174.目的を果たして一安心だな。
「コウセイ様、お客様が見えております」
「分かった。通してくれ」
俺には本日、急なアポイントメントが入ったので、道路整備の方へは行くことができなくなった。
俺へのアポイントメントを入れたのはエチゴヤだ。
本体のところで相談した結果、ガエルドルフの街のコウセイ同様、旅の途中で助けたということにしてある。
ローレアにも話を通してあり、面識があることにした。
ローレアはクロエと違い、俺が〈代理人〉のひとりであることを知っているから王族御用達の商人エチゴヤという〈代理人〉がいることもすぐに飲み込んでくれた。
賄賂として王都で流行っている化粧品を幾らか用意させられたが、安い買い物だ。
なお応接室には俺とローレア、そして義父ノーマンドと義母マドラベラと義兄トリスザールが揃っている。
王族御用達商人として最近、名をあげているエチゴヤが来訪するとあって、領主一家が興味を持ったのだ。
なにせチョコレートを始めとした商品を一手に扱うエチゴヤである。
オルタンスモーアの街の領主を務めるノーマンドが王都へ行くことは難しく、故にエチゴヤの方から会いに来るとなれば、今後の取引を期待して一家総出で歓待しなければならないのだそうだ。
エチゴヤはアイスドラゴンに乗って、単身で現れたようだ。
庭に着陸して、庭師の度肝を抜いたらしい。
本邸の執事に先導されたエチゴヤが応接室に入ってきた。
「まずはご挨拶を。私は王族御用達商人のエチゴヤです。コウセイさんとローレアさん、そしてベルナベルさんには旅の途中で助けて頂いたご恩がありまして、こうして旧交を温めるために訪ねて参ったわけです」
「オルタンスモーアの領主、ノーマンドだ。こちらは妻マドラベラ、上の息子のトリスザールだ」
「突然の訪問、ご無礼のほどをお許しくださいノーマンド様」
「いやいや、こちらこそ大したもてなしも準備できておらず、心苦しいばかりだ。客を立たせておくわけにはいかない。どうかソファでくつろいでくだされ」
「では遠慮なく。――コウセイさん、ローレアさん、ご無沙汰しています。この度はご結婚、おめでとうございます。遅ればせながらこちら、ご結婚のお祝いです」
エチゴヤは〈アイテムボックス〉から結婚祝いの高級チョコレートの箱詰めを取り出す。
高級チョコレートは王族に収めている特別なチョコレートで、ただの板チョコではなくチョコレートを使った菓子である。
「エチゴヤ、いいのか? これは本来、王族にしか卸さない高級チョコレートの箱詰めだろう?」
俺の言葉に義父ノーマンドたちが驚愕に目を剥く。
ただでさえ希少なチョコレートを箱で送ってきたと思ったら、王族にしか味わうことが許されない高級チョコレートの箱詰めだというではないか。
というかコウセイ、なぜそんなことを知っている!? という目で俺とチョコレート菓子の箱を視線が行ったり来たりしている。
ローレアもさすがにそこまでは知らなかったらしく、「王族用のチョコレートですか? 私たちが頂いて大丈夫なのでしょうか」と不安げに問うた。
「問題ありません。コウセイさんのことは国王陛下もご存知ですから」
「「「……は?」」」
ノーマンドたちの声が重なった。
ローレアも固まっている。
そういえばローレアにもそこまでは話す時間がなかったな、と思い出した。
「俺が死んだらベルナベルが解放されるということで、一級魔術師の資格を得ております。なので国王陛下の耳に入っているのも当然でしょう」
「左様ですな。コウセイさんはこの国にとってトップクラスの戦力を保有していると見做されております。もし戦争でも起ころうものならば、まず国王陛下はコウセイさんを軍に招聘するかどうかを検討するはずですな」
「そうだろうが……そこは上手くやってくれたのだろう、エチゴヤ?」
「はい。もし戦争などが起きても、コウセイさんを招聘することはありません。国王陛下から確約を頂いております」
ノーマンドが泡を食ったように驚きつつ、「な、それは一体どういうことですかな!?」と俺とエチゴヤに問うた。
「簡単なことです。コウセイさんの自由を尊重しなければ、私を始めとしたコウセイさんにご恩やご縁のある方々がアブラナサント王国へ反旗を翻しかねない、と国王陛下に釘を刺したまでです」
「こ、こ、国王陛下に、釘を刺す、ですと!?」
「はい。ノーマンド様には信じられない話かもしれませんが、コウセイさんはそれだけの人物なのですよ」
ノーマンド一家が俺を凝視する。
ローレアは「まあ、さすが私の旦那様ですわ」と言いつつ「あとでちゃんと説明してくださいましね?」と小声で俺に囁いた。
「助かるよ、エチゴヤ。俺は国家間の戦争には関与するつもりはないからな」
「はい、心得ております。ですから本日はそのことを改めてお伝えしに来たのが、ふたつ目の理由ですな」
「そうか、わざわざすまないな」
「いいえ。コウセイさんのためですので。ああそうだ、忘れないうちにオルタンスモーア領主一家にも手土産を渡しておきませんとな」
エチゴヤは〈アイテムボックス〉からチョコレートの箱を取り出して、ノーマンドの方へ差し出した。
「こ、これは……」
「はい。我が商会で扱っておりますチョコレートに御座います。ただ店頭に置いてあるものと同じ商品でして、コウセイさんの結婚祝いのように王族用のものではありませんが」
「いえいえいえ!! 十分でございます!!」
義父ノーマンドと義母マドラベラは夜会でチョコレートをほんの少しだけ口にしたことがあるのが自慢だった。
それが箱でドン、と渡されたのだからさぞ感激していることだろう。
「では慌ただしくて申し訳ありませんが、私はこれにて失礼させて頂きます。コウセイさん、何か入用でしたら私にご連絡ください。できる限りのものはご用意して見せますので」
「ありがとうエチゴヤ。何か必要なものができたら、手を借りる」
こうしてエチゴヤは去っていった。
高級チョコレートの箱詰めはローレアとの別邸に持ち帰り、ふたりでお茶にした。
のちのちチョコレートを購入できないか、とノーマンドに頼まれるのは当然の流れだが、そのくらいはしてやってもいいと思っている。
ともあれこれで戦争に駆り出されることはなくなったわけだ。
目的を果たして一安心だな。