20.俺が死ぬこと前提ですか?
――黒い霧が晴れる。
魔法陣の中心には、全裸の女性がいた。
黒く長い髪が足元付近まで伸びており、真っ白い肌とのコントラストが目に痛い。
顔立ちは気味が悪いほど整っており、その双眸は不満げに俺を見上げていた。
年齢は……二十歳くらいか?
「わしを呼びつけたのはそなたか」
赤い唇が言葉を紡ぐ。
脳裏がむず痒くなるような甘い声。
ねっとりとしたものが全身にまとわりつくような、そんな甘ったるい言語が俺に絡みつく。
「コウセイくん、正気を強く持て!! ソイツは並みの悪魔じゃないぞ!!」
魔術師ギルドのマスターであるリリアレットの声が遠い。
俺は目の前の女性から目が離せなかった。
「うん? なんじゃおぬし、わしの主は変わった魔法を使っておるな。〈代理人〉? 奇妙なスキルじゃ」
「……っ、なぜそれを」
「はン? 森羅万象、魔法のことなら悪魔族にお任せじゃ。特にわしの魔眼は魔法が良く視える。なかなかに面白い主じゃ。気に入ったぞ。わしの名は“淫蕩の”ベルナベルじゃ」
「そうか、俺の名はコウセイ。よろしく頼む」
すっと差し出された手を握る。
ひんやりした手はすべすべで柔らかく、ただの握手だというのにやや緊張する。
そういえばベルナベルの二つ名、すごく不穏だったような……。
「“淫蕩の”ベルナベル!? 七大罪のひとつじゃないの!! 大悪魔、それも淫魔の類ね!? 気をつけてコウセイくん、ソイツは男を魅了する!!」
リリアレットが叫ぶ。
なるほど、淫魔……つまりサキュバスか。
通りでいちいち仕草やなんかがエロく感じたわけだ。
「キンキンとやかましい森人族じゃな。なんじゃそいつ。のう主よ、あれはお主の恋人かなにかか?」
「いや、魔術師ギルドのマスターだよ。召喚に立ち会ってくれただけ」
「そうかそうか。まあ恋人や愛人の類ではなかろうて。なにせお主からは芳しい純潔の香りがするしのう」
はい、童貞ですよ、悪うございましたね。
ちなみに彼女いない歴イコール年齢だ。
「あー……ところでベルナベル。お前、服とか持ってない? そのままの格好で外を歩くのは憚りがあるんだけど」
「うん? まあ色々とあるが……どのような衣服が好みじゃ、主は?」
「ベルナベルなら何を着ても似合いそうだけど……」
「嬉しいことを言う。しかし女にそれはちと大雑把な褒め言葉じゃな。仕方ない、普段着にするか」
パチン、と指を鳴らすとベルナベルは衣服を身にまとっていた。
黒のフリフリ、いわゆるゴスロリという奴である。
全裸じゃなければこの際、どうでもいいか。
「あ、リリアレットさん。立ち会い、どうもありがとうございました」
「いやいやいや。待って!! そんな危険な悪魔を野放しにできないから!!」
「え? でも召喚した以上、契約が結ばれてますよね。俺と」
「そうだけども!! でもあなたが死んだら、彼女は解放されるのよ!?」
「うーん、そうですけど。俺が死ぬこと前提ですか?」
「いやだって……あなたちっとも強そうに見えないし。魔術だって闇属性の召喚のみでしょう!?」
「まあ、そうですが。でも俺、街から出るつもりないんですよね、基本的に」
「で、でも……七大罪の悪魔だなんてそんな……」
「ええい、うるさい森人族じゃのう。わしがついておって、主が命を落とすことなぞ有り得んわ。舐めたことぬかすでないぞ」
ベルナベルが半目でリリアレットを睨む。
リリアレットは一瞬だけ怯むが、しかし勇気を振り絞って告げる。
「じゃあせめて、魔術師ギルドに登録していって、コウセイくん。登録費用はタダでいいから」
「はあ、それくらいならいいですけど」
魔術師ギルドに登録するということは、俺が召喚したベルナベルについて他の街の魔術師ギルドも把握するということだ。
まあ別にだからどうしたって話だけど。
もし俺が死んでベルナベルが自由を得たら、国を挙げて討伐を試みることができるのだとか。
だから俺が死ぬの前提で話すの止めて欲しいんですが……。
ベルナベルという絶世の美人を連れてカウンターで魔術師ギルドへの登録手続きを終える。
目立ったが、仕方がない。
ベルナベルに声を掛けてこようとした男たちも少なからずいたが、彼女が視線を送るだけで何故かピシリと固まり、回れ右をして遠ざかっていった。
何をしたのかは不明だが、半端野郎のナンパは視線ひとつで追い払えるらしい。
「書類に不備はありません。これで魔術師ギルドの一員ですね」
職員は女性なのでベルナベルの美貌と格好に驚きはしたものの、特に思うところはなさそうだ。
冒険者ギルドと似たシステムでドッグタグのようなものを発行してくれた。
見れば『一級魔術師』と刻まれている。
「あの……この等級はいくつからいくつまであるんですか?」
「あ、はい。九級から一級まであり、普通は九級から始まるのですが、コウセイさんは特別にギルドマスターから登録時の等級を引き上げるように申しつかっております」
「え、それって大丈夫なんですかね。等級が上がると何かあったりするんですか?」
「等級が高いと、図書室の閲覧範囲が広がります。一級魔術師なら地下の書庫も含めてすべての書物を閲覧できますよ。ただしそうですね……等級を引き上げたのは、他の街の魔術師ギルドの注目を集めるのが目的ですので。いきなり有名人ですね」
「ああ、そうですか。書庫を閲覧できるのは良いですね」
ただし闇属性の召喚しか使えない俺にとっては、魔術師ギルドの蔵書で読みたいものがあるかは微妙だが。
とりあえず用事は済んだので、俺とベルナベルは魔術師ギルドを後にした。
《名前 コウセイ 種族 人間族 性別 男 年齢 30
クラス 自宅警備員 レベル 17
スキル 〈人類共通語〉〈簡易人物鑑定〉〈聞き耳〉〈忍び足〉〈闇:召喚〉
〈通信販売〉〈新聞閲覧〉〈隠れ家〉〈相場〉〈個人輸入〉
〈匿名掲示板〉〈魔力眼〉〈代理人〉〈アイテムボックス〉
〈経験値5倍〉〈契約:ベルナベル〉》
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