168.これ墓場まで持っていく類のものだよなあ。
魔王城にて生産系悪魔たちが、大迷宮の深層で得られた新種の魔物の解体と解析に追われていた。
いや生産系スキルを持たない歴戦の戦士であるサンドールを始めとした戦闘系悪魔や弱小だが知識豊富な悪魔など、魔王城総出での作業だ。
中庭にて行われているそれを、俺は優雅にお茶をすすりながら眺めている。
するとどうやら何か発見があったらしく、悪魔たちが騒ぎ出した。
「どうしたんだ?」
気になって見に行くと、悪魔たちが作業の手を止めて跪こうとするので制して、話を聞いてみることにした。
「魔王様、これはかつて魔界に生息しており今や絶滅したドルグリスかと思われます」
「ほう……」
〈ダンジョンマスター〉のリストには確かにその名があった。
ただどんな魔物か皆目、情報のない一体でもある。
「しかし魔界で絶滅した魔物が地上にいるとはどういうことだ? いやそもそも魔界と地上でなぜ同じ魔物が生息しているんだ?」
「それについては簡単なことですよ。召喚されて、根付いたのでしょうな」
「あ、そうか……」
召喚特性の魔術で地上に召喚された魔物が、術者の死後に解放されてこの地上に根付いたということか。
いやしかし、そんなに都合よく番が見つかって繁殖できるものか?
「この地上にいて、魔界にいない魔物はいないのか?」
「聞いたことがありませんな。植生は違いますが、魔物はほとんど同じです。……考えてみれば奇妙ですな」
「うーん、これはベルナベルに聞いてみるか」
俺はまず〈ホットライン〉でイチロウに繋ぎ、戦闘中でないことを確認した後、改めてベルナベルに〈ホットライン〉を繋いだ。
「ベルナベル、すまない。ちょっと聞きたいことができた」
「なんじゃ? 緊急か?」
「いや緊急ではないんだが……ちょっと気になったんだ。地上と魔界で魔物が共通している点について、何か知らないか?」
「む、その件についてはわしもこちらに来てから疑問に思っておったことじゃ。何故に魔界と地上はこうも同じ魔物で溢れておるのかと。最初は召喚魔術の影響かとも思ったが、今はダンジョンから溢れた説を考えておる」
「ダンジョンから魔物が溢れる――いわゆるスタンピードか。しかしダンジョンが魔界と地上とで同一ということは、何故だ? ダンジョンが召喚される例はあるのか?」
「いや、ダンジョンは召喚の対象にはならぬはずじゃから、おかしいと――ん? 魔王よ、アカリリスの方がどうやら詳しい事情を知っておるようじゃ。そちらに代わった方が良いぞ」
「そうなのか? 分かった。じゃあアカリリスにも繋げよう」
俺は〈ホットライン〉をアカリリスにも繋ぐ。
これで俺とベルナベルとアカリリスの三人で会話ができる。
「アカリリス、俺は魔王城を任されているシューベルトだ。魔界と地上で魔物が共通している件について、知りたい」
「聞こえていた。結論から言うと、もともと魔神と女神は共同で地上を治める兄妹神だった。ベルナベルさえ知らないとは思わなかったけど、事実」
「なに? 一体どういうことだ?」
「途中で仲違いして、魔神は地上の統治権を女神に奪われた。以後、自身の治める魔界だけを己の世界にした魔神と、地上と天界とを治める女神という構図ができあがった。魔界に地上と同じ魔物がいるのは、もともと魔物を地上に作り上げたのが魔神だから。そのくらい知っておくべき」
「初耳じゃな。わしは魔神と創世の女神が兄妹だとすら知らなかったぞ」
「天使は悪魔と違って創世の女神が手ずから作り上げるから、基底情報にその辺りの知識が埋め込まれている。ベルナベルは一介のサキュバスから七大罪の悪魔に成り上がったから知らないみたい。魔神が敢えて情報を公開しなければ、悪魔たちは知る由もない」
「なるほどのう。天使は特別製というわけじゃな」
「そう。もっと私を特別扱いすべき」
「調子に乗るでないわ。……というわけじゃ、魔王シューベルト。理解したか?」
俺は新事実に身震いしながら、「分かった、ありがとう」と言って〈ホットライン〉を切った。
気がつくと悪魔たちの期待の視線が俺に集中していた。
まあベルナベルなら何か知っていると思っていても仕方がないが。
「あー……凄く繊細な話題で、扱いが難しい。だが地上と魔界で魔物が共通しているのは事実だ。その前提で、今後も調査して欲しい」
俺の言葉を濁した発言に、内心でがっかりしている悪魔は多いだろう。
しかし魔神と創世の女神が兄妹で、かつては共同で地上を治めていたとか、安易に告げられるわけないだろう。
サンドールは世界の秘密の一端を握ったのだろうと判断したようで「魔王様がこう仰せだ。さあ調査の続きをするぞ」と悪魔たちを切り替えさせた。
俺の意向に従い、他の悪魔を目先の素材に向けてくれたサンドールには感謝しかない。
さてとんでもない事実を知ってしまったが、これ墓場まで持っていく類のものだよなあ。