59.俺もベルナベルに毒されたのだろうか。
チカラの弱いミミクリーシャドウは、黒影族のためにあまり積極的になにかするでもなかったらしい。
かといって黒影族にもこれといった特技などはなく、祖先はただの人間族とミミクリーシャドウだそうで、自給自足の生活をしてつつましく過ごしてきたとのことだ。
見た目がほとんど人間族だったため、人類がやって来ても魔族であることを隠しながらなんとかやって来たということだった。
ただ魔族であることを見破られたらと思うと、旅商人を歓迎することもできない。
そのため本当に必要なものがあるときは、ガエルドルフの街に人間族のフリをして買い物に出かけていたというほどだった。
「なるほど、だいたい分かったよ。これからはどうやって過ごしていきたい?」
「静かに、暮らしていければと思います」
「そうか。ここは〈隠れ里〉になったから、俺の許可のある者以外が訪れることはなくなる。食料も自給自足できているようだし、静かに暮らしていくことはできるだろう」
「ありがとうございます。コウセイ様のような方が私たちの主になられて、黒影族は幸せでございます」
今晩は歓迎の宴にすると言われたので、客間を借りた。
〈隠れ家Ⅱ〉で一旦、宿の本体と記憶を共有しておいた。
夜、俺とベルナベルは黒影族の宴を楽しんだ。
驚いたことに、食事は素朴ながらかなり美味かった。
貴族の屋敷で食べたコースと比べることはできないが、宿屋『鍋猫亭』の料理より上等だと思われた。
それもそのはず、今日のために牛を一頭、潰したというのだから豪勢なものだ。
だが牛だけでなく、農作物の出来も良いように思えた。
「もしかして黒影族は農業や酪農に秀でているのか?」
「祖先である人間族の女性は農家の出身だったと聞いております。そのため、農業については一通りの口伝が残っております」
酒も作っているようで、これも良い出来だった。
もしかしたらと思って〈個人輸入〉を起動すると、青葉族と黒影族の隠れ里が取引相手に新たに出現していた。
青葉族の方は長らく気づかなかったが。
まあそれもそのはず、青葉族も黒影族も、今のところ取引できる品目が皆無だったのだ。
「なあ、農作物や酪農を拡大する気はないか? これほど上質ならば、個人的に購入したい」
「コウセイ様から代金を頂くなど恐れ多いことです。お好きなだけ、お持ちください」
「いや。黒影族のためにもそれは良くない。俺はここの農作物と畜産物を隠れ里の特産品にしてもらいたい。買い物については俺が欲しい物を入手できるから、金銭は得ておいて損はないはずだ」
「はあ……それではコウセイ様の仰る通りにいたします」
よしよし、これで宿屋『鍋猫亭』に婿入りした〈代理人〉が良い食材を扱えるようになる。
ちなみに食事については、地球人たちが持ち込んだ知識によって大幅に進化を遂げている真っ最中だ。
〈匿名掲示板〉では雑談スレから独立して、食事改善スレができたほどである。
異世界の食材を使って地球の料理を再現し、それらを貴族に売り込んで稼いでいる商人系クラスの奴らがいるとかいないとか。
さて宴もたけなわ、最大に盛り上がっているところに、コーニエルが妹のマニタを紹介してきた。
あ、これは――。
「マニタでございます。誠心誠意、コウセイ様に尽くさせていただきます」
「ええと……」
「コウセイ様の好きなようにお使いください。このマニタ、どのような命令を受けることも覚悟しております」
俺が絶句していると、ベルナベルがクスクス笑いながら俺の肩を叩いた。
「いい加減に慣れぬか、主よ。そなたはこの黒影族を隷属させたのじゃ。当然、青葉族と同じ待遇にしてやるのじゃろう?」
「コウセイ様、青葉族とは?」
コーニエルが問うてきた。
「あ、ああ。青葉族は俺に隷属している黒影族とは別の魔族たちのことだ」
「なんと……!! 我ら以外にも隷属させている魔族がいるとは……!!」
ちょっと想定外、みたいな感じの空気が流れ出す。
しかしベルナベルがケラケラと笑いながら告げた。
「安心せい。コウセイほどになれば隠れ里を行き来するのは一瞬じゃ。だからマニタよ、そのような顔をせずとも、コウセイの寵愛はそなたにきちんと注がれようぞ」
「え、本当ですか、ベルナベル様?」
「うむ。なあそうじゃろコウセイ。お主、これから黒影族のもとに毎晩、通えるよな?」
おいおいおい。
俺には既にクロエという嫁がいて、ローレアという婚約者がいて、カーシャという侍女がいて、ベルナベルという悪魔がついているのだが。
……言っててなんだが、ここにマニタという侍女が加わったところで大した差はないのではないか?
俺もベルナベルに毒されたのだろうか。
俺は天を仰いだ。
「あー……そうだな、確かに待遇が違うのは良くない。良くないが……マニタはそれでいいのか?」
「コウセイ様のためになら、このマニタ、どのようなことでもいたします!!」
「そうか。分かった。マニタを俺の侍女にする」
「は、はい。ありがたき幸せ!!」
俺はミミクリーシャドウが住んでいた屋敷を貰い受け、マニタと熱い夜を過ごすことになった。
なおベルナベルはというと、本体のところへ戻った。
きっと搾り取られているだろう、俺の本体。
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