27.うん、無理そう。
銀ランクへの昇格手続きに少し時間を取られたが、その後は宿に戻って〈隠れ家Ⅱ〉から森へ出た。
〈隠れ家Ⅱ〉の扉を消して、俺はベルナベルについていく。
「あちらに大きな魔力の流れがあるんじゃ。そこまで行けば、少しは歯ごたえのある魔物もいるじゃろう」
ベルナベルにとって歯ごたえのある魔物の強さとは一体。
俺、死ぬんじゃね?
まあ〈代理人〉だし最悪、死んでもいいんだけど。
鬱蒼と茂る森を切り開きながら進むベルナベル。
邪魔な木の枝や茂みは指パッチンで切断していく。
「そういえばベルナベル、魔術に呪文は必要ないのか?」
「ん? そうじゃな。わしほどになると、〈詠唱破棄〉のスキルがあるからのう」
「〈詠唱破棄〉かあ。どうやったら習得できる?」
「ひたすら魔術を使って、呪文が必要ないほどに血の滲むような努力をした末になら、主も習得できるじゃろ」
うん、無理そう。
歩いていると、ふとホロウィンドウがポップアップした。
《自宅警備員がレベルアップしました》
《〈写し技Ⅲ〉のクラススキルを習得しました》
おっと、レベル二十一か。
新しいスキルはみっつ目の〈写し技〉だ。
ちょうどいい、〈詠唱破棄〉をコピーさせてもらおう。
「なあベルナベル、ちょっと〈詠唱破棄〉を使ってもらえないか?」
「どうした急に。……なんじゃ、新しいスキルか? どれ……また珍妙な」
「ああ。周囲が使用しているスキルをコピーできるスキルなんだ」
「ふむ、そのようじゃな。だが残念ながら〈詠唱破棄〉はパッシブスキルじゃ。使用することはできぬ」
「マジか。なんか魔法を使っても、取得候補に出ないってことか?」
「そうじゃろうな」
「仕方ない。じゃあ何か便利な魔法とかないか? ベルナベルおすすめの」
「ふむ……正直な意見を言ってもよいか、主?」
「なんだ? 言っていいぞ」
「わしの魔法を習得したところで、わしの下位互換にしかならん。そもそもわしは主の傍に常にいるのじゃ。わしの魔法が欲しければ、わしに命じれば良かろう」
「…………なるほど」
確かにその通りだ。
超強いベルナベルのスキルをコピーできたら俺もその強さの一端を得られるかと思ったが、ベルナベルを常に傍に置いている俺にとっては無用の長物となる可能性が高い。
「主のクラスは確かに戦闘向きではないが、戦闘ができないわけではない。わしのスキルを複製するのも手のひとつなのは確かじゃがのう。……しかし主が敢えて得て美味しいスキルは思い浮かばぬ」
「なるほど。確かにそうだな、ベルナベルが俺の傍にいない状況が思い浮かばない。できることが被るのも戦力アップに繋がらない以上、ベルナベルからスキルをコピーするのはあまり上手くない手だ」
「うむ、なんかすまんな」
「いや、忠告に感謝するよ。冒険者ギルドか宿の食堂辺りでまた試してみることにする」
「そうするのが良かろう。聞かれれば助言くらいはできる」
気を取り直して進むことにする。
しかし魔物とあまり遭遇しないな。
深い森だが、こんなものか?
「ベルナベル、この森は魔物が少ないように思えるんだが」
「ん? そうじゃな、わしが〈威圧〉を放っておるから、勘のいい魔物は近寄ってこないぞ」
「え、そうなのか?」
「うむ。雑魚に行く手を阻まれては時間を取られるだけじゃ。例外はそうじゃのう、〈威圧〉に気づかないくらい鈍感な、ほれ初日のゴブリンのような本当に雑魚くらいじゃ」
「……ちなみに俺は?」
「わざわざ主にわしが〈威圧〉を向けるわけないじゃろ。対象外なんじゃ」
「鈍感なわけじゃないのか。それは安心した」
「〈威圧〉に指向性を持たせるのは高等技術じゃ。こういうスキルではないが、スキルの使い方を拡張する技というものがある。主もスキルの使い方を広げる努力をすると良い。……とはいえ主のスキルは特殊ゆえ、あまりそういう余地はないかもしれぬが」
「ふうん、スキルの使い方を拡張する技、か。まだまだ知らないことが多いな。参考になるよ」
「……む、わしの〈威圧〉にさらされながらも逃げずにおる魔物がいるようじゃな。戦闘になるぞ、気をつけよ」
「おう」
その魔物はすぐに俺たちの目の前に現れた。
根を足のごとく使って歩み寄る巨木。
「あれは?」
「エントレットじゃな。しかし妙じゃ。魔物じゃが温厚で争いを望まぬ冷静な種族じゃ。なぜ、わしの〈威圧〉に抗って姿を現した?」
エントレットは枝をゆっさゆっさと揺らしながら、猛烈な勢いでこちらに走ってくる。
「何か妙な魔法を感じる……わしの〈威圧〉をはねのける加護のような……」
「お、おい! もう目の前だぞ!」
「わしの敵ではない。安心せい」
魔力を纏った両腕の五指が閃く。
赤い線がエントレットを傷つける――はずだった。
「なっ!? わしの爪が弾かれるじゃと!?」
エントレットを強力な何かが守る。
俺は〈魔力眼〉を起動して何が起こっているのか観察してみることにした。
エントレットの幹に何か文字のようなものが刻まれている。
それが強力な魔力を放っていた。
「ベルナベル、あの文字みたいなのは――」
「分かっておる。正体不明の強大な加護じゃ。ちと本気で行くぞ」
エントレットから魔力がほとばしる。
大地が裂けて岩の槍のようなものが地面から飛び出す。
俺はベルナベルに抱えられて、空を飛んでいた。
「うわ!?」
「舌を噛むなよ主」
片腕で腰を支えられ、俺はベルナベルに密着している状態で空中にいた。
いつの間にかベルナベルには角、翼、尻尾が揃っている。
俺を支えていない方の腕をエントレットに向けると、――エントレットが爆ぜた。
轟音とともにエントレットが縦に引き裂かれた。
まるで裂けるチーズのような有様だ。
生木をあんな風にするなんて、一体なにをしたんだ?
地面に降りる。
俺は大地に足をつけてエントレットを観察する。
相変わらず幹に刻まれた文字から強い魔力が放たれていた。
「あれはなんだ?」
「分からぬ。わしの爪を弾いたが、〈空間:攻撃〉の魔術は素通しじゃったな。悪魔に耐性があるということは神聖な何かじゃろうか」
「神聖な何か? ……あ」
エントレットだったものの幹から文字が剥がれ落ち、ゆるゆると俺の方へと近づいてきた。
「主!? 気をつけよ!!」
「いや、これはもしかしたら……」
文字は俺の身に宿った。
この文字、恐らくは聖痕だ。
「主? 取り込んだのか、それを」
「ああ。これは多分、神々の欠片、聖痕だ」
「ほう。何か知っておるのか?」
「まあな。俺がこの世界にいる理由だ」
「……? 主の言っていることがよく分からぬ。主はこの世界で生まれて死ぬ人類じゃろ」
「いや、実は俺、別の世界からやって来たんだ。創世の女神からこの神々が砕け散った欠片、聖痕を集めさせられるために」
「ほほう。それは知らなんだ。しかし納得した。主がやたら特殊なクラスをもち、そしてわしの爪を弾くほどの神性を持つ聖痕の存在。なるほどのう、創世の女神の手先じゃったのか」
「その言い方だと、悪魔は創世の女神と敵対しているのか?」
「そうじゃな。悪魔は本来は魔界で生まれ育つのじゃ。この世界に来るのは召喚されたときのみよ。召喚者が死んで自由になった悪魔がこの世界に根付いていることもあるがな、基本は魔神を信仰しておる。魔神はこの世界の女神とは仲が悪いからのう、女神の眷属の欠片ならわしら悪魔と相性が悪くとも不思議はない」
「なるほどな。じゃあベルナベルは俺が聖痕を宿していると、不快になったり近づけなくなったりするのか?」
「いや。契約の方が上じゃ。わしが〈威圧〉を主に向けなかったように、聖痕もまた指向性を持っているようじゃ。わしに危害を及ぼすことはない」
「なら良かったよ」
聖痕は俺の身体に馴染んだらしい。
左前腕に文字が刻まれている。
「さて主よ。エントレットの材木が入手できたな。これはなかなか良い質じゃ。八つ裂きにしたとはいえ、それなりに良い値がつくと思うぞ」
「そうか。じゃあ〈アイテムボックス〉に入れておこう。日も傾いてきたし、冒険者ギルドへ行かないといけないから、今日はこの辺りで戻るか」
「そうじゃな」
俺は〈隠れ家Ⅱ〉の扉を開いて、宿へと戻った。
《名前 コウセイ 種族 人間族 性別 男 年齢 30
クラス 自宅警備員 レベル 21
スキル 〈人類共通語〉〈簡易人物鑑定〉〈聞き耳〉〈忍び足〉〈性豪〉
〈闇:召喚〉〈空間:防御〉〈時間:治癒〉〈創造:槍〉〈通信販売〉
〈新聞閲覧〉〈隠れ家〉〈相場〉〈個人輸入〉〈匿名掲示板〉
〈魔力眼〉〈代理人〉〈隠れ家Ⅱ〉〈写し技Ⅲ〉〈アイテムボックス〉
〈経験値5倍〉〈契約:ベルナベル〉》
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