87.ままならないものだなあ。
冒険者タグはあくまでも最初の国であるアブラナサント王国で通じる身分証明証である。
冒険者ギルド自体が国営であるためだが、もちろん各国に似たような組織はあって、そこで登録をするとその国での身分証明証が入手できるということだ。
問題は街に入る際に必要な手続きだが、……まあこればかりは当たってみなければ分からない。
俺は聖痕探索部隊のひとり。
南東の国、カロリルグ王国に一番最初に降りた〈代理人〉である。
気候はアブラナサント王国と変わらない。
北へいくほど赤道に近くなり暑くなり、南へ行くほど南極に近くなり寒くなる。
アブラナサント王国とカロリルグ王国は南半球に位置するのだ。
さて最初の街だな。
魔族に対してどのような態度を取るかで、この国の対応が透けて見える。
俺は勇気を振り絞って、街門に並んだ。
見た目はコーニエル、黒影族は褐色肌の人間族にしか見えないから、鑑定系スキルを使われない限りは問題はない。
森人族や山人族、獣人族など様々な種族がいるため、肌の色が褐色な程度では少なくとも人間族の中で人種差別は起こらない。
しかし人間族が他の種族の集落や居住地に入り込むと、居心地が悪くなるのは確かで、その点で人種差別がないというわけではない。
別に仲が悪いわけじゃないのだが、大多数を占める人間族、寿命の長い森人族と山人族、自然の中で今でも遊牧生活を送る者が多い獣人族。
それぞれ生き方が異なるため、自然と同じ種族で集まることが多くなり、それが元で他種族に排他的な空気を醸し出すことになるのだ。
……まあ今の俺は魔族なわけだが。
主人を失った野良の悪魔は討伐対象である。
なぜなら異性の人類をさらって魔族を生み出すからだ。
その魔族は祖である悪魔の眷属として扱われる。
故に魔族も討伐対象なのだが。
ここにひとつ例外がある。
それは祖である悪魔が死んでいる場合だ。
コーニエルの祖である悪魔は聖痕を宿していたため既に殺されている。
その話をどこまで信じてもらえるかが鍵だ。
さて門の受付の順番がやって来た。
俺は堂々とした態度で、門衛に挨拶をする。
「こんにちは」
「やあこんにちは。身分証を拝見させてもらえるかい」
「持っていない。初めて街に入るんだ。この後、ハンターギルドに登録する予定だが」
「ふむ……君は魔族だね?」
「そうだ。しかし祖の悪魔は死んで久しい。俺は故郷を飛び出して、人類の側として生きていきたいのだ」
「そうかい。でも誰の紹介もなしじゃあ、街には入れないよ」
「なに? そうなのか……分かった。誰か俺を紹介してくれる人を探してみよう」
「そうするんだね。次の方――」
俺は門を離れて、〈ホットライン〉でこの情報を共有した。
密入国作戦は失敗か。
俺は〈ホットライン〉で一旦〈浮遊島〉に戻るよう指示した。
聖痕の探索は〈浮遊島〉を拠点に始めるようにすることにするのだ。
街へ入れないのは痛いが、仕方のないことだ。
とりあえず北の国ブイユゲット王国へは商隊に同行する冒険者としてコーニエルを派遣し、街に入れるように手はずを整えることにした。
商隊の隊長には一時的にコーニエルの後見人となってもらい、街へ入る。
そして冒険者ギルドに相当する探索者協会に登録してもらう。
少々時間はかかるが、これしかあるまい。
コウセイとして動く事も考えたが、これ以上コウセイが増えるのは目立つ。
まかり間違っても〈匿名掲示板〉にコウセイの名前が出てくるのは避けたい。
既に宿屋の娘と結婚して聖痕探索からドロップアウトした地球人がいる、とタクミに書き込みされているのだ。
名前こそ出ていないが、そんな地球人、探そうと思えば探せてしまう。
ローレアの方のコウセイは貴族の邸宅に住んでいるということもあって、現地に探しに行っても門前払いで済むから、コウセイの姿が見られることはないはずだ。
これで「他国でコウセイという地球人と会った」などと書き込みされたら色々とマズい。
攻略スレでは地球人の名前が出てくることも結構あるのだ。
特に強い魔物を倒したりしている奴は自分から名乗ったり、他人のフリをして自分の功績を語るのが好きだから、始末に負えない。
……ままならないものだなあ。
人類に〈変身〉できればいいのだが、そのアテがないのが困る。
門衛は大抵の場合、〈簡易人物鑑定〉を持っている奴が配備されているので、魔族だとバレないでいる方法がない。
俺は商隊の護衛のためにコーニエルに〈変身〉させた〈代理人〉をひとり用意して、北方の街に向かわせた。
上手く商隊の護衛につけられればいいが……。
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