17.なるほど、これは良い。
朝食後に〈新聞閲覧〉をしていると、お悔やみ欄に訃報が出ていた。
公開処刑されたマサキのものだ。
どうやら処刑は無事に執行されたらしい。
エミコが暴走したりしていなくて良かった。
《自宅警備員がレベルアップしました》
《〈代理人〉のクラススキルを習得しました》
さて、新しいスキルだが……なんだこれ?
早速、起動してみることにする。
ぬぅっと俺の身体から俺が現れる。
意識は新しく生まれた俺にあるようで、本物の俺はその場にバッタリと倒れた。
ほほう、これは本体が休眠する代わりに自由に動ける〈代理人〉を作り出すスキルのようだが……さて何に使うんだこれ?
真っ先に思い浮かぶのは影武者として行動することだろうか。
この身体が死んでも、本体に意識が戻るだけで済むようだということが、スキルの感覚で分かる。
この〈代理人〉の身体でも問題なくスキルは使えるようだ。
ならばこれからは、本体は〈隠れ家〉に置いて、代理人で行動すべきだろうか。
ああいや、食事を〈代理人〉が摂っても意味はないな、本体が栄養失調で死ぬ。
食事どきは結局、本体に戻らないといけないのか、あまり意味はないか。
いや待て。
本体が宿にいるということは、この〈代理人〉は宿から出ても経験値が入手できるのではないか?
ちょっと試してみよう。
本体を〈隠れ家〉に置いて、〈代理人〉の俺は鍵をかけて部屋を出る。
そのまま食堂に降りて、外へ通じるドアノブに手をかける。
……警告メッセージが出ないぞ。
ドアノブを回して、俺は外へ出た。
初めて宿の外へ出られた。
なるほど、これは良い。
ガエルドルフの街を少し散策してみよう。
初めての異世界の街の風景は、非常に見応えがあった。
建築様式が日本とは根本的に異なるし、整備されていない土剥き出しの踏み固められた道路は新鮮だ。
できるだけ広い道を行く。
路地裏になんぞ入って襲われたらせっかくの観光が台無しだ。
市場に出た。
様々な野菜や果物、肉を始めとした食べ物が売られている。
まあこの辺は〈通信販売〉で見たことのある品々だ。
実物を目にする機会があろうとは思わなかったが。
「あれ、コウセイさんじゃないですか」
俺に声をかけてきたのは、タクミだった。
宿の外の知り合いといえばタクミとエミコ、それからオーバン商会の奴しかいない。
「こんにちは」
「こんにちは、外には出ないんじゃなかったんですか?」
「ああ。街の大通りくらいなら安全かと思ってな。さすがにずっと宿の部屋に籠りっぱなしも気詰まりだろう?」
「そうですね、不健康だと思います。どうですか、街に出てみて」
「異世界って感じだな。観光気分で歩くのも悪くはない」
「でしょう。最初はそんな余裕なかったんですけど、慣れてくると味わい深いんですよね、街並みが」
「そうだ、もしタクミの予定が空いているなら、オーバン商会まで案内してくれないか。シルクが手に入ったんだ。それとも一週間、待った方がいいかな?」
「ああ、それなら今から僕も向かうところなので一緒に行きましょう。オーバン商会なら金貨を既に用意しているはずなので、早く入手できるなら喜ぶのではないでしょうか」
「それなら良かった」
俺とタクミは他愛もない話をしながら、オーバン商会へと向かう。
さすがガエルドルフの街で一番大きな商会だ、大通りに面した大きな建物だった。
「デカいな」
「そうでしょう。って僕が言うのも変ですが。まあとにかく入りましょう」
「ああ」
タクミは慣れた感じで入っていく。
俺もその後ろについていく。
タクミが従業員に俺が来たことを伝えると、タクミと一緒に応接間に通された。
しばし待つと、レイドリック・オーバンがやって来た。
「約束にはまだ早いが、コウセイ。シルクが用意できたというのは本当か?」
「はい。たまたま昨日入手できました。そしてたまたまタクミに会えたので、ご迷惑でなければ今日、取引してもいいかな、と思いまして伺いました」
「ありがたい。実は待ち遠しくてね。さっそく、見せてもらえるかな?」
「はい」
俺は〈アイテムボックス〉からシルクの反物を三反、取り出す。
レイドリックは目をギラギラさせながら、シルクの反物を手に取り、手触りを確かめる。
「……素晴らしい。これほどのシルクを扱うことができるとは、商人冥利に尽きる」
「お眼鏡にかなったようでなによりです」
「シルク三反、金貨十二枚でよかったな?」
「ええ」
「金貨はこれだ。確認を」
革袋を寄越されたので、中身を確認する。
「確かに十二枚。取引成立ですね」
「ああ。もしもまた珍しいものがあれば、持ってきなさい」
「そうですね。覚えておきます」
無言で商談を眺めていたタクミが、口を開いた。
「コウセイさん、レベルはどのくらい上がりました?」
「え? 上がっていないけど?」
「あれ、商人ですよね。なら取引で経験値が入ると思うんですが」
「ああ――」
そうなのか。
「俺、実は商人の真似事をしているから商人と名乗ったけど、クラスは商人というわけじゃないんだ」
「あれ、そうだったんですか?」
「そう。だから別に経験値は入らないよ」
「ちなみに何のクラスなんです?」
「当然の疑問だが、それには答えづらいな」
「特殊なクラスなんですか? 掲示板では珍しいクラスもいくつかありましたけど」
「まあそういうわけでクラスは言えない。ただ少なくとも商人じゃない」
「……そうでしたか。レベルが上がるとクラススキルが増えてできることが増えるんで、コウセイさんも外出しやすくなるかと思ったんですが」
「俺は街の大通り以外を歩くつもりはないよ。基本は宿屋でのんびり過ごすさ」
少しだけ雑談をしてから、俺はオーバン商会を後にした。
《名前 コウセイ 種族 人間族 性別 男 年齢 30
クラス 自宅警備員 レベル 17
スキル 〈人類共通語〉〈簡易人物鑑定〉〈聞き耳〉〈忍び足〉〈通信販売〉
〈新聞閲覧〉〈隠れ家〉〈相場〉〈個人輸入〉〈匿名掲示板〉
〈魔力眼〉〈代理人〉〈アイテムボックス〉〈経験値5倍〉》
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