171.気に病むなよ?
ローレアとの爛れた生活が十二日にも及んだ結果、義父のノーマンドが遂に「執務を手伝って欲しい」と新婚生活に水を差してきた。
ローレアも俺も十分に新婚生活を堪能したし、夫婦での話し合いの結果、俺は本邸で執務の手伝いをすることになった。
もともとやっていた仕事だし、仕掛り中のものもあったので気にはなっていたのだ。
「おはようございます、お義父さん」
「ああ、すまんな。執務において君が抜けた穴が想定以上に大きかった。我々だけでは力不足だと痛感させられたよ」
「お義父さんとお義兄さんがおられるのですから不足はないかと思いますが。しかし仕掛り中の仕事を碌な引き継ぎもせずに放り出していたのも事実です」
「そうなんだ。君の手掛けていた道路整備と橋の建設なんだが――」
俺は資料を受け取り、現状を把握。
どうやら道路整備の方は人足が足りずに仕事が遅滞しているらしい。
報酬は十分だがキツくて地道な作業だ、人気がないのも分からないでもないが、もう少し人が集まると思っていた。
「足りない人足は俺の方で出しましょう」
「何か妙案でもあるのかね?」
「いいえ。ただスキルを使うだけですよ。見ても驚かないでください」
俺は武装解除状態のスカルガーディアンを呼び出す。
馬力ならばコイツが一番だろう。
「スケルトンか……なるほど、確か君の得意スキルだったな」
「はい。足りない人足はこれで補い、仕事の遅れを取り戻します」
「うむ、心強い」
「では現地まで向かいます」
「分かった。馬車の用意を――」
「いえ。自前の馬を召喚できるので、そちらに乗って行きますよ」
「ほう? まだ召喚スキルがあったとは……底が知れないな、君は」
「これでも銀ランク冒険者です。いくらかの手札は隠し持っているものですよ」
跡継ぎ予定の義兄トリスザールがやや不機嫌そうだが、自分ではどうにもできなかった仕事を俺が解決に導こうとしているのが気に食わないのだろうか。
あまり活躍しすぎて恨みを買うのは嫌だなあ。
スカルガーディアンの人海戦術で一気に道路整備を終えようかと思っていたが、これは納期ピッタリで終わらせるくらいがちょうどいいかもしれないな。
早く終わらせてもその分だけ人足に日当を支払うつもりだったから、出費は変わらないし俺の時間拘束が増えるだけで妬みが和らぐならその方がいいだろう。
「それでは行ってまいります」
「うむ、せめて見送りをさせて欲しい。馬を召喚するスキルも見たいしな」
「ありがとうございます。では参りましょう」
義兄トリスザールは執務室に残るようだ。
本格的にローレアか義父にとりなしてもらう必要があるかもしれない。
屋敷の入り口までの間に、義父ノーマンドがそっと横に並んだ。
「トリスザールがすまんな。あれは君に執務能力で明確に劣っていると実感して少々、機嫌を損ねてしまったのだ」
「それは……」
「いや、君が優秀なのは誰もが認めるところだ。気を悪くせずに、私やトリスザールを支えて欲しい」
「もちろんです、お義父さん。できればお義兄さんに妬まれて睨まれるのは勘弁願いたいのですが、取りなしておいていただけますか?」
「ううむ、難しいが宥めておこう」
「よろしくお願いします」
屋敷から出たところで、鬼馬を召喚する。
「なんだその角が生えた馬は……恐ろしい威圧感を感じるぞ」
「強面ですが、俺に忠実なので人を噛んだりはしませんよ。では行ってまいります」
さて、これどうやってよじ登ろうか。
結局、非武装のスカルガーディアンを召喚して乗せてもらった。
現場に到着したのは、屋敷を出て三十分ほどかかった頃だった。
以前の霊馬同様、足元が浮遊状態なので揺れは殆どないが、背筋を真っ直ぐに伸ばしつつ馬上に座り続けるのは慣れない筋力を使って疲れる。
俺は馬上のまま、人足たちに自己紹介をすることにする。
〈王威〉を少しだけ使い、〈統率力〉を意識して〈演説〉をする。
「俺はオルタンスモーア家はローレアの婿、コウセイである。人足たちは一度、手を止めてこちらに向き直り、俺の言葉を傾聴せよ」
貴族の一員が乗り込んできたことにより人足たちは慌てて手を止めてひれ伏した。
「ひれ伏す必要まではない。立ち上がり、俺の話を聞いて欲しい」
そう言えば、人足たちはすぐに立ち上がり、これから何を言われるのかとビクビクした様子で怯えている。
人足たちの監督役の官吏は執務で知った顔だ。
そちらも工程の遅れを承知しているので、顔をやや青くしている。
「人足が足りずに現場が困っていると聞いてな。少々、厳ついのを召喚するが驚かずに共に働いて欲しい」
そう告げながら俺は非武装のスカルガーディアンを三体、召喚した。
すわ何事かと身構える人足たちに「これは俺の召喚スキルで出した配下だ。道路整備の仕事をさせるだけなので怯える必要はない」と説明する。
「手を止めさせて悪かったな。では作業を続けたまえ」
素早く作業を再開した人足たちに続いて、スカルガーディアンたちもそこに加わる。
顔なじみの官吏が慌てて走り寄ってきた。
「コウセイ様。御自ら現場に来られるとは恐縮です」
「よい。領主様から道路整備の遅れを相談されてな。人足が足りないなら増やせばいいだけだ。人足が集まらなかったのはお前のせいじゃない、気に病むなよ? 納期にはキッチリ終えられるように配下には仕事をさせるから安心しろ」
「心強いお言葉です」
俺は労働現場の状況を聞き取り、怪我人などが出ていないことを確認しておく。
鬼馬の上では俺も休まらないから、一旦スカルガーディアンを召喚して降りた。
アイテムボックスからパラソルと椅子を出して、のんびりすることにした。
ここでの俺の仕事はもうほとんどない。
日暮れ前にスカルガーディアンを〈リサイクル〉して屋敷に戻るだけなのだ。
俺はこれから数日は暇な時間を持て余すことに内心うんざりしながら、椅子に腰掛けてじっと時間が経つのを待つことにした。