80.じゃあなぜ、街をひとつ滅ぼした?
先代とはいえ七大罪の悪魔のひとりであった魔王。
現役の七大罪の悪魔のひとりであるベルナベル。
まず両者ともに爪での激しい格闘戦になった。
接近は一瞬。
目にも止まらぬ速さで赤い線が交差し、甲高い音を鳴り響かせる。
「ほっほっほ。この程度ですかな、姫様?」
「はン? じいやこそやはり老いぼれたのう。悲しいぞわしは」
ギィン!! と一際、大きな音を立てて両者は一旦、距離をとる。
赤い残光が尾を引くように、両手指の十の爪からほとばしっていた。
「老いてなお強い、それがこの身ですぞ? 姫様は未だ七大罪の一角にあらせられるのか? それとも誰かに簒奪された後ですかのう?」
「たわけ。わし以外に“淫蕩”に相応しい悪魔なぞおらぬわ」
「それはそれは……魔界もヌルくなったものですな。じいやは悲しゅうございますぞ」
「言うたな。わしが魔術戦を得意と知っておって、この間合いか?」
言外に「死ね」とベルナベルは告げた。
魔王は上空に飛んでいる。
いつの間にか、話をしている最中だったはずだが、まったく見えなかった。
俺の動体視力では捉えることができないらしい。
〈魔力眼〉で見れば、魔王が立っていた場所には〈空間:攻撃〉の刃が幾重にも撃ち込まれていた。
ベルナベルも翼を広げ、角と尻尾を生やし、空中へとゆうゆう移動する。
その間もベルナベルは魔術を幾つも発動し、魔王はそれを回避し続けた。
「ほっほっほ。なかなか当たりませんなあ。知れた手練手管。それではこの身を殺すことなどできようもない」
「じいや、本気でわしの主に仕える気はないのじゃな?」
「くどいッ」
「……よく分かったのじゃ。覚悟は決まっておるのなら、それでよい」
「――――」
「虚無に飲まれて死ね」
黒い球体が幾つも魔王を取り囲む。
見たことのない魔術だ。
黒い球体は一瞬にして膨張して、魔王を飲み込んだ。
勝負はあっけなく終わったらしい。
何が起こってそうなったのか、俺には理解もできないけれども。
ただドサリ、と魔王だった者の残骸が地面に叩きつけられる鈍い音が、敗者が誰かを物語っていた。
しん、とその場は静まり返っていた。
悪魔たちは魔王の死骸を見て、信じられないものを見ているような顔をしている。
先代の七大罪の悪魔のひとり、その魔王があっさりと殺されたことに動揺していた。
それを一喝したのは、他ならぬベルナベルであった。
「誰がこの地上で最も強いか、それが分かったか? 断じてわしではないぞ。わしを召喚したわしの主こそ、この世で最も強いお方。さあ選べ。隷属か、死か」
悪魔たちは黙したまま、魔王だった者を見つめていた。
そうしてひとりの若い悪魔が一歩、前に出た。
「ベルナベル様。魔王様はあなたがこちらにやって来たことを知り、大層、お喜びになられておいででした。もしもこの身がベルナベル様に殺されたら、大人しく隷属せよとのご命令を残しておられました」
「…………じゃろうな。じいやは死して魔王の座をわしの主に譲ったのじゃ」
「左様です。ただ……あまりにも魔王様があっさりと死なれて、皆、理解がおいついていないようですが」
俺はベルナベルに問う。
「どういうことだ、ベルナベル? 魔王は最初から死ぬつもりだったのか?」
「そうじゃのう。死に場所をわしの手で、と決めたようじゃったな。戦えばわしが勝つ。そうして魔王より上の存在として主を立てたのじゃ。ここに残った悪魔たちを主に隷属させるために」
「俺に、隷属させてどうするんだ。魔族とは違う。このたくさんの悪魔を使って、俺に何を為せと言うんだ?」
「別にそこまで求めておらぬじゃろ。ここにいるのは魔王の庇護を求めて集まった悪魔どもよ。この悪魔たちはじいやの庇護下にあった通り、単独ではそう大した悪魔たちではないのじゃ」
「そりゃ、魔王やベルナベルに比べれば大したことはないだろうけど……」
「主にとってもじゃ。この百ものボーンガーディアンに襲わせれば、この悪魔どもは死ぬか逃げるかしかできぬじゃろうよ」
「よく分からない。じゃあなぜ、街をひとつ滅ぼした?」
「じいやの上げた狼煙に、誰が来るのか知りたかったのじゃろう。己を上回る者がいたら、それを新しい魔王に据える。そうでないなら、地上を平らげるつもりじゃったかもしれんな」
「自分が死んで、配下を他者に預けるか、人類を滅ぼすかの二択だったと? 意味が分からないぞ」
「自由を得た悪魔なぞ、そんなものじゃ。魔界に帰る術もなく、憎き女神の地でのうのうと生きながらえるのは苦痛じゃろうて」
「…………魔界に帰る手段がないってのは、本当なのか?」
「ほう?」
ベルナベルが驚きに目を見張る。
「主は、魔界へと帰る手段があると思っておるのか?」
「召喚があるなら送還もある、と思っただけだ。ないのか?」
「……くっくっく。どうじゃろうな。そのような魔術の属性と特性は、わしは見たことがない」
「そうか」
俺たちの会話が一区切りしたところで、先程の若い悪魔が跪いた。
それにならって、他の悪魔たちも跪く。
「我ら魔王軍、御身の麾下に入ります。この忠誠を、永遠に。主様に隷属を――」
《魔王城が自宅として認定されました》
《名前 コウセイ 種族 人間族 性別 男 年齢 30
クラス 自宅警備員 レベル 77
スキル 〈人類共通語〉〈簡易人物鑑定〉〈聞き耳〉〈忍び足〉〈性豪〉
〈料理〉〈闇:召喚〉〈空間:防御〉〈時間:治癒〉〈創造:槍〉
〈精霊:使役〉〈同時発動〉〈高速詠唱〉〈通信販売〉〈新聞閲覧〉
〈相場〉〈個人輸入〉〈匿名掲示板〉〈魔力眼〉〈多重人格〉
〈睡眠不要〉〈闇市〉〈ボーンガーディアン召喚〉〈別荘〉〈夜の王〉
〈隠れ里〉〈牢獄〉〈テイム〉〈防犯カメラ〉〈ホットライン〉
〈帰還〉〈領土〉〈姿写し〉〈領域支配〉〈隠れ家Ⅲ〉〈代理人Ⅲ〉
〈眷属強化〉〈ダンジョン管理〉〈浮遊島〉〈城塞〉〈リサイクル〉
〈監視衛星〉〈永続召喚〉〈アイテムボックス〉〈経験値50倍〉
〈契約:ベルナベル〉〈隷属:青葉族〉〈隷属:黒影族〉
〈隷属:魔王軍〉〈従魔:マーダーホーネット〉
〈従魔:レッドキャトル〉》
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