19.気分が盛り上がってきた。
翌日の朝食後、俺は〈代理人〉を使って魔術師ギルドへやって来ていた。
場所はクロエに聞いたら知っていた。
むしろ子供でも知っているような街の地理を俺が未だ把握していないことの方が問題な気がするが……自宅警備員ゆえ仕方なし、か。
さて魔術師ギルドだが、ここでは魔術師たらんとする者がまず門戸を叩く場所であると同時に、既に魔術をその手にしている者も、何かと世話になる場所である。
魔術に関する書物を取り扱っていたりするので、この街に唯一あった『魔法の基礎』は魔術師ギルドの在庫だった可能性が高い。
あとは魔術によっては触媒などが必要になったりすることもあるし、ギルドへの貢献度によっては図書室が使えるなどの恩恵もあるらしい。
……店で売っていない書物があるのならば、登録するのも考えないとな。
さて入り口でまごついていても仕方ないので早速、魔術師ギルドに入ろう。
まずはカウンターに並ぶ。
朝はさすがに混んでいる時間帯だったようで、しばし居心地の悪い思いをする。
試しに〈魔力眼〉を使ってみると、さすが魔術師ギルドだ、ある程度以上の魔力をまとった人たちで一杯である。
しばし待った後、俺の順番がやって来た。
「おはようございます。ご用をお伺いします」
「あの、属性と特性を調べて欲しいんですけど」
「はい、かしこまりました。こちらの水晶板に触れていただくことで、自らの持つ属性と特性について知ることができます」
手数料として銀貨一枚を支払う。
さあ、俺の属性と特性は!?
水晶板に手を置く。
するとポツリと墨を垂らしたような黒い丸と、『召喚』の文字。
う、これはつまり……。
「あら闇属性ですね、珍しい。特性は……召喚のみですね」
「闇属性かあ。しかも特性は召喚のみ……」
属性については説明が必要だろうか。
地水火風光闇のむっつの属性が存在し、その名の通りの魔法現象を起こす。
特性は、『攻撃』『回復』など様々なものがあり、属性ごとにこの特性に従った魔法が使える。
例えば〈火:攻撃〉ならば火属性の攻撃魔法が使えるし、〈水:回復〉ならば水属性の回復魔法が使える。
ひとつの属性しかなくても特性が複数あれば、それだけ魔法が使えるのだが……。
俺の場合は〈闇:召喚〉のみである。
……くっそう、手から攻撃魔法とか撃ちたかったなあ。
「確か、召喚には触媒が必要ですよね。売ってもらえますか?」
「ええと……闇属性の召喚ですと、ちょっと何が必要なのか分からないです。ギルドマスターに伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。お手数かけます」
ギルドの職員はパタパタと早歩きで奥へ向かう。
しばし待つと、森人族の女性が職員と一緒に戻ってきた。
「はじめまして、魔術師の扉を開いた者よ。私が魔術師ギルドのマスター、リリアレットだ」
「はじめまして。コウセイです」
「ふむ、闇属性というだけでも珍しいのに、更に珍しい召喚の特性か。面白い、実に面白いぞ」
「はあ。珍しいのは分かったので、触媒について相談させてください」
「うむ。古来より召喚の触媒には幾つか種類がある。同じ属性の魔物の一部なら、近い魔物を召喚することができる。他は、単純に属性と相性の良い宝石だな」
「魔物か宝石か、ですか」
「闇属性の魔物はこの辺りでは見かけないから、宝石になる。闇属性の宝石はブラックオニキスだ」
「例えば他の街に行って、魔物の素材を入手するとしたら、何がオススメですか?」
「うーん、難しいな。闇属性の魔物というと、アンデッドか悪魔系が多い。正直なところアンデッドを街中で連れ歩くのはオススメしない。悪魔系は失敗することが多いから、こちらは別の意味でオススメしない」
悪魔系は失敗しやすい、か。
確か『魔法の基礎』の召喚の特性のところに書いてあった気がするな。
竜や悪魔、巨人など人類に近いか、それらを上回る存在の召喚は失敗しやすいのだとか。
「となると宝石が無難というわけですね。しかし確か宝石だと、何が出るかは……」
「うん、完全にランダムだね」
高い金を払ってガチャを引くようなものだ。
しかし唯一の魔術、ここで引かずにいつ引くというのか。
「分かりました。ブラックオニキスを売ってください。ついでに召喚陣も借りたいです」
「良かろう。ブラックオニキスの在庫を持ってきてくれ」
ギルドマスターのリリアレットは職員に向けて言った。
職員はまた奥へ向かい、しばらくすると浅い箱を持ってきた。
鍵付きのそれは、宝石箱のようだ。
開けると大きさや形の異なるブラックオニキスが幾つも並べられていた。
「どれでもひとつ、金貨一枚となります」
さすが宝石だ、高い。
しかし怯むことなかれ、この前シルクを売ったので資金は潤沢にある。
「どれが良いとかありますか?」
「直感で選ぶのだ。それが最も良い結果に繋がる」
ギルドマスターのリリアレットは言った。
なるほど直感ねえ。
しかし大きい方が強い魔物を召喚できそうだとかないのだろうか?
しばし迷いつつ、はたと気づいて〈魔力眼〉を使ってみた。
お、幾つか少ないながら魔力を持っているものがあるな、この中から選ぼう。
俺は魔力を持っている中で一番大きな石を選んだ。
「これにします」
金貨一枚を〈アイテムボックス〉から取り出す。
あとは召喚陣で儀式を行えばいい。
ギルドマスターのリリアレットが、「もし見学させてもらえるなら、召喚陣のレンタル代はタダにしてやるが、どうかね?」と言ってきた。
断る理由もないので、承諾する。
「よしよし、では召喚陣の部屋へ行こう。二階にあるからね。私が案内しよう」
「よろしくお願いします」
俺はリリアレットについていき、床に魔法陣の描かれた部屋に案内された。
部屋の四隅には燭台があり、リリアレットが魔術で火を付けていく。
指から小さな火を出すリリアレットが格好いい、俺もああいうのが良かった。
リリアレットは部屋の端に立った。
「呪文は分かるかい?」
「はい。見ながらでもいいんですよね?」
俺は〈アイテムボックス〉から『魔法の基礎』を取り出し、召喚のページを開く。
「ああ、見ながらでいい。さっき購入したブラックオニキスを魔法陣の中心に置いて、後はありったけの魔力を注ぎながら呪文を唱えろ」
「はい」
ブラックオニキスを魔法陣の中心に置いた。
そして呪文の書いてあるページを開きつつ、俺は体内の魔力を魔法陣に流し込む。
ボウ、と黒い光を放つ魔法陣。
気分が盛り上がってきた。
さあ呪文を唱えよう!!
「いと暗き世界より生まれしものよ。汝、夜を旅する者。昼の敵。闇の朋友にして同伴者よ。月と星の瞬きより祝福されし黒きもの。――――出よ!」
魔法陣が一際、黒い輝きを強めた。
触媒である黒瑪瑙が泥に沈むようにゆっくりと魔法陣に消えていく。
その代わりとでも言うように、何かが這い出てくる。
細く、白い腕。
俺の体内の魔力を魔法陣が根こそぎに喰らう勢いで吸い出していく。
……ぐ、耐えろ!!
ゴウ、と黒い霧が立ち上り、俺の視界を覆い隠した――。
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