176.賢者の石は俺の身体の一部となった。
イチロウ、ジロウ、サブロウ、シロウの記憶を統合し、この場には俺とベルナベル、そしてアカリリスのみとなった。
「マナポーションを飲んでおくか。魔力全快にしてから挑みたいからな」
「うむ。どれだけの魔力が必要か想像もつかん。万全の態勢で臨むべきじゃ」
「主様ならなんとでもなる。でも万全は期すべき」
俺は効果が高めのマナポーションを飲んで、魔力を全快にしておく。
〈マナ集積〉で自然回復するとはいえ、錬金術で消費していた魔力はそれ以上だったのだ。
イチロウたちが気を利かせて召喚魔物を〈リサイクル〉させてくれたのも地味に大きかった。
「さあ、賢者の石の錬成を開始しよう」
俺は意気揚々と錬金釜を設置してある部屋へと向かった。
ベルナベルとアカリリスは当然といった顔でついてくる。
部屋の中心には錬金釜、そして素材を検分するためのテーブルがあるのみの殺風景な部屋だ。
俺はオリハルコン、エリクシール、そしてみっつの聖遺物をテーブルに載せる。
手順は簡単、素材を錬金釜に入れて魔力を注ぎながらかき混ぜるだけ。
いつも通りの錬金術だ。
レシピを示唆してくれた魔王城のアルドロンには悪いが、彼女がいると気が散るのは確実なので完成したら報告するに留めるのがいいだろう。
きっと素材が揃っている時点でテンション上がりまくって収拾がつかなくなりそうだからな。
俺は丁寧な手付きでオリハルコンとエリクシールを錬金釜に投入した。
さて問題はどの聖遺物を使うかだが……いかにも頼りない封筒はなしだろう。
投入するなら短剣か女神像だろう。
迷ったが、古いものの方が効果が高いと信じて女神像を選ぶことにした。
みっつ目の素材を錬金釜に投入し、俺は混ぜ棒を手に取る。
「それじゃあ始めようか」
ベルナベルとアカリリスは壁際に無言で控えている。
俺は混ぜ棒にありったけの魔力を込めてかき混ぜ始めた。
ドロリ。
オリハルコンとエリクシール、そして女神像が溶け出す。
緋色の金属、朱色の液体、白い神像。
みっつがそれぞれ錬金釜の中で液化していく。
しかし水と油のようにみっつの液化した素材は一向に混ざる気配がないことに気づく。
何より混ぜ棒がやたらと重い。
まだ何か一手、足りていない?
神の力が足りていないのだと、〈直感〉が告げる。
俺は迷わず短剣を追加投入した。
ドロリ、とすぐに溶け出す短剣。
聖遺物同士はすぐに同じ白となり混ざり合い、みっつの素材が中心で徐々に溶け合う。
赤い色。
しかし未だに大半の素材が混ざる気配なく、錬金釜をたゆたっている。
魔力をこれでもかと流しているのにこれ以上、混ざり合う気配がない。
左目に魔力を込めて〈未来視〉する。
駄目だ、混ざっていない未来が視える。
このままじゃ駄目なのか。
まだ神の力が足りていないのならば、――俺は封筒を錬金釜に投入した。
封筒はすぐに白い液体へと変わり、混ぜ棒が一際、重くなる。
だが代わりに中心の赤の量が増した。
やはり神の力が足りていなかったらしい。
しかしもう聖遺物は使い切ってしまった。
まだ神の力が足りないのだとすれば、どうすればいい?
――神属性というものがあると思っておけば良い。
ベルナベルの言葉が脳裏に蘇る。
魔法を越えた魔法。
今はそれが必要だと〈直感〉が告げる。
「ベルナベル、借りるぞ」
「!! そうか、持っていけ主!!」
俺はベルナベルに〈寄生〉し、〈資本投下〉で金貨100枚を消費。
一気に魔力を練り上げて神の領域の魔法を錬金釜に叩き込む。
効果は劇的だった。
これまで重かった混ぜ棒が軽くなり、みっつの斑模様が混ざり合っていく。
だが足りない。
これ以上が必要か?
ならば――〈資本投下〉で金貨を追加で300枚消費した。
中心部で混ざりあった赤の量が増え、今や錬金釜の縁には少量の三色が円を描いている。
くそ、まだ足りない、あと少しなのに。
〈資本投下〉で追加の金貨100枚を消費した。
神属性を注ぎ続ける。
いよいよ全てが渾然一体となり、中心の赤の液体が収束していく。
カッ!! と錬金釜が光を放った。
「――はっ、」
いつの間にか呼吸を止めていた俺は、荒々しく肺に酸素を送る。
そのまま尻もちをつきそうになるのを堪えて、錬金釜に手を掛けて身体を支える。
錬金釜の中には、赤い石ができ上がっていた。
〈目利き〉によれば、それ自体が奇跡であり、〈相場〉は計測不能。
俺はそっと赤い石を手に取る。
触れただけで、ドクリ、と脈打つような莫大な魔力を手が感じ取る。
俺は赤い石をそっと錬金釜から取り出した。
「ベルナベル、アカリリス、――これが賢者の石だ」
ふたりが息を呑む。
おっと、ベルナベルの〈寄生〉を解除しなくては。
「かはッ」
ガクリと全身から力が抜けて膝を折る。
「主!? 大丈夫か!?」
「主様。無理はやめるべき。私に〈寄生〉して」
「く、――今度はアカリリスに頼らせてもらうよ」
俺はアカリリスに〈寄生〉した。
身体に力が漲ってくる。
しっかりと両足で立ち上がり、改めて石を見る。
下手に〈魔力眼〉など使えば目がイカれそうだ。
「ベルナベル、キツければ直視しない方が……」
「いや、大丈夫じゃ。それよりなんと美しい魔法か。いや奇跡じゃな、これは。人の手にならざる品じゃ」
「主様、それは最早、魔法ではない。ベルナベル風に言うなら神属性の塊というべき」
「ははは、とんでもないモノができ上がったな」
分かる。
これを手にしている以上、賢者の石ならばありとあらゆる世界の理を書き換えることができるのだと。
物理法則も魔法法則すらも超越し、俺は神の力の一端に触れているのだと。
だが、今は何もする気になれない。
アカリリスに〈寄生〉していなくては身体がまともに動かせないのだ。
「いかん。主よ、すぐに賢者の石で身体を修復せよ。主の身体は負荷がかかりすぎて、崩壊しかけておるぞ!!」
「主様、私に〈寄生〉しているだけでは肉体が保たない。すぐに回復を行うべき」
「ああ、そうだな。――賢者の石よ、俺の身体を全快にしろ」
グ、と力を込めて賢者の石に願う。
すると奇跡の石は赤い光を放ち、俺の身体の不備を一瞬にしてすべて修復した。
「凄い……楽になった」
俺はアカリリスの〈寄生〉を解除した。
すこぶる快調だ。
これは、何か変化があったな?
俺は自分のステータスを確認する。
案の定、種族に変化があった。
新人類。
正式な名称がまだ無いのだろう、ステータスが対応していないためかエラーが出ている。
ともあれ人類の枠を越えた存在になったのは確かだ。
ベルナベルが俺のことを凝視する。
「ぬぅ、主の種族が未知のものに変わったか。しかしあのままでは主の肉体は崩壊しておったからのう」
「主様は既存人類を越えた存在になった。喜ぶべき」
俺はひとまず落ち着くために、賢者の石を仕舞うことにした。
〈アイテムボックス〉を開く。
だが賢者の石を仕舞おうとするが、入らない。
「主よ、賢者の石は魔法を越えた一品じゃ。下位である魔法、即ち〈アイテムボックス〉に収納はできまい」
「え、じゃあこれどう保管すればいいんだ?」
「ふむ、方法としては幾つか考えられるが、一番安全確実なのは賢者の石を主の体内に収納することじゃろ。それならばいつでも賢者の石を使える状態になるはずじゃ」
「……やってみるか」
賢者の石を俺の首元に押し付ける。
すると抵抗もなく、賢者の石は俺の身体の一部となった。
「あれ、なんかしっくりくるな」
「賢者の石により存在が進化したのじゃ。賢者の石は主の存在にとって不可欠の一部となったのじゃろうな」
「そうか……まあなんにせよ、今はゆっくり成功の余韻に浸りたいな」
「うむ。主は偉業を為したのじゃ、今は成功を噛み締めながらのんびりするがよかろう」
「主様はゆっくりすべき。新しい身体に馴染むまでは時間がかかるはず」
俺はふたりの言葉に甘えて、休むことにした。
《名前 コウセイ 種族 新人類 性別 男 年齢 20
クラス 自宅警備員 レベル 109
スキル 〈人類共通語〉〈簡易人物鑑定〉〈念話〉〈演説〉〈槍聖〉〈騎乗〉
〈暗視〉〈気配察知〉〈危険感知〉〈気配遮断〉〈魔力隠蔽〉
〈精密作業〉〈情熱の瞳〉〈誘惑〉〈性豪〉〈性愛の美技〉〈料理〉
〈醸造〉〈錬金術〉〈農耕〉〈皮革〉〈染色〉〈服飾〉〈解剖知識〉
〈暗号作成〉〈暗号解読〉〈統率力〉〈礼儀作法〉〈権謀術数〉
〈賄賂〉〈目利き〉〈審美眼〉〈酒豪〉〈感覚遮断〉
〈オートマッピング〉〈マナ集積〉〈呪破〉〈福音の祈り〉
〈新緑の魔手〉〈麻痺眼〉〈未来視〉〈直感〉〈鬼馬召喚〉
〈スカルアサシン召喚〉〈ウィスパーホロウ召喚〉〈スキル強制統合〉
〈闇:召喚Ⅱ〉〈空間:防御〉〈時間:治癒〉〈創造:槍〉
〈精霊:使役〉〈同時発動〉〈高速詠唱〉〈通信販売〉〈新聞閲覧〉
〈相場〉〈個人輸入〉〈魔力眼〉〈多重人格〉〈睡眠不要〉
〈スカルガーディアン召喚〉〈別荘〉〈夜の王〉〈隠れ里〉〈牢獄〉
〈テイム〉〈監視カメラ〉〈ホットライン〉〈帰還〉〈百面相〉
〈領域支配〉〈隠れ家Ⅲ〉〈代理人Ⅲ〉〈眷属強化〉
〈ダンジョンマスター〉〈浮遊島〉〈城塞〉〈リサイクル〉
〈永続召喚〉〈地下迷宮〉〈天運〉〈ボーンスナイパー召喚〉
〈地脈操作〉〈霊脈操作〉〈全異常無効〉〈王威〉〈寄生〉〈天冥眼〉
〈王道楽土〉〈記憶奪取〉〈資本投下〉〈アイテムボックス〉
〈経験値100倍〉〈契約:ベルナベル〉〈契約:アカリリス〉
〈隷属:青葉族〉〈隷属:黒影族〉〈隷属:魔王軍〉
〈従魔:マーダーホーネット〉〈従魔:レッドキャトル〉
〈従魔:アイスドラゴン〉》