしもし、本体? 悪いんだけどベルナベルをここへできるだけ早く送り届けて欲しいんだ。魔術師ギルドのギルドマスターがベルナベルを放置しているって怒鳴り込んできている」


 俺が虚空に話しかけているように見えるのだろう。

 客もリリアレットもギョッとしたように俺に視線を向けた。


「じゃあそういうことで。……これであと数分でベルナベルが来ますよ」


「え? 今の誰と喋っていたの?」


「ベルナベルを呼び出す手順の一環ですが、詳細は秘密です」


「……そ、そう」


 そしてベルナベルはすぐにやって来た。

 ギィ、と何もなかった壁から扉が現れてそこから入ってきたのだ。


「主よ、呼ばれたので来たぞ。やかましい森人族(エルフ)がわしに会いたいそうじゃな」


「ああ、悪いねベルナベル。忙しかったかい?」


「いや。割りと暇じゃったから問題ない」


 扉はスーっと消えていく。

 その光景の現実感のなさから、客もリリアレットも口を開けて俺たちを見ていた。


「リリアレットさん、こうしていつでもベルナベルは呼び戻せます。問題、ありませんよね?」


「え、ええ」


 ベルナベルは目を細めてリリアレットに視線をやる。


「主はわしが遠く離れていても守っておるから安心するが良い。わしのチカラをいろいろと貸しているからのう」


 嘘だ。

 だが実際にレベルが一だと詐称している俺が、何らかのスキルでベルナベルを呼び出したのを皆が見ている。

 他にどんなチカラを貸し与えているのか、分かったものではないだろう。


 ……実際には荒事になったら〈ボーンガーディアン召喚〉を使うだけだけどな。


 それもベルナベルから貸与された配下だと嘘をつく予定だ。

 リリアレットは「な、なんだか心配しすぎだったみたいね。朝からお邪魔したわね。コウセイくん、色々と気になるけど、死んだりしないでね?」と言い残して魔術師ギルドへ戻っていった。


 リリアレットのことはこれでいいのだが、タクミが興奮した様子で俺に話しかけてきた。


「コウセイさん!! 今のなんですか!? 端から見てたら電話かなにかで通話しているように見えましたけど、そういうスキルがあるんですか!?」


「ああ、やっぱりそう見えたか。ベルナベルのチカラだから俺のスキルじゃないぞ」


「でもそういうスキルがこの世界に存在するんですよね!? いいなあ、どうやったら習得できるんだろ。スマホの通話機能だけでも再現できれば、大儲けできるのに!!」


 ガツガツと朝食を片付けて、タクミはオーバン商会へと向かった。

 きっと通話系スキルがないか、商会で調べるつもりだろう。


「あんなに噛まずに食べたら消化に悪そう……」


 エミコはマイペースに朝食を摂っている。


「エミコは通話スキルを見ても騒がないんだな」


「え? そうですね……だって使い方にもよるけど、〈匿名掲示板〉のガエルドルフのローカルスレッドで連絡取れますし」


「そういう使い方している奴もいるよな。最後にイニシャルとか付けて」


「便利ですよね、あれ。……あ、ごちそうさまでした。今朝も美味しかったです」


「お粗末様。冒険、怪我しないように気をつけてね」


「はい。それじゃあ行ってきます」


 エミコも宿を出て冒険者ギルドへ向かった。


 さて、俺も仕事に……戻る前にベルナベルを帰そう。


「ベルナベル、来てもらっただけですまないな。そこから帰れるか?」


「うむ。主が困らぬように来たのじゃ、気にするな。それではクロエと仲良くな? おっと言うまでもないか」


 ベルナベルは来たときの扉を開けて本体の元へ戻っていった。

 そして消える〈隠れ家〉の扉。


 宿屋『鍋猫亭』は全域が自宅認定されているので、向こうから〈隠れ家〉の扉を設置することも自由自在なのだ。


 さて、今度こそ仕事に戻るかな。

 クロエがやや不安そうな顔でこちらを見ていたので、よしよしと頭を撫でてやる。


「ちょ、コウセイさん?! なんですかー」


「朝から騒がしくて悪いね。俺は厨房に戻るから」


「……はい」


 他の女性と会話するだけでちょっとむくれるクロエが可愛らしいなあ、と思いながら、俺は厨房に戻ったのだった。


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