172.答えを知る必要はありません。
俺は城に注文された品々を引き渡した後、何故か応接間で国王ヴァレス・アブラナサントと数名の近衛騎士たち、そして文官らしき男と対面していた。
「エチゴヤよ、呼び出してすまなかったな」
「いえ陛下。私に何か御用でしょうか?」
「うむ。少々、聞きたいことがあってな」
チラリと国王が隣の文官に視線をやると、代わりに文官が話し始めた。
「魔王との会話の席に同席していたのでご存知かと思われますが、我が国は密かに戦争の準備を進めております」
「ええ、存じ上げております」
「そこで国内でも有数の強者――冒険者などを招聘するという案もあり、密かに身辺調査を行ってきました」
あ、これマズいな。
「七大罪の悪魔を召喚した一級魔術師にして銀ランク冒険者コウセイもそのひとりです。面識がおありですよね?」
「ええ、親しくさせて頂いておりますよ」
「しかし調べたところ、一級魔術師コウセイはガエルドルフの街で宿屋の娘と結婚し、半ば冒険者を引退状態にあります。と同時に、オルタンスモーアの街の領主の娘と結婚している一級魔術師コウセイもいるのです。奇妙なことに、どちらも七大罪の悪魔の一体である“淫蕩”を使役している、との情報があります」
「…………」
「何かご存知であれば教えていただきたい。どちらが本物のコウセイなのか?」
「どちらも本物であり、偽物でもあります」
「……それはどういう意味です?」
「コウセイ様は魔王シューベルトと昵懇の仲。よく存じ上げている私から助言があるとするならば、――手出し無用、と言ったところでしょうか。戦争に関わらせてはなりません」
「ふたりいるのはどういった状況なのか、と私どもは問うているのですが」
「答えを知る必要はありません。私から申し上げられるのは、コウセイ様に安易に関わって関係者の怒りを買うことは国益の損失に繋がるということだけです」
文官が困惑していると、国王が「国益の損失とは大きく出たな」と俺を睨みつける。
「事実です。七大罪の悪魔を使役し、魔王シューベルト様も彼の言葉で動かせる。僭越ながら私もコウセイ様のお言葉があれば、この国への協力関係を見直さなければなりません」
「む、それは確かに困るが……コウセイとは何者だ?」
「かつて宮廷料理人だったユキ様とご同郷の身でありながら、故郷へは帰らずにこの地に留まった方、と言えば分かりますでしょうか」
「確か創世の女神の勇者だったか。なぜコウセイとやらはひとり、この地に残った? ユキなどは別れを告げる間もなく故郷へ送還されたと聞いている」
「コウセイ様がすべての勇者の中における勝利者だからです」
「勝利者?」
「勇者たちは聖痕の収集を創世の女神より命じられていました。コウセイ様は最終的にすべての聖痕をその身に宿し、女神に願いを叶える権利を得た勝利者。コウセイ様は自分以外の勇者の故郷への帰還を創世の女神へ願い出ました」
「なるほどな。しかしふたりいるのはどういった事情によるものだ?」
「スキルの効果です。詳細は私から語ることはできません」
「スキルの……分身系か。しかも永続するような、特殊な。勇者ならば我々が知らぬようなスキルも習得しておるかもしれん」
「…………」
「あい分かった。コウセイの招聘は諦めよう。なにやら厄介な御仁であるらしいしな」
「私の言葉を受け入れて頂き恐縮の極みです」
「なに。少なくとも安易に関わりを持とうとすれば、七大罪の悪魔や魔王シューベルト、そしてエチゴヤまでが敵に回りかねんのだろう? ならば関わらぬが得策よ」
国王が立ち上がる。
「エチゴヤ、今日はわざわざ時間を取らせてすまなかったな。お陰で有意義な情報を得られた」
「もったいなきお言葉です」
国王らは退室していく。
コウセイがふたりいる事実が露見したのは痛手だが、これだけ釘を刺しておけばふたりのコウセイの生活は守られるだろう。
貴族に片足を突っ込んでいる方のコウセイはどうかは知らないが。
ローレアの婿の方は、実際に戦争が起こる事態となったら義父ノーマンドから協力を依頼される可能性が高い。
国王から既に招聘を免れていることを理由に断れなくもないが、その情報をいつどこで入手したのかを問われると痛いな。
……早めにあちらのコウセイとも顔を繋いでおくか。
俺は素早く頭を巡らせながら、戦争にコウセイを関わらせないよう動き出すのだった。