23.知り合いの性癖なぞ聞きたくない。
翌朝、妙にツヤツヤしたベルナベルが帰ってきていた。
「昨夜はお楽しみだったようだな」
「ん? ぐふふ、まあのう」
「一体、何人の男を毒牙にかけてきたんだ?」
「なんじゃ、気になるのか? ふたりじゃぞ」
あれ、意外と少ない?
俺の顔色から何を思ったのか読み取ったベルナベルが不満そうに口を尖らせた。
「主よ、わしはな。たっぷりじっくり楽しむのが好きなのじゃ」
「あー……死人とか出してないよな?」
「安心せい。ギリギリまで搾って、しかしちゃんと生かしてある」
「そ、そうか」
なら問題ない、か?
ベルナベルにたっぷりじっくり搾り取られた男ふたりには可哀想なことをしたが、死んでいないならセーフだろう。
「よし、なら顔を洗って朝食にするか」
「うむ。普通の食事も久々なので楽しみなのじゃ」
朝食後、俺は〈新聞閲覧〉しながら〈匿名掲示板〉の管理をしていた。
ベルナベルはそんな俺を退屈そうに眺めている。
「のう。主よ、わし退屈なんじゃが」
「ん? なら昨晩みたいに〈淫夢〉で精を集めてくるか?」
「いや、眠っておる者にしか〈淫夢〉は効果がない。眠らせることもできるが、周囲の人間に起こされるからあまり意味はないのう。……というか主よ、わしを呼び出したのは魔物と戦うためではないのか?」
「え、ああ。普通の魔術師なら戦力目的で召喚するもんな。でも俺、街の外には出ないことにしているから」
「主のクラス特性ではこの宿からは出られん。しかし〈代理人〉なら街の外に出られるじゃろ。なぜ、魔物を退治して稼がぬ」
自宅警備員のクラスの制約を見抜くとは流石だな。
しかし俺の強さまでは見抜けないらしい。
「仕方ないだろ。俺、戦闘用のスキルひとつも持っていないんだよ」
「……それは戦っておらぬから、何も習得しておらぬだけではないのか?」
「いや、俺のクラスは戦闘向きじゃない。戦ったところでたかが知れていると思うぞ」
「ふむ、ならば主は見ているだけで良い。わしが全部、戦おう」
「なんだ? そんなに戦いたいのか?」
「いや、単に暇なだけじゃ。それとも主よ、朝っぱらからわしと肌を重ねてくれるか?」
「…………いや。ベルナベルを相手にすると、その後がツラい。しばらく動けなくなる」
「そうじゃろ。まあとはいえできるだけ相手をしてもらうがな。時間くらいは選ばせてやる」
ふむ、この作業とて一日中かかるわけじゃない。
俺も暇と言えば暇なのだ。
ただし俺の場合、暇が苦にならないだけで。
「分かった。昼間は確かに俺も用事がなくて暇だ。もう少ししたらこの日課の作業も終わるし、その後なら〈代理人〉で街の外に出て魔物と戦闘を楽しませてやれる」
「うむうむ。主は話が分かるのう」
「おっと、その前に冒険者登録はしておくか。魔物を倒しても解体とかあるらしいし、お金に変えるには冒険者でないと駄目らしいからな」
「その辺は万事、任せる」
こうして俺は、魔術師ギルドに続いて冒険者ギルドにも登録することになったのだった。
ベルナベルを連れた俺は、冒険者ギルドへ向かっていた。
場所は宿の娘であるクロエに聞いているから分かる。
やはり大通り沿いにあるから分かりやすい。
街の門からも近いため、登録した後はすぐに魔物狩りに出かけられるだろう。
冒険者ギルドへ向かう途中で、タクミに会った。
なぜか顔色が悪い。
「おはよう、タクミ。顔色が悪いが、徹夜でもしたか?」
「おはようございます、コウセイさん。……いえ、ちゃんと眠ったはずなんですが、疲れが取れなくて。というか寝る前より疲労感があるみたいで。理由は良くわからないんですが、多分、夢見が悪かったんじゃないかと」
ふと視線をベルナベルに向けると、……ニマニマとした笑みを浮かべていた。
どうやら昨晩、哀れにも搾り取られたひとりはタクミだったらしい。
「そうか。体調が悪いなら無理は禁物だぞ」
「はい。今日は早めに休みます」
タクミと別れた後、一応、ベルナベルに確認しておく。
「アレ、お前の仕業なのか?」
「うむ。昨晩、精を搾り取ったひとりじゃな。主の知り合いじゃったか。マズかったか?」
「んー……いや、死んでいないからいいよ」
「そうかそうか。実はあの小僧、縛られて踏まれるのが好みらしくてのう」
「待て。知り合いの性癖なぞ聞きたくない」
「ん? そうか、なら黙っておこう」
時折、思い出したように「ぷくく」と笑うベルナベルを連れて、俺たちは冒険者ギルドへとやって来た。
冒険者ギルドは既に朝の混雑した時間帯を過ぎて、閑散としていた。
登録するだけなので、都合が良い。
カウンターの職員に冒険者登録を依頼する。
慣れた手付きで書類を出されたので、埋めていく。
途中で魔術欄があったので、〈契約:ベルナベル〉と書いておいた。
これだけで召喚の特性で呼び出した者を連れていることが分かるだろう。
書類を提出すると、職員が魔術の項目に目を止めた。
「この〈契約:ベルナベル〉というのは召喚魔術のことですよね? そのベルナベルというのはどのような魔物でしょうか。できればこちらに連れて来ていただけるとありがたいのですが」
「ベルナベルならここに居ます」
「え、そちらの綺麗なお嬢さんが?」
「こう見えて悪魔ですから」
「ははあ。なるほどね。了解しました」
納得したようで、職員は書類を持って奥へ行く。
しばらく待つとドッグタグのようなものを持ってきた。
これが噂の冒険者タグか。
魔術師ギルドで受け取ったタグとそう変わらない。
ただし冒険者タグは材質によりランクが変わるはずだ。
鉄でできたドッグタグ――鉄ランクは初心者の証。
これで俺も立派な新米冒険者というわけだ。
「依頼掲示板を確認していってください。もう目ぼしいものは残っていませんが、常設依頼になっているものもありますので」
「分かりました」
俺たちは素直に依頼掲示板を覗いていくことにした。
常設依頼となっているのは薬草と魔力草、つまりポーションの原料になる素材だ。
あとはホーンラビットは常設依頼で肉の持ち帰りが推奨されていた。
食材としてホーンラビットの肉はよく食べられるのだ。
この街では割りとポピュラーな食材である。
「なんじゃつまらん依頼ばかりじゃのう」
「一応、常設依頼になっているものは覚えておこう。他の依頼は、残っているだけあって癖の強い依頼が多いな」
「む、これは何故、残っておるのじゃ?」
「サンダーバードの討伐依頼? 確か凄く素早くい上に、雷撃を周囲に撒き散らす強力な魔物だからじゃないか?」
「サンダーバードごときに恐れをなしておるとは……この街の冒険者は大したことがなさそうじゃな」
「ベルナベルは倒せるのか、サンダーバードを」
「無論じゃ。わしなら楽勝じゃな」
「じゃあこの依頼、受けていくか」
職員には「鉄ランクが受けるのは無謀すぎる!!」と強く止められたが、別に鉄ランクでも受けられないこともない依頼なので問題なく受理してもらった。
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